第376話 現時点の究極

 レックスの前監督である貞本は、自分の役割を育成と割り切っていた。

 さすがに内野の要の緒方だけは、どうにも外すことが出来なかったが、それ以外は若手を多く使っていったのだ。

 一年目や二年目は、負けることを許容する。

 そう思っていたのに、直史が戻ってきてしまった。

(今年は楽だなあ)

 そう感じながら、テレビの解説をしたりしている。

「貞本さん、レックスは良さそうですね」

「ええ、下位打線にホームランというのは、私の頃にはなかったですからね」

 本当なら貞本は、セットプレイでの得点など、したくはなかったのだ。

 そういったスイングでの得点は、選手をコンパクトにしてしまう。


 ただ、直史が戻ってきてしまった。

 それゆえに二年目からは、優勝を狙っていかなくてはいけなくなったのだ。

 ペナントレースを惜しくも逃し、契約最終年には日本一。

 だがそれが貞本の手腕だと、評価してくれる人間は少ない。

(左右田と迫水が、あそこまでの即戦力とは、思ってもなかったしな)

 もっと大きく成長させよう、と思うには直史の存在が邪魔だった。

 優勝を狙えない年は、思い切って若手を一気に起用する。

 しかし直史は一人で、20個以上の貯金を作ってしまった。


 それに影響されて、投手陣のレベルが一気に上昇。

 おかげで防御率一位のチームが出来上がって、貞本も優勝を狙わないといけなくなったのだ。

(打線をしっかり作れなかったのは失敗だった)

 勝てそうな試合を、セットプレイからの得点で、ガチガチに固めて勝つ。

 貞本の知っている勝ち方とは、そういうものであったのだ。


 西片もセットプレイからの点の取り方は、しっかり分かっている。

 だがそれよりはむしろ、走力を上手く活かす、機動力野球を重視していた。

 それこそセットプレイとの相性が良かったのだが、やはりプロ野球は打ってこそ、とも思う。

 ポストシーズンはガチガチの真剣勝負。

 対してレギュラーシーズンは、派手な興行であるべきなのだ。


 この日本シリーズも、とにかく優勝を狙っていった。

 だが第一戦は、意外な展開となっている。

 いい意味で、意外な展開となっているのだ。

 下位打線からホームランが出て、そこから上位も打って行く。

 1イニングに四点も取ったというのは、今年のレックスのレギュラーシーズンでは、一度もなかったことである。

 それだけ爆発力がないのに、よくもまあ優勝できたな、という話になるのだが。


 三島もリードが大きくなると、伸び伸びと投げられるようになる。

 それでも福岡の打線は、一発が本当に打てる、クリーンナップを用意しているが。

 たださすがに6-1というスコアであれば、今日はもう勝てると判断していいだろう。

 しかしここで、甘くリリーフを使ってはこない。

 しっかりと勝ちパターンのリリーフを、投入してきたのであった。

 考えてみればレックスの勝ちパターンのリリーフ陣は、三試合も出番がなかった。

 つまりしっかりと休めてもいるが、試合感覚から遠ざかってもいたのだ。


 西片の念のため、という予想は当たった。

 七回こそ国吉がはっきりと抑えたものの、八回は大平がフォアボールのランナーを置いてホームランを浴びる。

 これで三点差となったわけだが、完全に崩れないのが、大平の成長したところであろう。

 最終回はクローザーの平良の出番。

 まだまだ充分な点差だと、気楽に投げることが出来た。

 故障者が出たりする波乱もなく、まずはレックスが一勝。

 終盤にレックスの追加点がなかったことを除けば、問題のない勝利であったと言えよう。




 余裕がある勝利に見えた。

 しかし監督の西片は、いくらでも失点を見出すことが出来る。

 フォアボールでランナーを出し、次にホームランを打たれるという、一番やってはいけない打たれ方をした大平。

 これでは次の試合に、使うことが難しくなっている。

 また終盤、大量リードのレックスは、安心したのか追加点がなかった。

 こういう時こそしっかりと、相手の心を折っていかないといけないのに。


 勝ったことは望ましい。初戦を勝つのはいいことだ。

 しかし課題があるならば、そこは埋めていかないといけない。

 勢いをつけるのはいいが、調子に乗ってはいけない。

 乗るしかないビッグウェーブであるならともかく、この勢いはまだ不完全なものだと言える。


 ただ第二戦、レックスは直史が先発をする。

 福岡もエース波多野をこの第二戦に投入。

 この試合こそまさに、双方のチームが全力で、競い合う一戦となる予定である。

 そして当然ながら、有利なのはレックスだ。

 交流戦でもレックスは、波多野とは対戦していない。

 しかし直史が投げる試合というだけで、負ける可能性は低くなるのだ。


 事前にちゃんと休養日の間にも、レックス打線は福岡の投手陣を確認している。

 波多野はパで今年のタイトルも取っている、完投能力もあるピッチャーだ。

 それでも当然のように、負けた試合は複数ある。

 交流戦ではレックスとは対決していないが、ライガースとは当たっている。

 試合には勝っていたが、それでも七回を投げて三失点していた。


 防御率も2を少し超えただけで、奪三振数も上位に入っているピッチャー。

 今年は千葉の溝口が故障で離脱した期間があったし、武史も離脱していた。

 なのでもし直史がいなければ、沢村賞は取れたかもしれない。

 この佐藤兄弟と上杉で、沢村賞を独占している時代。

 いくらなんでも偏りすぎだと言われるだろうが、バッティングにおける大介ほどには、さすがに独占されていないのだ。


 相手がエースだからこそ、勝つ意味がある。

 これが三島か百目鬼を出しての対決だと、打線の援護の違いで、レックスは負けていたかもしれない。

「いや、おかしいのはお前だからな」

 試合前の調整で、ゆるゆると投げている直史。

 それに対して豊田は、呆れたように言うのである。


 ちなみに直史は、今年で日米通算3000奪三振も記録している。

 MLBでは3000奪三振は、野球殿堂入りの基準の中の一つとも言われる。

 もっとも直史の場合は、日米通算なので、そこが弱いのだが。

 MLB時代の五年間は、全ての年で200奪三振以上を記録。

 300奪三振を三度も記録しているので、さすがに殿堂入りはさせるべきであろう。


 なおこれだけ奪三振を奪っているが、NPBで300奪三振を達成しても、奪三振王になれない年があった。

 武史が350奪三振した年であり、この年の武史はなんと、登板した全試合で二桁奪三振したという、異常な記録を持っている。

 上杉もほぼ似たようなものであるが。

 ちなみにNPBの歴史を見ると、シーズン400奪三振したピッチャーがいるし、MLBでは500奪三振したピッチャーがいる。

 一時期は打たせて取るのがいい、と言われていた時代もあった。

 しかし現在の統計では、三振によってアウトが取れるピッチャーは、打たせて取るタイプのピッチャーよりも、評価が高くなるのだ。


 三振、フォアボール、ホームラン。

 この三つはほとんど、ピッチャーの能力に比例して存在する。

 極端な話、この三つだけでピッチャーを評価するのも、出来なくはないらしい。

 そうなると直史は、フォアボールもホームランも極端に少ない。

 奪三振についてだけは、そこそこ他のピッチャーが付け込む隙があるだろうが。




 試合前のミーティングでも、直史は勝利を前提として話をされた。

 福岡にはパ・リーグ二冠の強打者堂口を筆頭に、六番までの打線は強力である。

 四軍まであるそのチームは、ひたすら層が分厚い。

 それでも代えの利かない選手が、やはりいるものなのだ。

 この堂口と波多野の他に、主力が二人ほども長期離脱したため、去年の福岡は日本シリーズ進出を逃した。

 Aクラス入りは続けているので、代替選手はいるのだが。


 その去年の活躍選手が、今年はポジションを得たことで、よりチームとしては強くなった。

 理想的なチームの強化であると言えようか。

 ピッチャーが一枚、ローテが強力になれば、五勝ぐらいは増えてもおかしくない。

 また外野を守っていたならば、その打撃力で入れ替えが行われる。

 ポジションをコンバートしてでも、使いたいと思う打力があればなおさらだ。


 先に三勝してしまいたい。

 また神宮に戻ってくるのもいいが、六戦目で決まるような展開にしておきたい。

 直史としてはライガース相手に投げた、気力が回復していない。

 この一試合ぐらいはどうにかするが、残りの試合には自信がない。

 またそんなことを言うと、宇宙猫のような顔をされるであろうが。


 果たして福岡の打線を抑えられるか。

「大丈夫でしょう」

 直史は慢心でもなく、普通に自分を客観視している。

 福岡の打線は、平均値だけを言うならば、ライガースよりも上である。

 NPBの球団の中では、一番と言って間違いないだろう。

 しかし福岡には、大介はいないのである。


 堂口は打点とホームランの二冠を取っている。

 打率はぎりぎり三割に届かず、0.298とそれでも充分。

 大介と一割ほど違うと考えれば、たいしたことないように聞こえてしまう。

 四割を毎年狙えるような、大介の方が異常なのである。


 一応はデータを見て、インローが苦手だとは分かっている。

 大砲だがそこそこ足もあり、右の和製大砲。

 今は右の強打者が、貴重な時代である。

 だがアスリートタイプのバネで打つ強打者は、左が多くなっているのは確かだ。

 特に小学生時代に、左に矯正してしまうのが、多いからであろうか。


 大介、悟、司朗も左打者であるし、昇馬も普段は左をメインで打っている。

 一塁までの距離が一歩近いというのは、それだけ有利であるのだ。

 また打った瞬間の姿勢から、一塁に走っていけるというのも確かだ。

 だが打線が左ばかりになってしまうのも、あまりいいことではない。

 直史の場合は左右関係なく抑えているが、ホームランを打たれた打者を見ると、左が多かったりする。

 主に大介一人のせいで、統計の結果が偏ってくる。




 バッターはともかくピッチャーでさえ、左に矯正するケースがあるのだ。

 しかもアマチュアではなく、プロの世界においてだ。

 そんな中で昇馬は、完全な左右両投げ。

 昔は左利きであると、箸を使ったり鉛筆を使ったりするのは、右に矯正していたりもしたものだ。

 だが今はどちらでも、普通に左利きが世間で見られる。


 サウスポーのものすごいスライダー持ち相手なら、右打席に入るのもいい。

 実際に大介は、右打席でもホームランを打てたりした。

 昇馬はホームランを打てるし、さらに足もある。

 なのでやはり、左で打つのがいいとは思うのだ。


 ただ完全に両利きのようにしても、目だけは違う。

 たとえば昇馬の利き目は左である。

 つまり本当に厄介なピッチャーと対する時は、右打席の方が向いていると言える。

 おそらく生まれ付いての利き腕なども、本当は左であったのだろう。

 だからこそ左では、コントロール重視のピッチングが出来るのか。


 とりあえず福岡には、スイッチヒッターはいない。

 右打者に対しては、高速スライダーが役に立つ。

 インローをあまり振っていない堂口であるが、直史はむしろこれを余裕で見逃していると感じた。

 ボール球になるぐらいのインローであればともかく、ゾーンに投げるのはためらうところがある。

 そもそもプロでも、インローにびたりと投げられるピッチャーは、ほとんどいないわけであるのだ。


 事前にデータと映像から、直史は攻略のことを考えていた。

 対戦経験が少ないと、基本的にピッチャーの方が有利である。

 だが直史の場合は、対戦が重なれば重なるほど、バッターに迷いが出てしまう。

 大介のように割り切って打てるなら、それが一番いい。 

 しかし今の野球は、下手にしっかり考えて打てと言われているので、むしろ直史を打つのは難しい。


 福岡は一番と二番でチャンスを作り、それを中軸が打って点を取る。

 また六番からは、二度目のチャンス作りといった打順になっていた。

 ただ神宮でやる限りは、DHが使えない。

 そのためチャンスを作っても、決定力が不足になってくる。

(逆に向こうのホームでは、こちらが勝つのも難しいのか)

 三試合のうち一試合は、なんとか勝っておきたいものである。


 最後の確認のミーティングも終わった。

 季節的にわずかに、肌寒さを感じてくる。

 四季がなくなりかけていると言われる日本だが、今年はしっかりと秋を感じる。

 それでもまだ本格的な寒さにはならず、充分なピッチングが出来る。

 雨と寒さはピッチングの敵である。

 早く日本シリーズを終わらせて、オフシーズンにしてしまわなければいけない。




 神宮球場は満員である。

 神宮に限らずここ最近、多くの球場は観客の動員数が、増えている傾向にある。

 野球人気が、周期的に戻ってくることはある。

 この数年は、やはりSSコンビの活躍であろうか。

 さすがに40代になれば、もう引退も見えてくる。

 最後の輝きを目に焼き付けるため、球場に足を運ぶ、古くからのファンがいるのだ。


 どの球場もある程度、収納可能数を増やす、ということを考えているという。

 直史はそれには賛成である。

 もっとも神宮は、移設の話もあるのだ。

 だが維持費用を考えるなら、あまり大きくするのも良くはない。

 ライガースほど安定して、観客を動員出来るのならいいだろう。

 またタイタンズは悟から司朗へと、打撃の中心が上手く、委譲されれば動員数が増えるだろう。


 レックスはどうであろうか。

 集客の問題となると、やはり野手が重要になる。

 投手はなんだかんだ、毎試合見られるわけではない。

 派手にセーブ王を取っている平良でさえ、半分も試合には出ていないのだ。

 そもそも50セーブもしていたら、おおよそ投げすぎと言えなくもない。

 ただ投手運用で、レックスはここまで来たと言ってもいい。


 やはり野手が必要なのだ。

 アスリートタイプではないスラッガーは、MLBから注目されることは少ない。

 足はなくてもいいし、守る場所はファーストかサード。

 それでもホームランを確実に打つ、そんな大砲を仕入れてきてほしい。


 レックスには司朗は、まさにマッチングする選手であろう。

 ただ司朗は、あの実力なら確実に、メジャーに行ってしまう。

 だから今度のドラフトでは、高卒でサードあたりを守る、大砲を取ってきてほしい。

 チームのバランス的には、得点力が絶対に不足しているのだから。

 あとは外国人か。


 直史はレックスを、経営者目線で考える。

 確かに強いチームは、ファンも増えるであろう。

 だが強さというのは、魅力の一つの指標でしかない。

 魅力のあるチームでなければ、ファンがつくことはない。

 もちろんスーパースターがいれば、それだけファンもつくのであろうが。


 投手であっても一人の存在が、チーム全体を魅力的にすることはある。

 もっとも直史は、ナオフミストというおかしなファンクラブは発生したが、そのファンが他のレックスの選手のファンになることは少ない。

 ただ直史とバッテリーを組む、迫水のファンはそれなりに連動しているらしいが。

 この間のライガース戦の決勝点でも、迫水は崇められていた。

 神社の主神が直史であれば、その傍にいるお付きのような立場であろうか。




 直史の投げる試合は、雰囲気が違う。

 アウェイならばともかくホームの神宮だと、野球の試合なのに静寂を感じさせる場面があるのだ。

 野球というのは普通、声援の中で戦うものである。

 しかしその雑音が少ないと、かえってプレッシャーとなる。


 やはり最初の投球練習は、ほとんどスローボールのようなもの。

 それは福岡も、しっかりと分かっている。

 だがこの二年、直史の投げる試合で、実際に対戦していない。

 いいことも悪いことも、そこにあるのだ。


 日本シリーズの舞台である。

 今日の直史は、ほどよい感じの集中力を持っている。

 つまりえげつないピッチングが出来るほど、好調であるということだ。

(パのチームとはどうしても、苦手意識が先行するな)

 そう考えていても、より恐怖心を持っているのが、バッターの側なのである。


 直史のようなピッチャーは、パ・リーグにはいない。

 前に対戦したのは一昨年の交流戦で、八回を無失点に抑えられた。

 その時に打てたヒットは、なんと0本。

 球数が増えていたが、そのまま投げていればなんと、ノーヒットノーランをされていたかもしれないのだ。


 第一戦に投げてきて、福岡の打線の心を折るのか、とも思っていた。

 しかしそれを避けて、第二戦のエース対決へと持ち込んだ。

 この時点で指揮官の、投手運用戦略では福岡の負けである。

 重要なのはこの試合で、どれだけ直史のコンビネーションを引き出すか。

 クライマックスシリーズの試合を見て、チャンスはほとんどないだろうと考えている。

 だがわずかなチャンスから、得点するのが福岡コンコルズの力である。


 直史はその、打線の切れ目がないところを、データとして把握している。

 一番からしてパの首位打者であるし、さらに盗塁王。

 二番も二桁ホームランを打つし、クリーンナップはおおよそ30本塁打は打ってくる。

 三島がよくも、一失点で抑えたものである。

 そして大平の160km/hオーバーを、しっかりとホームランにしているのだ。


 ただ、記憶の中から思い出す。

 これ以上の打撃力を持つチームは、かつていなかったのかと。

 ライガースに大介と西郷が並んでいた時代、抑えるのがいまよりも難しかった。

 またMLBでは、ミネソタの打線が黄金期を迎えていた頃がある。

 あそこで直史は、単純なスラッガーなら、大量に経験してきた。

 日本の長距離打者は、メジャーに行けば中距離打者。

 そんなことを言われていたが、直史としては事実はどうでもいい。


 イメージがしっかりとあるのだ。

 この福岡の打線を、完全に抑えていくイメージが。

(出来れば四連勝して、あっさりと終わらせたいな)

 副業で野球をやっている直史は、緊張のない集中の中で、今日の試合に挑んでいるのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る