第387話 特別コーチ

 直史は強圧的に来られても全くひるまないが、弱腰でお願いされると案外弱い、というのは意外と知られていないことである。

 WBCの選手においても、予備候補の中には入っている。

 ピッチャーで誰から故障でもしたら、まだ途中から交代する余地が残っているのだ。

 しかしそのタイミングは第一ラウンドが終了した時点のみ。

 直史としては全く、調整のタイミングを合わせていない。


 去年までに予選は終わっている。

 日本などは予選免除で、いきなり本戦からではあるのだが、南北アメリカやアジア、アフリカなども予選から上がってくる枠がある。

 だが日本、台湾、韓国がいる時点で、アジアはもう充分だろうという話になる。

 一応は中国も参加するのだが、他の三国と比べても、明らかに実力差がある。


 将来的に短期間、日本代表のコーチをしてくれと言われたどうだろう。

 直史はメカニックにおいて、そのピッチャーの最大の出力を出す方法を理解している。

 だがピッチャーの可能性は千差万別。

 最大出力を出さない方が、むしろ望ましい結果を出すこともあるのだ。

 その分かりやすい例が、レックスの木津である。

 本当ならばもっと、球速やコントロールが良くなった方がいい。

 防御率に比べて、WHIPの数値が悪すぎる。

 しかしそれはフォアボールをたくさん出す代わりに、三振もたくさん奪うことで相殺している。


 下手に球速を出してしまうと、平凡なピッチャーに近くなる。

 コントロールが良くなってしまうと、むしろ読みで打たれてしまう。

 ピッチャーには個性というものがある。

 もちろんアメリカでも、ちゃんとそのピッチャーを、骨格など色々と調べて、最適解を出そうとする。

 しかし球速はあった方がいいし、コントロールもいい方が間違いないはず。

 その常識を疑うところから、より高度なピッチングが始まる。 

 読みを駆使すれば、ど真ん中の半速球で、大介も打ち取れるのだ。


 そして直史は、木津を肯定してやる。

 ストレートはこのままでいいのだ。

 だが他に、球種がほしい。

 カーブ、フォーク、スライダーと一応の球種はある。

 だがやはりここは、カーブをさらに磨くべき。

 あるいはチェンジアップであろうか。

 木津のチェンジアップなど、速度差がストレートと変わらないので、意味がないような気もするが。


 カーブをさらに遅くする。

 そしてこのカーブだけは、確実にストライクが取れるようにする。

 しかし生命線は間違いなくストレートだ。

 球速の遅い本格派、という不思議な話になってくる。

 だがピッチャーは個性的であるほど、バッターは対処が難しい。




 他のピッチャーで言うならば、百目鬼は順調に仕上がっている。

 直史を除けば、間違いなくレックスのエースと言えるだろう。

 オーガスはやや技巧派に寄ってきたのか、それでもまだ仕上がりが遅い。

 年齢的に仕上がるまで、時間をかけるということだろう。


 直史、百目鬼、オーガス、木津までは順調である。

 また塚本もツーシームがしっかりと決まるようになってきた。

 握りを変えるだけで投げられるツーシーム。

 シュート回転を意識するということは、ピッチャーにとっては基本の中の一つだ。


 ここまで五枚となれば、あと一人をどうするか。

 五人で回していくとなると、球数制限が厳しくなる。

 六人目を作るか、それともリリーフ陣で六人目を回すか。

 チャンスをあえて作ることで、勝ちパターン以外のリリーフ陣に、積極的に登板機会を与える。

 結果的に出てきたピッチャーを、先発の六枚目とするか。


 須藤と国吉を、先発の候補とするという話。

 まだこの話は終わっていない。

 ただ国吉はようやく、中継ぎとしての安定感が出てきた。

 左ピッチャーということを考えると、須藤を先発に持ってくるか。

 ただそうすると、木津に塚本に須藤と、先発三人が左になってくる。


 国吉は便利屋的な扱いが長かった。

 それでも一応、セットアッパーとしての期間が長くはなっている。

 リリーフピッチャーの寿命は短い。

 そして安定して投げるリリーフピッチャーなら、先発でも安定して投げられるのでは、と考える。

 須藤の場合は一度、先発としては失敗している。

 だからといて二軍で、また先発として投げさせるべきか。


 このキャンプにはまだ、一軍のマウンドに数度しか立っていない、二軍の選手も少し帯同している。

 キャンプ中にその成長を見せることで、一軍のロースターに入ることを目指すのだ。

 そういったピッチャーの中には、確かにいい球を投げるピッチャーもいる。

 そして小此木はそういうピッチャーに対して、バッティングピッチャーをやらせたりする。


 メジャー帰りの男である。

 投手はともかく野手はいらないと言われるメジャーの世界で、九年間もロースターに入り続けた選手だ。

 ただ小此木は公式戦前のキャンプでの試合でも、しっかり調整して行く必要があるだろうな、とは思っている。

 メジャーとはピッチクロックや牽制など、ルールがある程度違う。

 基本的にはNPBの方が、ピッチャーは有利であろう。

 しかしバッティング練習をする限りでは、問題なくいい打球が飛んでいく。


 試合になればまた、話は変わってくるだろう。

 だが単純に、来た球を打つというだけならば、充分に通用する。

(NPBとMLBでは、配球が一番違うからなあ)

 あちらではもう完全に、ベンチからサインが出されるようになっていたのだ。

 もちろんそれは、日本とアメリカで、事情が違うのだから仕方がない。




 小此木は高卒野手でありながら、内野をしっかりと守って、すぐに戦力になっていった。

 今のNPBのレベルを、どう比較しているのか。

「MLBよりも工夫が多いような……いや、工夫でもないのかな」

 ピッチャーのクセというのが、MLBよりも多い気がする。

 つまり多様性に富んでいるということだ。


 これはアメリカと日本における、ピッチャーに対する考えの差であろうか。

 日本ではピッチャーをやりたがるし、出来るだけ違うタイプのピッチャーを揃えようとする。

 左は一枚はほしいな、と高校野球でさえ考えるのだ。

 それに対してアメリカは、ショートをやりたがる選手が多い。

 内野の花であるし、ピッチャーと違って球数制限がない。


 日本の場合はピッチャーと言うよりは、エース信仰が長かったと言うべきか。

 一人で完投してこそエース、という時代が長かったのである。

 特に高校野球では、圧倒的にピッチャーの人気が高い。

 それに試合に対する貢献度では、ピッチャーが最大となる。

 ならば一番優れた身体能力の持ち主は、ピッチャーにしろという話になるだろう。

 もっとも中には上杉の長男のように、生まれつきどうしても肩が弱い、という人間もいるだろうが。


 日本人の投手が、野手よりもはるかに多く、MLBでは活躍出来る理由。

 それはつまり日本のピッチャーの育て方が、MLBよりも優れているからだろうか?

 だがアメリカのマイナーのピッチャーは、充分に日本で活躍することがある。

 また日本のピッチャーでも、全く通用しなかった者もいる。

 そもそも最初に大活躍した野茂英雄が、かなり変わったフォームを持つピッチャーであった。

 日本のピッチャーはアメリカよりも、育成のメソッドが優れているということなのか。


 おそらくではあるが、アメリカは効率的にフィジカルを伸ばす。

 ピッチャーとしての大前提を、まぜ鍛えるのだ。

 日本の場合は高校野球の時点で、まず勝てるピッチャーを作る。

 この過程において、両国のピッチャーの違いが生まれてくるのではなかろうか。


 もっともアメリカのピッチャーは、150km/h台の後半で、ボールを鋭く曲げてくる。

 昇馬のような例外はともかくとして、他のピッチャーはどうなのか。

 1シーズン無敵であった上杉、サイ・ヤング賞の最多獲得の武史。

 そして直史の存在である。

 直史は確かに、登板した試合数も、アメリカのシーズンの方が多い。

 だがそれを比べても、アメリカでの方がノーヒットノーランやパーフェクトの達成回数が多いのだ。


 つまりピッチャーは、フィジカルではなく技術。

 しかしその技術を、突出したところまで鍛えるには、普通のやり方では無理なのだ。

 そもそも直史の存在が、NPB基準でもバグである。

 普通に育成されていれば、こんなピッチャーにはならない。

 自己流の鍛錬と、基礎的な部分。

 体幹、体軸、そして柔軟性といったあたり。

 ここを重視したことで、直史は今の状態になった。


 とにかく手数が多い。

 コース、緩急、変化、タイミング、角度、これらの物理的なコントロール。

 あとは投球術だが、ここにこそ心理戦の要素がある。

 小此木はストレートの球速には、容易についていくことが出来た。

 だがピッチャーの個性に関しては、臨機応変に対応する必要がある。

 もっともNPBにおいては、バッターは有利である。

 MLBでは一番多くても、19試合までしか同じチームとは対戦しない。

 それだけ多くのピッチャーに、即座に対応していかなければいけないのだ。




 NPBのピッチャーは、同じチームとの試合が、年に25回ある。

 もちろんその全てに対戦するわけではないが、平均すれば四試合ほどは対戦する。

 それだけバッターには対応されやすくなるということだ。

 特に二年目以降のピッチャーが、アマチュア時代よりも球速が落ちること。

 これは単純に球威ではなく、他の部分でしょうぶしなければいけない、ということを示すのだ。


 NPBの場合は、トレードも積極的ではない。

 FAで違うリーグにいっても、次のFA獲得までにはまた、四年間がかかる。

 何度も同じバッターと、対戦しなければいけないNPB。

 だからこそあまり対戦経験の重ならないMLBでは、ピッチャー有利と言えるのかもしれない。

 それが通用しなくなるから、より球種を増やしていくのだろうか。


 リーグ戦と交流戦、この勝率の違いなどを比べれば、ピッチャーが本質的にどういうタイプなのか分かる。

 たとえばレックスでは、木津が一番分かりやすいだろう。

 シーズン終盤に一軍に上がって、決定的な仕事を果たした一年目。

 そして勝ち越しはしたものの、数字を大きく落とした二年目。

 この三年目にどういった結果を出せるかが、重要になってくるのだ。

 

 ただ木津の場合は、どういうローテーションで回すかも、重要になってくる。

 出来るならば右ピッチャーの本格派の後に、投げさせた方がいい。

 そして三連戦であれば、二試合目か三試合目だ。

 また相手チームとの相性も、しっかり考えなければいけないだろう。

 しかし木津も相当に、クオリティスタートは決めてくれるピッチャーだ。

 やはり守備力は高く、それは今年さらに高くなっていくだろう。


 埋めるポジションとしては、センターがもう少し打てるバッターがほしかった。

 だがそれはもう完全に、贅沢の言いすぎであろう。

 レックスの得点力不足というのは、単純に選手たちの能力だけに関連しているものではない。

 貞本が行ってしまった、セットプレイからの得点が、悪い意味で定着している。

 もっともそれは、直史にも責任がある。

 直史が一人いることで、レックスが優勝を狙えるチームになってしまった。

 そこで貞本も、自分の知る限りにおいて、得点を確実にする攻撃にしてしまったのだ。


 去年の西片は、まだ監督として一年目。

 途中からも頑張っていたが、なにしろチーム状態が良すぎた。

 ずっとペナントレースのトップを走っていたため、逆に大きな改革が出来なかった。

 キャンプの間にしても、チームの戦力を把握するのに、精一杯であったとも言える。


 今年からこそが、本当の西片のチームである。

 もっとも戦力の入れ替えは、確かにおこなっているのだ。

 去年までは鉄壁であった投手陣。

 三島が抜けた分をどうするか、それを考えないといけない。

 ライガースは大原が抜けたが、それほど大きな戦力ダウンとはならない。

 あとはシーズン前のこのキャンプと、シーズン中での若手の成長、それをどうするから重要になってくる。




 リリーフ陣を色々と見ながらも、バッティングピッチャーもしたりする。

 やはりバッターに対して投げなければ、感覚が違ってくるものなのだ。

 今年のレックスの心配は、WBCの影響がどうなるかだ。

 なにせ左右田と迫水は控えになるとしても、平良は間違いなく使われるだろうからだ。

 去年の最多セーブ王。

 これを使わないはずはないであろう。


 もしも平良が故障でもすれば、大平を使うべきであるか。

 確かにこの二人は、打順の打席が左右どちらかに偏っていると、大平がクローザーをすることもあった。

 だが基本的に、フォアボールの多い大平は、クローザーには向いていない。

 それでもなかなか、リリーフとしての適性は高いのだが。


 大平はまだ、これからが21歳のシーズンであるのだ。

 平良に比べても若く、まだまだ伸び代がある。

 ただ球威を落としてでも、コントロールをよくしようとは、なかなか考えられない。

 奪三振率の高さが、大平の長所である。


 本当にこのフォアボールが少なければ、クローザー適性は一気に上がるのだ。 

 基本的にストレートが武器と言っても、クセ球になっているのは確か。

 迫水がキャッチングが難しいと、直史にこぼしていたものだ。

 その大平のフォームを、豊田と一緒に確認する。

 そして分かるのが、まだフォームが固まっていないということだ。

 だからこそコントロールが散って、かえって打ちにくいというところはあるのだが。


 肩がすぐに出来るのは、クローザーよりセットアッパー向け。

 そして回復力が高いのも、リリーフとして適している。

 ただ若さと言うか、無理なピッチングもしてくるので、そこが迫水の悩みの種。

「まあ今年はWBCの間、しっかり見ててやる」

 まだ不充分なフォームで、NPBのセットアッパーが務まってしまっている。

 将来性を考えれば、平良よりもずっと、MLBで通用するような力を持っているとも思えるのであった。

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