第339話 特色
プロ野球の球団というのは、それなりに親会社が変わっていくものである。
昔は身売りなどと呼ばれていたが、独立採算制になってからは、比較的安定している。
本来は広告塔であっても、スポーツはそうあるべきなのだが。
これもやはりネットによる、チャンネルの多角化の恩恵を受けていたと言えよう。
昔は関西のライガースはともかく、全国枠でやるのはタイタンズが多数であったのだから。
当然ながらセ・リーグが人気球団が多かったことは、繰り返し伝えておくべきであろう。
人気のセ、実力のパ、というものである。
実際はV9を成し遂げたチームなどもあるのだが、おおよそパが強かった時代が続いたのは事実だ。
現在においても在京球団の人気が高いのは、選手にとってもそうである。
もちろん地元愛の強い選手、というのもいるのだが。
ライガースなども大介のように、甲子園が魅力で行きたがる、という選手も多いだろう。
その中では広島は、本当に地元のファンが大変に多い。
戦後復興の証でもある。
原爆によって壊滅した広島が、復活した象徴の一つ。
そして今でも大株主はともかく、親会社は持っていない。
そのカップスの、今の微妙な強さを、直史はなんとなく突き止めた。
そうは言っても結局は、MLB式の強さ、と言えるのであるが。
カップスはFAで放出する選手が多く、獲得する選手は少ない。
ただFAする選手がAクラスの年俸であった場合、人的保証で移籍先のチームから鍵をかけられていない選手をもらうことが出来る。
若手の選手を中心に、チーム作りを行うカップス。
ドラフトでは即戦力か育成かをしっかりと判別し、そして育成力でどうにか戦えるようにする。
そして直史が感じたのは、ベンチからの観察である。
観察などどのチームでもやっているではないか、と言われるかもしれない。
もちろんそうだが直史が感じたのは、他のチームとは違う感じの観察だ。
データ野球と言われる今、相手のチームの球場でプレイすれば、色々とデータは取られるだろう。
だが直史の場合は、データが役に立たないピッチャー、などと言われている。
これは逆であり、直史がデータを逆手に取っているだけだ。
AIなどを使えば、あくまで参考程度であるが、次にどういうボールを投げるべきか、ということも計算される。
直史はあえて、そういったボールを投げないようにしている。
重要なのはむしろ、バッターが打ちたいと思うボールを確認すること。
そこに投げた上で、わざと少しだけ変化などをつけたら、高確率で打ち取れる。
打たせて取って球数を抑えたい直史には、打たせる必要がある。
そういう時には苦手なボールではなく、得意なボールを少しだけ変化させるのだ。
マダックスがツーシームなどを、ゾーンの真ん中に集めたように。
そしておそらくカップスは、そういったデータでは計測できないものを、選手たちが感覚で調べている。
数字でデータを出すというのは、その場の状況を全て考えると、何かの要素が抜けていれば間違ってくる。
確実な何か、というわけではない。
だがレックスのチーム全体が、カップスには確かに苦手意識を持ちかけていた。
そこで直史があんなことを言う、それ自体に意味があったのだ。
プラシーボ効果である。
カップスが何かを考えているが、それを直史が見破ったことにする。
そして首脳陣がそれに対し、なんらかのリアクションを取る。
これは具体的ではあるが、確かな効果などは示唆できない。
今回はこちらのベンチからも、カップスのベンチを観察するという、いわば作戦の表層を真似たものとなる。
だが直史としては、重要なのは相手の策を見破ることではないと考えている。
重要なのはこちらが何かをしていると、相手に対するメッセージを送ることなのだ。
そのためには相手がしていることを、こちらもしてみれば分かりやすい。
選手たちは何かやっているのだろう、という余裕をベンチは見せればいい。
そしてカップスが少しでも、この姿勢に疑問を感じてくれたらいい。
実際に何があるかではなく、結果がどうなるのかが問題なのだ。
そもそもこちらから相手を観察するというのは、古来から行ってきたもの。
それを下手なデータが手に入るようになって、忘れてしまったものであろうか。
野球は複雑になっている。
本来はどの競技でも、シンプルに考えられるようになった方が、それに注力して強くなっていく。
だがその単純化は、複雑な思考や技術についていけない。
全ての競技が、アスリートスポーツになっているのは確かだろう。
だが単純なパワーとパワーのぶつかり合いになっていけば、それこそパワーがある方が勝つ、ということになる。
それは興行として、果たして面白いのだろうか。
自分たちでは到達しない、超人とも言えるプレイの数々。
それは別に、圧倒的なパワーやスピードだけではないはずだ。
直史のスピードを上回るピッチャーなど、いくらでもいる。
ピッチャーですらなく、キャッチャーや外野であっても、平気で150km/hを超えて来るのが、現代の野球であるのだ。
むしろ球速だけなら、コースはほぼ一ヶ所を狙えばいいキャッチャーや、ストライクゾーンの広い外野の方が、上であることすらある。
特に外野は、上手く助走を使えれば、160km/hオーバーの返球などいくらでもあるだろう。
ピッチャーの能力というのは、メンタルとコントロールだと、直史は思っている。
思考と駆け引きも必要だが、それはキャッチャーに任せられるし、配球などはMLBではベンチからのものだ。
だからそのサイン通りに投げられるかという、技術的なコントロールの問題。
そして自分の投げる球を信じる、メンタル的な問題が重要となる。
カップスとの第二戦、レックスの先発は百目鬼。
ここまで三試合に投げてきて、1勝0敗である。
つまり自分の責任で負けた試合はない。
同点で後ろにつなげたり、珍しく平良がセーブに失敗したりと、そういう試合があったのだ。
即ち特に、カップスに苦手意識は持っていないということ。
さらにこの試合、首脳陣がなんらかの確信をもって、カップスに対している。
これはそのままチーム全体の雰囲気につながっていく。
直史はブルペンに入って、カップスの様子をテレビ画面で眺めていた。
しかしそれよりは、豊田と小声で雑談していることが多い。
昨日は先発だったので、今日はベンチ入りもブルペンも、入らなくてもいいであろう。
だがここで確実に勝って、勝ち越しを決めることは重要だ。
あしたは家でのんびりしようかな、などと思っていたりする。
百目鬼は今年も、さらに成長している。
普通に試合を展開させれば、勝てると直史は判断している。
問題はリリーフのタイミングだけだ。
日本のプロ野球も昔に比べれば、ただプロになりたいという目を輝かせている選手は少なくなった。
その内情がしっかりと、事前に分かってきているから、とも言えるだろう。
競技人口が減少している一方で、シニアの選手は増えていたり、大学野球の部員も増えていたりする。
これは野球を通じて、そのコミュニティに所属することを目的としていたりするのだ。
親が無理に子供にやらせる、というのも一時期は問題になった。
だが野球は習い事の一つであり、このルートを辿れば有利、という考え方も今はあるのだ。
大学野球経験者は、自然とそのコネクションも広くなっていく。
高卒の時点でまだ、自身がないなら育成よりも、大学で鍛えた方がいい場合はある。
もちろん指導者やコーチも選ばなければいけないし、学費の負担の問題などもある。
特待生で行けるならば、大学進学はかなり有利な立場になるのだ。
後に監督になる選手を見ると、最終学歴が比較的、大学であったりする。
またそうでなくてもコーチなどが、大学で学士の資格を取り、トレーナーとしての知識を付けていたりする。
カップスの場合は、地理的に不利なことは多い。
多くの選手が関東、そして次いで関西を希望するからだ。
だがそれを別としても、元プロ野球選手の雇用枠というのは、かなり限られているものである。
カップスは単に、実績だけでコーチを取ったりはしない。
さすがに監督は、実績で選手を黙らせる、球団のレジェンドが必要になるが。
レックスにしても前の監督の貞本は、大卒選手であった。
またコーチ陣に関しては、単に実績だけで集めているわけではない。
スカウトなどの経歴を経て、再びユニフォームを着ることになるのかどうか。
ただ中には現場に戻るよりも、フロントの中の編成をやりたがる選手もいる。
現役時代に、戦力補強が微妙だ、と感じていた選手ほどそうであるという。
もっともフロントの判断としては、スタープレイヤーを獲得することを、重視したりもするのだが。
ドラフト一位の契約金は、現在ではほぼ一億に、インセンティブが五千万となっている。
これだけの金をかけた上で、入団後も金を使って育成して行く。
なので育ってもらわないと困るのだが、素材枠を上手く育てるコーチというのはいるものだ。
正直なところドラフトの四位以下であったりすると、コーチとの相性で成功するかどうかが大きく変わる。
もっともドラフト一位は、あちこちから色々と言われすぎて、かえって混乱することもあるらしいが。
百目鬼なども素材枠で獲得し、それが見事に花開いた例である。
ただレックスは上手く情報操作などをして、選手の評価を下げた上で、下位で獲得したりもしているが。
直史や武史と共に、最強のレックスの二年間を形成した、黄金の投手陣。
金原や佐竹、そして青砥などは当初の期待値は低いと言われていた。
そもそも星に調査書を送ったのは、レックスだけであったりもしたが。
レックスは本当に、鉄也が多くの選手を獲得してきた。
もっともそも守備範囲内から、関東と東北が多くなってしまったのは仕方がない。
そして一人で担当するには、本来広すぎる場所を担当していた。
だからこそ青砥なども、その三割ほどの地域を、担当するように今は鍛えられているわけだ。
スカウトなどというものこそ、まさにすぐに結果が出るものではない。
それこそプロに入るまでの、伝手やコネがものをいう。
シニアから高校、大学に社会人と、今では独立リーグからの入団もある。
その中では比較的、独立リーグは判断しやすいものであるが。
スカウトは選手の能力を評価するのが、重要な要素と思われる。
もちろん間違いではないのだが、その評価というのは現時点のものではいけない。
選手を見たならば、何度も足を運んで、その成長曲線を理解しなければいけない。
たとえば150km/hの出せる高校生が、甲子園には届かない学校にいたとする。
これは素材枠ではないのか、とすぐに考えてしまってはいけない。
そのピッチャーが、一年前の能力はどうであったのか、と未来ではなく過去を確認する必要もある。
ちなみに一時期鉄也が言っていたのは、素材枠をそのまま送り込めばいいから、今のレックスはピッチャーは楽だ、というものだ。
樋口が勝手に、ピッチャーを育成していた時期である。
直史は確かに、とんでもない技術を持っている。
だがこれは地道な体幹トレーニングなどを、それこそ子供の頃からやってきたからのものである。
小手先の技術を教えるよりも、実戦で教えるのは樋口の方が、はるかに上手かったのは間違いない。
正直なところ選手としてはともかく指導者側としては、直史よりも大介よりも、また上杉よりも樋口の方が必要だろう。
一応アマチュア指導資格は回復していて、地元のシニアや母校などを、少しは指導することがあるらしい。
生徒ではなくその父母の、選挙での票を獲得するのが目的なのだ。
本当に手段を選ばないが、これは真っ当な手段である。
樋口ぐらいしか出来ない、という前提は置いておいて。
未だに選挙権を持っているボリュームゾーンには、野球ファンが多いのだ。
そういったファンでも、高校野球ファンとプロ野球ファンは別であったりする。
ただ樋口の場合は、公立高校を新潟県勢で初めて、甲子園の頂点に連れて行った、という実績がある。
そしてプロでもゴールデングラブ賞にベストナイン、さらにはメジャーでの実績まである。
正也ももちろん、その年のエースであったという実績はあるが、半分ほどの票は樋口が集めたと言ってもいいかもしれない。
樋口の場合は大卒なので、そのルートからも接近できる。
人脈を広げるという意味では、大学に行ったのは良かったのだろう。
またアメリカにおいてさえ、コネクションがある。
これによって正也と、場合によっては上杉の支援もするわけだ。
本当にそのうち、日本を裏から動かすフィクサーになりそうだな、と直史は思う。
元々大学時代の樋口は、正規のルートでそれを目指していたのだし。
直史も直史で、樋口のことを利用している。
そんな言い方がまずければ、お願いしていると言うべきか。
樋口は樋口で、神奈川や東京に近い直史に、色々と頼んでいることがある。
全く野球とは関係のないことばかりであるが。
実は鉄也のような年季の入ったスカウトには、直史としても色々とコネクションをつなげておきたい。
なぜならば野球選手の中でも、プロの入るような選手には、そのタニマチのような人間がいるからだ。
多くは企業を経営していたり、資産家であったりするタニマチ。
そういったところとの接点があれば、色々なことが社会では出来るようになる。
在京圏に住んでいることを、存分に利用しているのが上杉だ。
神奈川の野党の強い選挙区を、与党に取り戻したのは大きい。
同じことを直史は、千葉県で求められていたりする。
ただ千葉でも市街地に近い方は、それほど親しくはないのだが。
そちらに親しい人間が多いのは、瑞希の父親からのルートであったり、あるいはマリスタの近辺であったりする。
カップスの強さを考えると、やるべきことの範囲を定めている、ということにもあると思うのだ。
資本力がそれほど大きくないのは、もうずっと前から同じことである。
だがその中でも、しっかりとファンを確保する努力は惜しまない。
FAで選手が去る時にも、しっかりと人的保証を取っていく。
二年前には最下位になったのに、そこからしっかりと強くなってきたわけだ。
暗黒期と呼ばれる、毎年最下位が定位置というのが、この20年ぐらいにはないらしい。
ファンから見捨てられない程度には、どうにか勝つという姿勢。
土台となる部分が、カップスは強いのだろう。
ブルペンではそう思いながら、タブレットで色々と調べる直史である。
「何か、長期的な戦略で、フロントが経営してるんだろうな」
カップスの特徴と言えるのは、ぽっと出の急造スターには群がらないところだろうか。
甲子園で話題になった選手、などというのは競合を避ける傾向がある。
そして上位指名した選手が、かなり成功している。
この場合の成功というのは、球界を代表するスーパースター、などになるというものではない。
もちろん過去には結果的に、そうなった選手もいた。
だがほとんどの場合は、カップスからFAやポスティングで出て行ってしまっている。
ただし中には、カップスで最後を迎える、というって戻ってきた選手もいる。
純粋にMLBのレベルに挑戦し、しかも成功した上で、カップスで最後のシーズンを送ったというわけだ。
選手に対して、巨額の年俸という形では、なかなか報いることが出来ていない。
それは仕方がないことで、だからFAする者も多いのだ。
ただFAした選手にはありがちなことだが、FA後にはFA前よりも数字が落ちる。
もちろんそれでも、充分に主力とはなるわけだが。
これは選手のモチベーションの問題だ、とされることが多い。
当然ながら選手がFA権を獲得するのは、20代の後半といったところ。
そこで大型契約となると、それが切れるのは30代の前半。
選手としてのピークは、おおよそ過ぎたあたりである。
このFAで大金を獲得し、あとはぼちぼちというのは、一つのプロ野球選手の上がり方ではあるのだろう。
だがそれとは別に、カップスにおいては、選手のパフォーマンスを最大に発揮する、そういうノウハウがあるのではないか。
もちろん今の情報化社会、そういったものがあればすぐに、伝わってしまうものである。
あるいはそれを目的に、カップスのコーチをした人間を、他の球団がコーチとして契約したりもする。
だが決定的な成果が出ていないということは、その方法は現場だけに限ったものではない、ということか。
確かにカップスなどは、現場がどうこうという問題ではなく、球団の姿勢全体が、ファンサービスに向いているというところはある。
選手たちもイベントに参加しているし、暖かい声援を浴びている。
おそらくは無意識のうちに、最初に入って球団を、第二の故郷のように感じているのではないか。
そういったところが甘くなると、たとえばカップス相手に戦う時、どうしても躊躇してしまうのかもしれない。
MLBに行くのとは、ちょっと違う。
まるきり生活習慣から違うMLBへは、挑戦とアメリカンドリームがモチベーションとなっているのだろう。
金銭的な問題も、NPBよりははるかに巨額の契約となる。
もっとも思い出作りにMLBに行ったはずが、主力となって大活躍、という話も普通にあったりする。
MLBであまりにも数字が出せなければ、あちらも以降の獲得は控えることになるだろう。
そういう点では野茂が成功したことは、本当に日本野球史に残る意義があったことなのだ。
百目鬼の投げた試合は、六回までを一失点で抑えた。
この時点でレックス打線は、二点を取ってリードしている。
わずか一点のリードだが、迷いなくリリーフを送り出すレックス。
果たしてどうなるかな、とここから直史は真剣に、試合の展開を見守りだす。
セットプレイが得意なのが、カップスの得点でもある。
もちろんそれは、レックスにも同じことが言えるのだが。
そういう場合は終盤の、制圧力が高いリリーフは、攻略するのが難しいはずだ。
もっともこの間は、それで平良が負けている。
その平良は今日、表面的には平静を装っているが、内心ではおそらく気負っている。
クローザーというのはプライドの高い選手が多い。
またメンタルが強靭に見えて、一度完全に乱れると、元に戻すのに時間がかかったりするのだ。
しかし送り出す方は、迷いなく送り出す。
信頼して背中を叩けば、それが力にもなるはずだ。
強めに背中を叩けば、それが緊張をほぐすことにもなる。
九回の表、最悪追いつかれても、裏の攻撃もある。
「さっさと帰りたいから終わらせてこいよ」
だが直史はあえて、ここで決めろとプレッシャーをかけた。
プレッシャーが重荷になるタイプと、集中力になるタイプがある。
平良は明らかに、後者のタイプであった。
結果としてレックスは、カップス相手に二連勝。
ペナントレース連覇への道を、また一歩進むことになったのであった。
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