第356話 ポストシーズンを目途に
ベストナインなどの発表は、ポストシーズン終了後の、NPBアワードで行われる。
だが他のタイトルに関しては、レギュラーシーズンが終了の時点で、それが分かるはずである。
直史は現時点で24勝し、最多勝、最高勝率、最優秀防御率、最多完封、最多奪三振の投手五冠を確定している。
あとは一試合、投げるか否か。
あまりにクライマックスシリーズとの期間が空いてしまうので、投げるつもりではいる。
どのみちここで負けても、タイトルが変わるわけでもない。
投手タイトルは他に、最多セーブ投手と最優秀中継ぎ投手の二つがある。
この二つも平良と大平がそれぞれ獲得し、まさにレックスは投手王国と言えるであろう。
大平の場合はシーズン終盤、競争相手が失速したというのもあるが。
実際のところ直史は、昔のレックスの方が強かったかな、と思っていたりする。
直史はまず間違いなく、ベストナインとゴールデングラブ賞にも選ばれるだろう。
あとはMVPがどうなるか、という話である。
ピッチャーとバッターと、どちらがMVPに相応しいのか。
MLBではよく、ピッチャーにはサイ・ヤング賞があるではないか、という論調があった。
そんな中でも直史は、レギュラーシーズンのMVPを取っていたが。
年に複数回もパーフェクトを達成する、そんなピッチャーに与えないわけにはいかなかったのだろう。
もっとも大介とリーグが違うことが、より分かりやすかったと言えるであろうが。
そもそもバッターにも、ハンク・アーロン賞がある。
比較的新しいものなので、伝統にコンプレックスを持つアメリカ人としては、サイ・ヤング賞を重視するのだろう。
タイトルに関しては、野手の方もおおよそ決まっている。
大介が盗塁王を取れるか、というところに焦点は集まっていた。
もっとも本人は、無理にタイトルなどを取りにはいかない。
重要なのは盗塁数ではなく、盗塁成功率だと分かっていたのだ。
また単純に数を増やすだけに、こだわるわけにもいかない。
必要な場面で盗塁をし、歩かせることをためらわせるために盗塁をする。
警戒されている中でもなお、成功させることに意味があるのだ。
スターズに敗退したライガースは、残りの試合は甲子園で四試合。
比較的ホームランの出にくい甲子園で、果たして大介は何本まで伸ばすのか。
ペナントレースは終わってしまったが、大介はホームランだけで客を呼べる選手だ。
本人としてもあとは、コンディションをどう保つかが重要になってくる。
ライガース首脳陣は、残りの試合でピッチャーを消耗させないように考える。
レギュラーシーズン最終戦から、クライマックスシリーズファーストステージの初戦までは中四日。
友永、畑、津傘の三人で、カップスとの三試合を戦う予定である。
レギュラーシーズン最終戦まで、この三人は先発のローテにも入っている。
しかし勝てなくてもいいというか、調整のための試合になるのだ。
重要なのは日本シリーズに進出し、日本一になること。
ペナントレースでは敗北したが、まだ逆転のチャンスはある。
前の試合で直史は、かなり消耗したはずなのだ。
さすがに間隔があるため、充分に回復したと思うべきなのであろうが。
大介は直史のピッチングの繊細さを、かなり正確に理解している。
レギュラーシーズンは効率第一に、そしてポストシーズンで全力を出す。
年齢的にももう、常に全力というのは肉体へのダメージが大きい。
そういう点では直史に、無理をさせたという手ごたえはある。
それでも充分な休養が、取れたであろうことは間違いない。
ライガースはまず、タイタンズとの試合を終える。
フリーマンが先発したこの試合、ハイスコアなゲームとなった。
ただペナントレースの決着を見ても、まだライガースファンは甲子園を埋める。
大介のホームランがどこまで伸びるか、それにも注目しているのだ。
大介としては今年も、打撃三冠は達成している。
さらに言えば最高出塁率も、二位に圧倒的な差をつけて獲得している。
五割の出塁率を誇れば、それはもう充分な強打者だ。
それだけバッターボックスで、敬遠されることが多くなるのだから。
大介はボール球を打っていながら、四割近い打率を残しているのが、驚異的なのである。
長打率も高いため、OPSが1.4を超える。
キャリアで見てもそれぐらい、圧倒的な数字を残しているのである。
そういった数字を見てみると、大介はプロ入り後もそれなりに、数字を伸ばしていったのが分かる。
もっとも一年目から三冠王を取っていったので、その実力が桁外れなのは分かりきったことであったが。
レギュラーシーズンの開幕初戦から、いきなりホームラン二本を打ったデビュー。
あれほど鮮烈なものは、そうそう見られるものではない。
もしも今後、あんなことが出来る者がいるとすれば、それは司朗。
あるいは昇馬になるであろう。
基本的には昇馬は、ピッチャーとしての評価の方が高い。
だがスカウトが見ているのは、もしもピッチャーとして故障などをしても、バッティングの方に充分、転向できるスペックを持っているという形だ。
ワールドカップでも、司朗と並んでホームラン数は首位タイ。
最終戦はピッチャーに専念していたのにである。
記録は破られるためにある。
ルール変更などがあり、絶対に破られないものに変わってしまう可能性もあるが。
シーズンの試合数などというのも、これまでにどんどんと変わってきたのだ。
特にMLBなどは、ポストシーズンの方がずっと盛り上がるため、レギュラーシーズンの試合を減らしたがっている。
ポストシーズンに出場できないチームの選手は、これだと楽が出来てしまう。
ただチャンピオンリングというのは、さすがに誰もが手に入れたいものであろう。
日米のどちらでも、あっさりと手に入れてしまった、直史や大介には分からないものであろうが。
野球の歴史に残るような選手であっても、チャンピオンリングと縁がないという選手はいる。
もちろんNPBにも、普通にそういった選手はいるのだ。
今でこそ移籍の道が開けたが、昔はなかなかトレードも主力には成立しなかった。
決定的に球団と揉めて、出て行くという場合などはあったものだが。
フェニックスにいれば、かなりの期間は優勝に縁がないだろう。
またジャガーズなども、長らく日本一からは遠ざかっている。
この20年間ほどは一人のプレイヤーが、シーズンの行方を左右してきた。
大介としてもここで、決定的な働きをしたい。
フェニックスも現在は長期低迷しているが、栄光の時代もあったのだ。
タイタンズなどはおおよそ、二年もあればAクラスに復帰してきたりしていたが、例外的なものである。
かつて一時代を築いたジャガースが、今ではパの最下位常連。
福岡も親会社が変わるまで、暗黒期はあったのである。
低迷期や暗黒期がなかった球団などない。
タイタンズは今が低迷期だが、過去にもそういった時代はあった。
だがそんな時代にも、主力となる選手は球界を代表するピッチャーやバッターであったのだ。
フェニックスも本多以外に、ちゃんとタレントは存在する。
必死でチームを立て直そうとした監督なども、当然ながらいるのだ。
優勝の仕方を知っている選手が、監督になったら勝てるのか。
常勝軍団のスター選手が、監督になっても勝てるとは限らない。
それでもプロの場合は、選手実績がないと監督には選ばれにくい。
このあたり野球は、サッカーとは違うと言うべきか。
もっともアメリカでは、女性の監督もマイナーにだがいたりするのだ。
昔から監督は最高決定権を有していたが、継投のタイミングはピッチングコーチに頼る者もいた。
逆にピッチャーの交代のタイミングだけは、自分で判断するという監督もいたのだ。
名選手がイコール名監督となるとは限らない。
だが監督はチームの顔である。
それでも自分の適性から、引退後は野球を離れた人間もいる。
あるいは野球でも、プロの世界から離れた人間などだ。
大介は永遠の野球小僧。
臨時コーチ程度なら出来ても、監督など出来はしない。
NPBで通用しなくなったなら、独立リーグでバットを振ってもいい。
自分でやる野球が、やはり一番面白いのだ。
そうやって長く現役をすることが、日本の野球全体を、盛り上げることになるだろう。
いずれはさすがに、バットを振ることも出来なくなるのだろう。
だが限界がどこにあるのかは、自分が決めることである。
甲子園において、スターズとの最終戦を行う。
この試合は武史も投げてこないので、普通の試合になってくれる。
大介はまた、直史のピッチングを想定している。
どういったコンビネーションで、自分を翻弄してくれるのだろうか。
プロ野球において発生した、まさにバグとも言える存在。
通算の記録だけを見れば、いくらでも直史よりも上のピッチャーはいる。
だが短期間の全盛期を見て、直史より上のピッチャーなどはいない。
本当にあんなものを、プロの世界に引きずり込んだ大介は、責任を取るべきなのだ。
ただ強い相手と戦いたい。
上杉は強い相手であったが、それだけでは足りないと分かっていたのだ。
高校時代の紅白戦で、直史は常に大介に、決定的な打撃を許さなかった。
それでいてある程度は、上手く打たせていたのだ。
プロの世界においては、真剣勝負が成立する。
そんなステージでも直史は、負けない程度に大介を抑えていたが。
一人で戦っても、直史には勝てないのだ。
だが試合に勝つよりもただ、直史との勝負を楽しんでしまう自分がいる。
スターズとの試合、大介は三打数一安打。
これで五試合、ホームランが出ていない。
並のスラッガーであるならそのぐらい、普通であるのは間違いない。
しかし大介は、三試合に一本は必ず打つペースで野球をしているのだ。
60本のホームランは、何度となく記録している。
最高のシーズンでは二試合に一本、ホームランを打つペースであったのだ。
ただこれは大介が、衰えたというだけではない。
今のライガースには、ピッチャーが不足している。
だからこそ狙った場面で、どれだけ打つかが重要となるのだ。
今年のライガースの勝率も、普通ならば余裕で優勝していたものである。
レックスがそれ以上の数字を残したのは、まさに投手陣の充実にある。
先発が強力な枚数を持っていて、直史という圧倒的なピッチャーもいる。
ただ終盤にリードしていれば、ほとんど逆転を許さない、リリーフ陣がより強力であったのだ。
ライガースはそのリリーフ陣を、攻略する必要もあるだろう。
あるいは常に先制して点を取っていき、リードした展開を許さないか。
またカップス戦はともかくレックス戦は、直史以外をどうするか。
正直なところ三試合直史が先発すれば、それだけで負ける可能性はある。
どれだけ本気を出させて、どれだけ削っていくか。
大介がMLBで勝った時は、とにかく投げさせまくったものなのだ。
アドバンテージを相手に許してしまった。
そんなライガースが勝つためには、絶対的な勢いが必要となる。
そういった勢いを止めるのが、もっとも得意なのが直史ではある。
しかし体力の低下は、間違いなくあるものだと仮定する。
もしもずっと昔のままなら、勝てないと思うのだ。
人間はどれだけ強くても、時間にだけは勝てない。
偉大なるプレイヤーであっても、老いの衰えだけはどうにもならないのだ。
野球の中でも技巧派のピッチャーは、比較的長い期間の活躍が可能である。
しかしどうしようもなく、基礎体力や回復力といったものは、衰えていくのである。
人間と言うか生物である限り、それはどうしようもない事実である。
復帰の一年目の直史は、パーフェクトをする必要があった。
だからこそ無理をして、奪三振率も上がっていったものだ。
二年目はその反動で、各種数字が悪化している。
しかしレギュラーシーズンで無理をしなかったからこそ、ポストシーズンを戦えたということはある。
終盤のペナントレース争いは、直史がいたからこそ成し遂げたものであるのだ。
大介は今年、三冠王を確定させている。
厳密に言えば全ての試合が終了するまで、それが確定することはないのだが。
ここから回ってくる全ての打席を凡退しても、首位打者を譲ることはない。
また他の二冠に関しては、どちらも追いつかれるはずはない。
むしろ大介が、どこまでホームラン記録を伸ばすのか。
順位が確定しても、甲子園は満員である。
ライガースを応援するために、ライガースファンは存在するのであるから。
カップスとの試合も、ちゃんと考えられている。
出来ればそこは二連勝で終わらせて、ピッチャーの消耗を少しでも少なくしたい。
また首脳陣はレックスを相手としても、初戦に誰を持っていくかを考えている。
レギュラーシーズンの最終戦には、大原を使おうかとも思っていた。
だがパンクしかけのこのベテランは、最後に直史に当ててしまおう。
どうしても初戦は、万全の直史と対戦することになる。
ならば勝てるピッチャーを当てるのは、難しいことになる。
負けることを承知の上で、足掻いてもらわないといけない。
フルイニング投げさせるほど、試合の点差が小さければいいのだ。
最後に残っている連戦は、フェニックスとの試合だ。
ここはもう完全に、調整のための試合と割り切っている。
一応は畑や津傘が先発するが、五回までを投げたらそれでもういいだろう。
せっかくだからこの二試合も、勝ってしまって構わない。
だがポストシーズンが残っているチームは、絶対にここでピッチャーに、無理をさせてはいけないのである。
雨天中止になった試合などがあったため、中三日の休みが入ったりした。
それでもスターズには勝利したのだ。
大介としてはカップス戦、連勝してピッチャーの負担を軽減させたい。
一人で戦っても、直史には勝てないのだ。
しかし一人でホームランを打つつもりでないと、直史から点は取れない。
とにかく打線は全力で、直史を削っていかなければいけない。
もっともそれはこれまでに、何度も試されたことでもある。
出来ればレックス打線を封じて、延長戦にまで持ち込みたい。
基本的に引き分けの試合が出来るのは、レックスにとって有利になる。
だが直史の投げる試合で勝てなければ、それはレックスにとっては不利というか、計算外のことになるだろう。
首脳陣も色々と悩んではいるのだ。
ただ友永を当てていっても、ライガースが相手の打線を無得点に抑えるのは、かなり難しいものである。
しかし直史が投げたあの試合、大介のホームランで一点は取れた。
それを考えたらロースコアゲームというのも、不可能ではないと思う。
なんだかんだ言いながら、大介は直史から相当に、ヒットなどは打っている。
レギュラーシーズンでは12打数の4安打。
今年はフォアボールで逃げた打席もあったのだ。
だがあの試合は、大介に打たれてからが本番であった。
連続して三振を取っていって、今年最高の18奪三振。
もっとも完封しながらも、球数は100球を超えていた。
重要なのは単純に球の数なのではなく、その球がどれだけ本気で投げられたいたか。
直史はカーブなどを使って、上手くカウントを稼ぐのだ。
直史に対応するのに、どうすればいいのかを考える。
ずっと考えてきたが、答えなどは出て来ない。
ただ野球をやっている限り、直史との対決は大介にとって、喜びであり続ける。
勝っても負けても面白いが、出来れば勝った方が喜ばしい。
倒す敵は強ければ強いほど、その勝利の喜びも大きくなる。
難易度が高ければ、達成感も高まるのだ。
ライガースは残り、フェニックスとの二連戦となった。
大介のホームランや打点の数が、どれだけ増えていくのか。
甲子園は比較的、ホームランが出にくい球場である。
だがポール際のホームランだと、むしろ多くなりやすいのだ。
(今日もお仕事だな)
直史もあと一試合、投げる予定を入れている。
お互いにしっかりと調整した上で、クライマックスシリーズに挑むことになる。
果たして今年、どちらが勝てるのか。
有利なのはレックスであるが、ライガースの打線は逆転がありうる。
直史が何試合を投げるのかで、その有利さも変わってくるであろう。
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