第345話 勝ち星計算

 油断をするわけではないが、そろそろ計算が立ってきたレックスの首脳陣である。

 ライガースの自力優勝は消滅したし、ボーナスステージも二試合残っている。

 ただ最後まで気をつけなければいけないのは、主力の故障である。

 左右田が戻ってきて、スターズとの最終戦には間に合う。

 しかしよりにもよって、スターズはこの試合から、武史が復帰してきた。


 予定よりも少し早い復帰である。

 二軍でも登板はしていたが、短いイニングでしかない。

 もっともそこをしっかり抑えたからこそ、こうやって一軍に戻ってきているのだが。

 この試合、レックスの先発は木津である。

 去年の優勝の立役者というか、最後の鍵となった木津は、今年もローテを守ってはいる。

 だが明らかにピッチャーとしての格は、比べられないものであろう。


 アウェイでの連戦が続いているレックスである。

 この季節はレックスとしても、神宮が大学のリーグ戦で使うのが難しかったりする。

 リーグ戦は昼間なので、夜の開催のプロ野球とは、基本的に重ならないようになっている。

 しかし実際は大学のリーグ戦が長引けば、プロの練習時間が削られるわけで、その意味でこの時期のレックスは、八月のライガースに似た立場となる。

 それでもちゃんとホームゲームを行えるだけ、マシと言えばマシであろうか。


 関東に戻って一日だけ相手のホームで試合をし、また広島から大阪へと移動して行く。

 この日程の詰め方というのが、関東の球団にとっては、やや厳しいものとなる。

 普段から東京と神奈川だけで、移動することが少ない。

 終盤になってくると、遠征の日程も一日や二日だけで、動きながら戦わなければいけないのだ。


 どの試合ならば確実に勝てるか、ということの計算をしていく。

 残り二試合のライガース戦が、キーポイントになるか。

 直史が投げる試合は、おそらく勝つことが出来る。

 ここを一勝一敗で計算して、あとどれだけの試合を勝てばいいのか。

 残り10試合のうち、87勝47敗1分となる、と計算する。

 対してライガースは12試合残っているので、83勝50敗になると数える。

 レックスは一試合だけ、引き分けの試合がある。

 ライガースは引き分けが一試合もないが、おかしくないのが打撃のライガースである。


 ライガースはどれだけ頑張っても、93勝50敗が限界。

 レックスは8試合のうち6試合に勝てば、間違いなく優勝なのだ。

 ややこしいのはここから、また引き分けの試合が出てきた場合。

「カップス戦が向こうのホームか」

「ここで一つは勝っておきたい」

「タイタンズ戦に佐藤を、一試合は使えますね」

「最後のタイタンズ二連戦は、どちらも勝っておきたいな」

 取らぬ狸の皮算用であるが、事前に計算しておくことは、間違いなく重要なことなのだ。


 ライガースはフェニックス戦が、四試合も残っている。

 今年の勝率が四割に全く届かないフェニックスである。

 レックスは二試合であり、ここを確実に取れるかどうか。

 ライガースが残りの試合、全勝するとは考えにくい。

 ただ面倒なカップス戦は一試合と、ここぐらいなら勝てそうである。


 出来ればレックスはライガース戦、残り二試合を勝ってしまいたいのだ。

 そうすればほぼ、ペナントレースは制することが出来るだろう。

 延期になっているタイタンズとの、二試合までに決まっていることが理想的。

 別に楽観的な見方でもなく、普通にありうる計算である。




 ライガースは自力優勝が消滅している。

 なのでとにかく、全ての試合で勝つつもりでいかなければいけない。

 レックスとの直接対決では、一応勝ち越してはいるのだ。

 12勝11敗なので、ほとんど差はないと考えてもいい。

 一時期の差を考えると、かなり縮まってきた。

 しかしその理由である、故障者がレックスは復帰してきている。

 

 ローテーションを考えれば、直史が投げる試合があと二つだろう。

 そのうちの一試合が、ライガースとの直接対決。

 つくづくあの第二戦、勝てなかったのが痛かった。

 そうは言っても直史のピッチングは、本当に試合の後までも支配する。


 去年のポストシーズンにしろ、木津を打てなかったというのは、直史の投げた試合の後であったからか。

 もちろん木津は、日本シリーズでも貴重な勝利を上げている。

 だが今年は木津への対応も、しっかりと出来ている。

 22先発で9勝7敗。

 普通に立派な先発投手であろう。

 だが全く打てないピッチャーなどではないのだ。


 直史が突出していて、そして三島と百目鬼、オーガスあたりまでがエースクラス。

 来年は三島がいなくなるということで、そこはありがたいと考える。

 しかし重要なのは、まず目先の対決である。

「アドバンテージはほしい」

 監督の山田の言葉は、今さら言うまでもないことだ。

 一勝していれば、レックスはファイナルステージで、四勝しなければいけないこととなる。

 それが無理であったからこそ、一昨年はライガースが勝てたのだ。


 あの後の日本シリーズについては、ちょっと呪いがきつかった。

 だがいい加減に、ライガース首脳陣は直史に慣れてはきている。

 山田などは直史の初期のプロ入り時代、投げ合ったこともあるのだ。

 あの頃はここまで、絶望的な印象を与えてこなかった。

 実際に球速という、分かりやすい物差しは落ちている。


 これまでに積み上げたものが、自然と相手にプレッシャーを与えているのだろう。

 実際に狙ったように、パーフェクトやノーヒットノーランをやっているが、直史はあくまでも偶然とか幸運という言葉を使う。

 それが逆に恐ろしかったのだが、単純に本音であるとしたら。 

 まずメンタルの部分で、負けると思っていたら負けるであろう。

 そう思って直史の、プロ入り一年目と二年目の日本でのデータを参考にしたりもする。


 間違いなく落ちているのは、肉体の能力である。

 去年は敬遠も含めた四球の数、その前は被本塁打の数が、プロ入り二年目までとは比べ物にならないのが、復帰してからの一年目と二年目であった。

 だが今年は無失点記録が続き、打たれたヒットの数も改善している。

 つまり年齢による衰えよりも、復帰してからの感覚の戻りの方が、上回っているということか。

 でたらめな数字とも思うが、実際に40代でキャリアハイを残したピッチャーは過去にもいる。

 そして直史は、パワーピッチャーではない。




 ペナントレースを制することを別にしても、クライマックスシリーズでレックスと対戦した時、直史と対決する可能性は高い。

 その対戦で一つは勝っておかないと、他の試合にまで影響が及んでしまうかもしれない。

 ビハインド展開でリリーフしたため、一昨年は勝利することに成功した。

 だが直史に黒星をつけたわけではない。

「どうやったらこれを打てるんだか……」

 そんなため息が誰かから洩れてくるが、まさにその通りなのである。


 ライガースもライガースで、大介という怪物がいる。

 相当に勝負を避けられているが、それでも数字を残してくる。

 ただバッターであると、本当に敬遠されれば終わりなのだ。

 MLB時代には数回、満塁の場面で敬遠されていたりもする。

 だがどうせならば、ボール球を打たせた方がいいのでは、と日本の野球では考える。

 結果としては大介は、そのボール球もヒットにする。

 しかし野手の正面に飛んだりすることも多いので、いいのか悪いのかの判定は付けにくいだろう。


 ライガースはとにかく、もうレギュラーシーズンは全力で勝って行くしかない。

 だが全勝したとしても、まだレックスには追いつけないかもしれない。

 他のチームの健闘を祈る、というのは情けないが、本当にそれしかないのだ。

 武史がよりにもよって、レックスとの最終戦で復帰するというのは、ライガースにとっては幸運であった。

 あるいは既にクライマックスシリーズ進出が絶望的なスターズが、盛り上げるためにそんなところに登板させたのかもしれない。

 今年も離脱した時点で、既に二桁は勝っていた武史。

 プロ生活全ての年で二桁勝利というのは、上杉でもなかった記録である。

 もっとも上杉は故障のために、二年ほど休んでいたわけだが。


 直史は年数こそ少ないが、全ての年で20勝以上を達成している。

 だがレジェンドとして野球殿堂入りするには、基本的に10年以上は稼動していないといけない。

 もっとも事故などによって死亡した場合、不治の病で引退した場合など、例外的に殿堂入りすることはある。

 MLBなどはルー・ゲーリックが不治の病で引退し、即座に殿堂入りした後に、死亡している。

 記録には残らないが記憶には残る、というものでもない。

 パーフェクトの達成最多記録など、絶対に誰にも更新できないものだ。


 ライガースはここから、フェニックスとの対戦を行う。

 相手のホームゲームであり、ホームランの出にくい名古屋ドームだ。

 残り12試合が残っていて、大介のホームラン数は59本まで伸びている。

 去年は55本打っていて、それでも衰えたと言われたものだ。

 今年は42歳のシーズンなのに、完全に復調している。

 なお衰えたと言われた去年も、三冠王を取っていることを忘れてはいけない。


 厄介なカップスとの試合が、もう一試合しか残っていないのも、ライガースの有利な点か。

 あとは調子を落としていたスターズが、武史が復帰したことで、どれだけやる気を取り戻すか。

 おそらくライガース相手の試合では、投げてこないローテーションになっている。

 ただ大介と武史の対決を演出するため、ローテをずらす可能性はある。

 実際に神奈川スタジアムにおいて、まだ一試合残っているのだ。


 Aクラス入りもほぼ不可能となったので、あとはファンサービスでチケットを売る。

 プロ野球は今、メジャーへの主力流出という問題は抱えているものの、改めて見れば充分に活性化している。

 主力の流出というのも、現在の契約では25歳までは、NPBにいる方がお得になっている。

 育成環境に関して言えば、日本の方がアメリカよりも、優れているところはあるのだ。

 新しい選手がどんどんと出てきて、そして若い間を見れたなら、それなりにMLBの試合も見たりする。

 そして日本とアメリカの野球の違いを見て、日本の方がいいな、と感じたりもするのだ。




 直史が異常すぎるのでそこまでおかしく見られてはいないが、武史も充分にとんでもない人材である。

 去年はやっとNPBに復帰したが、MLBでの実働は11年間。

 あちらの成績だけで200勝を達成し、サイ・ヤング賞も取りまくったので、こちらは完全に問題なく殿堂入りである。

 ただ大介と武史を殿堂入りとするなら、実働期間は短くても、それを抑えた直史はどうなるか、というのが厄介な問題ではあった。

 とは言っても対戦したバッターが全員、殿堂入りするべきだと言っているのだから、投票期間になれば普通に殿堂入りするのだろう。

 もっとも直史は、そこまでそれを名誉だとは感じない。

 もちろんそういったところから生まれる、コネクションは重要だと思うが。


 この日のスターズとの試合は、ほぼ捨て試合と考えていいだろう。

 もっとも武史もまだ、万全の状態とは言いがたい。

 それでいて165km/hをほいほいと放るのだから、ほとんどのバッターは打てないボールである。

 昇馬の165km/hと比べたら、まだ武史は少しだけ上がある。

 ただ今日はそこまで全力ではなくても、問題のない試合であると言えた。


 レックスも木津が、腐ることなく投げてはいる。

 先発ピッチャーというのは、とにかく試合を壊さないことが重要であるのだ。

 この日の試合にしても、武史が試合の終盤には、継投する可能性が高いと思われていた。

 だからそこまで、致命的な点差になっていなければ、逆転のチャンスはあるはずだった。

 左右田も復帰したわけであるので、得点力は戻っている。


 武史も無理はしない。

 無理はしなくても、165km/hが出るのが武史である。

 だがこの速度に慣れなければ、また再来年あたり同レベルのが、やってくると思われているのが今のNPBだ。

 昇馬にプロ入りの意志がないというのは、プロ野球選手からしたら信じられないだろう。

 しかし事実であって、とりあえず武史が引退したら、NPBのセの選手は安心できる。

 パのほうには160km/hオーバーを普通に投げるピッチャーもいるが。


 散発のヒットが出て、そこから上手くランナーを進め、一点を取ることには成功した。

 だがスターズもここで負けてはと、六回までに三点を取っている。

 木津としてはこれでも、充分に及第点のピッチング。

 実際に守備力が高いとは言え、クオリティスタートを決めていれば、文句の言いようがないのだ。

 木津の場合はあまり、イニングが進んで球数が増えても、球威がなかなか落ちないピッチャーではある。

 なので七回も、木津は投げた。


 両チームのピッチャーが、七回までを投げて3-1というスコア。

 ここで武史は、余裕を残してリリーフに継投する。

 レックスとしてはここで勝ちたいが、勝ちパターンのピッチャーを無理には使わない。

 八回には若手が投げて、そこで一点をまた取られる。

 最終的には一点を返したものの、4-2というスコアでスターズの勝利となったのであった。


 想定の範囲内である。

 武史はこれで11勝目で、充分すぎる先発の勝利数と言えるだろう。

 もっともローテを守れなかったのは、スターズにとっては痛いところだ。

 あとは一試合ほど投げて、貯金を10個にしてくれれば、文句の付けようもないだろう。

 スターズが果たして、来年のことをどう考えているのか。

 Bクラスのチームはもう、ドラフトを含めて編成のことを考える時期である。




 レックスがスターズに負けた同日、ライガースはフェニックス相手に勝利していた。

 第一戦はピッチャー五人を投入した僅差の勝負であったが、第二戦は圧倒している。

 レックスが連敗している間に、ライガースは三連勝。

 これでまた差が縮まってきたため、動向を追っているプロ野球ファンは、見ていても面白いものであろう。

 一昨年も去年も、ペナントレースを制したチームが、日本シリーズにまで進んでいる。

 純粋なプロ野球好きにとっては、優勝の行方が分からなくなる、たまらない展開なのである。


 だが追っているライガースはともかく、追われているレックスの首脳陣は、本当に胃が痛い。

 まだリードはしているが、決定的な優勢とは言いがたくなってきた。

 特にこのシリーズ終盤の追い上げというのは、ポストシーズンに入ってからでも馬鹿にならない。

 直前まで直接対決が残っていれば、さらに盛り上がったかもしれない。

 だがさすがにそんな都合よく、スケジュールは組まれていない。

 NPBとしては盛り上がりのために、来年はそういうスケジュールにしようかな、と考えていたかもしれないが。


 そして大介のホームラン数が、60本の大台に乗った。

 次は東京ドームでタイタンズとの二連戦。

 まださらにこのホームラン数が、伸ばしていける可能性が高い。

「本当に、いつになったら衰えるのやら」

 味方側からさえ、そんな声が洩れてくる。

 もっとも大介の全盛期に比べれば、確かに少しずつ数字は落ちているのだ。


 バッターの成績は、落ちる時には一気に落ちる。

 特に年齢であると、まず打率が落ちるのだ。

 今年も余裕で三冠王を、確実としている大介。

 また盗塁数も去年を上回り、三冠以外のタイトルもいくつかは手が届きそうだ。

 もっともこれでも無理そうなのが最多安打。

 いくら打順が多く回ってくる二番であっても、このタイトルとは縁がないのが、悲しい大介である。

 引退するまでに一度ぐらい取ってみたいものだ。


 今年の大介はまた、NPBの記録を一つ、塗り替えそうではある。

 もっともそれは、自分の持っている記録であるのだが。

 二番打者ということで、自分以外のバッティングによって、ホームを踏むことも含む得点。

 年間207得点がこれまでの記録であったが、今年は既にそれに並んでいる。

 MLBではもっととんでもない数字であったが、二番で歩かされることが多いと、そういう結果になるのだ。


 タイタンズ戦でホームランを打てば、またどんどんと新記録を塗り替え続けることになる。

 そのタイタンズはここのところ、悟のスタメン復帰で調子がいい。

 だがそれももう間に合わず、五位フィニッシュが現実的なところとなっている。

 レックスと三試合、ライガースとも三試合、強いチームとの対戦が残っているからだ。

 それでもまだライガースの方が、殴り合いのハイスコアゲームになるため、観客は面白いかもしれない。

 ドームでの試合となると、やはりホームランは出やすいのだ。




 終盤に四試合連続で、甲子園で試合を行うライガース。 

 ここはもう全部を取るぐらいの、そんな気持ちで戦わなくてはいけない。

 日程的にも雨天などで延期になった試合を、少し間隔を空けて行うというものだ。

 この終盤の四連戦まで、優勝の行方がもつれ込んだなら、ライガースは応援の力でペナントレースを制することが出来るかもしれない。


 大介はフォアザチームのバッティングをしているが、それが結局はホームラン狙いになる。

 珍しくもランナーがいる場面で勝負してくれた試合があったが、基本的にソロホームランが多いのだ。

 外れたボール球を打っていくと、スタンドにまで運ぶのは難しい。

 それでも外野の頭は越えるし、外野があまりに深く守っていれば、手前に落とすことは簡単なのだ。


 大介は二番打者というものの概念を、本格的に壊しつつある。

 MLBでは強打者の二番は普通なのだが、NPBではいまだに四番が主砲というチームがほとんどだ。

 もっとも日本のスラッガーは、おおよそが足はそこまででもない、鈍足タイプが多い。

 アスリートタイプの四番がいるならば、確かに二番に置いてもいいのである。

 昔は悟などは、三番に入っていることが多かった。

 今では走力の衰えと共に、四番になってはいるのだが。


 チームの優勝に専念出来るのは、個人タイトルがもう確定しているからだ。

 それこそ一番難しいと言われる、首位打者においても大きな差がある。

 NPB時代の大介が、一度だけ三冠王を取れなかったシーズン。

 その時に足りなかったのは、25試合を離脱していたのに、打点でもホームランでもなく打率であった。

 平均が下がってしまうという、おかしな事態であったのだ。


 四割を目指すのは、ちょっと難しくなった。

 八月の打率低下が、結局は九月まで響いたということになるだろうか。

 ケースバッティングによって、打点を増やすのが一番。

 そんな大介であるのだが、まだまだホームランを望まれている。

 そしてホームランにならなくても、ボール球を打って打点を稼いでしまうのであった。

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