第359話 ライガースとカップス

 ライガースのレギュラーシーズンから中四日、いよいよポストシーズンのクライマックスシリーズファーストステージが始まる。

 この数年間はBクラスが続き、その前もAクラスには時々入ったものの、ペナントレースには絡んでこなかったカップス。

 だが今年はシーズン中盤から調子が出てきて、粘った試合展開が多かった。

 考えてみれば今年、直史に勝ち星を与えなかった、唯一のチームなのである。

 直接対決ではライガースがリードしているが、14勝11敗と絶望的な差ではない。

 レックス相手にもシーズン中盤までは、勝ち越していたチームなのだ。


 優勝争いをした2チームは、お互いに力を出し合っていった。

 すると他の4チーム相手には、随分と差をつけていくこととなる。

 これが果たして、いいことなのか悪いことなのか。

 レギュラーシーズンのペナントレースを制することは、確かに面白いことではある。

 ファンもシーズンの半年を通じて、楽しむことが出来たのだ。

 特にレックス有利ながら、かなり終盤まで逆転の可能性が残っていたのは、どちらのチームにも集客をもたらした。


 優勝確定後も、二つのチームは弛むことがなかった。

 特にライガースの方は、勢いを残したままクライマックスシリーズに、突入することを意識している。

 勝敗はともかく、高い得点力は保ったまま。

 レックスは逆に、少しだけ弛めた方がいい。

 全試合を消化してから、勝ち上がってくるチーム相手に、10日間の休養期間がある。

 もちろん選手たちは、上手く集中力を維持するためにも、気分転換などをしたりする。


 この休養期間の長さが、逆に実戦感覚を鈍らせることもある。

 ただやはり、レギュラーシーズンの疲労をいくらかでも、取れることの方がプラスに働くだろう。

 実際に前の二年は、ペナントレースを制したチームが、そのまま日本シリーズに進んでいる。

 アドバンテージがあるため、間違いなく有利なのだ。


 直史は上手く弛めつつも、緊張の糸が切れないようにしている。

 短時間ではあるが集中して練習し、調整に入っている。

 レギュラーシーズンの中六日ではなく、もっと登板間隔を短縮して投げることもある。

 それがポストシーズンの、エースピッチャーというものだ。 

 MLBはそのポストシーズンの無理がたたって、残りの契約があるのに、燃え尽きてしまったピッチャーなどを見てきた。

 その点では直史は、本当に頑丈と思われるピッチャーだ。


 直史の耐久力は、頑健さに由来しているものではない。

 その正体は柔軟性なのである。

 体のウォームアップやクールダウン、そしてストレッチ。

 そういったことで体内の血液を循環させて、少しでも肉体の状態を万全にする。

 経験や駆け引きによって、そのピッチングは速くはならないが、上手くはなっていく。

 そして総合的に強くなっていくのだ。


 ファーストステージの三試合は、二位チームのホームで行われる。

 ライガースの場合はもちろん、甲子園ということになる。

 これが昔はレックスなどは、神宮の使用が大学野球と被って、他の球場を借りて行われた、という過去もあったりする。

 神宮は大学野球が優先されるし、学生大会も優先されるのだ。

 もっともライガースは高校野球の甲子園期間中、完全に甲子園が使えなくなるが。




 週末を使って行われる試合は、デイゲームが続く。

 もう10月に入ったというのに、暑気が完全に消えない日中である。

 四季の中で春と秋を感じなくなりつつある、とはよく言われていることだ。

 ただ真夏に比べればずっと、野球をやるにはいい日和である。


 甲子園にカップスを迎えて、先に二勝した方がファイナルステージに進む。

 当然のようにカップスはここで、エースクラスのピッチャーを出して来た。

 ライガースとしては友永が第一戦、畑が第二戦を投げる。

 出来ればそこで終わらせたいな、と思っているのは監督の山田だ。


 この二年間、ライガースはひたすらレックスと戦ってきた。

 今年の成績は直接対決では、最後の連戦で連敗するまで、ずっと勝ち越してきていたのだ。

 直史以外のピッチャーを、攻略するということが重要になる。

 あとは直史が三試合、先発しないことを祈るのみ。

 ただそれは目の前の、カップスを倒した後で考えることだ。

 カップスも充分に、逆転してくるぐらいの実力を持っているのだ。


 秋の深い色の青空の下で、甲子園でプレイが出来る。

 少し暑いなとは思うが、それは照明を使うナイターでもあまり変わらない。

 試合前の雰囲気としては、友永が意外と緊張している。

 考えてみれば今年、移籍して初めて、セのクライマックスシリーズで先発するということなのだ。

 今までにクライマックスシリーズで、投げたことがないわけではない。

 しかしファーストステージの第一戦、先発を任されることは初めてだ。

 

 友永はプレッシャーを感じている。

 別にこの試合だけではなく、他にも何度もプレッシャーは感じてきた。

 そのプレッシャーは友永のみならず、競技スポーツをする人間ならば、誰でも感じるものだろう。

 プレッシャーを感じていないと、変に強がる必要はない。

 ただプレッシャーとの上手い付き合い方は、人によって色々と変わるのだ。


 大介などは基本的に、武者震いなどはしてもプレッシャーは感じない。

 むしろ集中力が研ぎ澄まされて、とんでもないボールでも打ってしまう。

 直史もプレッシャーは感じない。

 だがそれは試合の勝利に、価値を感じないからこそ言えるものだ。

 友永のようにFAで移籍してきた選手は、それなりの成績を残そうと考える。

 しかしそれは間違いで、複数年契約をしてくれたのだから、少しぐらい力を抜いた方がいいのだ。


 ただ友永はどうしても、MLBに移籍するほどの勇気は持てなかった、というピッチャーだ。

 このシーズンの素晴らしい数字も、打線の援護が大きいのは、確かなことである。

 だが変に自分を卑下するのも、それはそれでおかしいだろう。

 カップス相手であれば、打線はしっかりと援護してくれる。

 そう考えればいいのであるが、首脳陣も迷うところはあったのだ。




 ライガースの抱えている問題。

 それはピッチャーの安定感と言えるものだ。

 安定感と言うよりは、責任感と言った方がいいだろうか。

 下手に打線が強いため、ピッチャーもそれに合わせてしまう。

 何点か取られることは承知の上で無理をしない。

 ここが無理をしないのではなく、手抜きになってしまうのだ。


 手を抜くだけではなく、上手く力も抜いているので、無理をして故障ということもない。

 それはそれでいいのだが、喜んでばかりというわけにもいかない。

 ポストシーズンは全力で、相手を抑えにいく必要がある。

 このあたり気分の切り替えをしないと、不覚を取る可能性が高い。

 ただファーストステージは、甲子園で行えるというアドバンテージがある。

 ここで一気に勝って、レックス戦に挑むのだ。


 とにかくポストシーズンは、ピッチャーに問題がある。

 MLBでも普通に、中三日でエースを回してきたりするのだ。

 レギュラーシーズンは日常で、ポストシーズンこそお祭り。

 そのあたりが日本とアメリカの、プロの世界の違いであろうか。

 もっともNPBでも、日本シリーズなどでは特に、短い間隔でピッチャーを使っているが。

 直史もそれは覚悟の上なのである。


 自分の限界がどのあたりにあるのか、探ることは難しい。

 下手に全力で投げていくと、そこに至った瞬間に壊れてしまう可能性がある。

 少しずつ投げていって、球速は150km/hが限界と自分で決めている。

 だがピッチングというのはボールのスピードだけではない。


 ライガースの投手陣は、先発を基本は三人か四人で回すこととした。

 普段は先発を投げているピッチャーも、中継ぎとして使っていく。

 それでカップス相手には、二連勝で勝っておく。

 このファーストステージから考えていかないと、レックスには勝てないだろう。

 思えばこのシーズン、ずっとレックスの背中を見たままであった。

 あと少しで追いつけそうで、最後にまた引き離されてしまった。

 やはり直接対決に勝たなければ、優勝は出来なかったのだ。

 その後の試合を見れば、どちらにしろ追いつけなかったように見えるが。


 試合には流れがあるが、シーズンの中でも流れがある。

 上手く乗れば連勝して行くし、乗れなければ連敗して行く。

 この調子を上手く整えるのが、首脳陣の役割である。

 ただ流れの悪さを止めるためには、エースの力を必要としたりする。


 レックスは先発の安定感と、中継ぎからのリリーフまで含めて、長い連敗がなかったのだ。

 10連勝とかそういう、極端な連勝もなかったが、それは平均して強いということ。

 しかしその平均的な強さは、ポストシーズンではあまり役に立たない。

 短期決戦で必要なのは、絶対的な強さだ。

 そしてその絶対的な強さも、レックスは持っている。

 直史が勝ってくれるなら、他の選手で残りを勝つ。

 戦力があまりにも歪であるが、それで勝ってきてしまうのだから、結果が全てと言えるのだ。




 ライガースはカップス相手に、正面から対決して行く。

 二連勝して次に進むのを、マストとして考えている。

 ファイナルステージの第一戦は、去年と同じように捨てていく覚悟だ。

 今年で引退と言っている大原を、存分に使っていく。

 下手にレックスに勢いがつかないよう、負けるにしてもそれなりの負け方がある。

 ベテランの大原ならば、それをしていけるはずなのだ。


 このカップスとの試合も、友永は緊張してはいたが、初回をどうにか投げた。

 先頭打者をアウトに出来た時点で、プレッシャーは大きく減退していたのだ。

 とにかくこのプレッシャーというのは厄介なもので、多くの場合はマイナス方向にしか働かない。

 だが上手くメンタルを操作することで、集中力に変えることが出来る。


 ほどよい緊張感というものはあるが、これを上手く集中力に変える。

 それもまた一つの、メンタルを操作する技術であるのだ。

 友永もまた多くのプレッシャーのある場面には向き合ってきた。

 だからここにおいても、苦しい展開をどうにか無失点に抑えられるのだ。


 早めに援護してやりたい、とライガース打線は分かっている。

 移籍してきて一年であるが、それでも充分にコミュニケーションは取ってきた。

 優勝したくない選手など、いるはずもない。

 どこかの副業プロ野球選手は、ちょっと別であるかもしれないが。

 しかし負けたときの悔しさと、勝った時の喜びを比較すれば、勝ってしまいたいに決まっている。


 直史がプロにおいて、早々に優勝を諦めたシーズンは一度きり。

 MLBに渡って三年目、味方の主力が故障した時である。

 だがあの時はメトロズに、トレードという形が取られた。

 その年を優勝するために、直史はクローザーとして働いたのだ。

 つまりそこも考えれば、常に優勝争いをしたチームにいたということになる。

 この経験は濃密であり、勝つための方法を知っている。


 多くのプロ野球選手は、諦めるということを覚えてしまう。

 しかしそれも仕方はない。チームの成績というのは、自分一人でどうこう出来るものではないのだから。

 だから新人の間は、とにかく自分の数字にこだわればいい。

 ただし状況を分析するのは、新人であっても重要なことだ。

 それが出来ないピッチャーというのは、プロの超一流にはなれない。


 友永は初回からずっと、ランナーを出して苦しんでいる。

 ライガース打線も三回まで、点を取ることが出来ていない。

 カップスはしたたかに、大介が上手く打てないような、ボール球中心の配球で勝負している。

 レギュラーシーズンなら狙って、振っていっただろうボール。

 しかしポストシーズンにおいては、もっと確実に点を取っていかないといけない。


(カップスのやつら、そういうことだったんだな)

 今年のカップスが、特にシーズン半ばを過ぎたあたりから、好調になっていった理由。

 その中の一つには、選手たちの集中力というものがある。

 試合の中、ベンチからこちらのベンチを見てくるのは、サイン盗みなどではない。

 ライガースの雰囲気を掴むことによって、今の試合がどちらに傾いているか、それを見ていたのだ。


 終盤にレックスが勝ち越していったのは、レックスもまたシーズン終盤には、選手の集中力がポストシーズン仕様に変わっていったからだ。

 そしてライガースはまだ、そこまで集中しきれていない。

(レギュラーシーズンのハイスコアゲームに、慣れすぎているのか)

 大介は気付いているが、それをこの場で言うべきか。

 おそらく監督の山田も、それぐらいは分かっていると思うのだが。


 他の選手にしても、分かっているはずなのだ。

 レギュラーシーズンとポストシーズンでは、戦い方が違う。

 去年もこの舞台を経験しているし、一昨年もそうであった。

 それなのにイケイケであるのは、甲子園の空気が悪い方向に作用しているのか。

 流れに乗るのはいいのだ。

 しかし今のライガースは、流されてしまっているのではないか。

 先制したのは四回のカップス。

 1-0のまま、試合は中盤から終盤へ入ろうとしていた。




 大介は狙っていた。

 無理に打っていっても、それなりにスタンドに届くことはある。

 だがここまではボール球を見逃したり、あるいはただ合わせたりと、そうやって息を潜めていた。

 しかし第三打席、アウトローに外れたボール。

 ゾーンに入ってはいなかったが、バットは届くという範囲。

 そこに大介の長尺バットのスイングで、ボールを叩きにいったのだ。

 打球はレフトのスタンドに入り、甲子園が爆発したような歓声で包まれる。

 1-1にようやく追いつく、主砲による一発であった。


 カップスも悪い試合をしていたわけではない。

 だが友永が、とにかくしぶとかったのだ。

 おおよそ三点程度は取られるのが、友永の平均的な防御率。

 しかし試合が進むにつれて、プレッシャーなどはなくなっていった。

 去年までとは違い、間違いなく日本一を狙っていけるというチーム。

 その途中で投げているという、実感が地に足をつけたピッチングへと変えていった。


 そして大介の一発で、ライガース打線が奮起する。

 それまでの試合の流れは、確かに澱んだものであった。

 だがビジターとなっているアウェイゲームにおいては、それで充分な試合展開だと、カップスは考えていたのだ。

 しかしそういった流れを、一発で変えてしまうのがホームランである。

 逆に流れを全く変えさせない、直史のピッチングとは正反対だ。


 追加点を取って、ライガースは逆転。

 そして友永は七回までを、一失点で乗り切った。

 ここからまた、ライガースは得点を重ねていく。

 試合の中盤までが嘘のように、ライガースがリードしながらも、両者に点が入っていく。

 野球というものはこういうものなのだろう。

 最後にはまた一点さのまま、クローザーのヴィエラがマウンドに登る。

 充分にセーブを稼いでいた、ライガースのクローザーのヴィエラ。

 最後の最後で逆転することも多いライガースであるため、セーブ機会が少なかったとは言える。

 だがそれでも、平良に次ぐセーブ数は誇っていた。

 リリーフの弱いライガースだが、クローザーだけはしっかりしている。

 だからこそこうやって、ポストシーズンに進出も出来たのだが。


 4-3で初戦はライガースの勝利。

 しかもこれは、勝ち方が良かった。

 大介がホームランを打って、ランナーがいるところで他の選手も長打を打つ。

 極めてシンプルな打撃による得点で、勝利することが出来たのだから。

 元はピッチャーの山田としては、投手力で勝利することが、本当は理想なのである。

 だが現実を見てみれば、ライガースは打撃のチームだ。


 今季のオフもどこを補強すべきか、しっかりと分かっている。

 ただ契約が切れるため、フロントが来期も山田にチームを任せるか、そこは微妙なところなのだ。

(今のチームを勝たせるのは、どういう監督が必要なんだ?)

 打撃力任せであり、それは悪いことでもない。

 だがピッチャーが安定していないと、やはり野球は勝ちにくいのである。


 今日の試合は友永が粘り、ヴィエラが〆た。 

 そこはいいのであるが、八回に二点を取られている。

 これがなければもっと、安心して試合を見ていることが出来た。

 中継ぎとして確実性のあるピッチャーが、せめて一枚はほしい。

 今は先発候補を、色々とリリーフとして試しているのだから。




 レックスの首脳陣は、もちろんこの試合を見ている。

 ライガースの弱点は、しっかりと分かっているのだ。

 せっかく打撃力があるのに、ピッチャーがそのリードも守っていない。

 かつての山田や真田のような、余裕をもって勝てる試合を作るピッチャーがいない。

 これはもうチームカラーと言ってしまってもいいだろうか。

 それはそれとしてレックスも、得点力が不足しているのだが。


 監督の西片は、貞本から引き継いだチームで、どうにかペナントレースの制覇を果たした。

 しかし直史一人で、どれだけの勝ち星を稼いでくれたことか。

 来年はどうにかして、得点力を高めなければいけない。

 そのために必要なのは、やはり長打力なのか。


 レックスは打線を見ても、打率が悪いわけではなく、長打が少ないというわけでもない。

 ただチャンスの時にしっかりと、打っていく勝負強さが欠けている。

 かつてのレックスであれば、樋口がものすごい確率で、得点圏の打点を稼いでいた。

 同時にあの時代は、今以上の投手王国であったが。

 レックスはFAなどで、長距離砲を取るのはまず無理だ。

 助っ人外国人は、今のままでもそれなり。

 だがあと一人、代えてもいいかなという枠がある。

 ただ中軸に三人、外国人を並べるというのも、近本がいるのでおかしな話にはなるのだ。


 あれがない、これがないと言っていても仕方がない。

 今年はもう、今ある戦力で戦っていくしかないのだ。

 そしてそれは、主に直史をどう使うか、ということになってくる。

(ライガースとうち、足して割れば丁度いいのかなあ)

 もちろんそれは、どちらの良さも打ち消してしまうものであろう。

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