第357話 25回戦
タイタンズとの三試合で、今季のレックスのレギュラーシーズンは終わる。
だが一試合目と二試合目の間には、それなりの空白がある。
雨などで延期した試合が、ここに回されているからだ。
つまり三連戦ではなく、一試合を消化した後に二連戦となる。
その二連戦の一戦目が、直史のレギュラーシーズン最後のピッチングとなる。
復帰した一年目は、ポストシーズンで無理が出来なかった。
クライマックスシリーズで中一日で三勝し、第六戦にはリリーフとして投げたりもしていたが、レギュラーシーズンで無理をしなければ、もっと楽に勝てたのだ。
パーフェクトを狙いに行くと、意外なほど難しいというものである。
いくら普段からそれなりに体を動かしていても、ブランクはそう簡単に埋まるものではない。
最初のプロ入りの時もまた、MLBに行った三年目あたりからようやく、本調子に戻ったような気はしている。
今年は最初からずっと、無理をせずに投げていった。
ポストシーズンで勝ち、日本一になるために逆算し、勝利のためのピッチングをしてきた。
とにかく試合に勝つことが優先であったが、それでも調子の波というものはある。
その好調の時には、パーフェクトなども達成できていたのだ。
今年の直史はとにかく、試合の勝敗を第一に、己の体力の温存を意識していた。
そのため大介には通じずに、ホームランを打たれてしまったりもしたが。
あれはあれでいいのである。
重要なのは試合に勝つことで、無失点記録を継続することではない。
自分でもそう思っていたのに、思わずムキになってしまったりはしたが。
コントロールというのは、力を出しすぎないようにもするべきなのだ。
今の野球というのは、パワーとスピードのフィジカル野球と言われる。
直史もそれを否定しないが、パワーもスピードも上限を高めるだけでは、あまりにも単純すぎると考える。
実際に大介を打ち取ったボールは、チェンジアップという名のスローボールであった。
速い球が必要なのではなく、緩急が重要なのだ。
本当なら多くの指導者も、特にピッチャー経験者は分かっているはずなのだが。
木津があの球速で通用している理由を、なぜ理解しようとしないのか。
もちろん球速があることは、純粋に動体視力の限界もあるし、判断のスピードもわずかしかなくなる。
しかし緩急を上手く使えば、思考を縛ることが出来るのだ。
このタイタンズとの試合で直史は、100球以内の完封を目指している。
ポストシーズンの日程で、確実にチームを勝たせる方法。
高校野球を見ていれば、一週間で500球という制限があるではないか。
110球程度で相手を完封し、中一日で最後には連投。
それで間違いなく、ファイナルステージも勝てる計算になる。
神宮での試合のため、タイタンズは当然先攻であった。
タイタンズは悟が復帰して、四番に入るうようになっている。
ポジションがサードというのは、ショートからコンバートしてからは変わらない。
ファーストだと案外、ランナーと交錯する場面などもある。
それを考えるとサードが、一番内野では安心なポジションであろうか。
悟も今年が39歳のシーズン。
来年にはもう40歳となる。
過去の偉大な選手を見ても、おおよそは40代の前半で引退をしている。
野手にとって一番大事なのは、やはり打撃であろう。
ただ守備がためにしても、優れた選手というのは必要になる。
しかし悟は膝の怪我もあり、もう守備や走塁に無理をさせる状態ではない。
バッティングを重視して、あとはチームにどういう戦力になっていくかだ。
タイタンズも今年のドラフトは、当然ながら司朗を一位で指名していく予定だ。
タイタンズはFAで他球団の主力を引き抜くし、助っ人外国人も多く取ってくる。
だが司朗は東京の地元の高校であるから、当然のように取りにいくのだ。
もっともこの段階ではまだ、司朗はプロ志望届を出していない。
国体の終了を待ってからの話となるのだ。
直史のピッチングを見ていると、とても自分よりも年上のピッチャーには見えない。
ただ直史の場合は、勤続疲労が少ないという理由もあるのだ。
高校時代には同じチームに、プロに行くようなピッチャーが同時に複数人いた。
だからこそ余裕があったし、大学時代も同じようなものであった。
本格的に鍛えたのは、大学に入ってからとなる。
そこでやっと150km/hが出るようになったのだが、そもそも球速など必要であったのか。
このピッチャーと、あと何度対戦することが出来るだろう。
悟はそんな感傷的なことを考えるのだが、直史には通じるはずもない。
ヒットを打たれた程度であれば、このバッター相手なら許容範囲。
闘志をむき出しにすることなどなく、淡々と試合を進めていく。
パーフェクトもノーヒットノーランも、そこそこ早めになくなった。
だが打たせて取るピッチングの方は、ちゃんと戻ってきている。
MLBの球数の基準に、シーズン3000球以内というものがあったりする。
直史の場合はMLB時代、レギュラーシーズンに限って言うなら、3000球以内に抑えていた。
今年は2300球前後と、その基準からすると無理をしていない。
復帰した年から少しずつ、球数を減らしていっている。
完投数が減っているが、これはやはり衰えである。
回復力が低下していっているのであるから。
直史の場合はボールを引き付けて、どうにかカットするという手段がある。
これがパワーピッチャーであると、最後には空振りしてしまう場合が多い。
直史としても上手く緩急を使うが、それでも空振りが取れない場合はある。
あるいは分かっていても打てないボールを、組み立てて投げればいいのだが。
一番いいのは少しぐらいは内野を抜けるが、それでも球数を減らして打たせて取ること。
このあたりは以前からぶれてはいない。
悟としては大介のように、一本ぐらいはホームランを打っておきたい。
シーズンで取られた得点が一点だけなど、打線が不甲斐ないにもほどがある。
それだけ特別なのだと言われても、プロの世界に入ってくるのは、全員が将来を嘱望された選手である。
その中で一人だけこんな数字を残すのは、異常であることは間違いないのだ。
直史はこの試合、あくまでも調整のつもりで投げている。
その上で失点しないピッチングにするのが、重要なことなのだ。
無理に抑えることなく、単打ぐらいにはなる程度のボール。
だがやはり中軸となると、強打者を揃えているのがタイタンズだ。
助っ人外国人を、バッターとピッチャーにほどよく設置する。
それが上手く働かなかったら、新しい選手を取ってくる。
いまだにアメリカでは3Aなどより、日本の一軍の方が待遇は良かったりする。
目先の金のために、日本に渡ってくるのも、それはそれでいいのだ。
ただやはりアメリカでは、メジャーにいなければ大金は稼げない。
だが環境の良さを考えるなら、NPBの方が良かったりする。
上澄みと底辺の差が、アメリカほどではないのが、日本のいいところであろう。
レックスも助っ人外国人は使っている。
だがそんな贅沢なことは出来ず、何度もおかわりは出来ないのだ。
アメリカのベースボールから、日本の野球に適応できない選手は多い。
またNPBのレベルというのが、かなりMLBに近くなっているのは感じる。
下手な3Aの選手だと、日本でも通用しなくなりつつある。
しかしアメリカがルーキーリーグから上がっていくという、迂遠な方式を取っている限り、NPBも選手を獲得する余地がある。
それに対抗してMLBも、ルーキーリーグからすぐに段階を飛ばしていって、20代の前半で大形契約を結ぶ選手も出てきているが。
ピッチャーの肉体的な全盛期は、おおよそ20代の半ばになる。
もっとも実際はそこから、経験を積んだことで、駆け引きが出来るようになるのだが。
投球術に対する考えが、日米では大きく違うと思う。
だからこそ多様性が重要なのだろうが。
まったく世間ではたいそうに多様性などと騒いでいるが、ならば野球のピッチャーにしても、サイドスローやアンダースローの数を増やしてはどうなのか。
もちろんそんな馬鹿なことは、誰も求めないだろうが。
直史はピッチャーが全盛期を迎えるぐらいの年齢で、ようやくプロに入った。
だがそこからが伝説の始まりであったのだ。
下位指名のピッチャーでなくても、あるいは引退してしまっていておかしくない年齢。
中途半端な才能や素質であるなら、早めにセカンドキャリアを積む機会を与えた方がいいのだ。
プロの世界は残酷なものである。
こうやってクビを切られた元プロが、12球団合同のトライアウトに出たりする。
まだまだやれると思っている選手は、20代ならば多いのだ。
ここで駄目なら台湾、という選択をしたりもする。
あるいは独立リーグに移籍して、NPB復帰を考えるのか。
ただ独立リーグの年俸というのは、NPBとは比べ物にならない。
リーグ開催期間しか給料も出ないため、どうしても野球に専念することが難しくなる。
これならせめて育成契約の方が、と考える選手もいるだろう。
ただ一度切られた選手は、育成でも難しかったりする。
そもそもレックスなどは、よほどの例外がない限り、育成では指名しない。
その例外的なものが、木津であったりして、ちゃんと戦力になっているのだが。
野球に人生を賭けるという人間がいる。
だが本当に人生の最後まで、野球で食っていける人間は少ない。
直史としては自分の才能や素質よりも、運の方を考えていた。
不幸な事故によって、選手生命を絶たれたらどうなるのか。
野球人生は終わっても、人生は終わるわけではない。
そこからもどうにかして、食っていかなければいけないのが、人生というものなのである。
大介にしても結婚したのは、一般的なサラリーマンの生涯収入を、しっかりと稼いでからである。
年俸だけではなく大介の場合は、オフシーズンにテレビ出演などもしたりしていた。
もちろん一番重要なことは、野球の実力を高めることであるが。
副業のタレント活動などというのは、長く続けられるものでもない。
もっとも大介の場合、引退したら色々ともう、仕事のオファーが殺到するであろうが。
野球選手でいられるのは、果たしていつまでなのだろうか。
特にバッティングに関しては、目がついていかなくなるという。
大介の場合はまだ、この年齢になっても特に衰えはない。
だが目が衰えるのは、あっという間であるとも言われる。
あと何年、NPBでは活躍出来るのか。
さすがに衰えて引退して行く同僚を見ると、生涯現役などというのは無理だと分かる。
大介は監督は出来ないであろう。
コーチというのも、根本的な身体能力が違うため、技術を伝授することは難しい。
ただ野球から完全に、離れてしまうのも違うと思っている。
直史などはその顔の広さを使って、色々と仕事を手伝ってほしいと言ってはいるのだが。
野球から離れても、野球で培ったものは大介の中にある。
悟もまた充分に、プロで金を稼いだ人間だ。
だが引退したら、何をすればいいのだろうか。
大介と似たタイプではあるが、大介よりは感覚的でない。
ジャガースからタイタンズへと移籍してきて、色々とコネクションは出来ている。
それこそ直史などは、タイタンズで長年活躍した悟に、利用価値があると思っている。
もちろん悪い意味ではなく、それだけ買っているのだ。
今日の試合にしても、打たれたヒットのうち一本は、悟によるものであった。
だが点にはつなげず、完封勝利している。
今はもう東京に住んでいる悟だが、直史の高校の後輩でもある。
もっとも直史の卒業とは、入れ違いで白富東に入ったのだが。
多くのタイトルに、ベストナインなどに選ばれて、セカンドキャリアも多いと思われている。
しかし野球に関わっていきたいと考えるのは、大介と同じであるが。
3-0で本日の試合は終了。
直史は完封し、これで今年のレギュラーシーズンの登板は終りである。
シーズンの成績としては、これで25勝となる。
プロ入りから続いている、シーズン20勝以上の記録。
ただしこれは一度目の引退があるため、連続記録とはならないのだ。
一応はあと一試合、レックスの試合は残っている。
それが終わって初めて、直史の成績も確定する。
だが先発で完封したので、翌日は完全にあがりの日である。
そこで直史が何か、成績が落ちることはなくなっているのだ。
タイタンズとの最終戦、25回戦。
このレックス側の先発は、百目鬼となっている。
彼も今季は15勝していて、ここで勝てば16勝。
貯金を10個以上作る、優秀なピッチャーと言えるだろう。
ただレックスの場合は、リリーフが崩れて勝ち星が消えるということが、ほとんどないのである。
だから防御率やWHIPなど、そういったものを重視して評価する。
野球選手の評価というのは、本当に難しいものなのだ。
昔は打撃の援護など関係なく、勝ち星だけで評価するという、乱暴な時代が長く続いた。
先発ピッチャーの場合はまず、ローテを崩さなかったことが、一番評価されるだろうか。
またクオリティスタートをどれだけ達成して、試合を崩さなかったかということも、立派な評価の対象となる。
レックスは守備力が高いが、それはアウトにおける奪三振との比較で、評価を決めることが出来る。
三振でアウトを奪えるピッチャーは、他の要素が打たせて取るピッチャーと同じでも、評価は高くするのだ。
今年の成績からしても、また百目鬼は年俸が上がるだろう。
あるいは将来的に、MLB移籍を視野に入れていくかもしれない。
特に来年は、WBCなどが開催される。
おそらく今の調子であると、レックスからは選ばれるであろう。
直史は年齢が高すぎるし、三島はポスティング移籍で忙しい。
リリーフ陣からも平良あたりは、選ばれてWBCを戦うことになるだろうか。
レギュラーシーズン最終戦ということもあり、直史は試合が終わるのを見ていた。
百目鬼は六回で降板し、リリーフ陣に後を託す。
ここで勝ちパターンのリリーフ陣も、最後の実戦での調整を行う。
なにしろ昨日は直史が完封して、投げる機会がなかったからだ。
4-1というスコアから、国吉がまず投げていく。
問題なく七回を終えて、そして大平へと。
大平も八回を抑えて、そして平良へ。
素晴らしい成績で、セーブ王を確定させていてた平良。
重要なのはこの試合、勝つことではなく故障しないことである。
レギュラーシーズンを前座として、ここからのポストシーズンが祭りとなる。
もっとも日本の場合は、アメリカと違って、ポストシーズンがそこまで重要視されるわけではないが。
日本一を決めるための、日本シリーズへの道。
レックスにとってはむしろ、ライガースの方が難しい相手となるかもしれない。
日本シリーズはアドバンテージがないが、それでも福岡はまだ計算出来る。
ライガース相手に、三勝するファイナルステージ。
これが大変であることは、この二年間を戦っていれば、レックスの人間は誰もが分かっていることなのであった。
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