第353話 カウントダウン
レックスが勝利しても、ライガースが負けても、減っていくのがマジックというものである。
要するに自力優勝が出来るのは、レックスだけであるのだから。
カップスとの試合、ライガースはしっかりと勝利した。
もっとも次のスターズとの試合のため、首脳陣はすぐに次戦を考えているだろうが。
レックスはとにかく、圧倒的に有利な立場にある。
だからこのフェニックス戦、二試合に勝ってしまいたい。
そうすればその時点で、優勝が確定する。
そうでなくても一勝し、次にライガースが負ければ優勝。
去年も相当ぎりぎりまで粘られたが、今年もまた本当にギリギリだ。
もっともここまで来れば、確実に勝てそうな試合が一つはあるが。
タイタンズ相手の勝率も、レックスは悪くない。
ただ期待していたカップスが、負けたのは残念である。
どちらにしろ優勝すれば、地元でそのまま胴上げが出来る。
せっかくならばライガースの敗北ではなく、レックスの勝利での優勝を果たしたい。
気分の問題であるが、今後はその気分が重要になる。
ポストシーズンというのは、独特の空気があるのだ。
言わばそれは甲子園のようなものか。
もちろん青春と現実という違いはあるが、どちらにも夢がある。
フェニックスを見ていて、直史は思う。
今年も既に、圧倒的な差をつけられて、最下位が決定している。
負けるから弱くなるのか、弱いから負けるのか。
理屈としては後者のはずだが、前者も必ず存在する。
勝ってこそ得られる経験というものがある。
もちろん負けて得られるものもあるが、プロは勝利を目指さなければいけないだろう。
ただそれでもフェニックスは、充分に経営は黒字化されている。
球界再編の後からは、プロ野球はしっかりと独立採算が出来ていると言えよう。
直史が子供の頃はまだ、パ・リーグは微妙であったと思う。
結局重要なのは、試合に勝って優勝することではない。
チームを存続させて、利益を出すことなのだ。
プロ野球による経済効果は、現在ではとても高いものがある。
チケットの他にも今は、インターネットの発達による、事実上の全試合中継が大きい。
盛り上がるところに期待して、注目する点が分かっている。
少なくとも日本においては、最も成功しているプロスポーツではないか。
もっとも他にも色々と、トップレベルであれば食べていけるというスポーツは存在する。
大介の娘の中では、特にプロスポーツというか、肉体の才能で食べていこうと考えているのは、まず里紗がいる。
バレエであるが環境は、あまりいいものではない。
レッスンのためにはどうしても、指導者がいるところに行かなければいけない。
だからこそ千葉の都市部に、彼女だけは来ようと考えているのだが。
ちょっと変わったところでは、百合花が選んでいるゴルフ。
これは面白い現象であるが、国内では男子よりも女子の方が、プロスポーツとして盛んになっている。
アイドル的な人気がある、と考えればいいのだろうか。
これに関しては直史は、一時期の韓国人女子プロの貢献が、少なくなかったと冷静に分析している。
一方の男子ゴルフは、国内の人気は落ちる一方。
確かに直史も、ゴルフはちょっとやっただけだが、見ていても面白さを感じるのは難しいだろうな、と思ったのだ。
フェニックスは負けていて最下位でも、それなりに客を集めることが出来る。
かつてのパ・リーグのようなひどい集客はもうない。
対してMLBなどは、本当に一万人も全く客のいない試合が多い球団も存在する。
だがそういった球団に対しては、MLB自体が存続のための資金を投入する。
MLB全体では、大きく儲けているからだ。
かつてのバブル時代などでは、NPBとMLBの年俸格差は、それほどのものでもなかった。
むしろロックアウトでストライキを起こした時など、一気にMLBの人気が落ちたものだ。
今は採算が取れない不人気チームでも、選手に人件費をかけなければどうにかなる。
FA権を取るまでの間に、選手を育成してチームを強くする、という方法もあったのだ。
ただあまりにドラフト指名順位を得るための、わざとチームを弱くすることが横行した。
そのため今度は有望な選手が代理人と組んで、最初から高い契約金を得ることを考え出した。
日本の一位指名だけはどのチームも抽選というのは、実はけっこう戦力を均衡させていたのかもしれない。
また選手層が厚いと言われる福岡なども、逆に上位指名の育成では失敗していたりする。
ドラフトは現場からの意見を聞くが、編成が最終的には決定する。
地元の高校から甲子園で活躍した選手などがいれば、優先して取っていったりもする。
またGMの一声や、球団代表の一声で、一位指名が決まったりもする。
フェニックスはドラフト自体は、さほど失敗しているとも思えない。
だがせっかく上手く戦力化しても、短い年月で衰える選手が多い。
おそらくこれはモチベーションの問題である。
弱いチームにいると、その空気に慣れてしまう。
たった一人で弱いチームを、あっという間に強くすること。
そんなことは上杉以外、誰にも出来ないであろう。
大介が入って優勝する前は、ライガースも二年連続で五位になっていたりした。
だがそれなりのタレントがいて、モチベーション自体は高かったのだ。
チームが勝つには普通、色々なものが必要になってくる。
最終的にはやはり、監督が勝ちたがっていないといけないのだろう。
その監督のタイプとしても、色々といることは確かだ。
貞本などは基本的に、チーム作りを目的としていた。
レックスが優勝してしまったのは、完全に投手陣のおかげ。
そして一年目から、社会人上がりの選手が、守備の要所を抑えたからだ。
もちろん直史の存在も、圧倒的なものがある。
単純な勝ち星は、その半分以上は普通のピッチャーよりも、多く貯金できたという計算になる。
リリーフ陣を休ませる完投で、リリーフ二人分は働いている。
規定投球回まで投げることの出来る選手が、今はどれぐらいいることか。
投手分業制の時代に、20世紀どころか19世紀のピッチャーが登場したようなもの。
あるいは未来の革新的な投手の形が、直史であるのかもしれない。
このフェニックスを相手に、二連勝すれば優勝出来る。
第一戦は今年も、しっかりと主戦力になっているオーガス。
フェニックスはこの試合も、既に士気は低くなっている。
ただごく一部の選手や、ピッチャーに限って言うならば、自分の成績にこだわっている。
本当は野球というのは、個人技の連続であるのだ。
自分の役割を果たすことによって、チームが勝利へと近づいていく。
本来は選手は、自分の成績にこだわるだけでいいのだ。
勝利に導き、優勝へつなぐのは、監督の役目である。
フェニックスの中で一番、己の数字にこだわっているのは、おそらく四番の本多である。
高卒からプロ入りしたのは、叔父と同じである。
叔父はピッチャーであったが、甥はバッターとして活躍。
そのあたりは武史と司朗の関係に似ているかもしれない。
打撃の指標に関してだけではなく、外野の守備も平均以上。
ライトからのバックホームで、何人ものランナーを刺している。
初回のフェニックスの攻撃から、本多のタイムリーによって一点を先制。
ホームランの数もリーグトップ10に入っているが、打点は現時点で五位。
この調子ならばおそらく、25歳でポスティングのメジャー移籍か、とも言われている。
本多が25歳になる、来年のシーズンでフェニックスは上に行かなければいけない。
もしそれが無理であったら、またしばらくは主戦力と呼べる選手が、ほとんどいない状態が続く。
直史はブルペンから、自分が高校以降は、チームに恵まれているなと思っている。
白富東に入ったにしても、自分と大介だけであったなら、とても甲子園には届かなかった。
ジンが岩崎をはじめ、シニアのメンバーを連れてきたからこそ、あそこまでの結果を残せたのだ。
もっともさすがにジンも、頂点に到達することまでは期待していなかったようだが。
フェニックスを見ていると、反面教師となる。
先発の中にもちゃんと、クオリティスタートでそれなりに投げる選手はいる。
またリリーフにしても、1イニング程度ならしっかりと、抑えるピッチャーがいるのだ。
しかしそもそも、勝っている試合の数があまりに少ない。
野球は偶然性のスポーツだが、三割台しか勝てていないというのは、相当の弱さである。
監督もコーチも、それなりに考えているのだろう。
それなのに勝てないというのは、根本的な問題があるはずだ。
まずポスティングやFAによって、どんどんと戦力が流出しているというのはある。
引き換えに人的補償を取っていないあたり、編成に勝つつもりがないのかとも思われる。
単純にビジネスとして考えるなら、それも無理はないかなと判断も出来る。
それでもあまりに弱いと、ファンも離れていくであろうに。
フェニックスは名古屋を中心に、中部地方を地盤としている。
愛知県は野球強豪県であり、そこから選手は発掘される。
フェニックスから他のチームに移籍して、成績が向上したという選手もいる。
フェニックスを出る喜び、などと言われてしまえば、もうプロのチームとしては末期ではないのか。
レックスにしても時代を見れば、弱かった時期はある。
それこそ最下位にも何度もなっているが、レックスには有利な点が一つある。
分かりやすく言えば単純で、東京の球団であるということだ。
極端な話、武史は自分の志望を完全に、関東の球団に絞っていた。
直史としても関東の、特にレックスだけに話を持って行った。
プロの最後の一年は、千葉に移籍してもいい。
そういった地元の愛着というのは、フェニックスにもそれなりにあるはずなのだが。
試合自体は案外、まともなものとなっていった。
ただまともにやっていれば、おおよそはレックスが勝ってしまうのだ。
レックスとフェニックスの大きな差の一つは、細かいプレイの精度である。
分かりやすくいえば、あまりスランプなどもないという、守備力である。
フェニックスは極端にエラーが多いとか、そういうわけではない。
だが内野の守備力が低いのは、あと一歩が届かないことにつながっている。
バッターにしてもゴロを打ってしまえば、その時点で諦めてしまう。
もちろん諦めるのも、体力温存や怪我の回避という点では、完全に間違っているわけではない。
だが内野安打になりそうな打球でも、よほど足に自信のないバッター以外は、のろのろと走っていく。
そういったところも含めて、選手のやる気が乏しい。
FAなりトレードなりで、他のチームに行きたいと思っている者もいるだろう。
しかしそういったプレイをしていれば、FAでもいい契約が取れなかったりする。
本多ぐらいの能力であれば、むしろポスティングであるのだ。
アスリートタイプのバッターであり、長打力と走力を備えた外野手である。
高校時代はピッチャーもしていて、地元の学校から甲子園に行っていた。
そして地元のフェニックスを、自分が強くしてやるという気概も持っていた。
それなのにチーム自体がこうでは、さすがに嫌にもなるだろう。
だが自分の数字は落としていない。
今日も四打席で四度打ち、二本のヒットを放っていた。
トリプルスリーは無理であるが、打率は三割を超えているし、ホームランと盗塁も20個以上となっている。
ホームランの出にくい名古屋ドームで、それだけ打っていれば合格だ。
ただ本多としては、悔しいものはあるだろう。
直史も本多とは、何度か対戦している。
そしてヒットを打たれたこともある、攻略の難しいバッターだ。
おそらくはチームの成績への鬱積を、全て自分の技術の向上に注いでいる。
そういったことが本多を、ここまでの選手に育てたのだろう。
どんな環境であっても、今のNPBはかなり、昭和に比べれば平等だ。
その中で本多は、しっかりと成長している。
おそらく来年のWBCには、日本代表として選ばれるであろう。
そこでチームを勝たせるということが、どういうことなのか学ぶことが出来るだろうか。
直史や大介は、年齢などを理由に参加を断る予定である。
だが大介にとっては、おそらくこれが最後の機会。
アメリカ代表を中心として、メジャーで活躍しているピッチャーが、どれだけ参加してくるか。
そう考えたら大介は、また参加するのかもしれない。
直史にはもう、世界で勝負する理由はない。
だが直史もまた、さすがに次のWBCまでには、引退はしていなくても衰えているのは間違いない。
最後にまた、大介と同じチームで戦うことを考える。
そうすると少しだけ、やってみたくはなるのが直史なのだ。
冷徹なようでいて、情実で判断をすることが少なくない。
だからこそ強い、とも言えるのだろう。
フェニックスとの第一戦は、5-3でレックスの勝利。
これであと一つ勝てば、ライガースの動向は関係なく、レックスの優勝が決まる。
そして先発の木津は、これに勝てば二桁勝利。
来年もローテに入る基準として、二桁勝利はほしい称号であろう。
防御率などを見てみると、それなりに点を取られているのだ。
ただ直史だけではなく豊田なども、よほどのことがない限り、来年も木津はローテーションに入るだろうなと思っている。
木津の長所としては、まずそもそもローテを守ったということにある。
かなりのエースクラスのピッチャーでも、シーズンを通してある程度、調子を落とすことがあるのがプロの世界。
レックスは全体がそのあたり、しっかり管理されているとは言える。
それでもオーガスが、短期間ながら離脱したりした。
オーガスはこの一勝で、その離脱期間のマイナスを、充分に取り戻したと言えるだろう。
30代の前半で、今が一番脂の乗った選手生活であろうか。
チームとしてはこのあたり、大形契約を結んだ方がいいのかもしれない。
助っ人外国人のオーガスは、複数年契約が切れれば、どこと契約してもおかしくないのだ。
あと一つでレックスの優勝が決まる。
この日はライガースもレックスと同じく、ナイターでの試合となる。
とにかく言えるのは、ライガースは勝つしかないということ。
ただ神奈川スタジアムは、スターズの今日の先発が武史となっている。
スターズだけではなく、セ・リーグは首位を除けば、既に今年の順位は決まっている。
それでもライガースに当ててきたのは、嫌がらせというわけではない。
どうせならライガース相手に投げてくれた方が、観客も集まるというチームの都合である。
もちろん選手起用に関しては、球団経営ではなく現場の裁量だ。
だがクライマックスシリーズ進出がなくなれば、現場としてもチームのために、一番いい選択をするべきであろう。
それがこのピッチャーの起用であり、ライガースを負けさせるということ。
もっとも今年の武史は、既に二回負けている。
直史ほどの圧倒的な、安定感はないのである。
直史は安定感というより、絶対性とでも言った方がいいだろうか。
たとえ負けたとしても、ライガースも負けてくれれば、それで優勝は決定する。
ただどうせ優勝するなら、自分たちの手で優勝を決めたい。
そう思うのが自然なのであろうが、直史としてはどちらでもいい。
負けての優勝はみっともないというのなら、これまでに何度も行われてきたことだ。
気分が落ち込んだとしても、ポストシーズンまでに充分な時間がある。
既に高校野球は、県大会の本戦が始まっている。
白富東は去年と違って、それなりに戦力が充実している。
関東大会に進めば、クジ運が悪くない限り、またセンバツには出場出来るだろう。
そして今年は得点力が上昇しているため、昇馬以外のピッチャーを使う余裕がある。
白富東が狙うのは、夏の三連覇。
はるか昔にその記録はあるが、大阪光陰や白富東も達成出来ていない。
四連覇までは武史や鬼塚の代でやっているが、夏は無理であったのだ。
公立がそんな記録を作れば、もう二度と更新されないであろう。
昇馬のような規格外のピッチャーは、過去に上杉がいた。
その上杉にしても、夏はベスト4、準優勝、準優勝という結果であったのだ。
主力となる選手が、せめてもう少しいなければ、甲子園を制覇することは出来ない。
出場するだけならば、チーム数の少ない県を選べば、それなりに簡単なのだが。
神宮大会まで勝ち進めば、直史も応援に行ける。
そもそも神宮は、レックスのホームであるのだ。
甲子園よりもある意味、貴重なのが神宮での試合である。
東京の代表になるようなチームはともかく、他の高校生は秋に二度しか、その機会はない。
それも各地区の代表にならなければいけないのだから、余計に難度は高い。
直史たちでさえ、一度しか出場出来なかったのだ。
子供たちを見守ることで、青春を追体験している。
親になるということは、こんな経験が出来るということで、これが一番嬉しいことなのか。
もちろん大人になるというのは、それだけ別のことも出来るようになる。
だが若かった頃の思い出というのは、なかなか他に代えられないものだ。
(これで決まってくれれば、試合の応援に行けるな)
そう考えている直史は、久しぶりに他のチームの武史に、勝ってくれることを期待しているのであった。
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