第370話 勝利条件
第五戦、おそらく戦力的に、ライガースの方が有利である。
そして今までの経過から見れば、レックスが第六戦は勝つだろう。
もちろんそれは全て、可能性としての話である。
実際にやってみないと、野球というのは分からない。
「何かの拍子で、この試合に勝ってくれたらありがたいんだけどな」
直史の言葉は正直すぎるが、間違いのない本音である。
実際にライガースも、先発からリリーフまで、投手力は弱くなっている。
木津のピッチングは、あまり相手の打撃力に、失点が左右するタイプのものでもない。
だが基本的にはやはり、ライガースの長打力とは相性が悪いのだ。
運がよければ外野フライを量産するだろう。
だが運が悪ければ、あるいはこの言い方がおかしいのなら、合ってしまっている日であれば、ホームランがポンポンと出るかもしれない。
しかし第一打席、大介の打ったボールは、一番深く守ったところで、フェンス際でキャッチされた。
あと1mといったところであったろう。
初回からいきなり、ホームランを打たれるところであった。
和田の打球も外野守備範囲ながら、それなりに飛んでいた。
つまり今日は木津のボールが、相手のバッターに合ってしまう日かもしれない。
もっともぎりぎりで入っていないのは、幸いであるのかもしれないが。
また一回のレックスの攻撃も、躑躅の球に合っていた。
左右田がヒットでランナーとして出たが、緒方の打球が右方向ながら、セカンドのライナーとなったのだ。
合っていたがゆえに、逆にダブルプレイともなってしまった。
つまり両チーム、ピッチャーには合っている。
しかし守備によって、打球がアウトになっている、ということだ。
これは先にタイミングを、上手く切り替えるピッチャーがいる方が、有利に試合を運べるのか。
だがたまたま打線全員と、タイミングが合ってしまうということもないだろう。
投手戦でもなく、乱打戦でもなく、守備の試合となった。
なかなか先の見通しがつきにくいが、守備の競争となるならば、それはライガースが勝つ。
なぜならホームランにしてしまえば、守備がどうにかする要素が消えてしまうからだ。
二巡目あたりから、それが顕著になっていた。
大介を敬遠しても、その後ろのバッターが、ホームランを打ってしまうのだ。
どんな強打者であっても、ホームランを打つ確率など、一割を超えることはない。
だがそれは統計での話であり、一試合に二本や三本を打つということも、強打者であればあることなのだ。
果たしてこれは、どのような選択をすれば良かったのか。
両チーム共に、先発は四回で交代させた。
ピッチャーの交代で、こういった流れが止まる時と、止まらない時がある。
そしてこの試合は、やや流れが停滞した。
しかし打撃戦においては、ライガースが有利とは事前から言われていたこと。
躑躅の後にフリーマンを出して来たライガース。
対してレックスは、木津の後に須藤であった。
今季ローテ争いをしていた須藤だが、それには塚本が勝利したと言っていいだろう。
途中からはリリーフでの起用が多く、それはそれで国吉が離脱していた間、しっかりと貢献していた。
来年はまた、ローテ争いに加わるのか否か。
少なくとも数字の上では、リリーフの方がいいという結果が出ている。
この試合もまた、リリーフと言えばリリーフである。
だが短いイニングではない。
そしてリードされている展開であると、充分な結果も出せないのか。
今年のレギュラーシーズンでは、リリーフから勝ち星を拾ったこともあるのだが。
第四戦の流れが、まだ続いていると言っていいだろう。
つまりライガースの打線の勢いが、止まっていないのだ。
バックを信じて投げると言うにも、ホームランではどうしようもない。
レックスもホームランは出ているのだが、大介がいるとそこが変わる。
打たれることを恐れて、塁に出してしまう。
その後ろを抑えることが出来ればいいのだが、まだ上手くはいっていない。
足がある大介だが、今日はあまりその足を活かす必要がない。
後ろが長打を打ってくれれば、余裕でホームを踏めるのだ。
ホームランを打ってくれれば、歩くようなスピードで帰ってくることも出来る。
それが続いた後に、今度は自分でホームランを打つのだ。
レックスとしてはこの流れはまずい。
第六戦は直史が投げるが、その直史が中二日なのである。
わずか1イニングではあるが、大介との対戦もあった。
あるいは今日も投げるかも、というコンディション調整で、ブルペンに入っていたのだ。
(う~む)
レックスの監督西片は、本当に困っている。
第六戦に投げるのは、直史と決まっている。
そして直史が投げるのならば、完投してもらうことが前提となっている。
しかしこの勢いのライガース打線を、果たしてそのままぶつけるものなのか。
勝ちパターンのリリーフをぶつけて、勢いを削いでおくべきではないのか。
そのあたりの判断は、ブルペンにいる豊田にも確認してみる。
結論として出るのは、それは難しいだろうということだ。
レックスの勝ちパターンのリリーフは、確かに優秀な数字を残している。
だがそれはあくまでもリードしていて、こちらに流れがある状態なのだ。
この流れで勝ちパターンのリリーフを出しても、下手に打ち砕かれてしまって、さらに勢いがつきかねない。
それよりはこの先の、日本シリーズを見据えて温存すべきであろう。
試合が進むにつれて、レックスはさらにリリーフを投下する。
しかしライガースの打線の勢いは、全く落ちることがなかった。
これをよくもまあ、三島は六回を二点に抑えたものだ。
百目鬼も三点に抑えていたので、やはりこの二人が今年は調子が良かった。
直史が完封したのはもう、人外の領域であろう。
その直史であっても、ここまで勢いのついたライガースを、果たして抑えられるのだろうか。
せめて一日ぐらい、間が空いたら別なのであろうが。
雨で延期にならないか、というのも望みは薄い。
むしろ直史の場合は、完全に晴れていてくれた方が、ピッチングに影響がなくていいのだ。
第五戦が終了する。
結局ライガースは、二桁得点に乗せてきた。
ポンポン長打が出て、それで10点というのはむしろ、少なかったかもしれない。
残塁が両チーム多く、非効率な点の取り方になっていた。
もっとも打たれまくったというイメージと、打ちまくったというイメージは残っている。
この勢いを最終戦に持っていきたい、とライガースは考えている。
第六戦の予告先発は、当然のようにレックスは直史。
そしてライガースは、第二戦に投げた津傘であった。
中三日で先発登板となるが、それを言うなら直史も、1イニングだけだが投げている。
またライガースはおそらく、他の先発も全て投入し、短い継投で勝負してくるだろう。
実力的には、津傘から友永、畑は投げてきて、ヴィエラをクローザーとして運用。
ライガースのピッチャーの使い方としては、おそらくこれが一番強い。
あとは延長になった時の話か。
ライガースは三勝し、レックスはアドバンテージを入れても二勝。
引き分けが一つあったので、最終戦を引き分けたらライガースが日本シリーズ進出となる。
ただ双方のピッチャーとバッターの力を比べれば、引き分けというのは可能性として低いだろう。
0-0のまま終わる可能性は、まずないと言っていい。
短いイニングであっても、ライガースの先発三人は、レックスを確実に抑えられることはないはずだ。
ライガースは勝つか引き分けで、日本シリーズに進める。
ただ勝つのは相手が直史と考えると、かなり難しいであろう。
しかし直史も、リリーフで投げた日がある以上、完全にコンディションを調整出来ているか微妙である。
本人としては一晩眠って上手く、集中力を高めていかないといけない。
それでもライガースを、ロースコアに抑えることは出来るだろう。
引き分けを狙って行く方が、ライガースとしては現実的であろうか。
だがレックス打線はそれほど強力ではないが、セットプレイから確実に点を取るのは上手い。
直史から果たして、点を取れるかどうか。
確かに今年、レギュラーシーズンで直史から点を取ったのは、大介のホームランだけである。
またポストシーズンでも、なかなか惜しい打球はあった。
大介を上手く使えば、一点ぐらいは取れるかもしれない。
あとは直史が、どれだけのイニングを投げられるかだ。
直史の球数は、それほど多くない。
体力的には延長戦の終了まで、投げきることは出来るだろう。
しかし問題なのは、気力と集中力だ。
確実に点を取られないため、脳の思考は活発化されている。
それでメンタルのスタミナは消耗して行くのだ。
延長にまで入ったら、コントロールにも問題が発生するかもしれない。
なのでこの第六戦、全力で点を取りに行く必要がある。
そして直史は、ペース配分を9イニングとする。
そこまでを無失点に抑えて、逆に打線は一点を取る。
これが通用しなければ、延長で結果がどうなるか、正直なところ分からないだろう。
直史は全力で休養し、コンディションの調整に入る。
試合に合わせてしっかりと、体がイメージ通りに動くようにしなければいけない。
そして集中力を高める準備もしておく。
これは意識的に行うのは、それなりに難しい。
だが大介を相手とするなら、絶対に必要なことではあるのだ。
より深く潜って、効果的なボールの軌道まで見えるようにする。
大介と対戦する回数は、四回だと考えておいた方がいいだろう。
もしもライガースが大介の打順を替えてくれば、それはそれで対応の仕方も変わる。
ただ一点は取られることを計算して、味方にも二点以上は取ってもらいたい。
当然ながら先制点は、レックスが取る必要がある。
ライガースの予告先発が津傘と発表された時点で、レックス陣営もライガースの第六戦を、どう戦うかはおおよそ察していた。
先発の中でも強い三人を、短いイニングで使ってくる気だろう。
これは想定していた、相手の作戦の一つである。
そもそもWBCにおいて、日本が他の国のチーム相手に、使っていた戦法でもある。
加えてクローザーのヴィエラも、1イニングは使える。
リードされて最終回に入れば、ライガースが勝てるという計算になるだろう。
結局は直史頼みになるのか。
かつてのレックスに比べると、やはり確実性のある選手が少ない。
もっともそれはライガースも、同じことが言えるだろう。
真田のようなピッチャーが、向こうにはいない。
一応は勝てるピッチャーはいるが、それは打線の援護があったからこそ。
戦力としては打撃に偏っている。
直史としても、とにかく失点しないことを考えている。
ライガースがピッチャーを全力で投入してきても、どこかで一点ぐらいは取ってくれるだろう。
そしてこちらは、とりあえず9イニングを全力で無失点に抑える。
大介の調子次第で、その難易度は変わってくるが。
いっそのこと敬遠してしまおうか、とも考えるのだ。
確かに興行として大介と勝負するのは、必要なことだと思う。
だが打席ごとに色々と工夫して、どうにか打ち取るのも疲れるのだ。
単純な組み立てでは、事故が怖い。
100%確実なピッチングは不可能だが、大介のホームランを1%程度に抑えることは出来る。
ただし単打を打たれる可能性は、それなりに上がってしまうのだが。
歩かせた方が、大介の脅威は確実に下がる。
問題なのは後続のバッターだ。
直史が本気で投げていれば、このあたりも問題なく抑えられる。
だが打順調整は、やはり必要になってくるか。
第一戦はヒット一本に抑えて勝つことが出来た。
しかしあの時は前の試合から、充分に時間があったのである。
直史の体力も気力も、万全の状態ではない。
それならばそれなりのピッチングをしないといけないのが、エースの辛いところである。
第六戦の朝である。
眠って目覚めれば、ある程度はリセットされるものがある。
直史としては適度に集中出来ているが、緊張は特にしていない。
この集中力を維持したまま、試合には臨みたい。
午前中から体を動かしていって、ピークが試合になるように調整する。
昔から変わらない、直史のルーティンである。
これが連日の登板になったりすると、どこかに無理がかかっていたりする。
しかし二日間の休みがあったため、どうにか調整は出来ている。
体のほうは問題がない。
脳のほうも問題はないだろう。
あとはメンタルがどうであるかだが、それは試合が始まってみないと分からない。
ブルペンでも分からず、マウンドに立って初めて分かるものだ。
軽く練習をしながら、今日の両チームのオーダーを確認する。
特に重視すべきは、大介の打順である。
一番になっているか、それとも二番であるのか。
先に提出されたものでは、なんと一番となっていた。
少しでも直史との対戦を増やすため、ライガースはこの選択をしてきたわけだ。
その日の初球を、いきなり最強バッターに投げる必要があるわけか。
ピッチャーにとっては嫌なことである。
だが一番の和田を、二番に置いている。
これはどうにか大介を、進塁させるための打順でもある。
そして三番から五番まで、打順は変わらない。
レックスのスタメンは、いつも通りである。
相手のミスなどを上手く利用して、どうにか点を取ってもらうしかない。
正直なところ直史としては、二点ぐらいは取ってほしい。
延長を12回まで投げ抜けば、引き分けでライガースが日本シリーズに行ってしまう。
もちろんライガースの投手陣は、レギュラーシーズンならそこまで、レックスを抑えることは出来ないだろう。
しかしあちらもこの一戦に、全てのピッチャーを投入してくる覚悟はあるだろう。
どちらが進むにしろ、日本シリーズの始まりまでには、四日間の休養期間がある。
正直なところ直史は、今日の試合をフルイニング投げて、その四日間で回復するかどうか分からない。
ただ日本シリーズで日本一になるよりも、直史はこちらの試合を重要と考える。
大介と戦うことは、直史のプロにおけるモチベーションの、基盤となっているのだ。
ここで安易に敬遠などをするのでは、そもそもプロ野球を続けている意味がない。
かといって場合によっては、敬遠もしているのだが。
直史が勝負を避けて、他のバッターを封じていけば、確実にレックスが勝つと言われている。
大介の前後のバッターが、直史を打つことがほぼないからだ。
それは確かに勝敗だけを考えれば、そういうことも考えるのだろう。
だが人はパンのみにて生くるにあらず。
何のために投げているのか、それを考えなくてはいけない。
直史のプロのキャリアは、今年で10年目。
だからといって何か、今さら獲得するようなものはない。
各種タイトルや賞なども、今さら何をという話である。
もちろんプロで活躍することにより、知名度を売ることは出来る。
しかし直史個人が、野球において求めるのは何なのか。
強敵との対決、というものであろう。
確かに敬遠してしまえば、それでチームは勝つし、優勝も出来るのだろう。
だが結果だけではなく、そこまでの過程も重要なのだ。
それを考えると直史は、やはり大介とは勝負しなければいけない。
結果的にボール球を振らせるのに失敗するのは、それは仕方がないことだ。
しかし最初から勝負を避けるのは、自分ではやってはいけないことだろう。
既に一度、負けたことがある。
もちろんあそこまでの過程を考えれば、直史はものすごい負担を強いられ、その結果として負けている。
だが過程をしかけていって、直史を倒したというのはチームの力だ。
この日本のプロ野球においても、やはり直史は勝負をするのだ。
史上最強のバッターが相手なのだから、やりがいはまちがいなくある。
そしてこの二人の対決を、どれだけの人間が見守っているか。
もう若くないのだから、ムキになっても仕方がない。
そうも思うがどうしても、どちらが強いのかを考えるのは、男の子の性と言っていいだろう。
闘争本能というのは、直史にないわけではない。
ただ普段は冷静に、その暴走を抑えているだけなのだ。
あと何回、本気で勝負することが出来るのか。
その回数は決して、多いわけではないだろう。
また直史としては、この野球における役割を、誰かに継承させたいとも考えている。
もっとも昇馬であっても、ここまでの圧倒的な数字は、残せそうにないのだが。
あるいは大介ではなく司朗に、打たれることによって役割を終えるのか。
色々と考えることは多い。
ただ今日は、全力で勝ちにいけばいい。
なんならここで壊れても、試合の勝敗だけは逃さない。
日本シリーズというのは、直史にとってはあまり意味のないものだ。
それよりもやはり、ライガースを相手に勝つこと。
直史が求めているのは、そちらなのである。
自分の力がどこまでのものであるのか、それを自分でも探す。
限界を超えて、どこまでのピッチングが出来るのか。
それを測るために必要なのは、やはり強敵なのである。
いつ壊れるか分からないが、全力で戦い続ける。
それが直史の今の、ライガースとの戦う理由なのである。
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