第369話 ブルペン待機
レックスはリーチをかけた。
アドバンテージを加えて2勝1敗1分。
残り三試合であるから、レックスが一勝でもすれば、それで問題なく日本シリーズ進出は決定。
ライガースが逆転するには、三戦全勝か2勝1分という結果が求められる。
今年のレックスはともかくライガースは、引き分けた試合が一つもないという極端なシーズンであった。
レックスのチーム力なら、むしろもっと引き分けが多くても良さそうであったが。
MLBなどは引き分けがないので、タイブレークを採用している。
ただこのタイブレークは、向いているピッチャーと向いていないピッチャーの差が大きい。
第四戦、直史はまたブルペンには入っている。
だがこれはメンバーとして登録しているだけで、投げることは絶対にない。
ただいるというだけで、ライガースにはプレッシャーになるだろう。
対戦するピッチャーはレックスがオーガスで、ライガースは畑。
オーガスは今年、大きな故障はなかったが、軽い違和感で何度かローテーションをずらした。
だが22先発もしているので、ローテの一角と言ってもおかしくはない。
勝敗の数も、しっかりと貯金を作っていた。
畑は中五日で投げることになるが、さほどの疲労は残っていないだろう。
カップス相手に連勝で通ったことが、少しだがライガースを楽にしている。
これが第三戦までもつれ込んでくれていたら、よりレックスは楽に戦うことが出来たのだが。
そんな甘いことを考えていても、上手くいかないということだろう。
レックスはとにかく、あと一つ勝てばいい。
しかし今度は、引き分けの価値があまりなくなるのだ。
二つ引き分けてしまえば、これまたレックスの有利となる。
たださすがにこの可能性は、少ないと無視されている。
野球というのは基本的に、勝利を目指すスポーツなのだ。
これが他のスポーツなら、引き分けも充分に価値があったりするが。
特にサッカーのワールドカップなどでは、その意味が大きかったりする。
あちらは野球に比べても、点が入りにくいスポーツであるが。
今日は完全に、脱力して試合を眺める直史である。
昼の間に少し体は動かしたが、投げるのはキャッチボールだけにとどめておいた。
果たして自分の肉体が、今はどこまでの負荷に耐えられるのか。
直史はそこに不安がある。
ただ最終戦までもつれ込めば、全力で意識の底に潜っていくだろう。
もうあんな組み立てだけで、大介を抑えられるとは思わない。
このクライマックスシリーズ・ファイナルステージ、大介は打率が五割となっている。
出塁率が0.643と、とんでもない数字になっている。
ファーストステージを含めても、やはり勝負強さを発揮している。
これを抑えたのだから、直史も当然、立派な数字を残しているのだ。
二人だけ違うステージで野球をやっている、とさえ思える。
こうなるとやはり、ピッチャーの強いチームの方が勝てるという話になってくるのだ。
ただピッチャーは毎試合投げられないので、丁度いいぐらいのバランスになる。
かつてのMLBなどは、およそ二人のピッチャーで、シーズンを投げ切っていたチームもあったりしたものだ。
もっとも19世紀の話であるが。
この試合においてはライガースも、後がないので必死である。
レックスとしてはオーガスを、この試合ではなく第六戦に使った方がいいのでは、と思わないでもない。
勝利が計算出来るピッチャーの数は、ライガースよりレックスの方が多い。
もちろんライガースの打線は、多少の優劣を逆転させてしまうものだが。
試合は序盤から、ライガースが得点していった。
だがレックスも必死で、最少失点で防ごうとはしている。
しかし大介と、勝負してしまったのが悪かったのだ。
ここまで五割を打っているバッターとは、勝負などするべきではない。
ともあれ攻撃の起点となって、まずは点を取っている。
攻撃ではレックスを上回るだけに、この流れはまずい。
ただライガースの先発の畑も、当然ながら必死である。
この試合に負ければ、もう今年のシーズンは終わってしまうのだ。
自分の先発でそんな試合にするなど、とても許容できるものではない。
敵地ではあるが、粘り強く執念のピッチングを行う。
それはレギュラーシーズンの大味なピッチングとは、かなり違うものとなっているのだ。
ロースコアゲームであることが、レックスがライガースに勝つための条件である。
しかしライガースが一方的に、それを拒否してきている。
もっとも当たり前の話だが、それは打撃を抑えられないピッチャーと守備が悪い。
とは言え先発のオーガスも、今日は立ち上がりが悪かった。
ピッチャーにはどうしても、そういう日があるものなのだ。
不調であれば不調なりに、どうにかするピッチングが必要になるだろう。
直史などはそうしているのだが、傍から見ると不調の日などないように見える。
ただこれはコンディション調整が、さすがに経験を積むごとに上手くなっていると言えるだろう。
あるいはMLBでのハードな日程によって、NPBでは積めない経験を積んだとも言えるのか。
MLBはレギュラーシーズン、厳密にピッチャーを運用する。
しかしポストシーズンは、特にワールドシリーズともなれば、壊すのを覚悟で使ってくる。
それでもワールドチャンピオンになれば、チームとしては充分だと考える。
そもそもMLBはポストシーズンの方が、チケットは大量に売れる。
日本と違ってレギュラーシーズンは、ガラガラの客席も目立つのだ。
野球は何が起こるか分からないのだから、この試合でもう日本シリーズ進出が、決まってしまうかもしれないと思っていた。
だがこの第四戦、負けるなら大きく負けたほうが、マシだと思えなくもない。
リリーフ陣を休ませるためである。
(明日の第五戦は、木津が投げる予定だけど)
今年の木津は去年と違って、神がかった幸運には恵まれていない。
おそらく第五戦は落とすことになる。
だからこそこの第四戦で、決めてしまいたいのが首脳陣であった。
しかしライガースの積極性が、レックスの守備を上回っている。
レックスも点を取れないわけではないが、ライガースに常に先行されている。
これは試合の流れとして、レックスが勝てる線が見えてこない。
二試合連続の延長戦で、双方のリリーフは疲労している。
だからこの試合がライガースに傾いているというのは、むしろレックスのブルペンにとってはありがたかった。
西片は事前に、勝っている状況でない限り、この第四戦では勝ちパターンのリリーフを使わないと決めている。
そして四回に4-2というスコアになっていたところで、オーガスを降板させた。
ここからは試合を捨てて、リリーフを温存していくのだ。
もっともあまりに一方的な展開となると、次の試合にも響いてくるかもしれないが。
オーガスの後を投げるのは塚本である。
大卒一年目のピッチャーとして、ローテにかなり入って17先発。
しかし勝敗は3勝6敗、また防御率も微妙であった。
だがクオリティスタートは10試合と、充分な安定感はあるのだ。
打線の援護が薄かった、ということも言えるし、勝ち星を消された試合も多い。
なので首脳陣としては、それなりに評価しているのだ。
大卒即戦力と言われながら、実際に即戦力であるピッチャーは少ない。
だが塚本はローテをかなり守り、何より全ての試合で六回までは投げている。
打線がライガースであれば、おそらく二桁を勝てたであろうとも言われる。
もっともライガースだと、守備が弱いという条件も重なるが。
三島が抜ける来年、先発のローテを一枚、必ず増やす必要がある。
塚本には1シーズン、完全にローテに入ってもらわなければいけない。
あるいは今年のドラフトで、即戦力になりそうなピッチャーを取るか。
だがレックスはそれより先に、打力の方を補充しなければいけない。
ピッチャーは最悪、助っ人外国人でも構わないのだ。
FA移籍はちょっと、資本に余力がないのが、レックスの弱いところである。
塚本も順調に失点しているが、炎上というほどではない。
この第二戦でもリリーフとして投げたし、ポストシーズンの空気を経験し、より強くなってほしい。
得点力が不足しているのは間違いないが、ピッチャーにもそこまで余裕があるわけではない。
あるいはリリーフ陣を誰か、来年は先発に持ってくるか。
そのあたりが苦しい、レックスの編成なのである。
第四戦の展開は、ずるずるとしたものとなった。
ライガースが試合の主導権を握り、そのまま進んでいく。
レックスとしては点を取られるが、塚本はビッグイニングを作らない。
それでもクリーンナップに至る上位打線は、まともに抑えられないものだったが。
いくら長打力があると言っても、打率は三割程度なのだ。
しっかりと投げていけば、偶然によって抑えられるものはある。
塚本のこの試合での役割は、捨石である。
身を削ってでもとにかく、試合を終わらせてしまう。
勝敗は関係なく、他のレックスのピッチャーを消耗させない。
それでいてビッグイニングを作らせないというのは、かなり難しいオーダーであるが。
最終的な決着は、9-4というスコアになった。
ライガースがやっと、その打撃力を出せた試合と言ってもいいだろう。
ただレックスは、勝ちパターンのリリーフを使っていない。
残り二試合のうち、どちらかを勝てばレックスは日本シリーズに進める。
考えにくいが、あるいは両方を引き分けても、レックスは勝ち上がることが出来る。
整理しよう。
アドバンテージまで含めて、現在2勝2敗1分となっている。
残った試合は二試合。
勝敗が等しい時は、得失点差ではなく、アドバンテージのあるレックスが日本シリーズに進む。
レックスは一つ勝つか、二つ引き分ければ、日本シリーズ進出。
ライガースは一つ勝って一つ引き分ければ、日本シリーズ進出。
もちろん二つ勝っても、ライガースが日本シリーズ進出である。
ライガースの得点力を考えると、引き分けというのはなかなか出ない結果であると思う。
またピッチャーの方を考えても、レックスは数点入れられると思う。
そんな中で2-2で引き分けとなったのは、かなり偶然の力が働いたものだ。
どちらにしろレックスは、第六戦での勝利を考えていく。
第五戦の先発を任されたものの、木津はあまり信用がない。
今季は結局、24先発で10勝8敗と、充分な数字を残しているのだが。
防御率が4以上になっているので、あまり期待できないと思われているのか。
またもう一つの投手の指標である、WHIPはかなり数字が悪かった。
とにかくフォアボールが多いのである。
しかしそれを、三振でそこまで失点につながらないようにしている。
24試合に先発し、規定投球回もクリア。
奪三振率が10以上というのは、先発投手としては充分すぎるものだろう。
ただ木津は、フライボールピッチャーである。
フライを打たせてアウトにするタイプで、本来はライガースとは相性が悪いはずだ。
だが今年のレギュラーシーズンは、四試合対戦しており、三試合をクオリティスタートで抑えている。
大介の打席は18打席回ってきているが、打数は12となっている。
そしてホームランは一本しか打たれていない。
スラッガーの大介が、意外とホームランを打っていない、というわけだ。
だが残る四本のヒットのうち、三本がツーベースである。
三振は奪えるが、四球も多く、フライを遠くまで飛ばされる。
結果として残塁のランナーは多いが、なんとか失点は防げる、というパターンが多くなるわけだ。
ピッチャーのタイプというのは、本当に色々なものである。
少なくとも木津は、かなりの年俸アップにはなるだろう。
ローテーションを守ったというだけで、充分に価値はあるのだ。
レックス首脳陣は、第六戦にもつれ込むことを、既に覚悟している。
直史ならば勝てる、と思っているのだ。
実際に直史は、NPBでは無敗。
だが直史が出来るのは、負けないことまでなのだとは忘れてはいけない。
点を取らなければ、野球というスポーツは勝てないものなのだから。
ライガースは第六戦に、果たして誰を持ってくるのか。
第五戦の先発は、躑躅を持ってきた。
躑躅も即戦力と言われた大卒ピッチャーで、20先発し10勝5敗であった。
少しは調子を落として飛ばしたローテもあったが、それでも20試合に先発したなら、充分に一年目としては合格である。
同じ大卒即戦力と言われた塚本は、先発試合数も少なく、勝利先行でもなかった。
案外来年あたりは、一気にブレイクするのかもしれないのが、この躑躅である。
果たしてこの二人のピッチャーのうち、どちらの方が能力は上であるのか。
それはまだ一年目では、確かなことは言えない。
躑躅が二年目のジンクスで、大きく崩れることも予想されるからだ。
そして木津と比較したならばどうであるのか。
貯金を作ったのは躑躅の方が多いが、先発ピッチャーは登板した試合を増やしてこそ。
完全にローテに入ったと言える木津の方が、評価は高くなるだろうか。
野球選手の評価というのは、年俸がはっきりと分かるものだ。
直史などはもう、レックスの出せる限界までの、高額年俸となっている。
それでもMLB時代に比べれば、たいしたことはないのだが。
木津は去年に比べて、倍増してもおかしくはない。
24試合に先発して、勝ちこしたというのは、それだけ大きいことなのだ。
ピッチャーの評価にしても、ここのところ勝敗は、あまり重要な評価基準ではない。
特にMLBなどでは、打線の援護が大きいことを、誰もが認めているのだ。
防御率の方がよほど、勝敗よりも重視される。
またこれにWHIPや奪三振率、K/9やBB/9といったあたりが、ピッチャーとしては重要な評価基準だ。
そしてクオリティスタートも、その評価の一つである。
木津は確かに、たいした防御率ではない。
しかしクオリティスタートの数は、なんと20試合にもなるのである。
レックスの打線が貧弱であるから、10勝しか出来ていない。
これがライガースであったら、あるいはタイタンズであったら、というのは色々と言われる。
特にフライボールピッチャーの木津としては、フライを打たせるのが有利な、広い球場ではいい数字が出せるだろう。
神宮は比較的ホームランが出やすい。
それでも結果を出さなければいけないのが、プロの世界なのである。
むしろ他のチームが、木津の特徴を理解して、トレードをもちかけてくるだろうか。
しかし木津は、明らかにそのストレートが、プロの中でも遅すぎる。
140km/hが投げられなければ、調査の対象にもならないと、昨今のNPBでは言われている。
だが実際に木津は、このシーズンでしっかりと通用していた。
球速だけで勝負するなら、野球とはなんともつまらないスポーツになるだろう。
だが実際にはそう単純なはずもなく、155km/hも投げられない直史が、ピッチャーとしての頂点に立っている。
絶対に負けないという、ピッチャーとしての完全体。
それを可能としているのは、ピッチャーとしてのバリエーションの広さだ。
普段からクイック気味で投げているが、それを超クイックで投げたりもする。
バッティングに重要なのは、タイミングだと分かっているからこそ。
もっとも優れたバッターは、ピッチャーの足の着地の瞬間から、タイミングを計っている。
それ以降はタイミングを変えるのも、かなり難しいと分かっているからだ。
クライマックスシリーズ・ファイナルステージ第五戦、今日もブルペンに待機する直史である。
だがよほどの状況にならない限り、リリーフとして登板することはないだろう。
木津は平均すれば安定感があるピッチャーだが、一点も取られない試合はほとんどない。
今季は一試合も、完投をしていないのである。
だが七回まで投げた試合が13試合もあり、国吉が一時離脱していたレックスとしては、そこでの貢献度が大きい。
レックスがライガースを破ってペナントレースを制したのは、リリーフ陣の強さが言える。
クローザーはともかくセットアッパーが、崩れて逆転されたという試合が、かなりあるのがライガースだ。
もっとも試合の後半に逆転し、負け星を消していることもかなりあるのだが。
ライガースの来年の補強ポイントはリリーフ。
そうでなくともピッチャーであるのは、よく分かっているだろう。
即戦力では打撃は、特に求めていない。
一年か二年かけて、野手は育てていくのだ。
もっとも大介が、いつ衰えるかという懸念はある。
来年で43歳のシーズン。
さすがにそろそろ打てなくなってきても、おかしくはないのだ。
日米の多くの大打者を見ても、40代の前半がバッターとしての限界である。
特に速球に関しては、目が追いついていかなくなるのだ。
もっとも大介の場合は、単純なボールを見るだけで、打っているわけでもないのだが。
また蓄積された経験で、なんとか打ってしまうのかもしれない。
平均してみると、ピッチャーよりバッターの方が、プロとしての寿命は短い。
ただ大介ならば、守備と走塁だけでも、充分に働けそうだが。
ショートをこの年齢で守り、さらに守備範囲は広い。
他のショートならヒットという当たりを、平均に比べて二つは、アウトにしているのが大介なのである。
少なくとも今年はまだ、全く衰えてはいない。
この強打者を抑えることが出来るのは、現状では直史のみ。
戦いが第六戦まで及ぶであろうことは、多くの人間が予想していることであった。
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