第341話 勝率計算
九月に入ればおおよそ、もうその年のペナントレースはどうなるか、順位の予想はついてくる。
今年の場合はレックス、ライガースの2チームは間違いなくAクラスだ。残り試合を全て負けても間違いはない。
そしてペナントレースを制するのも、おそらくはレックスであろう。
だがライガースにはわずかながら、逆転の可能性が残っている。
クライマックスシリーズに進出する、残りの1チームはカップスになるだろう。
一応はスターズにも可能性が残っているが、これまた現実的ではない。
それならばダラダラと負けているスターズが、五位まで落ちる可能性の方が高いだろう。
最下位のフェニックスは、誰もが確信している。
パはパで白熱していたが、マリンズとオーシャンに主力の故障があったため、そこで一気に福岡が抜け出した。
元々総合的な戦力は圧倒的、と言われていた福岡である。
マリンズは正直、ピッチャーが強い。
なので同じくピッチャーで勝負する、レックスとしては計算しやすい相手だった。
もっとも福岡相手の試合は、直史としては計算がしにくい。
福岡は言うなれば、ライガースよりも得点力は低いが、しっかりとピッチャーは揃っているチームとなる。
それでもレックスほどの、先発とリリーフが揃っているチームではないが。
カップスとの三連戦、二勝一敗で勝ち越すことには成功した。
ライーガスはスターズとのカード、一試合が雨で中止となり、残り二試合を勝利している。
わずかながら勝率の差は縮まっているが、それでもまだ余裕はある。
直接対決の数を考えても、逆転される可能性は低いと言えるだろう。
ただレックスは第三戦、守備においてショートの左右田が、わずかに足首を捻ってしまった。
大きな故障ではないが、三日ほどは安静にと言われてしまう。
ここで昔ならば、無理に試合に出て悪化するのかもしれないが、三年目の左右田は己の価値を知っている。
無理に試合に出るよりは、ポストシーズンまでに治癒することの方が重要である。
しかしこれでレックスは、一時的にリードオフマンを失ってしまった。
ショートが守れて打てる選手、というのはあまりいないのだ。
打球などを見れば分かるが、ゴロを処理してから切り返す動きなど、膝や腰に負荷がかかることは間違いない。
当初はショートを守れていても、加齢によって他のポジションを守るようになったのが、レックスの緒方であり、またタイタンズの悟である。
本当に42歳で現役バリバリのショートの大介の、異常さがさらに分かるであろう。
カップス戦の後は、神宮にてタイタンズ戦である。
悟がファーストになっていて、スタメンに戻ってきているタイタンズ。
調子を取り戻しつつあり、落ちてきたスターズと順位が入れ替わる可能性が出てきている。
もっともBクラスであるならば、順位など意味はないだろう。
むしろ低い方が、ドラフトで少しだけ指名において優位になる。
大きな声では言えないが編成としては、もうこのままの順位でいいと思っているかもしれない。
だがここのところ、フェニックスはスラッガータイプの野手からは、敬遠される傾向にある。
やはり本拠地が、ホームランの出にくいドームであるからだろう。
タイタンズ戦、一つは間違いなく勝っておきたい。
だがピッチャーがあまり、強いところではない。
オーガスの一時離脱が、微妙に痛くなってくる。
さらに左右田が抜けたことで、得点力も落ちているのだ。
レックスの得点は、セットプレイが多い。
その場合はやはり、足の速い選手が必要になるのだ。
一発よりもチャンスを作り出し、そこから一点を取る。
そのチャンスを作るためにも、出塁率の高い一番打者というのはほしいものだ。
実際左右田の代わりになるような、リードオフマンがいない。
以前は出塁率や走塁の正確さから、緒方が一番を打っていたこともある。
さらに昔はそれこそ、西片が一番を打っていた時代も長い。
結局は緒方を一番に持ってきて、初回から相手のピッチャーの調子を確認してもらう、という打順にした。
そして二番に持ってきたのが、迫水であったりする。
これまでのレックスの方針は、二番打者はケースバッティング、というものであった。
ならば迫水は、打率も長打もかなりいい。
だから上位打線に、という首脳陣の考えである。
キャッチャーは守備負担が大きいポジションだ。
合わないピッチャーが先発の時は、二番手三番手を試したりもする。
この迫水の打率や長打などは、六番という比較的、責任の軽い打順だから出来ている、ということもありえる。
そもそもこの終盤に、打線はいじりたくないものなのだ。
優勝争いをしているチームは、動きにくいというものがある。
このままのペースでいけば優勝出来るだけに、何か新しいことをしづらい。
これがライガースであると、このままなら追いつけないだけに、新しいことをしてみようか、という気分にもなるのだろう。
あそこはちょっと選手の調子が悪いと、代えろ代えろと野次がうるさいし。
さすがに大介の若かった頃は、さっさと調子を取り戻せ、といった感じに言われていた。
調子が悪い時でも、平均的な強打者程度には打っていたので。
直史はこの三連戦、出番はない。
次に甲子園で行われる、ライガース戦の第一戦の先発なのである。
試合以外で気になるのは、今度は関東の天気である。
タイタンズとの第三戦あたりで、雨が降りそうな予報となっている。
自分のことではないとはいえ、雨は不確定因子となる。
出来るだけ人の力だけで、勝敗が決まる状態が望ましい。
運という要素を排除すれば、0に抑えられるのが直史のピッチングだ。
ゴロを打たせてもフライを打たせても、ヒットになる可能性はある。
名手でもミスはするし、野手の間に落ちることはある。
強振したのにボテボテのゴロになって、それを処理するのが間に合わなかったことなど何度もある。
直史の達成しているパーフェクトというのは、要するにそういうものがなかった試合だ。
もちろん復帰一年目は、それすらも計算していこうと思ったが。
本当にパーフェクトを狙えるというのは、昇馬のようなストレートで三振を奪えるピッチャーのことを言う。
三振はゴロやフライに比べても、ずっと不確定のランナーが出る可能性は低いからだ。
タイタンズとの三連戦、第一戦は落とした。
レックスの敗退パターンである、同点の状況で終盤の継投に入る、というものであった。
この終盤の得点力のなさは、レックスの間違いのない弱点と言えるだろう。
もちろん終盤のピッチャーに勝ち星がつく場合もあるが、割合的にも少ない。
先発が抑えている間に、打線が着実に得点。
終盤でリードしていたら逃げ切りをはかり、負けていたら若手のピッチャーを試す。
今はオーガスの代わりに須藤をローテに入れているため、その微妙な層が薄い。
塚本はクオリティスタートをしたが、勝ち星がつかなかった。
負け投手にもならなかったので、そこのショックはないだろうが。
現代では勝ち星よりも、クオリティスタートとハイクオリティスタートを何回達成したかの方が、評価の対象としやすい。
もっともそこからさらに、打球速度に内野がどれだけ追いついていたか、などの数値も合わせて総合的に評価する。
三振の取れるピッチャーと、ホームランの打たれないピッチャーが評価されやすい。
フライを打たせればキャッチだけでアウトに出来るが、ランナーが三塁にいればタッチアップになるかもしれないし、そのフライが伸びれば長打になりやすい。
基本的に今はゴロを打たせる、グラウンドボールピッチャーが有利となる。
判断は難しく、小学生のレベルであると、肩が弱いため左にゴロを転がして内野安打、という選択もあるのだ。
高校野球レベルまでは、どうにかそれが通用する。
だがプロになると、セーフティバントもかなり成功は少ない。
内野の守備力が高ければ、ゴロを打たせるのは正解なのだ。
もっともこの数試合、その内野の守備力が低下するわけだが。
第一戦を落とした時点で、首脳陣は緒方をセカンドに戻した。
そしてショートには、守備型の若手を抜擢する。
緒方ももう40歳ということを、首脳陣は失念していた。
セカンドをしっかり守っていたため、その守備力の低下に気付いていなかった。
普通ならショートのポジションは、守備力特化の選手でも仕方がない。
そう考えればまだ、キャッチャーが打てるだけ、レックスは恵まれているのだ。
第二戦は三島が投げるので、ここは勝っておきたい試合。
しかし得点力不足が、露骨に出てしまっている。
現代野球ではレフトやサードなども、打力が優先されるポジション。
ファーストは四番の近本で、これは問題がない。
もっともファーストも、昔に比べれば守備力が重視されるようになった。
右打者が圧倒的に多かった昔は、ライトなどは球が飛んでこないポジション、という扱いをされていたのだが。
今はライトなど、守備力はそこそこ必要であるし、三塁へのタッチアップを防ぐために、肩の強さも求められる。
それに比べればレフトは中継に、基本肩の強いショートが入るため、肩はそこまでは求められない。
レックスはセンターの守備範囲が広いので、レフトには完全に打力がある選手を入れたいのだ。
しかし外野を守る選手が、そうそう打てる選手として入ってこない。
セットプレイで確実性を求めると、巧打型のバッターを求めたりする。
それでちゃんと点は取れるのだが、そういった得点は大量点にはつながらない。
六回まで一失点に抑えたのに、味方も一点しか取ってくれていない。
負け星がつかないことを、どうにか納得するしかない三島である。
首脳陣も悩むのだ。
ここまで二日、勝ちパターンのリリーフを使っていない。
明日も使ったとして、移動で一日休む上に、その次に投げるのが直史である。
充分に休めると考えれば、ここで使ってもおかしくはない。
だが原則を決めた以上、それは守るべきである。
それに今の打線の調子を考えると、追加点が確実に取れる確信も持てない。
リードオフマンを失うというのは、チャンスの作成ができないということである。
レックスの一発狙いがあまりないのは、本当にそこが問題となってしまう。
野球は一発があるからこそ、逆転の魅力もある。
甲子園の歴代の名場面集の中でも、トップランクのものの一つ。
それは樋口による、決勝の逆転サヨナラホームランというのがあるのだ。
ホームランではなくても、長打が一発出れば、一気に単打よりも得点の機会にはしやすい。
そして七回の表、レックスは国吉を出せなかった。
ここを攻めたタイタンズが、一点ながら勝ち越し点を得る。
リードされてしまっては、勝ちパターンのリリーフはもう出せない。
2-1というスコアで、レックスは連敗してしまった。
点が取れないということは、本当に問題なのである。
そして夜半からは雨が降り出す。
この雨は翌日も上がらず、第三戦の中止が昼には決まった。
ライガースも雨で試合が中止になっていたが、レックスもこれが影響してくる。
今年はこれで雨天中止が、三試合目のレックスである。
またこの間に、ライガースはカップスとの試合を行っている。
甲子園ではないために、さすがに三連勝とはいかなかった。
しかしそれでもしっかりと、二勝一敗で勝ち越しはしているのだ。
毎日優勝までの展開を、考え直す時期である。
レックスがまさかとは言わないが、タイタンズ戦を連敗したことにより、ライガースとの差が縮まった。
三連戦のカードを、全勝したら逆転するという状況。
もっとも直史の投げる試合があるので、そこはほぼ確定で勝利と言えるであろうか。
ただここでレックスには、悪い条件が重なる。
左右田をもう少し、休ませるべきだとチームドクターが言ってきたのだ。
軽い捻挫であるので、もう普通に歩いたりは出来る。
だがせめてあと一週間は、というように言われたのだ。
もちろん選手としては、ここで出られると言ってしまう。
自分が出なくてもチームが優勝しそうなら、安心して休んだであろう。
だがこの勝率差となると、絶対に三連戦で一勝はする必要がある。
直史が一点も取られなくても、打線が一点も取ってくれなければ、それは引き分けになってしまう。
引き分けならばかろじうじて、残り二試合を落としても、まだレックスが上なのだが。
ショートと一番打者を失うというのは、これほどの影響が出てくるのか。
考えてみれば一昨年も、左右田がショートに定着しだしてから、レックスの成績は向上している。
直史と一緒に入った、キャッチャーとショート。
この二人が比較的下位の指名ながら、しっかりと一軍のスタメンになったというのは、本当に鉄也の最後の大仕事といったところであろうか。
もっとも下位にまで指名が落ちたのは、直史が試合で完封したからであるが。
雨は止み、レックスは甲子園に移動する。
ちゃんと移動に一日が取れるので、直史としても調整に問題はない。
左右田はチームに帯同するが、ベンチ入りするかまたスタメンで出すかは、試合の前の様子を見て確認する。
正直なところ直史も、左右田がいないとゴロを打たせるのが怖い。
また一番打者としては、その出塁率には一目置いているのだ。
ライガースはただでさえ、甲子園での応援が戻ってきて、調子を取り戻している。
カップス相手に勝ち越したのも、充分に想定の範囲内だ。
全てはタイタンズに連敗したのが祟っている。
ただ三試合目が雨で延期になったのは、左右田が戻ってくることを考えると、かえってよかったと思うのだ。
いっそのことライガース戦も、雨でどこか延期にならないか。
そうしたらその試合は、直史を使える可能性が高くなる。
ペナントレースを制して、クライマックスシリーズのアドバンテージを得ること。
これは長いレギュラーシーズンを優勝したチームにとっては、当然のようなご褒美であるだろう。
だがレックスとライガースの戦力を考えると、なかなか厳しいところがある。
極端な話アドバンテージがあれば、直史が中二日と中一日という無理をすれば、どうにか勝てなくはないのだ。
もっともさすがに大介に、どうにか打たれて一点ぐらいは取られると思うが。
単純な打撃力だけではなく、ランナーとしても厄介すぎる。
今年は既に、45盗塁もしているのだ。
全盛期はNPBで90盗塁、MLBで115盗塁と、さらに面倒な相手ではあったが。
とてもそうは思えないが、間違いなく衰えているのだ。
全盛期が規格外すぎて、いまだに規格外なだけである。
去年の数字を見た結果、各チームが大介に対して、わずかに勝負をしかけることが多くなった。
その結果として一度は落ちたホームラン数が、また60本が現実的なところまで回復している。
今年は既に、自分でホームを踏んだ回数が200回を超えている。
一昨年がNPB記録の207得点であったが、おそらくこれをまたも更新するのだろう。
衰えた、などと言っていたのは誰であったのか。
確かに20代の頃に比べたら、ホームラン数などは減っている。
シーズン72本塁打などというのは、二試合に一本は必ず打っているというペースである。
もっとも直史に比べれば、確かに衰えたとは言われるかもしれない。
直史は復帰一年目に比べて、明らかに今年の方が調子がいい。
何より特筆すべきは今年、ホームランを打たれていないということだ。
もちろん武史が離脱したこともあって、今年は投手五冠を取れるだろう。
大介の場合は、単純にMLBに行ってからは、打順が二番になったことも関係している。
一番のシーズンもあったが、基本的には二番であった。
それがNPB復帰後も二番であるので、回ってくる打席が多い、というのは確かなことだ。
そのため数字の増加自体は、それほど不思議でないのかもしれない。
ただ打率が落ちていないので、やはり異常とは言えるのだろうが。
今後の試合のスケジュールなども、首脳陣は考える。
レックスもライガースも、ものすごく考えるのである。
タイタンズがやや調子を取り戻し、ベストメンバーの欠けたレックスから、連勝したのが大きかった。
レックスとしては三戦目、雨で延期になったのは、むしろ幸いであったかもしれない。
この三連戦は、雨の心配はなさそうだ。
レックスの首脳陣は、二戦目か三戦目なら、雨で延期になってくれてもありがたかったのだが。
ただライガース首脳陣は、三連勝などということは考えていない。
第一戦の直史に当てるピッチャーは、今年は去年ほどの活躍は見せていないフリーマンである。
去年はそれこそ18勝2敗という、とんでもない数字を残したフリーマン。
今年もここまで8勝5敗と、決して悪すぎる数字を残しているわけではない。
しかし去年の結果から、球団と複数年契約をして、少し安心してしまったのは確かなのだろう。
もしも去年と同じぐらいの数字を残してくれたら、ライガースは余裕で首位に立っていた。
今年は間違いなく、FAで取った友永の働きが大きい。
16勝4敗というのは、ライガースの打線の援護に慣れていないため、必死で投げているから出せた数字だろう。
ピッチャーがどうしても油断というか、大味になってしまうのがライガースだ。
それでも畑や津傘は、結果としてちゃんと大きく貯金を作っている。
逆に言うとライガース打線の援護を受けながらも、貯金の作れないピッチャーはまずいのかもしれない。
その意味では大原は、200勝の到達までに、大きな恩恵を受けている。
ただこれは真田なども同じことが言えるのだろうが。
現在の監督の山田は、昔はもうちょっと緊張感があったのにな、と思わないでもない。
大介と金剛寺、大介と西郷を並べた打線が、強力すぎたとは確かに思う。
あの頃もまた他に打線に強力なバッターがいて、得点力は高かったのだ。
それでも投手陣にもっと緊張感があったと思うのは、自分の過去を美化しすぎているのだろうか、と考えたりもする。
ただ去年のフリーマンや、今年の友永など、一年目にいい数字を残す移籍組や助っ人外国人は多い。
昔はそうでもなく、ちゃんと数年後にキャリアハイを残していたものだ。
自分がエースだ、という絶対的なピッチャーがいないからだろうか。
それは確かに、と大原なども言っている。
昔は真田が入ってきて、山田と共にエース争いをしたものだ。
ただそれ以上に山田は、リリーフの問題を認識している。
クローザーこそちゃんと取ってきたが、まだ勝ちパターンのリリーフが弱い。
それこそあの時代はレックスなど、リリーフ陣が今よりも充実していた。
勝利の方程式が、完全にあてはまっていたのだ。
この三連戦、直史の投げる試合には負けることを許容する。
だが残りの二試合は、どうしても勝たないといけない。
どちらか一つを落としたら、おそらくペナントレースは決まるだろう。
山田はそう厳しく見ていたが、西片は西片で、左右田を使うかどうかを直前まで、悩み倒していたのである。
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