第355話 消化試合の期間

 レギュラーシーズンは事実上終了した。

 もちろん残りの試合は消化していくが、あとは個人成績がどうなるのかが、気になるところであろうか。

 とは言ってもセ・リーグにおいては、先発投手のタイトルは全て直史が獲得し、バッターのタイトルはほぼ大介が獲得する。

 リリーフタイトルも含めて、レックスは投手タイトルは独占する勢いだ。

 それは優勝もするだろう、と世間では見なされている。

 大介は今年、もう無理に盗塁王を取りにいこうとは思わない。

 既に個人タイトルよりも、ポストシーズンに向けて調整を開始している。


 完全に個人成績をもう考えないのは、直史も同じである。

 ただクライマックスシリーズの第一戦までに、ペナントレースの覇者であるレックスは、間が空きすぎる。

 それを考えればあと一試合、タイタンズ戦で投げて調整した方がいいだろう。

 そこからクライマックスシリーズのファイナルステージまで、10日ほどの間がある。

 回復からの調整には充分な時間のはずだ。

 またチームとしても、チケットがより売れる。


 残りはタイタンズ戦が三試合。

 しかし一試合をやった後、延期になった試合を連戦で、少し間を空けて行う。

 雨天などで延期になると、どうしてもこの期間が空いてしまうのだ。

 MLBなどはそんな余裕がないので、ダブルヘッダーも比較的多い。

 NPBはその点、相当の日程的な余裕はある。


 大介はよくあそこまで、MLBで続いていたな、と思う直史である。

 確かにリーグの強さとしては、一番であることは間違いないだろう。

 もっとも直史の場合、大介との勝負をある程度こなして、満足してしまったところはある。

 モチベーションを保つという点では、顔見知りの多いNPBの方がいい。

 実際に復帰して、ちゃんと三年目になっているのだから。


 直史の意識としては、副業である。

 中六日の先発であるし、ブルペンにはそれなりにいるし、ほぼ毎日練習もするが、副業感覚だ。

 生活の中心にあることはあるのだが、予定がしっかりしているため、自由な時間が作れる。

 もっともこれは純粋に、直史が時間を使うのが上手いのだろうが。

 ただ子供たちの育児に関しては、瑞希と義母に任せるところが多くなっている。


 嫁姑問題は、直史のところは発生していない。

 ただ祖母と瑞希の間には、ある程度の緊張感があるらしい。

 直史としても育ててもらったのは、祖母だという意識がある。

 そのため今も仕事で、実家に戻ることはあるのだ。


 とりあえずチームの優勝が決まったため、一度は緊張感をほぐしておく。

 ずっと気を張ったままであると、シーズンを通して戦うことは出来ない。

 先発のローテは崩すなというのが直史の持論である。

 スライド登板はまだしも、緊急登板は絶対にしない。

 予定が狂ってしまうと、直史でも全力は出せないのだ。




 本日は神宮でタイタンズ戦が行われる。

 先発するのは三島であり、直史は無理をするなと思うのみである。

 三島としても今シーズンが終われば、ポスティングでメジャー挑戦の予定なのだ。

 最後に実績に箔を付けたいだろうが、同時に故障には気をつけなければいけない。

 レックスとしても出来るだけ、三島が高く売れてほしい。

 そうすればレックスも移籍金でハッピーになれる。

 もちろんここまで育ったのだから、MLBでも通用してほしいと思っている。


 直史からすると、どれだけ故障に耐えられるか、がまず重要になってくる。

 正直なところ直史の耐久力であると、とにかく打たせて取ることが重要になった。

 もっともデータを感覚で集められたら、年間に何度もパーフェクトをするようになったのだが。

 現役時点で殿堂入り、と言われていたものだ。

 その殿堂入りには基本的に、10年以上の稼動実績が必要なのだが、他の選手も含めて多くが、殿堂入りすべきだと言っている。

 直史の記録を、活動期間が短いからという理由だけで認めないなら、色々とおかしなことになるからだ。

 大きく規格外となる、殿堂入りではあるだろう。

 しかしそれでも、例外的な措置とすべきなのだ。


 三島は去年、シーズン終盤の故障があって、ポスティングを断念した。

 今年はフルシーズン働いて、実績を残している。

 チームが日本一になって移籍というのは、一番いい形であるだろう。

 レックスとしては安定して勝てるピッチャーが、一枚減ってしまうわけであるが。


 レックスはFAで選手を獲得することが少ない。

 まあ直史の年俸が、巨額であることも理由の一つなのだが。

 こうやって選手を育てて、MLBに移籍させる。

 直史以外にも樋口や武史で、かなり金銭的に楽になったはずだ。

 親会社から独立採算で、しっかりと球団が維持できている。

 ただFAで移籍してしまう選手は、それなりに今も多い。


 キャッチャーの強いチームは、優勝に近いチームである。

 よく言われることであるが、その強いキャッチャーというのは、果たしてどういう条件なのか。

 樋口のような攻撃も守備も、そして試合展開さえ把握するような、そういうキャッチャーはほとんどいない。

 とにかく頭脳派でありつつも、感覚派すら理解した。

 真の意味での頭脳派だからこそ、感覚派を使うことが出来たとも言える。


 ただ樋口にしても、いくらでもミスはあるのだ。

 重要なのはどういう場面で、ミスをするかということ。

 そしてミスからのリカバリーを、平然と行っていくことだ。

 直史のような完全に、リードの要求どおりに投げられるピッチャー。

 それを自由自在に扱うことは、キャッチャーとしてはある意味楽だが、同時に厳しい。

 ピッチャーは要求どおりに投げるのだから、打たれたらキャッチャーの責任になる。

 もっとも武史のような、圧倒的なパワーというのも、使い方次第だ。

 また星のような軟投派ピッチャーでも、キャッチャーの腕の見せ所である。


 今のレックスはほぼ、迫水が正捕手として定着しつつある。

 バッティングも評価されているが、キャッチャーとしても経験の蓄積があるのだ。

 直史が特に評価しているのは、故障をしていないこと。

 キャッチャーというのは動かないようでいて、かなりの故障が多くなるポジションだ。

 樋口は筋肉の柔軟性を保ち、長くプレイすることが出来た。

 もっともコネクションを作った後は、すぐに引退してしまったが。

 成績の割りに活動期間が足りないというなら、直史よりも樋口の方が当てはまるだろう。

 NPBでもMLBでも、ほとんどずっとベストナインに選ばれていた。

 だが双方で、活動期間はさほど長くないのである。




 実家に帰ってきた直史は、周辺に顔を見せに行く。

 これから直史がやっていくことは、野球の世界のつながりだけではどうしようもない。

 自分がさほど向いているとは思わないが、政治の世界にも関わっていくこととなる。

 弁護士として法律を旨とする直史は、立法の方にも上杉の線から色々とアプローチをしているのだ。


 学生の頃から直史は、プロの道というのを悲観的に考えていた。

 上杉や大介と違い、自分はフィジカルモンスターではない。

 だからプロのシーズンではすぐに壊れて、すぐに引退すると考えたのだ。

 それがプロに行かなかった理由であるが、本当に人生というのは分からないものだ。

 野球の神様が望むように、直史はプロの世界に引き戻される。

 一度は引退したのに、40歳のシーズンからまた復帰など、ありえない話である。

 もっともMLBでも、ロジャー・クレメンスなどは引退するすると言って、なかなかせずにいたピッチャーであるが。


 マンションに戻る前に、母校の様子を見に来る。

 秋季県大会は始まっており、序盤を白富東は突破している。

 昇馬も投げているが、アルトや真琴ではなく、一年生のピッチャーも登板している。

 そこまで際立ったピッチャーはいないが、普通の高校ならエースになれる、という程度のピッチャーはいるのだ。

 来年の春にでも、際立ったピッチャーが入ってこない限りは、和真の年代は投手力で困ったことになるだろう。


 和真に投手適性があれば良かったのだろうが、短いイニングをど真ん中に投げるので精一杯。

 どうしようもない事態になれば、出番がやってくるかもしれない。

 マスコミのみならず、見学の人間も多くいる。

 なので直史も、下手に接触は出来ない。

 ただ遠くから見ていて、昇馬のピッチングには、迷いがあるのではと感じたりもした。

 いや、迷いというよりはもっと、単純なものであろうか。

 勝利への欲望を感じられないのだ。


 他人のことをどうこうは言えない。

 直史としても既に、NPBで戦い続けることに、あまり意義を感じられなくなっている。

 大介との対決、というのは確かにモチベーションにはなる。

 実際にこの間の試合は、ホームランを打たれてしまった。

 シーズンを通して先発のローテで投げて、年間無失点とはなかなかいかない。

 MLB時代も途中でクローザーをやった、三年目に達成しただけである。


 直史にも限界がある、と言うべきであろうか。

 ただこれは、人間よりもはるかに怪力の、象にも限界がある、とでも言い換えられるものかもしれない。

 どちらにしろ超人的な成績であるのは変わらない。

 だが27球でのパーフェクトが理論上は存在するように、野球の可能性にはまだ限界への領域が残されている。

 おそらくパーフェクトをこれほど達成するようなピッチャーは、もう現れないであろう。

 しかし直史が現れるまでは、プロのレベルで簡単に複数回のパーフェクトを達成するピッチャーは、一人もいなかったのだ。


 野球というゲームは、時代によって変化している。

 多くの計測器が誕生したことにより、それぞれの選手のプレイの意味が、はっきり分かるようになってきたのだ。

 そして何をどうして鍛えればいいのか、それも分かってきている。

 フィジカルを鍛えて、そこにテクニックを加えて、最後にメンタルを整える。

 おおよそのスポーツが、まずはフィジカルと言っている。


 直史としても実は、これには賛成なのである。

 ただ世間一般のフィジカルと、直史の言うフィジカルは、かなり意味が違うだろう。

 単純なパワーとスピードではなく、動作の再現性をフィジカルと考える。

 つまりコントロールがいいことは、テクニックではなくフィジカルなのだ。 

 体幹を鍛えて体軸も通っていないと、パワーをつけてもそれが充分に発揮されない。

 直史は身長も体重も、一般的な一流ピッチャーよりは、かなり低く軽い。

 それでも150km/hを出せるのは、体を上手く使っているからだ。


 フィジカルの鍛え方に、テクニックがあるとでも言うべきか。

 またメンタルを維持するのにも、テクニックがあったりはする。

 そのあたり直史は、コントロールはメンタルと、テクニックが混在しているものだと思う。

 つまり心技体というのは、それぞれが別個のものではなく、つながりあった一つのものなのだ。




 県大会は土日に行われるので、直史も自分の試合がなければ、見に行けなくはない。

 娘の晴れ舞台ということで、甲子園なども見に行きたいのだ。

 ただ直史もまた、今はプロの選手である。

 普通のプロ選手であれば、自分の子供が高校生になる頃には、もう引退していることがほとんどだ。

 しかし直史は、復帰してからの期間が長すぎる。


 来年もまだ、現役でいるつもりだ。

 すると最後の甲子園も、観戦することは難しい。

 もっとも真琴を応援するのは、直史だけではない。

 地元の人間や、学校の同級生、また白富東のOBなどもいる。

 甲子園そのものが、ある程度は白富東を応援してもくれるだろう。


 来年の夏も全国を制覇すれば、夏の三連覇。

 今の制度になって以降は、なかった圧倒的な数字。

 春夏という四連覇は、武史の世代でやっている。

 その始まりのセンバツは、直史たちの最終学年であったが。


 野球をやって、他の仕事もしている。

 忙しくなってしまうのは、仕方がないことではあるだろう。

 かつての予定では、自分は瑞希と共に、瑞希の父の弁護士事務所を継いで、個人事業主として働くつもりであった。

 今もその部分がないではないが、自由な休みなどは取れない。

 まだしもオフシーズンがあるだけ、マシだと思うべきであろうか。

 だがオフにしても、直史は忙しい。

 自由な時間が多い人間を豊かと言うのならば、直史はとても貧しい人間である。

 しかし使う時間を意義あるものにしている点では、やはりとても豊かな人間なのであろう。


 残り三試合のレギュラーシーズンであるが、タイタンズ戦で三島が勝利した。

 メジャー移籍には充分な、今シーズンの成績と言えるだろう。

 移籍金も高額なものとなり、これでレックスも戦力を整えられる。

 ただFAで選手を獲得するのは、それなりに難しいだろうか。

 今のNPBのシステムであると、FAは行使しなければ使えないものになっている。

 MLBであるとこれが、一定の年月になると自動的に、獲得出来るものとなっている。

 全員が自然とFAになるのだ。

 もっとも金持ち球団の主力選手であれば、先に大形契約を結んでしまうことも珍しくはない。

 FAになる以前からの、そういった契約は確かにあるのだ。


 このあたりMLBも、やはり資金力のあるチームが有利ではある。

 ただトレードの多さがまた、NPBとは桁違いなのだ。

 これで選手がすぐ移籍するため、選手のファンというのが付きにくい。

 そのあたりのジレンマは、選手が移籍するのは当然のこと、として受け入れる土壌になっている。


 プロであれば自分が、一番評価される場所で働くべきだ。

 それが健全な経済理論ではあるだろう。

 だが地元愛などというもので、チームを選ぶ選手もいる。

 また特にライガースなどは、タイタンズと並んで昔から、選手が熱望するチームであった。

 正確に言うとタイタンズは、ライガースよりもずっと、熱望されるチームであったのだが。


 今はもうそれほどの差はないと言ってもいいだろう。

 しかしFAの選手を取れる、資金力の豊富な球団も限られている。

 その中でレックスは、東京の球団というだけで、ある程度の優位がある。

 もっとも同じ東京の球団であるなら、タイタンズの方がいい、と考える選手もいるが。




 編成としてはもう、この時期にドラフトの指名は考えて、最終調整に入っている。

 だが今年は目玉の高校生野手である司朗が、まだプロ志望届を出していない。

 表向きの理由としては、国体が終わるまでは騒がれたくない、というものである。

 しかしこれが逆に、スカウトの混乱を招いている。

 今はそれほどでもないが、昔はこの時期になれば、注目の選手は意中の球団を語るようにはなっていたのだ。

 最近は12球団どこでもOKというのが増えているが、司朗はそういうことも言っていない。


 事情を知っているごくわずかな者のうち、レックスのスカウトの鉄也は、直史から司朗の希望を聞いている。

 ポスティングを容認している球団であり、出来ればセ・リーグ。

 さらにレックスとスターズは微妙かな、などと言っているのである。

 理由としてはやはり、プロの世界で直史や武史と、実戦の戦いをしてみたいというもの。

 ただ武史に関しては、実父ということもある。

 全盛期よりは衰えているため、親子で日本一を狙っていく、という選択もなくはないのだ。


 だが直史とは対戦してみたい。

 同じチームでも紅白戦などでは戦うが、直史は紅白戦はおろかオープン戦でも、本気を出していないのは明らかなのである。

 どうせならば直史と真剣勝負をしたいというのは、司朗の若さゆえであろうか。

「そうはいってもそんな、長くはやっていけないだろうに」

「だからポスティングも考えてるんですよ」

 鉄也は自分の持っている伝手から、このあたりの情報をこっそりと流していく。

 ポスティングを容認しないというのなら、福岡は候補から外れることになるだろう。

 あるいは直接交渉をした上で、どうにか頷かせることを考えるのか。


 福岡は今年の、パ・リーグの優勝チームである。

 そして育成などでも大量の素材を獲得し、そこから戦力を作っていくチームだ。

 昨今の上位指名のハズレ率は、相当に高いチームでもある。

 下手に数を取っているため、せっかくの上位指名を育て切れていない。

 また地理的に、日本の一番西という、微妙に敬遠する要素もあるだろう。


 ただこの情報を聞いて喜んだのは、カップスとフェニックスである。

 双方のチームが共に、ポスティングは普通に行っている。

 また特にカップスは、育成がここのところ、上手くいっているチームなのだ。

 フェニックスとしては現在の、低迷しているチームを発奮させる、起爆剤となってほしい。

 本多と一緒に打線を組めば、強力な得点力となるのではないか、と考えていくのである。


 かつてはポスティングを認めていなかったタイタンズも、昨今はそれなりに出している。

 現在では高卒選手のFA権獲得は、国内であれば八年、国外であれば九年となっている。

 もちろん契約時において、なんらかの特別な契約をしていれば、これはまた別になるが。

 つまりFAで出て行かれるよりは、ポスティングで出した方がマシ。

 タイタンズとしても七年目か八年目あたりを目途に、ポスティングで出したりはする。

 もっとも高卒選手が、いきなり即戦力になる例は少ない。

 一軍在籍の期間を考えると、なかなかFA権を獲得するのは難しいのだ。




 大介の場合は別に、MLBに挑戦するつもりもなかったのだ。

 ただ上杉が再起不能クラスの故障をして、また国内でスキャンダルがあったため、ちょっと日本を離れようとした。

 この時に複数年契約ではなく、毎年単年の契約をしていたことが、幸運であったと言えよう。

 高卒から九年、丁度海外FA権を取得して、大介はアメリカに渡ったわけである。

 この時はマスコミが大介を大きく叩いていたので、それから逃れるような動きであったが。


 司朗もまた、いずれはMLBという考えは持っている。

 幼少期にアメリカで過ごしたこともあるし、やはり最大の評価をしてくれるという点では、最大のリーグであるのは間違いないのだ。

 それに直史や武史も、司朗が25歳になる頃には、さすがに引退しているであろう。

 そうなっては海外の、集結したピッチャーたちと戦いたくもなるというものだ。


 こういった報道の動きを見ていると、直史は自分のプロ入りなどが、ものすごく奇妙なルートだったのだなと改めて思う。

 そしてMLBにさえも、行く気などはなかったのだ。

 しかしMLBで稼いだことにより、色々なことが出来るようになった。

 社会に出てみて分かったが、色々な事業をするにおいては、金というものが重要になる。

 それを獲得できたことを考えても、MLBでの経験は無駄ではなかった。


 目の前にあるのは、クライマックスシリーズである。

 だがその後には、ドラフト会議が控えている。

 果たして司朗の希望が、どういった形で報われることになるのか。

 伯父として普通程度には、気になっている直史である。

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