第382話 補強開始

 契約更改の時期には当然、クビになる選手も出てくる。

 そういった選手でも、トライアウトに出てみたり、海外のリーグに行ってみたり、また独立リーグに入ったりする。

 中には球団職員となり、ユニフォームを脱ぐ選手もいる。

 あるいは同じユニフォームを着ていても、背番号が変わり、ベンチの中の人間に変わったりもする。

 当然ながらレックスも、自由契約とした選手は何人もいる。

 そして新しく契約したのは、二年で10億の小此木。

 直史本人が動いたわけではないが、代理人を通してスムーズに日本球界への復帰となった。


 ベンチメンバーにしても、まだMLBの方が年俸は高いぐらい。

 だが生活環境の安定化や、引退後のポスト、あとは出場機会を求めれば、日本が一番いいと判断出来たのだ。

 守備位置は、おそらくサードだが、レフトの可能性もある。

 それに関しては内野の競争が、激しくなってくるのだ。

 近本は骨折から感覚を取り戻すのに、時間がかかるかもしれない。

 あるいは衝撃を恐れてしまって、前のようなバッティングが出来なくなるかもしれない。

 そして放出した分だけ、新しく入ってくる選手もいる。

 レックスは首都大学リーグの大砲を、一本釣りで獲得した。

 大学でのポジションは、サードである。


 小此木は珍しく、メジャーでも内野を守ることが多かった選手である。

 アスリートタイプというか、とにかくセンスがいいことは、直史もずっと認めていた。

 緒方の全盛期でなければ、ショートを確実に奪っていたであろう。

 今でもあるいは、左右田よりもまだ上手いかもしれない。

 ただこのメジャーリーガーの日本球界復帰により、かつてのレックスファンはまたも、神宮に戻ってくる。


 あの最強だった時代のレックス。

 そのメンバーが選手だけでも、少し戻ってきている。

 また監督は西片が二年目となり、豊田もそのまま。

 首脳陣もかなり、若くなってきているのだ。


 これで樋口がいてくれたら完璧なのだが、もう生きている世界が違う。 

 庶民に夢を見せるのはなく、庶民の生活を守る。

 そのために参謀として、上杉兄弟に策を授けている。

 地味にあと20年もすれば、日本の政治を裏から操る、フィクサーにでもなっているかもしれない。

 リアルでそれが想像できるので、ちょっと怖いところがある。


 小此木もまた地味に、帝都一出身の選手だ。

 そしてタイタンズに誘われたこともある。

 ポスティングでメジャーに行く前には、こっそりとタイタンズから、FA移籍の打診を受けてもいた。

 もちろんそのまま、分かりやすく交渉をしたら違反ではあるが、そこは微妙な言い方をしてきたのだ。


 来年の戦力については、お得なマイナー選手も誘ってきてくれた。

 これでピッチャーが埋まれば、ありがたいことである。

「あの人は今は何をやってるんだ?」

「俺が知ってる限りだと、MLBコミッショナーを動かして色々としてましたけど」

 なんとも、ルールを作ったり変えたりする方に回ったわけだ。




 レックスは長打の打てるバッターを獲得し、またピッチャーや内野をバランスよくドラフトで指名していった。

 もっともこれがそう都合よく、フィットしないのがプロの世界であるが。

 これに対してライガースは、ピッチャーを多く獲得している。

 やがて大介の引退も考えて、将来性のありそうな高卒内野手も取っているが。

 ただ大介の代わりになる選手など、出てくるはずもないのだ。


 年齢的にショートを守るのも、近く無理になるだろう。

 バッティングに関しても、どれだけ他の部分を鍛えても、目が衰えてくるのだ。

 ショートの後継者に、大介の離脱後の打線を支える存在。

 そんな者はいないはずなので、何人かで分担する必要がある。


 ただライガースはまず、失点をどうにかしないといけない。

 先発も足りているとは言えないが、やはりリリーフが問題だ。

 普通はリリーフピッチャーは、それなりに回していけるもののはず。

 中継ぎ酷使、などとは今でも言われているが。

 勝ちパターンのピッチャーを、やはり作らなければいけない。

 先発も中継ぎも、ピッチャーが課題である。


 ライガースが一本釣りしたのは、関西大学リーグの左腕であった。

 左の先発というのを、ライガースは必要としている。

 去年も左を取ったが、それでもまだ左不足。

 もっとも育成中のピッチャーから、飛び出てくる可能性もあるだろうが。


 内野に素材型の選手を取って、あとはピッチャーを重要視する。

 とにかく失点を減らさないと、レックスに勝つことが出来ない。

 FAでも獲得しようかとも思ったし、フリーマンも数字を落としてきている。

 六枚目の先発の座を、奪い合う争奪戦が起こってほしい。

 その結果として、ちゃんとしたローテ陣が作られるのである。


 大介が引退するまでに、どれだけの若手を育てていくか。

 クリーンナップに外国人を二人も置いているため、そこにも問題はある。

 ただパワータイプの助っ人外国人は、今でもそれなりに探してこれる。

 マイナーで燻っているような大砲は、それなりにいるのだ。

 しかし日本の野球にフィットするかは、やってみないと分からないのである。


 基本的にはドラフトからの育成。

 ライガースは今年も、支配下で八人を取った。

 育成でも四人を取っているので、人数はタイタンズと同じである。

 あとは今年も、FAで誰かを取ってくるかというところ。

 取るとしたら高額ではない、セットアッパーがほしいところだ。


 リリーフの実績というのは、チームが変わってキャッチャーとの相性もある。

 だが今のライガースは、間違いなくリリーフが弱い。

 せっかく先発がいいピッチングをしても、勝ち星を消してしまう。

 だが打線の援護によって、リリーフに勝ち星がつくこともある。

 このあたりの不安定さが、ライガースの弱点となっているのは間違いない。




 戦力に偏りが出るのは、どうしようもないことなのだ。

 ドラフトで指名した選手が、想定通りに実力を発揮しないことは、誰もが分かっている。

 だからこそFAや外国人で、その穴を埋めていく。

 今年のライガースはFAで、先発やクローザーに比べれば比較的安価な、セットアッパーを獲得した。

 大原が引退したが、今年の先発で投げたのは、わずかに八試合。

 ただ4勝2敗であるので、まだ来年も出来るのでは、と思わせるところがある。


 断裂とまではいかず、損傷と言われた靭帯。

 意味合いとしては似たようなものであるのだが、とにかく今年はだましだまし使った。

 しかしチームが不安定な時に、しっかり投げられるペテランの喪失は痛い。

 もっともライガースの先発は、20代の若手ばかり。

 FAで移籍してきた友永でさえそうなのだから、今後が期待されるとも言えるだろうか。


 ただピッチャーというのはあらゆるポジションの中で、最も消耗が激しい。

 30歳前後で引退というのは、普通にあるポジションだ。

 しかし逆に長く続ける選手は、40歳を超えて投げていたりもする。

 それぞれのポジションの最年長クラスを比べてみたら、逆にピッチャーの方が長く現役であったりする。


 単純な話で、投手には動体視力と反射神経が、あまり必要ではないからだ。

 バッターはこれがなければ、ボールを打つことが出来ない。

 だから逆にMLBで、織田などは守備固めと代走で通用したりする。

 小此木としても日本に戻ってきたのは、単純にMLBとNPBでは、ピッチャーの球速の平均値が違うからだ。

 年齢によって、対応出来るリーグが変わる。

 逆に言えば昇馬などが相手なら、小此木は全く通用しないかもしれない。


 ただバッターにしても、長年の経験を活かして、読みで打つという選手がいないでもない。

 動体視力が衰えていても、一点に絞って振っていったら、それなりに対応出来たりする。

 だがこれも個人差はあるし、大介はまだまだ動体視力で打っている。

 平均的にピッチャーの全盛期は、26歳までには終わる。

 だがそれは出力の問題であって、実際には30代のピッチャーはいくらでもいるのだ。


 個人の選手の節制と研鑽の結果である。

 セットアッパーなどは勝ちパターンでなくても、五年もせずに壊れて引退する者がいる。いくらでもいる。

 なのでピッチャーをFAで獲得するのは、かなり調査をした方がいい。

 友永を獲得した時も、数年間のデータ以外に、プロに入るまでの経歴まで調べたものだ。

 だいたいシニアから高校までに、下手に実績を残していると、選手寿命は短かったりする。

 シニア世界一になった真田なども、14年間の実働であった。

 既に完成している、と言われるピッチャーほど寿命が短かったりする。

 これも全て例外があるので、断言することなど出来ないが。




 フィジカルという言葉には、いくつかの意味がある。

 肉体の出すパワーもあるだろうが、他に肉体の頑健さも含められるだろう。

 そのフィジカルで圧倒的なのが、やはり上杉であった。

 そして同じくパワーがあるが、その効率的な使い方をしているのが大介である。

 身長は小さいが、筋肉に覆われている。

 また肉体の頑健さは、これまでの24年間、全シーズンで100試合以上を出場していることも明らかである。

 こういった頑健さは、鍛えてもどうにかなるものではなく、ある程度は遺伝子に左右されていたりする。


 大介は今年も、一年の契約を行った。

 二度目以降のFA権というのは、基本的に4シーズンをフルで戦ったら取得できる。

 NPBに復帰してから、四年目となる大介。

 ライガースとしては、複数年契約をしても良かったのだ。

 だがこの年齢になると、一気に衰えがきてもおかしくはない。

 大介が球団に遠慮しているのは、そのあたりの可能性によるものだ。


 また大介はそもそも、海外FAでメジャーに移籍するつもりはなかった。

 スキャンダル報道に嫌気がさして、アメリカに行ったのである。

 そのためポスティングなどでの恩恵を、ライガースは得ていない。

 チーム自体には愛着があったため、大介は無理な複数年契約を、ライガースと結んでいないというわけだ。


 大介は一人で、集客力をアップさせている。

 ピッチャーと違って野手は、おおよそ毎試合出ることが可能であるからだ。

 甲子園を毎試合満員にする、大介のバッティングやフィールディング。

 一人でこれだけ客を集めるという点では、ピッチャーの直史には不可能であるのだ。

 そのためライガースは、収益が上がっている。

 一人のスーパースターに、そこまで頼りきってしまうのは、あまり健全でないとは分かっているが。


 基本的に大介は、試合の勝敗自体には、あまり興味がない。

 野球が出来ているというだけで、幸せな人間であるのだ。

 さらにその中で、面白い対決があればなお嬉しい。

 ここが直史の、勝てば良かろうなのだ、という精神と完全に重ならない部分である。


 多くの引退した大打者と、大介は話す機会があった。

 その中でほとんどの人間は、40歳前後から目がもうついていかない、と言っていた。

 大介は来年で43歳のシーズン。

 いつその衰えがやってくるのか、それが分からない。


 動体視力が衰えても、ある程度は経験と読みで打つ。

 それが可能であることは、大介は分かっている。

 単純に速ければ打てないというのなら、直史の存在はなんなのか。

 もちろんスイングスピードが速ければ、対応することもより楽になる。

 しかしながら直史は、MAX150km/hの右腕でありながら、何度となくパーフェクトを達成しているのだ。




 レックスもライガースも、それなりの補強を完了した。

 ただ今年のセで注目されているのは、ドラフトで一位競合を獲得したタイタンズであり、外国人の補強などもしている。

 タイタンズの弱点は、一つにはピッチャーであると言われている。

 FAで獲得した選手などが、思ったほどの勝ち星を稼いでくれなかったのだ。

 だからこそ今年のドラフトも、大卒社会人の即戦力を、目安に指名していった。

 その中の何人が、本当に通用するかは分からないが。


 去年Aクラスであったカップスに、武史が復帰してくるスターズ。

 それぞれのチームがしっかりと、補強などを行っている。

 だがどうも、それが上手くいっていないチームもあるらしい。

 ……どこであったろう?

 それはそれとして、パでは福岡に対して、他のチームが挑む構造になっている。


 福岡一強に対して、北海道、神戸、千葉がそれに対応している。

 しかし補強が上手くいっていないのは、セの1チームだけではない。

 今はとにかく、埼玉が暗黒期である。

 それでもたまには、最下位を脱出するシーズンもあるのだが。

 セのどこかとは、そこが違うと言ってもいいだろう。


 ただこの時期にそういった話をしても、実際のところは分からない。

 新人がいきなり、大活躍の新人王になったりもするのだ。

 また若手がキャンプから、オープン戦にかけて大活躍する。

 そういった覚醒とでも言える、成長を見せるのがプロの世界。

 26歳でプロ入りした直史も、技術的にはさらなる成長を見せたものだ。


 今は昔と違って、補強がドラフトからの育成に、重点を置いている。

 FAで移籍してきても、二年ほどはともかく三年目あたりになると、成績が下降してくるのだ。

 あるいは一年目から期待ほどの成績を残せないことも多い。

 助っ人外国人にしても、日本人のピッチャーのレベルの上昇のせいか、ピッチャーもバッターも期待はずれになることがある。

 現役ドラフトなどというのもあるが、これもよほどチームに合っていなかっただけ。 

 主流はドラフトからの育成なのである。


 つまり弱いチームは、ドラフトのスカウトの目が腐っているか、育成のコーチの手腕が腐っているか、このどちらかであることが多い。

 ただチームの雰囲気自体が、既に完全におかしくなっているというのはある。

 これを変えるというのは、何をすればいいのか。

 基本的には首脳陣を、総とっかえするのが最初だろう。

 あとはひたすら練習である。

 キャンプと秋キャンプ、そこでどれだけ鍛えられるか。

 また自主トレの間も、どれだけ鍛えられるかという話になる。




 キャンプの前の新人の様子では、競合で指名された二人が、それぞれ高い評価を得ていた。

 特に司朗などは、高卒の野手でありながら、開幕一軍ベンチ入りはおろか、スタメンで出場するのでは、などと言われている。

 ただ本人としては、なぜタイタンズが勝てないのか、中から見ると分かる、という感想であるらしい。

 相談相手が父でも直史でもなく、従弟の明史であるあたり、かえって深刻な問題であるだろう。

 もっとも個人としてのパフォーマンスは、全く問題がない。

 サウスポーの変化球には、やや苦戦するところがある、といったところだろうか。


 そういう場合は無理をせず、出塁に集中すればいいのだ。

 カットする程度ならば、いくらでも出来るのだから。

(今のタイタンズの状況なら、狙えるタイトルはあれかな)

 大介があるので、打撃三冠はちょっと難しい。

 しかし最多安打は、可能性があるのではないか。


 他に狙っているのは、ベストナインやゴールデングラブ。

(外野で確実に取りそうなのは、本多さんだけだしなあ)

 焼き鳥フェニックスの中で、打線では唯一奮闘する本多。

 ライトを守っている、右の大砲である。

 打撃の指標に数字、あとはその強肩。

 守備範囲の広さだけは、それほど突出していないが。


 司朗の目から見ても、少なくとも若手選手の中には、開幕スタメンを邪魔しそうなチームメイトはいない。

 だがコーチ陣が、やたらと口を出してくる。

 司朗はケースバッティングが出来るので、長打を狙うのか、それとも中距離打者として扱うのか、意見が分かれている。

 当の司朗としては、一番バッターで使ってほしい。

 あるいはメジャーの方式を持ってきて、二番バッターでもいい。

 タイタンズはリードオフマンがいなければ、上手く打線がつながっていかない。

 ホームランを打てるバッターが、いないわけではないのだが。


 とりあえず同期の即戦力ピッチャーとは、ガチンコの対決をしてみた。

 直史ほどの変化球を投げるピッチャーはおらず、武史や昇馬ほどの球速の持ち主もいない。

 さすがに最初の対決では、打ち損じというものもある。

 だがやがて、ガチンコ勝負は避けるように、とコーチに言われるようになってしまった。

 司朗が打ちすぎるからである。


 冬場の寒い時期に、屋外で投げることはあまりない。

 だがマシンのボールであっても、司朗は160km/hを軽く打つ。

 昇馬の攻略を考えていた身からすれば、この程度はさほどの球速でもない。

 ただ今のNPBには、160km/hを軽く超えるピッチャーが、五人以上もいる。

 もっともリーグが違えば、それほど当たることもないだろうが。


 とりあえず首脳陣は、司朗を一軍キャンプに帯同させるのは、全員一致で決まった。

 二軍の方からは少し、まずは体力づくりから、などと言っている人間もいたが。

 元から充分な司朗を、自分が鍛えたという実績でも欲しかったのか。

 そんな育成の仕方をしていれば、なかなか育たないのも無理はない。


 司朗は今、貴公子などとも呼ばれている。

 だがエゴを通すことは重要だと、親戚一同に知人からも、元プロからは言われている。

 特にそれが反映されるのは、バッティングである。

 長打と単打を使い分けるスイング。

 それを全てフルスイングしていけ、などというコーチもいたりするのだが。


 大介の盗塁が減っている今、そこのタイトルは狙っていきたい。

 そして最多安打は、大介が取れていない唯一のタイトル。

 下手に長打力がありすぎると、このタイトルは取れないだろう。

(一年目から、普通に活躍出来るとは思うけど)

 なんだかチーム内には、ギスギスした雰囲気があるのだった。

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