第381話 ストーブの季節へ

 日本シリーズが第五戦を終了した時点で、多くの人間がもうオフシーズンに向けて動き出していた。

 直史のピッチングに対する、ある意味信仰にも似た信頼感は、そこまで強烈であったのだ。

 10月中に試合は終わり、あとは契約更改やNPBアワードが発表される。

 ベストナインとゴールデングラブは、ピッチャーとショートがもう固定である。

 セの場合は他に、キャッチャーもレックスから迫水が選ばれている。


 長くこのどちらもに選ばれていた悟は、今年は規定打席に到達せずに選出されず。

 沢村賞は当然直史で、投手のタイトルもほとんど持っていった。

 レックスは結局、リリーフのタイトルも持っていったので、まさにピッチャーのチームだと言えよう。

 大介がいなければショートは、左右田が取ったであろうが。


 MVPはやはりペナントレースを制し、チームを日本一にした直史が、レギュラーシーズンとクライマックスシリーズ、日本シリーズをMVPへと。

 一部に集まったセに比べると、パはかなり分散している。

 それでも福岡の選手が、多く取ってはいたのだ。

 セはあの二人が同じリーグにいるから、どちらが取るかだけの話になっている、とまで言われる。

 まあバロンドールでメッシが取るのかロナウドが取るのか、という程度の話題になるのだ。

 優勝したチームの選手が取る、ということで間違いないだろう。


 せめてピッチャー同士、バッター同士であれば、もうちょっと分かりやすかったのか。

 ただその話をすると、防御率や勝ち星で上回っていても、上杉の方が上の扱いをされたりもする。

 まあ直史から見ても、上杉のキャプテンシーは凄かったので、そう評価してもいいだろうな、と完全に他人事だったのだが。

 ともあれこれで、シーズンは終わった。

 契約更改も終わって、直史は本業が忙しくなってくる。

 それでも土日のどちらかには、マンションにしっかりと戻ってこれるようになっているのだが。


 仕事のために人生を送っているわけではないし、家庭のことを大切にはしている。

 しかし直史の肩には、もう100人では納まらない、多くの人々の生活が乗っているのだ。

 レックスというチームにおいても、二軍や若手は秋キャンプを経験している。

 あとは負傷した近本が、しっかりと直して来れるかが問題だ。


 ドラフトに関しては、首都大学リーグの大砲を一使命で一本釣り。

 本当ならレックスにこそ、司朗のようなバッターは必要だったのだろうが。

 そして直史が少し口を利いて、三島のポスティングに対し、MLBの球団が動いてくる。

「せっかく育ったと思ったら、すぐにMLBに行っちまうんだよなあ」

 豊田はそう言っているが、単純に金払いがいいのだから、それは仕方がないことである。


 レックスは三島の移籍で、多額の資金を得る。

 それをどう使うかだが、FAの選手を獲得するか、それとも外国人選手を獲得するか。

 レックスは外国人選手を、しっかりと四枠使っている。

 だがその中で主力となっているのは、オーガスとクラウンの二人のみ。

 外野かサードを守れる、大砲を取ってくるべきであろう。

 神宮を拠点としながらも、チームのホームラン王が30本を打っていないというのは、ちょっと長打力不足なのは間違いない。


 ボールを遠くに飛ばすというのは、才能なのか努力なのか。

 打撃の神様と呼ばれる大介に尋ねても、知らんとしか答えはない。

 ただ二軍の試合では、しっかりとホームランを打ってきている若手もいる。

 しかし大砲と言うには、まだまだ長打力が不足している。

「そういうわけで、外国人選手を取りたいんだが」

「なんで俺にその話を?」

 東京からわざわざ、千葉のゴルフ場まで予約して、直史と話をするGMである。




 かつてある程度大きい会社の社員にとって、ゴルフというのは基礎教養であった。

 さすがにもう時代が違うが、それでも一定以上の年齢層は、ゴルフ場で仕事を決める。

 GMに加えて編成部長も来て、直史と一緒にコースを回る。

「かつてたった二年でNPBから飛び出し、MLBを蹂躙した君だが、強力な代理人がいたんだろう?」

 ナイスショットをするGMであったが、直史の方がずっと飛んでいく。


 もっと先のことを考えて、ゴルフ場経営に手を出した。

 しかし思ったよりも早く、こんな風に使っている。

 そして四人でのラウンドで、残りの一人は百合花。

 まだ10歳の女の子が、インパクトの精度とバネだけで、しっかりと飛距離を出している。

「まあ確かに、今も時々連絡は取ってますが」

「て言うか、君の姪っ子、無茶苦茶上手いな!」

「アマ用のセッティングならこんなもんでしょ」

 まだ飛距離が出ないような体格であるのに、精度だけで勝負出来る。

「それで、代理人の件で?」

「ああ、三島の移籍金で、やはり大砲が取りたいな、と」

 本来の話はこちらである。


 西海岸のチームと契約は成立し、レックスには1000万ドル以上の金が入ってきた。

 これをどう使うかが、GMの悩みどころである。

 FAで獲得する、というのも一つの手だ。

 ただ外国人枠を考えれば、そちらで大砲が手に入らないものか。

「ドラフトで即戦力の大卒野手取ってましたよね」

 欲しがっていた右の大砲である。

 だが実際に本当の即戦力かは、シーズンが始まってみないと分からない。


 二位以降には、比較的ピッチャーの指名が多かった。

 あとは緒方の後継者にならないかと、内野手も取っている。

 レックスはキャッチャーがほぼ迫水に固定となってきているので、そこに余裕があるのはありがたい。

 またピッチャーにしても、大卒と社会人を中心に取ってきた。

 内野は高校生を取って、これを育成しようという具合。

 三島が抜けて、直史も遠からず引退するであろうし、ピッチャーもまた必要なのだ。


 ピッチャーは即戦力は一枚、素材型を二枚ほど。

 あとは野手の問題だ。

 緒方の後継者になれるような、総合力がとても高く、野球知能の高い内野手。

 こういうのはなかなかいないが、高卒で意外と、発展途上の選手の中にいたりする。

 今のレックスの二軍は、打撃重視の選手が多いのだ。

 今年の得点力を見ても、明らかに貧打だと分かる。




 レックスは本来、とても恵まれたチームであるのだ。

 貧打で許されるキャッチャーとショートが、共に計算出来るバッターであるのだから。 

 左右田の出塁率に盗塁、迫水の打率に打点、共にリーグトップクラスだ。

 緒方も衰えてはいるが、去年の打率は0.265で、ホームランもなんとか二桁打っている。

 進塁打を意識しているため、実際の打率はもう少し上と言ってもいいだろう。


 ファーストのポジションは埋まっている。

「近本はちゃんと間に合いますか?」

「一応は全治二ヶ月なんだが、順調そうだと聞いている」

 とはいえ片手の素振りしか出来ないので、キャンプでかなり仕上げる必要があるだろうが。

 他に確実に埋まっているのは、ライトのクラウン。

 センターの守備特化を許すのは、キャッチャーとショートがその分を打っているから。

 だが打力に優れた選手が出てくれば、終盤の守備固めや代走に、ポジションが移ってしまうかもしれない。


 助っ人外国人と、FAによる獲得。

 おおよそFAの場合は、四年契約を結ぶことが多い。

 ただ直史は、少し気になっている選手もいる。

「日本人メジャーリーガーで、そろそろこちらに戻りたいのもいませんか?」

「小此木か」

 直史よりも八つ年下であったが、同期で入った小此木。

 メジャーでもう八年はプレイしているが、怪我をしてから出場機会が減っていた。


 来年が35歳のシーズン。

 ただ日本人内野手としては、かなり成功したほうであろう。

 セカンドが本職であったが、走力や肩のバランスも含めて、外野を守っていたこともある。

 代打や代走、そして守備固めというユーティリティ性を考えると、まだメジャーで戦える。

 年俸だけの話なら、メジャーに残った方がいい。他のチームとの交渉で、手を上げるところは必ずある。

 しかし年俸以外の話で、日本に戻すことが出来るのではないか。


 それはもう、是非ほしい人材である。

 打撃成績は落としたといっても、メジャーで二桁打っていた年が、五年ほどもあるのだ。

 怪我にしてもメジャーの日程とNPBの日程を比較すれば、日本の方が楽である。

 特に引退後、それなりのポジションを得るならば、日本に戻ってくるべきだ。


 助っ人外国人のようなものである。

 不安なのはメジャーでは、ロースターにこそ入っていたものの、スタメンではあまり出場していない。

 バッティングは試合に出なければ、必ず劣化して行く。

「まあ現状を調べてもらって、声をかけるとしたら、やはり引退後のポジションをどうするか、というところでしょうが」

 そもそもレックスがドラフトで指名して、メジャーに行くまでに育てたのだ。

 確かに向こうの知識も持って帰ってきてくれるなら、単純な戦力以上の効果があるだろう。


 プロの選手というのは、結局は試合に出たい人間なのだ。

 今ならばサードに入ってもらえば、おそらく充分な働きをする。

 緒方の引退後には、本来のポジションのセカンドに、数年間いてもらうかもしれない。

 話をしてみるだけなら、確かに充分だと言えた。




 レックスの補強すべきポジションは、レフトとサード。

 そこまで守備貢献度の高くないポジションなのに、ここに打てるバッターを置けていない。

 あとは出来れば、センターにも打てるとまでは言わなくても、出塁率がもう少し高いバッターを置きたい。

 もっともこれは全て補強が上手く行ったらという話で、現状は今のままでいいだろう。


 ピッチャーの方はどうであるのか。

 三島が抜けた穴を、絶対に埋める必要がある。

 ドラフトで取ってくるのもいいが、それよりは二軍育成中のピッチャーを、上げてくる方が健全だ。

 オーガスが少し去年は、数字が落ちていた。

 それでも充分にローテには入るのだが、あまり長く期待も出来ないかもしれない。

 もっともさらに早く引退するのは、直史であろうと常識的には考えられる。


 リリーフ陣は問題がないが、勝ちパターンの三枚はともかく、四枚目はどうするのか。

 去年は結局、先発のローテから外した須藤を、六回や同点の場面で使っていった。

 そこで結果は残してくれているが、先発のローテに一枚、戻すべきではなかろうか。

 平良はクローザーとして、完璧な働きをしている。

 これを先発に持ってくるのは、ちょっと無理な話である。

 国吉などは上手く、調整が出来ている感じはする。

 あとは大平だが、1イニングか長くても2イニングしか集中力がもたない。

 ただ左のパワーピッチャーのため、相手の打線によってはクローザーを平良と入れ替えたりする。


 直史、百目鬼、オーガス、木津の四人はローテーションで決定だろう。

 あとは塚本もおそらく、二年目として期待されている。

 この調子なら百目鬼なども、数年後にはポスティングを希望してくるかもしれない。

 そしてその頃には、もう直史も引退の年齢であろう。

 直史は別に、レックスの不滅を願ったりしているわけでもない。

 むしろ自前のスタジアムを、どこかで持ったほうがいいのでは、とさえ思っている。


 ただ今この時点では、恩を売っておく必要がある。

 その条件にしても、GMや編成部長は頷けるものだ。

 思えば直史の復帰の年に、迫水と左右田が取れた。

 この二人は直史のピッチングで完全に抑えられていなければ、もっと評価は高かったはずなのだ。

 つまりこの二人を、下位指名で取れたことが、今のレックスの状態になっている。

 結果論ではあるが、直史のおかげである。


 東京にある球団と、関係性を持っているのは、悪いことではない。

 司朗はタイタンズに入ったが、いずれメジャーに行くだろう。

 そして直史としては、せっかくここまでお偉いさんと話すのだから、特にGMには頼みたいことがあった。

「うちの姪っ子、凄いでしょ?」

「凄く上手いね」

「あの子がプロになったら、親会社にスポンサーになってもらえませんかね」

「それは……私の権限ではないが、話を通すのは出来るな」

 伝手やコネというのは、こうやって使っていくのだ。




 プロゴルファーというのは、スポンサーがいないと貧乏である。

 単純にプロテストを通ったから、それでいいという話ではない。

 第一に野球と違って、最低保証年俸というものがない。

 ただプロテストを通ったばかりの選手には、ほぼスポンサーが最初につく。

 そもそもプロテストに通るような選手は、既にアマチュアの実績等もあるため、その時点でクラブなどのギア提供を企業から受けている。


 何年も結果が出せないと、そういった契約も切られて、活動費も全部自腹となる。

 そうなるともう、借金をしながら活動をする、という事態にもなりかねない。

 これがゴルフ場に所属のプロであったりすると、レッスンをしながら金を稼ぐ、という手段もあるのだが。

 ちょっと調べたところ、やはりアマチュアの段階で、圧倒的な実績を残すに限るのだ。

 金を持っていた方が、圧倒的に有利なスポーツであることは間違いない。


 直史などは食生活には気をつけていたが、サプリメントやプロテインも、そこまでこだわってはいなかった。

 単純にパワーを上げても、腱や靭帯が耐えられない、と分かっていたからだ。

 百合花の場合はまだまだ、身長が伸びて体が大きくなっていくだろう。

 なのでパワーと飛距離は、ここからどれだけ成長するか分からない。

 ただ技術に関しては、まだ一年ほどしか経験していないのに、バンカーやラフから出すのが上級者のそれである。


 ゴルフも小学生のジュニア大会など、世の中には存在する。

 本人はもうちょっと上手くなってから、そういったものに出場したいらしい。

 ちなみにこの日、18ホールをラウンドしたところ、一番成績が良かったのは百合花の68打4アンダーとなる。

 ティーグラウンドは大人に合わせて、短い距離で打ったというわけでもない。

 せいぜいが200ヤードしか飛ばなくても、その正確さが圧倒的であったのだ。

 直史は76打4オーバーで、これまたハンデはシングルといった数字になる。

 なお他の二人は、普通に100打前後を打った。


 昨今のジュニアゴルファーというのは、子供の頃からゴルフをやっていて、そのスイングなどもスムーズなものである。

 百合花にしてもそれはそうなのだが、長いクラブを自由に操り、体のバネで飛ばしていた。

 本当にこのあたり、両親の身体能力が、遺伝しているといっていいだろう。

 同伴してプレイしていた二人は、むしろバンカーなどに入れてしまった時、普通に平然とリカバーする百合花に驚いたものだ。

「なんというか、上手すぎないかね?」

「まあ天才ではあるんでしょうけど」

 それはそうなのだが、直史もほとんどコースに出てはいないのに、驚異的に上手いのだ。


 ハーフを回ったところで食事をし、とりあえずストーブリーグの話をする。

 小此木が帰ってくるならば、ポジションはサードかレフトになるだろう。

 出来れば大砲をもう一人、ほしいところであるが。

 それは現地でプレイしている、小此木自身に聞いてみてもいい。


 FAに関しては、複数年契約が問題となる。

 直史が引退すれば、一気に使える金額は増えるのだが。

 その代わり勝てる試合数も、一気に減ってしまうだろう。

 やはり重要なのは、育成なのである。

 ここのところレックスは、百目鬼、大平、平良といったあたりで、そこそこ上手く育成をしている。

 ただこの数字を残していると、平良などはまたメジャーに移籍という可能性もある。

 それならそれで、出来るだけ高く売ればいい、という話になるのだが。

 去年や今年の平良の成績を見てみれば、MLBのスカウトが食いつくのも当然の話である。

 ただポテンシャルという点を言うなら、大平の方がさらに高いであろうが。




 近本のような和製の長距離砲は、MLBは取らない。

 もっととんでもない数字ならば、あるいは考えるのかもしれないが。

 一応はレックスの中でも、OPSは最高である。

 出塁率も打率も高いのだが、長打率がそこまでではない。

 つまりケースバッティングが上手い、四番と言うよりは三番のタイプ。

 大介さえいなければ、打点王は取れる可能性がある、といったところだろうか。


 レックスの弱点はまさに、その長打力なのだ。

 連打をするにしても、単打が二つ重なっては、得点に結びつかない。

 そこに年間100打点を記録した小此木が戻ってくるなら、チームとしても強くなる。

 彼は樋口の影響で、打つべき時に打つ、ということを徹底したバッターだった。

 だからMLBでも、出塁率と打点で、かなり評価されていたのである。


 とりあえず来年のレックスについて、ドラフト以外の補強はそのあたりの目途がついてきた。

 ドラフトでは投手は即戦力、野手は素材型、という取り方でいいだろう。

 緒方や小此木が引退するまでに、その野手陣を育てる。

 編成としてはそういう考えになるのだ。


 あとはピッチャーのローテーションだ。

 六人を全員、使えるピッチャーで回すというのは、そうそう出来ることではない。

 今年はもっと勝つ計算であった塚本や須藤が、そこまでの数字を残さなかった。

 シーズン終盤など、須藤はリリーフとして便利に使われていたが。

 二年目の塚本の他に、二軍で活躍している若手をどうするのか。

 二軍でよく練習をしていた直史は、そのあたりも考えている。


 二軍で無双し、あとは一軍で投げるだけ、というピッチャーはいない。

 ただリリーフでならば、使えるのではないかと思えるピッチャーがいる。

 国吉などを先発として使えないか。

 気質的に考えて、悪くはないと思えるのであるが。


 また去年は失敗した、須藤にもまだチャンスはある。

 しかしそのためには、先にリリーフでもう少し、結果を出さなければいけないだろう。

 あるいはこのキャンプの間に、起用法を変えていくか。

 先発は何も、全員をエースにする必要はないのだ。

 相手の弱いところを、こちらのほどほどの力で突けば、それで勝っていける。

 そのために必要なのが、まず打線陣の強化なのだが。


 レックスの総合力では、とにかく投手力と守備力が高かった。

 どんなスポーツでもまずは、守備が駄目なら攻撃をしまくっても勝てない。

 その投手力が少し落ちたので、あとはどうしていくべきか。

 直史のキャリアが、あと何年働けるものなのか。

 とりあえず来年もまだ、レックスで働いてくれる。

 ついでに投手陣の育成までも願って、午後のコースに出る四人であった。

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