第347話 最後の直接対決

 まったくこの三年、本当にセ・リーグはレックスとライガースがペナントレースを終盤まで争っている。

 普通ならどちらのチームも、余裕で優勝しているような勝率だ。

 おかげで三位のカップスが、ぎりぎり勝率五割となっていたりするのだ。

 レックスはこのカップス戦、第一戦を勝利した。

 しかしライガースもタイタンズ戦を第一戦勝利している。

 あとわずかとも思えるが、実際は二馬身ほどのリード。

 これがあと一歩なかなか縮まらない。

 勝負根性がどちらのチームも優れていて、粘る足を見せているのだ。


 早めに先頭に立った、本来なら自在先行型の馬が、あえて逃げていく。

 それに引き離されようとしても、二番手集団からは前に出て、ずっとマークし続ける。

 三着までは馬券になるというあたり、野球も似ているのだろうか。

 有馬記念のTT対決なら、最後にはテンポイントが差した。

 モンジューとエルコンドルパサーでも、追いかけたほうが最後には勝っている。

 マッチレースになると最後に、足を残していた方が勝つ。

 果たしてどちらに、その足が残っているのか。


 これだけ残り試合数が少なくなれば、どういう投手起用をすれば勝てるのか、豊田には分かっている。

 ただそれをやってしまうと、故障の可能性も出てくるのだ。

 またせっかくペナントレースを制しても、そこで力を使い果たして、クライマックスシリーズで下克上を許しては意味がない。

 なのでライガース戦を終えたら、直史をリリーフに回すという手段は使えない。

 42歳のオジサンであるが、実際のところ40代になっても立派なリリーフを務めたピッチャーは過去にいる。

 確実につなげるセットアッパーでも、最後の〆をするクローザーでも、どちらでも出来なくはない直史。

 だがそれをやったら、これまでの調整が無駄になる、かもしれない。

 あくまでもかもしれないだけで、確実なわけではないが、試すのは無謀すぎる。


 ここは地力でもう、最後まで逃げ切るしかない。

 同じぐらいの成績を残していけば、追いつかれることはないのだ。

 それが難しいというのはあるが、今はどちらのチームもしっかり、主力が揃っている。

 九月の序盤に追い上げられたのは、オーガスと左右田の離脱があったからだ。

 そんな状況でも変わらず、直史は勝っていったが。

 野球というのは九人でやるスポーツだが、先発は五人から六人は必要になる。

 そう考えると主力が一枚抜けただけで、勝てなくなるチームは個人に依存している。

 もちろんそういう特別な選手も、歴史を紐解けばそれなりにいる。

 この10年ほどはそこまでではないが、プロ入りから数年後までの上杉の影響力は、本当に巨大なものがあった。

 先発ピッチャーの一人であるのに、一年目からシーズン終盤はクローザーとして投げて、スターズを優勝させたのだから。


 大介もまた、二年連続で五位という、ライガースを優勝させている。

 ただそこは高齢化していた主力が、大介の活躍で負担が少なく、また故障もほぼなかったことが大きい。

 翌年には真田も入ってきているし、さらに二年後には西郷が入ってきている。

 また下位指名であった大原も、三年目からはローテに定着している。

 ここでチームの若返りが、上手くいったということだ。


 レックスにしても樋口が入って翌年に、武史が入っている。

 それ以前に獲得していた戦力が、このあたりから一軍に定着してきた。

 そう考えると本当に、一人の影響力という点では、上杉があまりに偉大である。

 チームを優勝させることを考えるなら、これまで9シーズン投げていて、そのうちの7シーズンで優勝チームにいた、直史が一番であるのかもしれないが。

 ただ一人のスタープレイヤーが、そこまでの決定力を持つのは、団体競技としては良くないのかもしれない。

 プロはまだしも大学野球など、直史がいた八季の間に、七度のリーグ優勝をしている。

 そして29勝0敗という記録まで持っているのだ。




 カップスとの第二戦は、レックスは三島が登板している。

 ここまで15勝3敗の三島としては、NPB最後の年になんとか、チームをまた日本一に導きたい。

 オフにはポスティングを、球団に約束してもらっている。

 だがどうせなら立つ鳥跡を濁さずで、チームを優勝させてからメジャーに行きたいのだ。

 実際のところはチームを優勝させたという実績があれば、それだけ契約もいいものになる。

 自分もいいし、チームもいい。

 なのでこの二試合目、かなりの気合を入れている。


 そういうところになると、空回りしてしまうのも、野球というものであるのかもしれない。

 だが三島はギリギリのところで、しっかりと力をセーブしている。

 なぜそれが可能かというと、故障すればメジャー行きどころではなくなるからだ。

 この二つの方向に力が働いているように見えて、実はアクセルの踏みすぎにブレーキが利いた状態。

 これが上手く合致して、抑制されたピッチングになっている。


 ピッチャーが下手に崩れなければ、守備がアウトカウントを増やしてくれるのがレックス。

 この第二戦も序盤から、守備でリズムを作っていく。

 しっかりと取るべきところでは、三振を取れる三島。

 元々直史が復帰する以前には、レックスのエースであったのだ。

 故障があったりして高く売れないと判断すれば、一年延期をしたりもする。

 そうやって来年からはMLBへの移籍はほぼ確定。

 レックスは移籍金の獲得によって、戦力の補強が出来るわけである。


 サウスポーのピッチャーはメジャーでも、通用しやすい傾向にある。

 NPBでも基本的に、左は5km/h増し、ということは言われる。

 実際のところは速度ではなく、その角度への対応が難しいのだろうが。

 ピッチングは繊細な動作だが、バッティングもコンタクトは繊細なポジションが必要になる。

 そこをわずかに外しやすいのがサウスポーで、長く活躍する選手には、サウスポーが多かったりもする。

 直史と上杉の二人が右腕の時点で、あまり説得力はないかもしれないが。


 サウスポーでは武史が、上杉の記録を塗り替えることが出来るのか、それが注目されている。

 もっとも本人としては、そろそろ本気で引退はしたいのだ。

 先日の試合にしても、復帰後の第一戦ということもあったが、またMAXのスピードが落ちていた。

 球速を別にしても、サウスポーということもあって、それなりには勝てるはずだ。

 しかしそれなりでは、武史としては不満があるかもしれない。


 三島のピッチングは、極めて抑制されたものである。

 ピンチを失点につなげないことや、失点をビッグイニングにつなげないこと。

 そういったことをレックスのピッチャーは、徹底していると言っていいだろう。

 そしてこの試合は、レックスの打線が上手くつながる。

 中軸が仕事をしてくれて、長打二本で四点が入るなど、効率のいい得点の仕方が目立った。


 もう少し投げられそうな球数であったが、三島は六回で降板する。

 点差があったため、自分の勝ち星が消えることはないだろうと思った。

 カップスはファンの愛が強いが、ライガースほどの強烈な応援はない。

 あれはもうちょっと、野球という次元を超える時があるのだ。

 甲子園というのは高校野球も含め、特別な場所なのであろう。

 そこでの試合は、前回直史以外に百目鬼が一つ勝てただけで、レックス首脳陣は満足している。


 七回からの継投で、レックスは一失点。

 だが充分なリードをもらっていたため、勝ちパターンのリリーフ陣を使わずに済んだ。

 先発のピッチャーもだが、勝ちパターンのリリーフにも無理はさせない。

 適度に投げる機会があれば、それで調整していけばいいだけだ。

 カップス相手に二連勝というのは、本当に大きな勝利である。

 クライマックスシリーズで対戦したら、苦手意識を持たなくて済む。

 実際にレギュラーシーズン終盤は、レックスが圧倒的に勝ちこしていた。

 かくしていよいよ、ライガースとの直接対決最終二連戦となる。




 ライガースもまたタイタンズとの第二戦、しっかりと勝っていた。

 これでライガースは五連勝となり、レックスに離されるのをどうにか防ぐ。

 残り試合数はライガースの方が一試合多い。

 ライガースがレックスとの二試合を勝利したら、勝率が同じになる。

 すると今度は残りの試合と、引き分けが一試合あることが、両者の順位を決めるポイントとなってくる。


 引き分けがある分、レックスの方がまだほんの少し有利。

 そしてレックスは一試合は、確実に直史で勝ちにくるだろう。

 ライガース首脳陣は、直史に勝てると楽観的に考えてはいない。

 甲子園というホームの有利があってもなお、勝てるとは思えないピッチャーになってしまっている。

 そもそも一昨年のシーズンはレギュラーシーズンもポストシーズンも、直史のいないところで勝ったもの。

 去年と今年も攻略は出来ていないし、そもそも今年は失点もしていない。


 残りの対戦相手を見た場合、レックスはフェニックスとの二連戦に、タイタンズとの三連戦。

 これは全部がホームの試合となっており、間隔が空いているために直史を一試合は使える。

 ライガースはそれに比べると、スターズ二試合、タイタンズ一試合、カップス一試合、フェニックス二試合。

 ホームゲームがほとんどだが、一試合はスターズのため神奈川に行く必要がある。

 ピッチャーの運用に関しては、レックスとほぼ変わらない条件だろう。

 必ず勝てるエースがいるか、いないかの違いは大きい。


 レギュラーシーズンの最後の最後まで、ペナントレースをどちらが制するのか分からない。

 これはプロ野球ファンからすれば、ものすごく盛り上がる状況である。

 パの方は既に福岡が優勝を決めている。

 ただしその勝率は、レックスよりもライガースよりも低いため、今年も日本シリーズではセが勝つのでは、と言われている。

 球団にしてもここまでもつれ込むと、最後までシーズンを楽しめることが出来る。

 これは本拠地が神宮に甲子園と、最後にホームゲームが残りやすい、二つのチームにとってはチケットが売れる追い風だ。

 特にレックスは、いくらトップを走っていても、毎試合神宮が満員になるわけではないのだ。


 最後に同じ東京の、タイタンズ戦が三試合残っている。

 このスケジュールは本当に、売上的にありがたいものだろう。

 もっとも現場の首脳陣としては、さっさと優勝を決めてしまいたい。

 そうするとポストシーズンのクライマックスシリーズの準備が、早く行えるからだ。

 もしも今年、下克上が起こるとしたら、ファーストステージで起こるのではないか。

 なにしろ三位のカップスは、もうそのスケジュールに合わせて動いているのだから。


 ファイナルステージにまでは、少し日程が空いている。

 だからペナントレースで勝利すれば、そこは本当に有利になるのだ。

 特にレックスは直史が、支配的なピッチングをする。

 ポストシーズンでは日本シリーズで、一人で四勝したのがプロ一年目の伝説。

 もっとも直史としては、日程的にクライマックスシリーズより、日本シリーズの方が戦いやすかったのは確かだ。


 首脳陣の一員である豊田も、もちろん色々と考えることはある。

 だが監督の西片は、就任一年目からこれであるのだ。

 ただ残っている試合の相手は、レックスは最下位チームとブービーのチームのみ。

 タイタンズは復調してきているが、五試合のうち四つは取れるのではないか。

 確信は持てないが、それぐらいの気合は入れていきたい。




 既にセ・リーグの順位は首位を除けば、全て決まっている。

 かなり二位と三位の間に差があるが、それほどでなくてもそれぞれの差があるのだ。

 一応はタイタンズなど、全勝したらスターズの全敗により、順位が変わる可能性はある。

 ただレックス相手の試合もライガース相手の試合も残っているので、可能性は事実上なしと言っていいだろう。


 AクラスはともかくBクラスは、順位は下げた方がいいぐらいだ。

 それによってドラフトで、わずかながら戦力を底上げしやすくなるのだ。

 もちろんそんな消化試合、なかなか客も集まらない。

 ただどのチームも終盤の試合が、優勝争いをしているチームへの遠征となるので、そこはどう考えるべきか。

 普通の野球人の感性からすると、目の前での胴上げはなんとか阻止したい。

 なので最後まで、ある程度は戦ってくるだろう。

 そして選手たちにしても、自分の成績には最後までこだわる。

 極端に言えばチームが最下位であろうと、自分がタイトルを取って年俸が上がるなら、それでいいのが現代の選手たちの思考。

 昔はチームの成績が悪いと、年俸にも影響が大きかったと聞く。

 しかし今は選手の年俸を、そんな理由で抑えるのは難しい。


 チームが弱いのは、監督と編成の責任である。

 フェニックスは本多などは、完全に個人の成績では打撃のトップ5には入る。

 それに金を出せないのなら、トレードでもしてくれという話だ。

 もっとも本多は叔父のように、メジャー志向が強いという話はある。


 残っている試合を考えれば、レックスの方が有利。

 ただライガースとの対戦は、どうしても一勝一敗にはしておきたい。

 直史が投げるのだから、そこはどうにかなるかと思っている。

 移動の休養日には予告先発で、ライガースは大原が先発と発表した。

 これはこの試合を落としても、他の試合で全勝するつもりなのか、というのがレックス首脳陣の見方である。


 どんなエースでも、全ての試合に勝っているわけではない。

 プロの世界では長らく、普通にその意見が正しかった。

 だが上杉以降は、全勝ではないにしろ、ほぼ確実に勝利が計算出来るピッチャーが、出現してきている。

 たとえば直史が、その代表的なピッチャーである。

 日程的にもライガース戦と、タイタンズとの試合に登板できるだろう。

 もちろんそれまでに優勝が決まっていれば、調整のために休んでもいいだろうが。


 直史にはもう、自分の成績には執着がない。

 いっそのことライガース戦が終われば、リリーフに入ってもらった方が、勝率はよくなるかもしれない。

 フェニックス戦はカモにしているが、タイタンズ戦はそこまで圧倒的ではないのだ。

 もっとも日程を考えると、タイタンズには強いピッチャーを当てることが出来る。

 フェニックス戦を確実に、どれだけ勝てるかがポイントになるだろうか。

 後は他のチームが、どれだけ試合に気合を入れてくるか。


 ここで重要な動向となるのは、スターズである。

 今のセでは直史の次に、支配的なピッチャーである武史。

 本拠地戦にライガースを迎える試合、ここで武史を使ってくるのではないか。

 ローテはわずかにずれるが、他のチームに武史を使うより、ライガースに当てて大介との勝負を演出した方がチケットが売れる。

 Aクラス入りとクライマックスシリーズ進出がなくなった今、そういった球団のフロントからの要請に、現場が応えるのは普通にありうるだろう。


 そしてスターズに勝ってもらうと、もちろんレックスとしてはありがたい。

 スターズに負けただけではなく、打線陣の調子がある程度、落ちることが考えられるからだ。

 ライガースはとにかく、雑で大味だが爆発力がある。

 甲子園でのホームゲームがあるだけに、打線の調子が落ちてきても、ファンが盛り上げる可能性はあるが。

 ただライガースは古くからのフーリガンであると、調子の落ちたところに罵声を飛ばしていったりもする。

 ああいうひどいのは、少なくとも今のレックスにはない。




 関西へと移動する。

 直史はもう前日から、試合に向けて完全に調整に入っている。

 正直なところ九月に入った段階では、ここまで勝負がもつれるとは思っていなかった。

 前の試合も112球を投げていて、本当ならちょっと投げすぎといったところである。

 ただ二点差で他のピッチャーに任せるのは、打順的にも難しいと思ったのだ。


 この試合までは、中七日と一日多くの調整期間があった。

 なので直史としても、万全の状態を維持している。

 重要なのはこの試合ではなく、次の試合になるかもしれない。

 甲子園で最後の25回戦ともなれば、先発予定の百目鬼には、とんでもないプレッシャーがかかる。

 おそらくライガースも二戦目は、勝てるピッチャーを当ててくるだろう。


 そこで変な大差で負けてしまえば、残りの試合に影響が出かねない。

 またライガースに対する苦手意識が出れば、ファイナルステージでの逆転もありうる。

 ペナントレースを勝利しても、クライマックスシリーズで逆転というのは、ないではない話なのだ。

 もっとも直史からすれば、二勝はどうにかするから、あと一つは他のピッチャーでどうにかしてくれ、というところである。

 もう野球で得られるものは、充分に得ることが出来た。

 日本シリーズでの優勝なども、既に体験済みである。

 もちろん手を抜くつもりはないが、あの寿命を削るピッチングをするつもりはない。


 試合の前に大介に遭遇するかな、と思ったがそんなことはなかった。

 考えてみればこの試合、ライガースはなんとしても勝ちたいはずだ。

 特に大介は、直史からヒットは打っているものの、全体としては完全に封じられている。

 点の取れない打線になどは、価値がないのだ。

 本音では球数を投げさせられたら、それだけ回復が遅くなるのだが。


 大介との間には友情がある。

 それよりもさらに深く、親戚関係があるが。

 危険なシスターズを引き取ってくれた、大介には感謝の気持ちしかない。

 ただ純粋に直史は、試合には負けたくない。

 大介にホームランを打たれて、負けた試合は忘れられない。

 もっとも夢に見る、というほどの強烈な体験でもないが。


 あれは敗北であり、失敗であった。

 だがもうそれを引きずるほど、直史は野球に情熱を持っていない。

 だからこそ冷静に、大介を敬遠することも出来る。

 甲子園でそれをやったら、本当にファンが暴走しかねないので、ちょっとやれないことであるが。

(まあボール球で勝負していったら、大介も打つからなあ)

 直史としては敬遠はしないまでも、フォアボールで歩かせることは、充分に選択のうちに入っているのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る