第383話 今年もキャンプイン
二月になると自分で調整する、ベテラン組が合流してくる。
直史は完全に、自分で仕上げてきている。
むしろキャンプ入りしても、完全に自分でメニューを組んで調整する。
それが許されるだけの実績を、既に残しているのだ。
「こうやって一緒になるの、久しぶりですね」
「MLBで最後にやった時以来だな」
小此木とはある程度、ストレッチなどで一緒にやるが。
小此木はMLBでは、一番か二番を打つことが多かった。
とはいえ打率はほぼ三割、そして出塁率は四割、ホームランも二桁は打っている。
MLBで合計100本を放り込んでいるのだから、長打力にも期待される。
パワーではなくバネで打つタイプのバッターだ。
かつては内野をメインとしながら、外野も守っていた小此木。
MLBではユーティリティに守っていたが、それでも内野のほうが多かった。
この小此木を打線でどう使うかが、レックスの今年の悩みどころだろう。
そもそもキャンプでのプレイを見て、どういった具合なのかを確認しなければいけない。
レックスからアメリカ西海岸のチームを四つほど回った。
ワールドチャンピオンにも一度なっているのだから、勝ち運は持っている。
そして小此木のいいところは、俊足のバッターでありながら、右打者であるということだ。
昨今はとにかく、左打ちのバッターが増えすぎている。
直史は豊田と共に、こっそりと首脳陣ミーティングにも参加していた。
そこで小此木の使い方を話していたのだが、西片は二番に置くつもりである。
「どうだろう?」
MLB流の打順を、直史にも確認してきたのだ。
移籍前のレックスでは、一番か三番を打つことが多かった。
長打も打てるが、足を活かすことも出来る。
ただ本格的に主力になったのは、直史が去った後であったが。
別に直史を追いかけたわけではないが、より高いステージを求めてMLBに移籍した。
今でもそうだが当時も、内野の日本人選手はほとんどいない。
だが小此木は素材枠で取られながらも、すぐに育っていったのだ。
丁度いい同期の年下として、ピッチングの練習の置物に使ったものだ。
それが彼のバッティングを、開花させたものでもあるが。
MLBではいくつかのチームが、上手く使える選手として、ロースターに入れてスタメンでも多く出場した。
中距離打者のはずが、MLBで100本も打っていれば、充分すぎるスラッガーだ。
何より小此木は、打撃に関しては、樋口の薫陶も受けている。
つまり今のレックスに足りない、打つべき時に打つというバッターだ。
近本も打点は多いが、その後が続かなかったりする。
小此木は打点を加えた後も、さらにチャンスを残し続けるのだ。
当初の予定では、小此木をサードに入れるか、という話になっていた。
首都大学リーグの大砲が、果たして一年目からいきなり、チームに適応するのかどうか。
バッティングに関しては、確かにかなりの強打者と言える。
しかし問題は守備の方にあった。
ショートの左右田が、リーグの中でもかなり、高い守備力を持っているというのはある。
だが大学とプロとでは、内野を襲う打球速度が違うのだ。
サードにそのまま入れていれば、エラーを連発するだろう。
むしろこれまでのサードの方がマシ、という話になる。
つまりやはり、小此木にサードを任せることになるのだ。
コンバートするにも、レフトを守らせることになるのか。
ライトのクラウンは動かせないし、センターは完全に守備特化となる。
それでも外野を守らせると、そこが穴になるのではないか。
まだしもサードを守らせていたほうが、左右田がフォローしやすい。
試合の終盤にでもなれば、守備固めと交代することになるか。
少なくとも二軍で、しっかりと練習してもらわなければいけない。
去年からの課題であるバッティングは、開幕までには間に合わないかもしれない。
そして三島の抜けた先発の話である。
左の先発である三島が抜けて、やはり左の先発がほしい。
木津も左ではあるが、木津は左と言うよりは、木津という独特のピッチャーであるのだ。
そのために須藤と塚本という、左のピッチャーを取ってきた。
だが塚本は即戦力と言われていた割には、少し物足りないものが合った。
須藤とどちらが中継ぎをするか、キャンプの時点ではまだ決まらないかもしれない。
今年もしっかりと、ピッチャーは取ってきている。
とにかくピッチャーというポジションは、毎年不足するものであるからだ。
百目鬼もメジャーから目を付けられているので、四年後にはポスティングとなるかもしれない。
そのあたりのことも考えて、高卒のピッチャーも素材枠で取ってある。
国吉が去年、それなりの期間を離脱していた。
だからリリーフは、何枚いてもいいのである。
特に同点の場面で使う、便利なピッチャーはいてほしい。
だがチーム全体のことを考えれば、直史の引退後も決めていかないといけないだろう。
レックスはとにかく、守備の堅牢なチームなのだ。
ピッチャーも含めて、そういう玄人向けの強さを身につけたい。
あとは大砲を、どう育てていくかが問題だ。
今年の新人だけではなく、高校生の大砲も、それなりに二軍では使っているのだ。
ただ投手はまだしも、野手はなかなか育たない。
そんなわけで小此木が、アメリカから一緒に連れてきた、若手の野手も使ってみる。
アメリカのマイナーというのは、本当に貧乏なのである。
NPBの二軍と言うよりは、独立リーグに近いと言える。
月給が20万とか30万で、体を維持する食事が出来るのか。
それに比べれば日本に来れば、5000万ぐらいはもらえるし、しっかり使ってもらえるかもよ、という甘い囁きである。
そして数年して実力がつけば、メジャーに移籍すればいい。
そういったルートを既に、構築しつつある。
NPBとMLBの実力差は、3Aとメジャーの中間からメジャー寄り、という評価が多い。
実際に大きな金を動かせる、MLBを目指す選手がいるのは仕方ないだろう。
日本でアメリカの選手を育成している、と考えてもいいだろうか。
だがそのうち、日本出身のピッチャーが多くなってくれば、果たしてMLBはどう考えるか。
ピッチャーが通用しやすいのは、アメリカでも常識となっている。
そして直史と武史、大介がその舞台を蹂躙した。
アメリカというのは言うまでもなく、多様性に満ちた国だ。
その中ではアジア人を、かなり差別する流れもある。
もっともアメリカに渡るようなアジア人は、成功者が多かったりする。
ただ日系アメリカ移民には、巨大な闇とも言える過去がある。
そのあたり本当にアメリカという国は、救いがないとも言えるだろう。
世界一の大国であるがゆえに、原罪まで背負うことになってしまった。
だからおかしな思想で、自分を罰そうとしている。
まあ日本もそのあたり、あまり大きなことは言えないのだが。
直史は保守派である。
だが同時に、改革を恐れない人間だ。
旧来の制度が日本を破壊するなら、容赦なく変革して行く。
弁護士という司法側でありながら、立法の方にも関心を示すのは、純粋に自分と周囲の人間が、平和に暮らすためである。
安寧を維持するという点では保守派。
そのために変化して行くという点では、改革派である。
しかし絶対に、リベラルなどというものではないし、多様性という名の非寛容とも同調はしない。
労働者の権利を守っていく側だが、共産主義思考には徹底して立ち向かう。
家父長的な価値観を持っているが、独裁者ではない。
だがレックス内のみならず、ファンの中にもファンと言うよりは、信者がたくさんいる。
それはもう下手な新興宗教よりも、数は多いであろう。
邪神信奉者とか、魔王信奉者と呼ばれる一派だ。
救われないことに直史は、特に恩恵を与えてもいないし、利益も得ていない。
もちろんユニフォームなどが売れると、それだけマージンが入ってくるが。
キャンプが始まって数日、小此木は左右田を鍛えていた。
今年で四年目となる左右田だが、実力的にMLBに行くには、色々と足りない部分がある。
しかしNPBのチームでリードオフマンとなるなら、かなりの活躍が期待できる。
「バッティングの出来るのが、とにかくいいですからね」
フライを捕る練習もさせているのは、長い目で見れば外野も守れるようにするためだ。
MLBではとにかく、内野の中でもショートとサードは、守備に肩が求められる。
高校時代まではピッチャーもやっていた小此木だが、野手投げと言われて内野で勝負している。
しかしその野手投げというのが、強肩という意味と同じだ。
キャッチしたらとにかく、一瞬でも早く送球をする。
ただここでの悪送球は、ベンチからの印象を悪くする。
左右田は確かに運動能力が高く、足も速い。
それでも将来的には、セカンドかセンターあたりを守ることになるかもしれない。
緒方は少しずつ打力も走力も落ちていっているが、とにかくエラーの数が少ない。
「白石さんは本当に化物ですね」
ショートの深いところから、サイドスローでもしっかりストライク送球が出来る。
またレフトからの中継でも、その肩を活かすのだ。
極端な話である。
完全な長距離砲以外、野手はピッチャーとショートが出来るような、そういう人間を基準に考えるべきだ。
ピッチャーというのはとにかく、ノーコンと言われるピッチャーでも、内野手よりはコントロールがいい。
そしてショートに身体能力が必要なのは、言うまでもない。
もちろん実際には、その中からさらなる適性を確認し、ポジションを決めていく。
MLBではWARという指標があるが、これは簡単に言えば勝利にどれだけ貢献したか、を示すものである。
野球ではどこを守っているかというポジションの時点で、これに補正が入ってくる。
このWARの計算も一つではないのだが、ポジションではピッチャーを除くと、キャッチャーが一番守備貢献度が高い。
ショート、セカンド、センターのセンターラインの補正値は高く、指名打者を除けばファーストが、一番守備補正は低くなるというかマイナスになる。
逆に言えばそれだけ、重視されないポジションというわけだ。
ファーストとレフトは守備位置補正が低いので、最低限の守備さえ出来るなら、あとは打力のある選手をここに置く。
ただNPBとMLBでは、そこにも違いがあったりする。
NPBではサードはマイナスの補正となるが、MLBではプラスの補正となる。
ライトとレフトはMLBなら同じ程度の重要度だが、NPBだとライトの方が重要となる。
このあたりやってる野球が、根本的に違う、ということの証明にもなるだろう。
小此木はやろうと思えば、ショートも出来る。
だが故障の可能性を考えると、サードあたりになるのだ。
ショートは守備範囲が広く、そして体を捻る動作が多い。
すると故障もしやすいので、あまりのベテランだとコンバートするのも当然だ。
レフトをやっても良かったのだが、ここで他の選手が、出てくるのに合わせる。
ユーティリティに守れて、しかも打てるバッターは貴重である。
野手は外野を取り合うこととなる。
あるいは打撃力が落ちてきた、緒方のセカンドであるか。
ただ小此木は元は、セカンドも守っていた。
そのあたりを考えると、サードを守れればスタメンにもなれるか。
小此木と一緒にやってきた外国人は、とりあえずレフトに入る。
二年契約であるので、果たしてどれぐらい役に立ってくれるのだろうか。
ピッチャーに関しては、新人と若手の競争が激しくなる。
今年はセットアッパーの中で、国吉の仕上がりが遅い。
去年の故障から、オフシーズンはかなり休養に割いたということはある。
しっかりと休まなければ、治療できないからだ。
あとは先発のローテーションだ。
だがここに国吉を、リリーフから持ってくるのはどうか、という話も出てきている。
中継ぎは消耗品、という扱いをしているチームは確かにある。
勝ちパターンならばまだしも、同点やビハインド展開では、便利屋扱いされることもあるのだ。
投げれば投げるほど年俸は上がるので、投げすぎて壊れることがある。
レックスはこの中継ぎ管理が、しっかりと出来ている。
先発のローテにしても、六人全員が勝てるピッチャーである必要などない。
順番に若手や新人を、使っていけばいいのだ。
今年の指名した新入団選手の中で、一軍に帯同したのは四人。
ピッチャーは順調に仕上がっていくが、直史はゆっくりと投げていた。
投げ込みではなく、バッティングピッチャーを引き受けたりする。
とにかく打線の援護がないと、辛いと分かっているからである。
誰も直史の代わりにはならない。
だが世界は変わっていくのだ。
どれだけ偉大な人間であろうと、やがて死は訪れる。
だからといって人間の社会が終わるはずもない。
野球という競技の継続性が、昨今はまた高く評価されるようになってきた。
競技人口自体は、一度下り坂になってから、また微増に転じているのだが。
サッカーが身の程を知らず、自滅してしまったというのが大きい。
もっともバスケットボールが拡大しているので、そこも競争になるか。
シーズンの時期が違うので、ある程度は住み分けが出来るだろうが。
日本人の野球の楽しみ方は、独特なのである。
この20年で日本の野球のレベルを、アメリカに知らしめたことが大きい。
特にアマチュアレベルでは、アメリカという国の単位で見れば、日本の方がむしろ上である。
MLBが世界で一番、大きいリーグだということは否定しないが。
今年のレックスはそのメジャー帰りの日本人選手と、若手のマイナー選手を連れてきた。
純粋にパワーで飛ばすだけなら、いくらでも飛ばしていける。
スピードボールなら160km/hでも対応出来る、というのは偉い。
ただ変化球に対しては、カットして行くことが多いのだ。
直史はそういうバッターには、とにかく変化球を投げた。
プレートの位置も変えて、サウスポーに近い軌道にしたりもする。
右バッターに対しては、高速スライダーを磨いてきた。
クロスファイアーとスライダーの使い分けで、ほとんどの右バッターは打てなくなる。
そうやってバッティングピッチャーをしながらも、しっかりと仕上げていく。
正直なところキャンプインした時点で、ほぼ仕上がっているのだが。
あとはピッチャーの様子を見る。
「どうだ?」
「塚本と須藤がバチバチに意識してるな」
今年の先発ローテは、直史、百目鬼、オーガスまでは絶対に確定。
そしておそらく木津も入ってくるだろう。
木津はリリーフとしては、ちょっと使えないタイプのピッチャーなのだ。
即戦力を期待した新人は、まだこの二人の間に割り込めない。
一年目のオフシーズン中に、よほど鍛えてきたのであろう。
直史などは体を休ませて、コンディションを維持するのが精一杯。
ただまだ20代前半の二人は、ここから成長し経験を積み上げていく。
一方のライガースである。
即戦力を期待して獲得したピッチャーは、確かにいい感じでは投げていた。
リーグ戦終了後、ドラフトで指名された後も、しっかりと仕上げてきたらしい。
左の即戦力というのを、自分でも分かっているのだろう。
球速も確かに出るが、スライダーとカーブのコンビネーションで三振を奪える。
左バッター対策として、かなり効果的ではあるだろう。
若手の成長してきたピッチャーもいるが、二年目の躑躅に期待である。
去年はちょっと一軍で使うのは早かったな、という桜木は開幕一軍は考えにくい。
だがキャンプは一軍に帯同している。
スピードボールでは大介を、全く抑えられないのは分かっているはずだ。
もっとも大介からすると、どのピッチャーも150km/hは出してくるという今の野球は、むしろ遅い球をどう使うかがポイントになると思う。
直史はカーブを使う。
130km/hが出るカーブもあるが、スローカーブは90km/h台だ。
一番落とせば70km/h台にもなるが、基本的には球速差50km/hの緩急で勝負する。
あとはチェンジアップなどが、打てない理由になってくる。
とりあえず新人のピッチャーは、大介のバッティングピッチャーをして、洗礼を受けてもらう。
何を投げてもスタンド入り、というのを体験してもらうのだ。
そしてこれ以上はいないから安心しろよ、という慰めが入る。
同じチームでよかった、と大半のピッチャーは思うのだ。
データ的に見て、史上最強のバッターである。
この人とキャリアが被った選手は、本当に気の毒だな、と思われるものだ。
逆に味方であれば、おかげで勝てたという試合も多いだろう。
ただレックスなどは、援護点が少なくても、比較的勝っている。
守備力など以外にも、流れというものがあるのだろう。
マシンにも、武史や昇馬の160km/hオーバーにも、対応出来た大介。
だが変化球に対してはどうなのか。
(左の変化球にだけは、まだアジャストしていないな)
それを自分で理解しているのが、大介の強いところなのである。
競合の末に神戸に行った久世。
はたしてそこまでのピッチャーだったのか、大介は分からない。
だがこの左にしても、そこまで打てないピッチャーとは思わなかった。
もっとも大原もいなくなったため、やはり先発の補充は必要だったのだが。
オープン戦で甲子園に戻ったら、そこで大原の引退試合である。
なんだかんだ言いながら、最終的には勝ち星で、真田を上回ることとなった。
ライガース打線が強力で、援護があったということもある。
上杉の全盛期にいながら、タイトルを取ったのも幸運であった。
もはや自分と同年代の選手や、少し下の選手もほとんどいない。
あとはどれだけ、自分自身が選手を続けていけるか。
限界に挑戦する大介は、柵越えを連発して、今年も健在であることをアピールするのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます