第385話 その頃
WBCの日本代表メンバーに佐藤兄弟がいない。
これを知ってアメリカは狂喜した。
上杉の引退を知ったときも、これでアメリカがやっとまた優勝出来る、と思ったものである。
世界ランキングはずっと、日本が一位を独占。
直史がいなかった数年間も、武史や上杉がしっかりと参加していた。
そのためこの時期の日本は、本当に一時期のキューバのように、国際大会で最強だったわけである。
全く負けなかった、というわけではないが。
だがいい加減、アメリカは現実を直視するべきではないか。
確かにMLBには、日本以外の国籍も多いし、アメリカ人が一番多い。
しかしベースボールをやっていては、野球に勝てないのである。
不思議な話で、今でもMLBで通用しないピッチャーやバッターが、NPBで通用したりする。
それは両方を知っている直史や大介からすると、当たり前のことだろう、と思うのだ。
単純な話、データ分析の仕方に違いがある。
またピッチャーの運用にも違いがあるだろう。
ついでに言えば国内リーグを優先し、超一流のピッチャーを出してこない。
もっともそれは出したのに負けた第一回大会などで、球団のオーナーが慎重になったこともある。
WBCはサッカーのワールドカップになれていない。
そもそもサッカーに比べれば、競技人口も少ないものだが。
なお日本国内におけるサッカー人気は、近年どんどんと下がっている。
正確に言うと競技人口はそうでもないのだが、プロチームが収益を上げられていないのだ。
まあ普通に考えれば、試合数が少なすぎる、という理由があるのだが。
サッカーは野球よりもよほど、移籍がビジネスとなっている。
結果的に日本代表のサッカーは、実力がアップしている。
しかしながら国内のリーグは空洞化しつつあるという、不思議な現象になっているらしい。
もっと単純に、チーム数が多すぎるからだ、という意見もある。
直史はサッカーはどうでもいい。
子供の頃は普通に、やったこともあったが。
ただポジションはいつも、余ったゴールキーパーである。
日本では基本的に、ゴールキーパーというのは人気がない。
そのあたり国によって、色々と価値観は違うらしい。
ドイツなどではゴールキーパーが人気ポジションだとも言われるが。
今回のWBCも、日本はそれなりの選手を出している。
ただ移籍直後の選手などは、さすがに出て行かなかったが。
大平が選ばれなかったのは、レックスにとってありがたいことだ。
もっとも国際大会を経験すること自体は、悪いものではないと思う。
世界の富がアメリカに集まっている。
金銭だけならば、特に問題はないのだ。
いや問題ではあるが致命的ではない。
重要なのはルールを決めたり、技術の基準がアメリカだったりと、そういうことである。
とりあえずアメリカの野球の記録は、多くが大介によって塗り替えられた。
ピッチャーの記録はさすがに、どうやっても無理であったが。
しかしMLBで達成された、パーフェクトの約半分は直史によるもの。
こうやってアメリカから野球を奪う、というのは悪いことではない。
直史は保守的な人間である。
だから日本の古来の価値観を、出来れば尊重していきたい。
しかしそれは日本人同士だからこそ、通用するものである。
韓国もそうだがさらに中国は、根本的に人間としての価値観が違う。
さすがは儒教をいまだに必要とする国、といったところか。
ただ直史の価値観であると、ヤクザがまた必要になってしまう。
警察機構ではもう間に合わない部分があるのだ。
上杉が今、一番働いているのはその部分である。
治安維持。
これが出来なくなった国家は、間違いなく消滅する。
食料の確保よりも、さらに先に達成すべき問題だ。
むしろ治安を維持するために、他の全てはあると言ってもいい。
別に昔は良かった、というわけではない。
直史の生まれた頃にも、家の蔵に泥棒が入って、金目のものをいくらか盗まれた、という経験はあるのだ。
馬鹿な話で本当に大事なものは、もっと違うところに置いてある。
ただ代々の着物を盗まれて、祖母は烈火のごとく怒っていたが。
特徴的なものであったので、普通に盗難品として、警察の御用となったが。
おかしな話だが昔は、犯罪者でも善悪の区別はついていた。
今はそもそも、犯罪であると理解しない人間が多い。
単純にそれを拡大したのは、本当に政治家の無能ではある。
一度空けられた穴を、必死で埋めようとしているのが保守派である。
直史は司法的な面からも、これは問題だと理解している。
司法で判断するのは、時間がかかりすぎる。
立法ですぐに対処できるようにしなければ、警察も動けないのである。
そのあたりのことを考えていると、昇馬はまともだなと思う。
究極的なことを言えば、あの甥っ子は自分の暴力しか信じていない。
だから個人戦用のMMAではなく、多数相手でも動けるキックボクシングをルーツに組み立てた。
もっとも本気でやるならば、どこからか猟銃を調達してくるだろうが。
アメリカで銃規制が進まないのは、銃によって銃犯罪を防ぐ効果があるからだ。
今回のWBCも、結局は決勝トーナメントのほとんどを、アメリカでやることになっている。
だが日本や台湾でもリーグ戦を行うのは、さすがにここのところの結果が悪すぎるからだ。
また日本や台湾の試合なら、地元でやった方が集客は伸びるのは、当たり前のことである。
これで日本が早々に負けたなら、一気にどっちらけになるのだろうが。
オリンピックから野球が正式種目でなくなったのは、WBCに客を集めたいがためだ、などとも言われる。
プレミアもあるのだから、どちらか片方でいいではないか、とも言われる。
ただ野球という競技を世界に広めるなら、国際大会は多いほうがいい。
しかし観客動員を考えれば、もう決勝などは日本でやってもいいのではないか。
その点ではプレミアの方がいいが、あちらは時期的に問題がある。
どちらにしろ直史は、WBCには否定的である。
まだしもプレミアの方がマシ、とは思っているが。
東京ドームを決勝の舞台とすることは、悪くないと思っている。
もう国際大会では散々に負けているのだから、アメリカがこちらに来い、という話だ。
サッカーでも最強のリーグは、外国人選手で埋められている。
もっともNPBの外国人枠を撤廃する、ということは全く考えていない直史である。
野球は日本のものであり、ベースボールとは違うのだ。
最先端のことをしているのは、MLBだとは認めるが。
それは興行的にペイしているから、許容しているということである。
アメリカのスポーツが興行的に成功しているのは、経済力が根本にある。
だから誰もが、アメリカを目指すということだ。
ただ直史や大介によって、ベースボールはアメリカのスポーツではなくなった、などとも言われる。
まあ気持ちは分かる。
日本にしても相撲において、外国人力士ばかりが強くなると、なんだかなあという気持ちにはなるのだ。
ただそこでアンチになったりはしない。
アメリカの強いところは、そこにあるのだろうか。
アジア人差別が強いと言いながらも、実際には成功しているアジア人も多い。
むしろ成功しているからこそ、差別してこようとするか。
アメリカの黒人問題は、ルーツの問題ではないのか、と思う。
日本人の場合は、たとえどこかの土地に行っても、日本というルーツを文化的に持っている。
だが黒人の問題は、それが奴隷という形で始まったため、ルーツを奪ったことにあるのではないか。
主にキリスト教が悪い、と保守的な直史は思ってしまうが。
本来なら黒人に適した宗教は、アミニズムのはずである。
WBCやプレミアについては、これからの若者がやっていけばいい話だ。
直史はせいぜい、その利益配分が、しっかりと日本を潤してくれればいいと考えている。
中国が事実上、国家崩壊の瀬戸際にある今、本当にやるべきは野球などではない。
そうも考えているが、国家を変えるためならば、まずは人気取りをしなければいけないのが、この民主主義の国なのである。
識字率が高く、計算力も高い。
本来は優秀な民族なのだが、日本語の特殊性が問題になることがある。
ただ日本語があるがゆえに、国が守られているという要素もあるのだ。
二月の間は直史は、調整に専念していた。
しっかりとトレーニングをしないと、すぐに体は衰えていく。
だがトレーニングが過剰であると、体が負荷に耐えられない。
丁度いいところを探しているのだ。
慎重に進めなければ、すぐに壊れてしまう。
もっともそれはまだ若い、高校生なども同じなのだろうが。
ピッチャーに関しては、豊田がしっかりと見てくれている。
今年の即戦力と言いながらも、本当の即戦力というのは、なかなかいないものであろう。
レックスの状況を考えるなら、ピッチャーは高卒で取って、育成をした方がいいのではとも思う。
確かに三島は抜けてしまったが、育ってきているピッチャーもいるのだ。
そのためには直史は、25試合以上も投げるという状況を、変えていく必要があるのだが。
国吉か須藤を、先発に持っていくという考え。
悪くはないと思うが、ならば他のリリーフが必要となる。
今度のWBCで通用したら、平良も数年後にはメジャーに行っているだろう。
そうやってアメリカの市場を、日本人選手が食い荒らすのは、それなりに痛快なことである。
ただ直史はレックスに対して、契約時の無茶な条項を飲んでもらった借りを感じている。
もっともその頃の首脳陣は、かなり引退しているが。
愛着というものが、それなりにあるのだ。
大学の四年間も、この球場でプレイしたのだから。
レックスの今後の五年ほどは、色々と考えていくべきであろう。
ただ監督もコーチも、直史がやることはないだろうが。
自分の持っている技術は、可能な限り昇馬に託した。
もっともタイプが違うので、あくまでも参考になったという程度だろう。
今日も若手のピッチャーたちを、データを元に修正していくことは行う。
ここで大事なことは、間違っている方がむしろいい、という場合があるということだ。
ピッチャーというのは、個性的である方がいいのだ。
最適解を求めすぎると、似たようなボールになってしまったりする。
高スピンでバックスピンが効果的なストレートだというが、果たしてそれだけでいいのか。
その質問に対する答えの一つが、スルーである。
スルーとまではいかなくても、ライフル回転のストレートを投げるピッチャーはいる。
これで思ったよりも沈むボールを投げれば、ゴロでアウトが取れる。
フライボール革命は、まだまだ主流である。
高めに投げるというのは、バットの助走距離を縮めることになる。
ならば低めは投げない方がいいのか。
もちろんそんなわけはなく、インローのコースであったり、真ん中から少しだけ外したりと、方法は色々とあるのだ。
打ち頃の球こそむしろ、ミスショットが多い。
直史はそう考えているし、実感もしている。
ただ他のピッチャーに、そこまでのことが出来るわけではない。
今年のキーマンとなるピッチャーは、二年目の塚本かな、と直史は考えている。
大卒即戦力と言われており、確かに17試合も先発した。
勝敗こそ3勝6敗であるが、その内容を見てみればどうだろうか。
それなりに点を取られた敗戦もあるが、重要なことが一つある。
なんとどの試合も、六回までは投げているのだ。
クオリティスタートも10試合達成している。
六回まで投げているということは、当然だが大量失点の炎上がないということだ。
シーズン終盤は三連敗などもあったが、安定はしていたのだ。
あとほんの少し鍛えれば、一気に覚醒するかもしれない。
新人ではないが、同じく新入団の須藤は、リリーフで経験を積みつつある。
まずはリリーフで一軍のマウンドに投げさせる、というのは悪いことではないだろう。
1イニング限定で投げるなら、球種を一つ増やすだけでいい。
この二人は左であるだけに、チームの期待も大きいのだ。
左の三島が抜けたということを、チームとしてはどう理解しているのか。
もちろん痛いとは思っている。
だからこそ塚本か、同じ左の須藤を先発にもっていきたい。
だが年齢は一つ上だが、塚本の方が伸び代は多いと、直史は判断した。
「カーブと二種類のスライダー、それだけじゃ通用しない」
シーズン終盤に勝てなかった理由を、直史は教える。
「左打者のインコースに、厳しく投げられるようになれ」
それがアドバイスである。
高校野球より大学野球、大学野球よりプロと、ストライクゾーンは狭くなっていく。
その中で内角に投げるのは、メンタル的な成長が必要だ。
右バッターに対しては、むしろ内角にも投げやすい。
しかし左バッターに対してはどうであるのか。
「スライダーを活かすために、内角のストレートが必要だ」
だがそこに的確に投げるのは、確かに難しいだろう。
「よってツーシーム回転を加える」
これならばおそらく、問題なく変化を加えられる。
塚本のシュート成分の増えたストレート。
それで左打者の内角をえぐるのだ。
なんならそれは、右打者相手には、アウトローのボールとして使える。
そこを意識することで、塚本の引き出しは一気に増えるのだ。
今年のキャンプは、それだけに専念すればいい。
あとは全体的なスケールアップであろうか。
球速のMAXなどは、そのままでも問題ないだろう。
むしろ他の部分は、去年と同じでも構わない。
ただ重要なのは、完全にローテを守る体力だ。
直史は塚本に、10勝8敗ほどをしてほしい。
去年の木津と似たような数字だ。
ピッチャーの問題は、レックスにおいてもう一つある。
同点やビハインド展開からの逆転には、便利屋のリリーフが必要となる。
昔であれば星がそうであった。
防御率が優れていたわけではなかったが、燃焼している相手の打線も、そこそこに抑えることが出来た。
試合の流れを一度、止めてしまうものなのだ。
これはピッチャーの技術と言うよりは、投げる者のメンタルの問題だ。
直史はさすがに、そこまでは面倒を見切れない。
一軍と二軍のピッチャーを入れ替えて、上手く探していくしかない。
ただ実際にはそれよりも、先発のピッチャーを求める。
あるいは先発に五回までを投げてもらい、六回もリリーフで埋めるか。
昨今の先発ピッチャーの責任イニングが、五回になりつつあるという動き。
その点では塚本のように、六回まで投げられるピッチャーがほしい。
必勝パターンのピッチャーは、確かにいる。
だが連勝が下手に続けば、休ませなければいけなくなる。
今は直史という先発がいるため、そこで休ませることが出来ている。
しかしそれがいつまで、続けることが出来るのか。
直史のスタミナと、回復力の限界。
それは人間の代謝機能に関係するもので、鍛えるのにも限界がある。
リリーフ陣をつなげて、勝つ試合をある程度作らなければいけない。
こうやって考えていくと、ピッチャーは何人いても足りないのだ。
(あとは誰を鍛えるか)
首脳陣の考えとしては、国吉と須藤のどちらかを、先発に回したいということであった。
国吉は右で、須藤は左だ。
そして国吉はセットアッパーとして、充分な経験を積んでいる。
同じセットアッパーの大平が左なので、上手く交代で使うのもいいだろう。
リリーフに左を多くすることは、確かに悪いことでもないのだろうが。
入れるとしたら、先発にもう少し、軟投派か技巧派を入れるべきか。
ただレックスは結局、FAなどの新戦力は取っていない。
攻撃面を優先して、小此木を戻した。
そのため資金力に限界が来たということか。
もっともその気になれば、格安で手に入りそうな選手もいるのだろう。
現役ドラフトなどを、もっと利用できないものか。
ただピッチャーは色々なポジションで、使うことが出来る。
そのためなかなか、相手も放出しないだろう。
今年は育てながら勝つ、というのが首脳陣の考えである。
三島が抜けて、先発のローテがきつくなった。
直史も年齢的に、あと何年活動が可能か。
他にもオーガスなどは、やや衰えが見える。
ただ木津などは他のチームでは、とても扱えないだろうな、という気はしている。
復帰した小此木は、サードで俊敏な動きを見せる。
これで守備力は上がり、左右田の三塁側守備の負担は軽減される。
あとはセカンドの問題だ。
緒方の打力が落ちているだけに、さすがに次のスタメンを育てていかないといけない。
打順にしてもおそらく、緒方は後ろに下げられるだろう。
ただそれでも、それなりに打てるのが緒方のいいところだ。
まだ紅白戦には入っていないが、緒方は無理のないプレイをしている。
ここから本格的に仕上げていく、というのは例年のパターンであるのだ。
しかし長くチームキャプテンを務めた緒方は、小此木よりもさらにベテラン。
昔ながらの二番打者だが、キャリア通算で実は、200本の本塁打を打っていたりする。
充分に野球殿堂入りするキャリア。
引退すればそのまま、またユニフォームを着るであろう。
あるいは少しだけ、スカウトなどをしていくだろうか。
緒方は性格がいいだけに、スカウトなども向いている。
出身は神奈川だが、大阪光陰で高校時代を過ごした。
どこを担当するにしても、好ましい人柄であるのは間違いない。
直史なども緒方なら、他の仕事でも信用されるだろうな、と思うぐらいだ。
なんなら他に、野球以外は出来ない選手がいれば、それにコーチの椅子は譲ってもいいだろう。
とはいえ緒方は、人に教えるのが好きである。
セカンドというポジションを考えれば、その重要度は高い。
あるいはショートにはもっと守備に特化した選手を入れ、左右田の守備負担を軽減し、セカンドにコンバートなどをするか。
ただ今の左右田以上に、上手くショートを守れる人間は少ないだろう。
一軍のキャンプにはいない、二軍での成長株。
そういった存在が、シーズン中に上がってきてほしい。
ここのところ、バッターの育成はいまいちなレックス。
主に直史がバッティングピッチャーをすることで、変化球への対応力は上がっているが。
三年連続の優勝を狙う。
ライガースの補強は、それなりに上手くいっているが。
あとはカップスが、またどれぐらい成長しているか。
そのあたりを考えて、シーズンまでにロースターを決めなければいけない。
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