第384話 マイペース

 直史だけではなく、緒方や小此木といったベテラン陣は、かなりキャンプの調整をマイペースに行う。

 だが短時間に集中して、課題はクリアしてしまうのだ。

 あとは分析の方に時間を使う。

 直史は小此木と共に、アメリカからやってきたカーライルという野手の面倒も見ることになった。

 NPBの速球には充分に対応出来る。

 だが変化球や、配球には対応して行く必要があるだろう。

 またストライクゾーンの取り方も、アメリカとは違うところがある。

 そのあたりは小此木が教え、実際の変化球は直史が投げる。

 なんとも豪勢な指導体制である。


 ついでに直史は、小此木に確認しておきたいこともあった。

「メジャーリーガーってゴルフが趣味のやつ、かなり多かったよな」

「あ~、特にピッチャーは多かったですけど、ナオさんゴルフ始めたんですか?」

「ゴルフ場を一つ経営してるんだけどな」

 これには小此木も驚かされるが、千葉は立地的にゴルフ場には適しているのだ。


 小此木にも確認したが、メジャーリーガーにはゴルフを趣味とする者が多い。

 意外と言ってはなんだが、多趣味な人間が多いのである。

 特に好まれるのは、ゴルフ、釣り、狩猟といったところ。

 昇馬が向こうで狩猟を好むようになったのも、知り合いのメジャーリーガーから誘われてのことだったはずだ。


 ピッチャーが特に多いと言われるのは、ノースローの日にゴルフをしたりすることがあるからだ。

 またアメリカも南部であれば、年中ゴルフをすることが出来る。

 アメリカのゴルフ場の数は、日本のざっと五倍以上。

 あれだけ国土が広いのだから、確かに作りようはあるだろう。

 メジャー大会のうち三つも、アメリカで行われるわけであるし。


「姪っ子、大介のとこの五女が、ゴルフを始めたんだ。うちの実家の周りは休耕地が多いから、重機でコースを作ったりしてな」

「そういや、日本の女子は世界でも強いですよね」

 アメリカの四大スポーツは、あくまでも団体競技を示したもの。

 それ以外であればテニスやゴルフも、大きな市場を誇っているのだ。

「それにしても大介さんって、五人も子供いたんでしたっけ?」

「七人だな。うち一人は養子だけど」

「確か母親が二人いるんですよね」

 この会話を聞いていても、意味が分からない人間はいるだろう。


 世界的に見れば、一夫多妻の国はそこそこある。

 また日本にしても実質的に、一夫多妻になっている場合がある。

 そのことについて直史は、自分は奥さんは一人で充分だが、他人の関係には口を出さない、という路線を貫いている。

 本人たちが納得するなら、それでいいと思っているリベラル派()だ。

 もっとも日本は昭和までは普通に、妾というものを囲っていたのだ。

 そういう点では逆に、保守的であるのかもしれない。




 NPBのプレイヤーにも、趣味がゴルフという人間はいる。

 それどころかレックスの中にも、そういう人間はいるのだ。

 むしろ沖縄キャンプに、ゴルフをしに来ている、などとのたまう人間もいる。

 もちろんそれは言い過ぎで、実際にはちゃんとキャンプで調整をしている。


 だが特に年配の人間には、ゴルフをやっている選手がそれなりにいた。

「やっぱりピッチャーが多いな」

「アメリカではベースボールもだけど、ゴルフも金持ちのスポーツだったね」

 そう言うカーライルも、ゴルフはやっていたらしい。

 もっともゴルフもやりようによっては、特に金もかからないものなのだ。


 猿はクラブ一本でやっていた、というのはさすがに少年マンガである。

 だがとんぼちゃんはハーフセットで強かったりするではないか。

 しかしバスケットボールなどで、黒人選手が明らかに多いのは、身体能力以外にも理由がある。

 貧乏な人間は、ボールの大きなスポーツをする。

 サッカーでもそうだが、ボールがすぐになくならないためにだ。

 野球やゴルフなどは、ボールをなくすことはたくさんある。

 試合においてどれだけ、ボールを代えることがあるだろうか。


 野球の打撃練習で、一発ごとにボールを取ってくるか。

 もちろんサッカーやバスケットボールも、ボール籠の中にボールを集めてはいる。

 しかしそれを失ってしまうことは、あまりないと言える。

 野球は場外に打ってしまって、ボールをなくすことがある。

 ゴルフなどはそれ以上に、OBやハザードでボールをなくすことがあるのだ。


 とはいえ貧しさの中から、チャンピオンになった人間がいないわけではない。

 だがそれも過去の、スポーツ全体が分析されていなかった時代の話か。

 今は野球にしても、自分の肉体を一番、活用出来るように使っている。

「俺も実際にやってみるまで気付かなかったけど、野球とゴルフはかなり共通点があるな」

 一番単純なものとしては、ボールを遠くに飛ばすことが大事、というものだろうか。

 ゴルフスイングで低目をホームランにしてしまうのは、大介がよくやっていたことだ。


 ただ全体を見てみるならば、むしろバッティングよりもピッチングに似ている。

 ゴルフは小さなカップに入れて、そこで終わるスポーツだ。

 飛ばしてばかりであれば、OBになるだけである。

 ピッチングはバッティングと違って、あえて遅い球を投げることもある。 

 そして狙い通りの場所に、ボールを投げ込むコントロールがいる。


 直史はピッチングに関して、ほぼ全てをコントロールしている、と思っていた。

 全てと言い切らないのは、事実は人間の想像力を上回るからである。

 だが他の可能性が見えてきた。

 野球以外のスポーツから、新たに加えるものがあるのではないか。

 パワーだけならば、もう不可能であろう。

 しかし技術的な要素は、まだまだ足していけると思う。


 体力が落ちてきて、回復力が落ちてきて、気力が失われて集中力も消耗する。

 そういった状態からでは、まさにメンタルスポーツが役に立つのではないか。

 ゴルフだけではなく、テニスのことも考えた。

 ゴルフよりもさらに、ピッチングに近いもの。

 それはピッチャーとバッターの対決が、テニスのプレイヤー同士の対決に似ているからだ。

 サービス側が基本的に、圧倒的に有利なのも、ピッチングに似ているかもしれない。




 そんなわけで直史は、このキャンプ中に他球団まで声をかけて、ゴルフが趣味の人間と、コースを回ってみることにした。

 もちろん休養日であり、リラックスするための一環である。

 何か裏があるのか、と参加する選手は戦々恐々である。

 しかし直史は、普通にゴルフコンペを開いただけであった。

 ちなみにというか、もちろんと言うべきか、武史は来ていない。


「佐藤さん、ハンデ幾つなんですか?」

「……公式ハンデはないな。一応80打前後で回れるけど」

「シングルだ……」

「すげえ……」

「ゴルフ歴はどれぐらいなんですか?」

「オフにしかやってないから、合わせて5ラウンドぐらいしか回ってないな」

 それでそのアベレージは、ちょっとおかしいのではないか?


 ゴルフは運動強度は高くないが、技術は高度なものである。

 特に重要なのは、弱く打つ、という要素が必要とされる点だ。

 遠くに飛ばすだけの、ドライビングコンテスト、というゴルフもあったりはする。

 そちらもそれなりに人気はあるのだが、それでもゴルフは最後は、技術を競うスポーツである。

 飛ばす方にも、技術は必要であるのだが。


 四組ほどに分かれてスタートする。

 直史と大介が同じ組になっているという時点で、他の二人は恐怖である。

(いやいや、これは野球じゃないんだから)

「本物のコースで回るのは初めてだなあ」

「ルールはその都度説明するから、打てるもんなら打ってくれ」

 直史も大介も、自分のゴルフセットなど持ってきていない。

 一応直史はお偉方と回るために、自分用のセットを買ったのだが。


 ゴルフはクラブのセッティングを、自分にちゃんと合わせただけで、一気にスコアが変わる。

 ただ直史や大介クラスになると、他のスポーツであっても修正力がかかってしまい、なんとか使ってしまえるのだ。

 大介の打ったボールは、はるか彼方に飛んでいった。

 だが少しフェアウェイは外れる。


 直史はフェアウェイのど真ん中に打っていった。

 しかし飛距離は、大介に随分と置いていかれる。

 身体能力の差はあるのだろうが、直史の方が身長とウィングスパンがある。

 だから遠心力を使って、遠くに飛ばすことは出来るはずなのだが。


 もっとも同伴した二人は、この天才たちのゴルフが、極めて対照的であると見る。

 大介は飛距離は出るが、それなりにボールが曲がるのだ。

 そして打ちにくいはずのところから、しっかりと距離の出る打ち方をしてくる。

 対して直史は、絶対に曲げないという飛距離で勝負する。

 また大介は、あまり多くのクラブを使わず、力を抜いてコントロールする。


 基本的に大介は、バッターである。

 つまり色々なコースに、ボールはやってくる。

 そして打ちにくいコースのボールを打つように、打ちにくいところに止まったボールも器用に打つ。

 あまり多くのクラブを使わず、力の加減で距離なども設定する。


 それに比べると直史は、本当にコースを外さない。

 ど真ん中を投げ続けるように、正確に打っていく。

 ただそれでも、運が悪くボールが弾かれることはある。

 そこまで少しずつ良くなっていても、一つのミスで大きくスコアを落とす。

 だがそれを次のコースにまでは引きずらない。




 前半が終わって、食事のためにクラブハウスに戻ってくる。

 ゴルフもまたこういった施設を、クラブハウスというらしい。

 もっとも競技の古さを考えれば、こちらが先輩であるのだろう。

 半分が終わって、さて誰がトップかと見てみれば、人数合わせで入ってもらった、地元の少年がトップであった。

「百合花よりちょっと年上ぐらいか」

 このカントリーで働いているというわけではなく、勝手にキャディなどをしているらしい。

 支配人はそれを見逃しているのは、色々と背景があるらしいが、詳しくは聞かない方がいいだろうな、と思った。


 この子供も、大介と似ているところがある。

 使うクラブの種類が少ないというか、そもそもあまり持っていないのである。

 ドライバーの他にウッド、ユーティリティ、ショートアイアンが一本にウェッジとパター。

 六本でプレイして、大人顔負けのスコアを出しているのである。


 クラブハウスの中にも入らず、外で自前の弁当を食べている。

 少し気になって、声をかけてみた。

「君はジュニアではどれぐらいの腕前なんだい?」

「さあ? 大きな大会なんて、出たことないさー」

 ゴルフは金持ちのスポーツである。

 だがその例外が、まさにここに存在する。


 埋もれた才能というのは、この競技でも存在するらしい。

 今の直史ならば、それを発掘する力がある。

「なんなら私の推薦で、ジュニアの大会に出てみないか? そこでいい成績が出せたら、クラブメーカーのスポンサーとかもつくかもしれないが」

「う~ん、ありがたい話だけど、あたしはあんまり遠くに行けないんだ」

 そこまで話して直史は、この子が彼ではなく彼女であるのに気付いた。


 今時の子としては珍しく、かなり日焼けをしているのか。

 あるいは地黒であるのかもしれないが、その肉体はしなやかに動く。

「ゴルフ歴は何年ぐらい?」

「気付いたら振ってたさー。一人で遊べるものだし、丁度よかったさ」

 直史としてはこの子が、果たしてどれぐらい上手いのか、その基準が分からない。

 ただ一緒に回っていた選手たちを、子供が圧倒しているという事実があった。


 女の子ならば、百合花のライバルになるのではないか。

 しかし競技の世界に出てこないなら、全く意味がない。

「それじゃ午後も頼むさ。勝ったら臨時収入だし」

 どうやらニギったらしいが、子供相手にどういう条件をつけたのか。

 まあ負けるようなので、それは問題ないだろう。

 むしろ勝ってしまったら、子供からお金を巻き上げたとして、色々と問題になる。


 歩く様子を見ていても、弾むような足取り。

 身体能力は見るからに高そうだが、ゴルフに必要なものなのだろうか。

 まだ沖縄でのキャンプはしばらくある。

 彼女に会う機会は、まだあるのかもしれない。




 直史が開催したコンペなので、商品も用意していた。

 もっとも大きなものを用意するのは難儀なので、一位には高額の商品券を送ったが。

 結局は地元の子供にトップを取られて、しょんぼりするプロの選手たち。

 いや、君たちは野球選手なのだから、ゴルフで負けてもいいではないか、と直史は考える。

 だがどうやらけっこうな金額のニギリをしたため、財布の中が空っぽになった人間もいるらしい。

 逆に負けていたら、彼女はそれを払えたのだろうか。


 同じ組でプレイしていた選手に聞いたところ、どうやら風を利用することと、風に流されないこと、その二つが抜群に上手かったらしい。

 基本的にアマチュアは、晴天で無風の状況を好む。

 今日の午後も少しは吹いていたが、それほどではなかったはずだ。

 それでも突発的な風を、しっかりと利用していたらしい。


 ジュニアでアマチュアといっても、子供の頃から専門的にやっていれば、上手くなるというものなのだろう。

 またコースの支配人にも、少し話を聞けた。

 家が貧しいのもあるが、どうやら病気の家族がいるらしく、専門的にゴルフを学ぶことは出来ていないらしい。

 ただ無料で参加出来る競技会では、何度も圧倒的に優勝しているそうな。

 元々沖縄というのは、ゴルフの強いプレイヤーを、多く輩出している土地である。

 その中で出来るだけ金をかけず、ゴルフで遊んでいるのだとか。


 もったいないのでは、と直史は思ってしまった。

 本人がただ楽しむのであれば、それは個人の自由である。

 ただちょっとした援助で、成功の道が開けるのならば、それは少し投資してみてもいいのではないか。

 もっとも直史自身が、それをするのには時間も手間もかかる。

(あいつらに話してみようかな)

 ツインズの二人であれば、変なところに伝手もあるはずだ。


 直史にとってゴルフは、手段でしかない。

 ゴルフ場を買収したのも、接待のために必要としたからだ。

 市場的にこれから、参入の余地は充分にあると思った。

 しかしその中で、成功するためには必要なものがある。

 それはスーパースターだ。


 野球にしても上杉と大介の対決が、プロ野球を大きく盛り上げたのは間違いない。

 それ以前の高校野球では、上杉が無念の敗北を喫したり、直史と大介が圧倒的なパフォーマンスを残したりと、色々とやってきた。

 だがプロの市場があってこそ、日本のマーケットは広がったわけである。

 今の日本のゴルフ事情について、直史は知っている。

 昔に比べると、ゴルフの競技人口は減っている。

 だが世界で戦える選手は、むしろ増えているのだ。

 特に女子の世界は、日本では大きくスターの世代がある。

 また飛距離の出ないアマチュアにとっては、女子ゴルフの方がいいお手本になる、という傾向もあるらしい。

 そこはなるほど、と了解する直史であった。




 ゴルフをやってみて、直史はそれを面白いと感じたか。

 ちなみに大介は、そこまで面白いとは思わなかったらしい。

 直史としても、別にゴルフ自体を楽しいと思っているわけではない。

 しかし競技の戦略性などは、確かに優れていると思う。

 あの計算高い樋口が、積極的にやっているというのも、人脈作り以外でも分かるというものだ。


 ただ直史は、沖縄に遊びに来たわけではない。

 何度もゴルフコンペを開いていては、周囲の顰蹙を買うだろう。

 しかし身体操作という点では、色々と野球に置き換えることが出来る。

 クラブでショットを打つ瞬間は、指先のリリース感覚に似ている。

 ティーショットのドライバーは、ストレートにも似ているのだ。


 運動の強度は確かに低い。

 しかしショットのインパクトの瞬間は、バットを振ったりボールを投げたりする感覚に似ている。 

 比較的時間が長くかかるというのも、ある程度は似ているであろう。

 18ホールもやる必要があるのか、という言葉もあるかもしれない。

 それこそ高校野球を、七回で終わらせてしまえ、という話に似てくる。


 ワールドカップはU-18のカテゴリーさえも、七回で終わるようになってしまった。

 なんとも軟弱なことだが、アマチュアで選手を壊すわけにはいかない、ということだろう。

 実際にアメリカでは、170km/hオーバーを投げた高校生が、トミー・ジョンをしていたりするのだ。

 昇馬にはそういった故障はないが、おそらくそれは右でもピッチングをしているからだ。


 今年はWBCのために、早々にチームから選手が抜けて行く。

 レックスからも左右田と迫水が抜けて、困ったことになるのだ。

 なお平良も選ばれているが、大平は選ばれていない。

 もっとも迫水は、他のチームのピッチャーの球を捕って、球筋を見てくるはずだ。

 そうなれば総合的には、レックスは得をするかもしれない。

 大介もしばらくしたら、そちらに合流する。

 武史は去年の故障があるので、召集されることがなかった。

 ただ代表チームとしては、それ以上に直史に来て欲しかったのであろうが。


 球数制限のある試合では、直史は不利である。

 それにMLBから主力ピッチャーが出てこないのなら、充分に優勝する余地はある。

 そもそも最初の大会から、MLBは選手運用を失敗していた。

 短期決戦こそ、スモールベースボールは強いのだ。

(まあさっさと終わらせて、レギュラーシーズンを戦おう)

 アメリカや他国のメンバーを見れば、野手にはメジャーリーガーが多い。

 しかしピッチャーにはあまりいなければ、また日本が勝てるであろう。

 国際大会とは言いながら、そこまでの権威もない。

 直史はそれが分かっているからこそ、沖縄でゆっくりと調整をするのであった。


 もっとも代表としては、直史がほしいことは間違いない。

 一応は故障者が出立っとき、スーパーラウンドの前にメンバーを交代することは出来る。

 せめて決勝ラウンドだけでも、クローザーをしてくれたら。

 実際に直史が出れば、それでWBCも盛り上がるだろう。

 ここではMLBと日本代表で、利害が一致するのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る