第378話 西へ
パーフェクトマダックスというと、なんだか合体ロボの最終形態のような響きがある。
ともあれ鮮烈な印象を残して、レックスは西へと向かう。
舞台は福岡であり、直史は今年も去年もここでは投げていない。
開閉式のドームはいいなあ、と野天の神宮で戦う身としては思う。
もちろん野天は野天でいいというか、雨さえ降らなければそちらの方が好きな直史である。
ここから福岡相手に三連戦。
先発は百目鬼、オーガス、木津という順番の予定である。
あと二つ勝たなければいけないが、一つは直史が勝ってくれるだろう。
だから現実的には、他に一つ勝てばそれで日本一だ。
百目鬼かオーガスに期待するが、木津も意外性がある。
まず来年も先発のローテに選ばれることは、間違いないであろう。
第二戦から第六戦までに、中五日が空いている。
そして最終第七戦までもつれこんだら、レックスは全ピッチャーの継投で戦っていく。
しかしそこまで追い込まれたら、勝てる可能性は減ってしまう。
いっそのこと中三日の後に中二日で、先発を組んでいったら良かったか。
もちろん直史に全てを任せるという感じで。
さすがにない。
いくら疲労をコントロールするといっても、肉体の機能全体が衰えていっているのだ。
パーフェクトをやったのだから、あと一試合ぐらいはどうにか他の人間で勝ってくれ。
直史がそう思うのは、さすがに当然のことである。
壊れないように気をつけて、パーフェクトに抑えたのだ。
いくら向こうがホームであっても、一つぐらいは勝ってほしい。
直史は実際に、どこでも勝っていたのだから。
これが今年最後のカード。
日本一を決めるのである。
直史としては、二つは勝ってみせる。
残りの二つのうち、一つは三島からの継投で勝った。
ただ決めるとしたら、ホームに帰ってからになるかもしれない。
第六戦で直史が投げ、第七戦は総力戦を行う。
クライマックスシリーズと、同じような感じになるだろう。
第一戦で三島が勝ってくれたのが大きかった。
もちろん福岡の意図を推測し、的中させた首脳陣も偉い。
そしてエースにエースをぶつけて、見事に勝利した第二戦。
ここからの三試合の展開は、正直なところ分からない。
レックスと福岡の戦力を比較すると、投手力は直史を除くと、先発は福岡がやや強く、リリーフはレックスがやや強い。
守備はレックスがやや強いが、打撃で圧倒的に福岡が強い。
だからこそ最強のジョーカーで、相手のエースを潰した。
ただ福岡もまだ、充分に勝てる先発は用意しているのだ。
第一戦、念のためにと使った勝ちパターンのリリーフ陣が、二点を取られている。
それでもレックスの、終盤の力は強いのである。
第三戦の先発は、おおよそ互角のピッチャーを出している。
だから正直なところ、レックスは不利であると言える。
もっとも単純な戦力の比較以外にも、状況による有利不利はある。
福岡は地元のホームゲームを行える。
しかし既にレックスに、二連勝で先行されているのだ。
つまりもう、地元で優勝を決めることはない。
日本シリーズは先に三連敗したチームの優勝率は極めて低い。
これは当たり前だが、二連敗したチームの可能性も、随分と低いのだ。
ただ重要なのは、第二戦の負け方だ。
福岡はと言うよりは、パ・リーグは直史のピッチングに慣れていない。
それだけにこの実感は、メンタルに確かなダメージを与えていた。
もっとも一日の移動期間が、やはりメンタルを回復させるのには役に立つ。
投げ合った波多野としても、あの一発がなければと考える。
緒方のベテランとしての、読みで研いだ一発であった。
その波多野を早めに降ろしたのは、まだまだ勝負を諦めていないから。
第六戦以降に投げてもらって、そこで勝つための降板なのだ。
MLBもNPBも、ここぞという時にはピッチャーに無理をさせる。
ひどい言い方をすれば、ピッチャーを壊してしまっても、優勝出来るのならそれでいい。
もちろん今後数年を背負うような、そんなピッチャーにはやや遠慮があるが。
直史などはもう、引退してもおかしくないのだ。
事実上杉は、故障でこの年齢で引退していた。
引退後も一応はリハビリをして、150km/hは出るまで回復したらしいが。
直史は福岡での三試合、ブルペンには入る。
レックスも完全に、試合を埋めるためのリリーフは連れてきていない。
もうここからは、ピッチャーもスクランブル体勢だ。
直史一人だけは、確実に勝つピッチャーとして、温存しておくのだが。
ここから福岡で、三連敗したとする。
だが神宮に戻れば、第六戦を直史で取る。
そして第七戦は、全てのピッチャーを投入し、直史もリリーフで使う。
それぐらいのことをやって、日本一を取りにいくのだ。
壊れる予感はない直史だ。
あれだけの三振を奪いながらも、球数は少なかった。
三振を奪えるピッチャーは貴重だが、その中でも特に貴重なのは、球数を抑えて三振が奪えるピッチャーだ。
強打の福岡相手にも、直史はそれをやってしまえる。
これがベンチに登録されているだけで、福岡の思考は変わる。
九回にリードされていれば、これがクローザーで出てくる、という考えになってしまうのだ。
単純に1イニング、少ない攻撃機会となる。
無茶苦茶な話であるが、理不尽を形にしたものが、直史のピッチングであるのだ。
クローザーと言っても直史の場合、完投した翌日にもイニング跨ぎが可能だ。
ただピッチャーはどれだけ素晴らしいピッチングをしても、点を取ることは出来ない。
一昨年のライガースにそれで負けているので、相手のピッチャーの心を折らないといけない。
波多野は折れるほどではなかったが、勝負を急いでしまって緒方に打たれた。
もしも第七戦で戦うことがあれば、その前の第六戦が鍵になる。
直史は第二戦で投げているので、中五日で第六戦に投げる。
そこでまた徹底的に福岡のバッターの心を折る。
本格派はストレートのような打撃技で相手を倒す。
意外とダメージは少なく、そこから立ち直るのも早い。
だが直史はいわば、関節技でタップする間もなく折ってしまう。
極まった瞬間に折って、相手に降伏する間を与えない。
完治に数ヶ月はかかるような、そういうダメージを与えるのだ。
そこまでやらなくても、第二戦で十二分に、打線を萎縮はさせただろう。
しかし追い打ちは、すぐにかけて戦果を拡大すべきなのだ。
第三戦の百目鬼が勝てば、おそらく第四戦も勝ってしまうだろう。
直史は野球以外にも忙しいので、自由になったらありがたい。
セではレックスとライガースが激しく戦っていたが、パはほぼ福岡の圧勝。
その勢いを初戦で止めているので、やはり三島は偉いというのが直史の感想だ。
福岡に到着し、ホテルにチェックイン。
その日もある程度体を動かし、翌日の試合に備える。
直史は投げない予定であるが、ベンチメンバーには入っている。
中一日休んでいるので、リリーフで1イニングぐらいは投げられる。
そういうように首脳陣には言ってある。
そんな直史のことを、首脳陣はいったいあれはなんなのか、と思っていたりする。
間違いなく最強戦力であり、使えばほぼ勝てるというジョーカー。
上杉や武史、それに真田なども勝率はえげつなかったが、直史はさらにその上を行く。
同じところにまで到達することは出来ても、それを上回ることは絶対にない。
それこそ全試合を完封でもしない限り、成績で上回ることはないのだ。
第三戦の日、直史はキャッチボールはした。
そして投球練習は、10球ほどで終わらせておく。
壊れてもいいと本番では思うが、練習では壊れないように制限する。
ピッチャーが壊れてもいいのは、チームを優勝させてからだ。
もちろん直史以外の選手は、こんな考えをしてはいけない。
そのまま他のピッチャーの練習を見る。
今日の先発の百目鬼は、当然ながら調整していく。
直史は忘れかけているが、NPB二年目の日本シリーズ、タレント揃いであったレックスは、福岡に四連勝で日本一になっている。
武史はさすがに別として、金原や佐竹と比べて、三島や百目鬼はどうなのか。
もちろん単純に、出力も技術も、10年以上前に比べれば、今の方が平均的に高くなっている。
フィジカルをとにかく鍛えまくる、という方針はあの頃からさらに強くなっている。
食事とプロテインとサプリメント。
金がかかるのは確かで、上手くなるための土台というものが出来てしまっている。
つまらないことに。
それだけやっていても、出力で上杉や武史を上回る選手は出て来ない。
アメリカのMLBまで行けば、170km/hが今も数人はいるのだが。
150km/hはデフォルトで持っていて、速球以外の引き出しがどれだけあるか。
そんな時代になっている、とよく言われている。
だが今でもNPBからメジャーに行って、150km/h以下のボールを武器にしているピッチャーは少なくない。
特にサウスポーの優位性は、昔から変わらない。
それでいてNPBでは、木津がしっかりと通用しているのだから、ピッチャーというのは面白い存在だ。
星野二世などと呼ばれているが、確かに球速の割りに三振が取れているので、似たようなところはあるだろう。
ブルペンの様子を見ていて、気になるところは大平である。
どこかを痛めたとかではないのだろうが、コントロールが復調していない。
第一戦で打たれて、二点を取られたのがまだ引いている。
馬鹿で自信家という面はあるが、確固たる何かをまだ持っていない。
そんなのでプロのセットアッパーとして通用しているのだから、それこそ才能は巨大なものなのだが。
国吉は故障から復調し、しっかりと戻ってきた。
平良の安定感は、相変わらずである。
大介がいないライガースより、少しだけ上の打線が福岡だ。
おおよそタイタンズとも等しいので、対応は分かっているのだ。
百目鬼としても普通に、ライガースやタイタンズには勝っている。
なんとかリードした状況で、終盤に持ち込む。
そうすれば問題なく勝てるであろう。
ポストシーズンのピッチャーは、リミッターを外して投げる。
特に最終戦であれば、小さな故障などオフの間に治してしまえばいい。
雑な考えかもしれないが、それぐらいの無茶はしてくる。
直史はあまり、そうは考えないが。
とりあえず修正しないといけないのは、大平のピッチングである。
元々荒れ球ではあるが、ゾーンの範囲に収まっていないと困るのだ。
「左脇が早く開いていて、それで爪先の方向がブレてる」
普段の大平と違うのは、そのあたりかなと直史は指摘する。
あまり見ていないようで、実際に本当にそれほど見ていないのだが、それでも分かるのが直史である。
本来ならばバッターの立ち位置から、狙い球を予測するためのものだ。
ただセであるとバッターボックスに入ることもあるので、相手から受けた印象を、打線に伝えることもある。
今日の試合はDHがあるので、普段は代打で使っている外国人を、問題なく使うことが出来る。
しかも近本の外れたファーストにも入れるので、クリーンナップが外国人ばかりになってしまった。
もちろんそれでも、勝てればそれでいいのである。
開場の前から既に、福岡のファンは大量に、スタジアムの前に並んでいた。
直史はその様子を、のんびりと眺めている。
今はレックスの練習も終わり、福岡がグラウンドを使っている。
やはり神宮に比べると、新しいスタジアムだなとつくづく感じる。
ドームというのは本来、直史にとっては有利に働くのだが。
雨さえ降らなければ、不確定要素はより少なくなる。
野球は将棋や囲碁のような、完全に実力だけの世界ではないので、不安な要因は出来るだけ取り除いておいておきたい。
思えばマリスタなどは、風の影響で色々と計算が立たなかった。
その気になれば三振も奪えるが、直史はやはり打たせて取るピッチャーなのである。
今日の試合で三勝目を稼げれば、あとはもう神宮に戻ってからの一試合で足りる。
福岡には特に、思い入れのない直史だ。
自分が活躍して優勝しよう、などとは思っていない。
パーフェクトをしておいて何を言っているのだ、という話であるが。
ここで負けたら本当に、後がないという福岡。
それだけに応援のほうも、ここでは切羽詰っている。
そのプレッシャーが果たして、緊張になるか集中になるか。
メンタルの操作が上手ければ、福岡は勝って来るだろう。
何よりもこのまま、一つも勝てずに終わるわけにはいかない。
三連勝された場合、ほぼ次も負けるであろう。
本来ならば総合的に、福岡の方が圧倒的に強いのに。
なんなら第一戦も、負けていてもおかしくはなかったのだ。
ただ福岡は、レックスの戦力分析を間違っていたのだろう。
あるいは近本の離脱で、油断もあったのかもしれない。
直史にパーフェクトされた影響は、まだ打線から抜けていないはずだ。
ここで三勝目を決めて、あと一つ勝つだけとしたい。
(もしも負けたとしたら、また木津が重要になるかな)
去年のレックスの優勝は、木津の活躍があってこそのものだった。
しかしさすがに今年は、かなりの対策をされてしまっている。
だがデータでの分析と、直接対決とではやはり、感覚が違うだろう。
実際に今年の交流戦、木津は福岡相手に勝利している。
一度の敗北から、どれだけを吸収しているか。
福岡はデータ班の分析も、相当に優れていると聞く。
七回を投げて被安打三本であったが、フォアボールも三つ。
それで三点を取られているのだ。
ある程度の点の取り合いならば、木津もちゃんと通用する。
そして福岡が、どういう投手のローテーションで来るか、それが気になるところである。
もちろんそういったことを考えるのは、首脳陣の役目である。
直史としては自分が負けなければ、チームの負けまではそれほど悔しくもない。
自分の試合に勝つのは自分の責任であるが、チームとして勝つのは監督の責任である。
もちろんチームとしても、勝つのにこしたことはないが。
開場してスタンドも満員となり、いよいよ試合開始となる。
ここでポイントとなるのは、やはりレックスの打撃力か。
DHが使えるという点で、普段よりもずっとその得点期待値は高い。
ただ福岡も、第一戦を落とした理由には、そのDHがなかったことが挙げられるだろう。
今年の交流戦でも、福岡とはホームの神宮で当たっている。
つまり本物の福岡の打線と当たるのは、今年初めてということになる。
日本シリーズ進出が決まってから、レックスはもちろんのこと、福岡の分析はしていた。
下位打線でもそこそこ、ホームランが出ているという福岡。
レギュラーシーズン中は、その攻撃はMLB的であったと言えようか。
またポストシーズンでも、問題なく勝ち上がってきている。
レックスよりは苦戦していないのは間違いない。
そのあたりの油断があったとしても、それは第一戦までであろう。
直史相手に油断など、するはずもないのだから。
そして本気で戦って、パーフェクトされている。
それでも普段の打線とは違ったから、という言い訳の余地は残されていたと言えようか。
この第三戦は、福岡の有利に進んでいた。
初回からレックスは、ランナーは出していく。
しかし中軸で、決定打が出ていないのだ。
百目鬼も初回から飛ばしていく。
一応は六回を目途にしているが、なんなら打者二巡までを抑えればいい。
勝ちパターンのリリーフ三人に、須藤を使ってどうにか抑える。
なんなら平良にここは、2イニング投げてもらう予定もしている。
二回には福岡が、ソロホームランで先制。
常に試合展開は、リードして進むべき、とレックスは考えていた。
普通の試合ならば、むしろ追いかける方が心理的に有利であったりする。
ただレックスは逆転勝ちというのが、あまり多くないチームなのは間違いない。
それがこういう大舞台では、勝利を拾うのに難しくなってくる。
ランナーを進めて、どうにかセットプレイで一点を取り返す。
しかしまたすぐに、長打二本で勝ち越しを許す。
百目鬼の調子も悪くはないのだが、福岡が本来のバッティングをしていると言えばいいのだろう。
ただ守備のファインプレイもあり、点差が広がっていくことはない。
ブルペンから見ていると、福岡の流れだなと感じる。
ロースコアゲームなら、本当はレックスの展開のはずなのだ。
しかし今のレックスは、そのわずかな点も入れることが難しい。
セットプレイを続けた弊害か、打線としての連打がつながりにくくなっている。
西片としても本当なら、もっと打線を強化したかったのだが。
来年の話になるが、二軍で打撃の結果を残している選手を、どうにか一軍に上げてこよう。
あとは助っ人外国人をどうするかも問題だ。
チーム編成に対しては、あくまでも要望を出すのが精一杯のレックスの現場権限。
おそらくは即戦力狙いで、大学リーグの大砲を指名することになるのだろう。
近本はファーストで固定だが、コンバートの可能性もあるのだろうか。
五回を終了して、三失点。
球数以上に百目鬼は、疲労していると言ってもいいだろう。
ここからレックスは、須藤に交代する。
先発ローテとしては成果を残せなかったものの、リリーフとしてはそれなりに働いていた須藤。
この試合においても、1イニングはどうにか無失点に抑える。
ただレックスは七回も、追加点がない。
そうなると勝ちパターンの三人を、果たしてどう運用して行くのか。
判断は難しいのだ。
終盤の二点差は、レックスとしてもまだ、逆転の可能性がある。
ただここで勝ちパターンのピッチャーを、ビハインド展開で使ってしまう。
それによって残りの試合で、負荷がかかってしまうことも考えないといけない。
福岡も福岡で、勝ちパターンのピッチャーを用意している。
ここまで全く出番のなかった、万全の三人である。
レックスの得点力で、ここから点が取れるだろうか。
それはおそらく難しい。
難しいが不可能とまでは言えない。
こういう時に一発があると、本当にありがたいのだ。
緒方が打ったような、狙いすました一発。
しかし今のレックスには、そんなホームランが出る気配がない。
一点を取れただけでも、上出来と感じるような雰囲気になっている。
レックスベンチは動けない。
そして福岡は、追加点を取って行った。
こうなるともう、試合は敗戦処理へと移行する。
直史がかけた呪いなども、もはやここでは無効である。
終盤は本当に、福岡の打線が爆発することとなった。
オーバーキルではあるが、これで打線に勢いがついた。
たとえ負けたとしても、ここまでの勢いをつけさせないために、勝ちパターンのリリーフを使っておくべきではなかったか。
そう考えてしまうレックスベンチであるが、重要なのはここからである。
大敗のスコアとはいえ、勝敗ではまだ勝ち越している。
この敵地でどうにか、一勝だけでもしておきたい。
(メンタルの問題になるな)
西片としては、そう考えざるをえない。
9-1というスコアで、レックスは敗北した。
百目鬼の五回三失点は、そこまでひどいものではなかった。
しかしあちらのピッチャーと、こちらのピッチャーを考えていくと、福岡の方が有利と見えてくる。
(チーム力の差が出てきてるな)
DHの存在によって、福岡は万全の状態で戦えたと言える。
(これは最終戦までもつれこむか?)
面倒だな、と考える直史は、それでも負けるとは思っていないのであった。
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