第340話 東西の行方
東ではレックスが戦っている間、西ではライガースが戦っている。
ただしスターズ相手の三連戦、初日が雨で潰れてしまっていた。
「この前も雨で潰れたけど、うち的にはその方がラッキーなのかな?」
「友永のローテが増えるから、ラッキーだとは思うけどな」
大介が話すのは、主に大原である。
同じバッターと話していても、大介の場合は説明をしても技術が伝えられない。
根本的に筋肉の性能が、違うものと思われるのだ。
また大原とは年齢が同じで、千葉県からの入団ということも共通している。
高校時代は白富東のせいで、大原は一度も甲子園を踏めなかったのだが。
ただそんなことを言うなら、三里はセンバツに出場したではないか、という話になってくる。
「レックスは勝ってるからなあ」
「大サトーの方はそうだな」
第一戦、直史が普通に投げて、そのままリリーフが勝った試合である。
この間の試合も、ライガースは雨で流れている。
これで残り試合数が、レックスよりも三試合多くなるわけだ。
ただその間に、レックスが勝ち星を積み重ねていっては、むしろこちらが焦ってしまう。
(バッティングは焦ったりすると打てなくなるからなあ)
大介にしてもバッティングを、極めたとはとても言えないのである。
今日の二戦目、ライガースは友永が先発となっている。
この間の雨天から、スライド登板していて、丁度中六日となった状態。
ただライガースとしては、他のチームもエースを出してくることが多い第一戦に、友永を使って勝ちたいのだ。
レックスを相手にすると、アドバンテージがないと日本シリーズ進出は厳しい。
もっとも大介は親戚の強みで、直史の体力の衰えを知っている。
いざとなれば集中力で、また倒れるぐらいにまで気力を振り絞るだろう。
それでも一昨年は、日本シリーズ進出には届かなかった。
ペナントレースを制して、アドバンテージがほしい。
そうは思っても容易くいかないのは、分かっていることである。
直接対決に全勝した上で、さらにレックスを上回る必要があるのだ。
八月はむしろレックスの方が勝率は良かった。
ここから本拠地の使えるライガースが、どこまで盛り返していけるものか。
レックス相手の残り五試合、全勝というのがまず難しい。
直史からは取れても一点ぐらいであろうし、その一点を守る方方がライガースにはない。
打って勝つというのが当然のように、チームの意識として浸透している。
確かに昔からその傾向は高かったが、それでも完封出来るピッチャーはいたものだ。
10年ほど前と比べても、明らかに変わったと言えるだろう。
MLBも継投は当然となっていたが、NPBと違って登板間隔が短い。
直史のように上手く、抜いた球でカウントを作れれば、完投も出来るのではないか、と大介などは思う。
ただピッチャーに対しては、専門にやったわけでもないので、何かをアドバイスできるものでもない。
一応MLB時代には、捨て試合などでピッチャーをやったこともあるのだが。
スターズはまだ武史が復帰していない。
二軍では投げているのだが、あまり長いイニングではないのだ。
武史の特徴というのは、長いイニングを投げれば投げるほど、調子が上がるというもの。
回復力もかなり高く、ポストシーズンでこそ活きるピッチャーである。
そのスターズがAクラス入りする可能性は、もうかなり低くなっている。
だがここで決定的に勝って、クライマックスシリーズには上がってこないようにしたい。
今の三位のカップスはカップスで、不気味なところはあるのだ。
しかしスターズは武史が投げると、大介をどうにかして勝ってしまうチームだ。
このままライガースが二位で終わった場合、どちらがより戦いたくないチームか。
武史のいるチームなだけに、ここで負けてくれていると、少なくとも一試合は落とすという危険が少なくなる。
ただチーム全体としての勢いは、圧倒的にカップスなのであるが。
そのカップスは前日、直史相手に負けている。
カップスがレックスを苦しめてくれないと、ライガースがレックスに逆転するのは難しくなる。
自力のみでの優勝は、ほぼ無理というのが首脳陣やベテランの見立て。
今年もライガースはレギュラーシーズンでは、レックス相手に優勢となっている。
それなのにペナント争いがもう厳しいのは、とにかく取りこぼしが多いからであろう。
レギュラーシーズンの対戦成績のみを見て、たとえ二位でも逆転のチャンスがある、などと考えてはいけない。
ポストシーズンではピッチャーの力がより重要になり、直史が二試合は投げてくるだろうからだ。
復帰してからこちら、直史は不敗神話を継続中である。
またいくら頑張っても、引き分けに持ち込むのが精一杯であろう。
突出したピッチャーがいるのなら、それも可能なのかもしれないが。
上杉クラスがいないのは当然だし、武史クラスも無理がある。
真田クラスに一歩届かない程度のピッチャーがいれば、レックスの打線を無得点に抑えることは出来るのではないか。
ただライガースは、リリーフ陣がやや弱い。
今年のドラフトも即戦力のピッチャーを求めるだろうが、目玉になるような選手はいないのだ。
ライガースは競合が集まりそうな、司朗の指名を見送るのか。
ただ司朗クラスのバッターは、本当に10年に一度ぐらいしかいない。
もっとも翌年に出てきそうな、昇馬はピッチャーで使うのかバッターで使うのか、迷うところがある。
しかし大介は昇馬自身から、高卒からのプロ入りというのを、全く意識していないのを聞いている。
今後も我が息子ながら、我が道を行く人間である。
一人っ子であった大介には、下にたくさんいる長男の気持ちは分からない。
だがどうも直史に懐いている感じはする。
その直史自身は、別に子供を甘やかすタイプでもないのだが、ちゃんと一人の人間扱いしてくれるのが、子供としては嬉しいらしい。
人間扱いと言うよりは、厄介な弟妹がいたために、扱いが上手くなっているだけの気もするが。
昇馬がプロ野球選手を現実的な職業として捉えないのは、自分のせいもあるだろうな、と考える大介だ。
今もオフシーズンなどには、自主トレに協力してもらっていたりする。
そこで世間から絶賛される165km/hを、平然とホームラン性の当たりにされていれば、自信もなくなるというものだろう。
昇馬は登山などの趣味もあり、それは誰かと比べるものではなく、また競うようなものでもない。
最近は四女の百合花がゴルフにはまっているらしいが、ゴルフなどは向いているのではなかろうか、と大介は思ったりしている。
昇馬がプロに入ってきても、その時の自分は44歳のシーズン。
おそらくさすがに、衰えが来ているであろう。
せっかくいいピッチャーが入ってきても、その時にもう自分が充分に打てなければ、悔しいだけである。
それも純粋な実力不足と言うよりは、加齢による衰えであるとしたら。
過去の名選手を調べてみても、おおよそ44歳ぐらいが戦力になる限界であろう。
大介は既に、年齢別最多本塁打記録なども、多く作っている。
もちろんその最初は、プロ入り一年目である。
昨年は69本から一気に55本とホームラン数が減って、ようやく衰え始めたか、などと言われた。
だが今年は現時点で、既に56本を打っている。
残りの試合数を考えれば、また60本は超えていくペース。
あまりにも二位との差があるので、タイトル争いのための無駄な敬遠をされる心配はない。
普通に試合に勝つために、敬遠されることはあるだろうが。
もっとも既に順位が決定しだすと、ベンチからは敬遠の指示があまり出なくなる。
たとえ敵チームとはいっても、大介のホームランは客を呼べるからだ。
ホームランを一本打つたびに、人類の記録が更新されていく。
そんな怪物と同時代に生きた人間は、まともにタイトルが取れなくて気の毒である。
NPBでもMLBでも、同じようなことが言われた。
白石のいないリーグなら、ホームラン王を取れていると。
実際に大介のいた時期であっても、パはパで50本打てばおおよそ、ホームラン王は取れていたのだ。
ただこの時期はどちらのリーグも、ホームランバッターが多かったとは言われる。
スターズとの第二戦は、普通に展開する試合であった。
ライガースは友永が投げているので、そう失点はしないだろうと判断する。
あとはどれだけ打って、援護してやれるか、という話だ。
大介にはこの試合、五打席が回ってきた。
そして四打席を打って、ホームランを一本増やした。
チームとしてもこの試合は、問題なく勝利である。
ただ同日にレックスも勝利していて、差は縮まっていない。
それでも大介のホームランも見れたし、ファンは満足して帰っていく。
どうにかレックスが調子を落とさないかな、などとは思っているが。
ライガースは味方に対しても野次が飛び、敵に対してもさらなる野次が飛ぶチームである。
それでもある程度は相手を選び、直史にはあまり野次が飛ばない。
飛ばしても意味がない、ということを学習しているのもある。
あとは直史が大介の義兄であるので、場合によっては大介がベンチから出てきて怒るのだ。
これは武史が相手の場合もそうであるし、また岩崎が現役であった頃や、後輩が相手であると同じように、味方の野次を止めるのが大介であった。
騒がしいのは好きだが、下品なのはあまり好きではない。
そもそも大介が過去に、色々と言われたことも関係しているが。
そして第三戦、ライガースは先発に大原を持ってきた。
既にリリーフとしては登板しているが、先発としては五月以来の登板となる。
これはもうライガースファンも、ホームというだけあって大声援である。
大原は今季限りでの引退を表明している。
もっとも断言しているわけではなく、故障からの復帰を考えれば、年齢的にもう限界である、という論調からであったが。
何度も優勝はしているし、その中では立派に主力ともなった。
高校時代は立てなかった甲子園のマウンドで、100勝以上させてもらった。
そのお返しというわけでもないが、最後にもう一度チームを優勝に導きたい。
全盛期よりは落ちるし、技術的にもそこまで卓越したものではない。
だがバッターとの駆け引きを言うのであれば、大原も立派な蓄積があるのだ。
そしてこういう時、ライガース打線はよく打つ。
このライガースの打線がなければ、大原は200勝に到達していなかっただろう。
ただし敗北した数も、歴代のライガースピッチャーの中でトップクラス。
それだけ投げたのだから、当たり前の話ではある。
多く投げるということが、ピッチャーにとっては勲章なのだ。
先発メインで500試合以上も登板したというのは、ものすごい記録である。
11-4というスコアで、スターズに勝利。
大原にも勝ち星がついた。
現役のピッチャーの中では、NPBに限れば一番の勝利数。
ただ武史は来年も頑張れば、上杉以来の三人目の400勝に到達するかもしれない。
また同じ日に行われていた、レックスとカップスの試合は、レックスが負けている。
これによってわずかに、さが縮まってきたのである。
ライガースは大原が戻ってきて、レックスはオーガスが離脱している。
ただその故障は致命的なものではなく、ポストシーズンには間に合うというものだ。
そこにわずかながら、差を縮める余地はあると思う。
だがそれでも、間に合うのかどうか。
一応は直接対決に全勝し、そして残りも全勝すれば、ペナントレースを制覇出来るようにはなった。
つまり自力優勝が復活したのである。
もっともそれは、さすがに無理だと思われる。
なので直接対決も重要だが、他の試合をどう勝つか。
ここがライガースにとっては重要となってくる。
次は問題となる、カップスとの三連戦。
それも甲子園ではなく、相手のホームスタジアムでの戦いだ。
甲子園ほどではないが、カップスも応援はしっかりとしている。
当たり前だがライガースと違って、味方を野次ることは少ない。
絶対にないとは言えないあたり、野球というスポーツのファンのおっさんは、どうしようもないのがいるのだ。
移動から即試合となるが、移動距離が短いためそれほどの負担もない。
ただ三戦全てを勝てるか、それは微妙なところである。
畑と津傘を使っているので、この二試合はなんとしても勝ちたい。
そして残りの一試合は、第一戦だが躑躅が投げる。
当たり前の話だが、レックスが勝たなくてもライガースが負ければ、それだけレックスの優勝が近づく。
レックスは15試合が残っているが、そのうちの12試合を勝てば、ライガースが何をしようと優勝である。
ライガースが負けるたびに、負けてもいい試合が増えていく。
そして直史の投げる試合が、予定ではライガース相手に二つあるのだ。
ライガースの残り試合数は18試合。
残りの試合数の差はあるが、去年よりも状況は厳しい。
レックス相手の直接対決に、そもそもカップスが強いチームになっている。
シーズン中に強くなっていくチームというのは、本当に厄介なのだ。
おそらく来年あたりは、本気で優勝を狙ってくるか。
もっともセ・リーグはレックスとライガースが強すぎて、他のチームが優勝する可能性は低い。
レックスは直史がライガース相手に二勝すれば、また自力優勝を消してしまえるか。
ただそれまでの他のチームとの試合が、果たしてどうなるか、という話でもある。
ライガースがさっさと諦めてくれれば、レックスは選手たちを休ませ、万全の体制を整えることが出来る。
そのあたりは分かっているため、ライガースは状況が厳しくても、猛追する姿勢を崩すわけにはいかない。
レックスとライガースの差は、単純に投手力と打力である。
ピッチャーを含めた守備のチームがレックスで、とにかく打撃による得点の多いのがライガースだ。
プロにおいては結局、守備が優れていないと勝てない、というのはどのスポーツでもよく言われる。
ただ一昨年のライガースは、見事にレックスをペナントレースで破った。
そして去年は負けたものの、今年もまたピッチャーを補強している。
目の前のシーズンを見ることも重要だが、フロントの編成は長期的な視野で見ている。
監督の山田にしても、全くその解任などという話が起こることはない。
ただ山田はどうにか、失点を減らしたいとは思っている。
自分が現役であった頃、確かにライガースは得点のチームであったが、守備も今よりはよかったはずだ。
もっともそれは自分もだが、真田などといったピッチャーがいたからではある。
決定的な力を持つピッチャーが足りない。
それにもまして、リリーフ陣が弱い。
ライガースの得点力を考えれば、序盤で負けてはいても、終盤でひっくり返すことは出来るのだ。
だが終盤にさらに点を取られては、さすがにどうしようもない。
今年はもう間に合わないが、オフの課題は投手力の中でも、特にリリーフ陣にあると言える。
クローザーはいいので、セットアッパーがほしい。
またビハインド展開でも逆転が多いので、ここで粘れるピッチャーも必要だ。
ライガースの資金力、また現状を考えれば、FAで獲得は出来ないか。
今年のドラフトでは、ピッチャーの目玉というのはあまりいない。
もちろん実際はプロにぶち込めば、覚醒するピッチャーもいるのだろう。
だがそのあたりは編成の仕事で、山田はとにかくピッチャーとは言っている。
もっともライガースの場合、大介の後釜も考えなくてはいけない。
42歳でこの数字というのは、ちょっと信じられないものだ。
だからこそ神崎司朗を取るという、フロントの方針には反対はしない。
だが目玉となるこの選手は、特にどこに行きたいとかは、言っていないのだ。
おおよそ関東のチームがいいかな、という程度のことは言っているが、それは大介も同じであったのだ。
ライガースは熱心なファンが多いため、その延長で自分も入りたい、と言ってくれる選手がいる。
ただこのファンが熱心すぎるので、ライガースだけは嫌だという選手もまだいたりする。
それでも自分の現役時代に比べれば、ずっとマシになったなと思う山田である。
広島へ向かう途上、山田は色々と考える。
それは目の前の試合もそうだが、他にもポストシーズンやシーズンオフなど。
首脳陣はオフシーズンでも、いくらでもやることなどはあるのだ。
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