第337話 生存戦略
九月に入ると天候のことなども気になってくる。
雨天での延期になったりすると、九月の終盤まで試合が入ったりするのだ。
レックスの場合、そういった試合は試合間隔が長いため、直史を使えたりするのでありがたい。
とは言ってもポストシーズン直前に、直史を疲れさせるわけにはいかないが。
おそらくペナントレースは制せる、というのが今の見方だ。
あとは一つ一つ勝利を積み重ねていけばいい。
世間では夏休みも終わっているのだろうが、まだまだ暑い日が続く。
カップスを神宮に迎えた三連戦、直史が先発である。
不敗神話は継続中で、今年はまだ無失点。
181イニング無失点というのは、単純に20試合を完全に無得点に抑えているということだ。
去年は四点、一昨年は五点取られているので、単純に防御率は向上している。
そもそもこれだけ点を取られていないのがおかしいのだが、カップスは今年、直史が唯一勝てなかった試合のチームである。
おそらくはポストシーズンにも進出してくる相手。
このままならファーストステージでライガースと当たるだろうが、万一のことを考えるとここでもしっかり勝って、苦手意識を取り除いておく必要があるだろう。
(ライガース相手にも健闘してるんだよな)
一回の表のマウンドに登って、カップスのベンチを観察する直史である。
(基本的には守備力の高いチームではあるんだろうけど)
それでもレックスほどの、鉄壁とさえ言える守備力ではないだろう。
セットプレイでの得点と、相手のチャンスを潰すのが上手い。
簡単に言ってしまえばそうなのだろうが、セットプレイからの得点はレックスも得意であるし、チャンスを潰すのが上手いのはどういう仕組みなのか。
いざという時の、ピッチャーやフィールダーの集中力が違うのだろうか。
だがそんなものはプロであれば、誰でも同じなはずだ。
カップスのコーチかトレーナーが、何かをしているのだろう。
今年から劇的に変わったと言うよりは、ここ数年段々とこの傾向は出てきた。
直史が対面した一番打者は、こちらの球種を見ようという意図がありありと分かる。
(やっぱりやめた方がいいか)
迫水からのサインではなく、自分で組み立てて投げていく。
カップスとのこの試合だけならば、勝つのはさほど難しくないだろう。
だがもうレックスは、淡々と勝利を積み重ねていけば、自力優勝が出来るのだ。
先頭打者の一番に、あっさりとゾーンへの変化球でストライクカウントを取り、そして三球目で三振にしとめた。
カップスの一番はそれに対して、悔しそうな様子を見せない。
普通にベンチに戻って行って、途中で二番に少し話す。
それから三番にも話し、ベンチでも話すという順番であった。
(少し不気味ではあるか)
相手の動揺が見えてこない。
直史は基本的に、コンビネーションで勝負をするピッチャーである。
だがそれ以上に、相手との駆け引きを重視している。
コントロールはコースだけではなくスピードにメンタル。
さらに自分だけではなく、相手のメンタルまで支配下に置かなければいけない。
圧倒的なピッチングというのは、それを楽にさせるものだ。
三球でしとめられたというのに、相手は当然のようにそれを受け入れていた。
(ストレートをあっさりと空振りか)
直史はこの試合、カップスというチーム全体と、戦っていくことになる。
野球というスポーツは、本来は相当に考えるスポーツだ。
そしてその考える発端は、ピッチャーの投げるボールから始まる。
どういうボールを投げるかという選択は、ピッチャーの方にある。
だが今の野球は高速化で、まずスピードを求めている。
ある程度は間違っていないのだが、真ん中付近に集めるという、極端すぎる理論でも成立する。
実際にマダックスなどは、案外ゾーンの真ん中付近に、動くボールを投げていたというデータがあるのだ。
彼はそれほど、スピードのあるボールを投げていなかったのに、である。
ムービング系の球で、球数を抑えながらゴロを打たせ、そしてそれをアウトにする。
これは一時期の王道であり、そして今では廃れたピッチングだ。
ちょっとした変化ごと、フルスイングで長打を狙う。
この打ち損ないがヒットになるので、よりスピードが求められるようになった。
今では150km/h台の後半で、小さく曲がる球がどんどんと投げられている。
その小さな変化を承知で、パワーで叩くのがMLBのバッティングだ。
フィジカルによるスイングスピードの強化。
それによって生まれるパワーが、飛距離を伸ばしていく。
結局野球は、守備が守れないところまで飛ばせば、それが正義なのである。
スリーベースは一点にならないが、ホームランは必ず一点になる。
そういう意味ではホームランの価値は、ツーベースの二倍などではなく、四倍から五倍と考えた方がいい。
OPSは確かに、優れた指標ではある。
出塁率と長打率を、単純に足したものであるのだ。
だが実際にはこの長打率の中で、ホームランだけは4ではなく5か6あたりの数字を入れるべきだろう。
得点圏打率とか、そういうものではなく、もっと単純なホームランを打てる能力。
三振が同じアウトでも、ゴロやフライより評価が高いように、ホームランも計算を変えるべきだ。
そう考えると大介の、単打よりホームランが多いという点を、どう計算すればいいのかが分かる。
バッターとしての本物の価値。
今でも充分に異常なバッターであるのだが、さらにその異常さが上昇する。
そして今度は逆に、このカップスの打線に当てはめていく。
カップスも二番につなぐバッターではなく、打てるバッターを入れている。
四番まではヒットがつながる打線になっているのだ。
おそらくこれが、カップスとレックスの差である。
選手のレベルの問題ではなく、首脳陣の思考力、構築力の問題だ。
二番打者最強論を、そのまま使っているわけではない。
だが二番にちゃんと、打てるバッターを持ってきた。
レックスも緒方が、打てないバッターというわけではない。
ただ彼はつなぐという意識が強く、あまり長打を狙っていかないのだ。
どちらがいいか悪いかは、おそらくカップスの方が正しいのだろう。
レックスにしても緒方に、もっと打っていけと指示すればいいだけだ。
しかし緒方はもうずっと、日本流の二番打者をやってしまっている。
本来ならあの体格からでも、かなりの長打を打っていたのが緒方。
しかし長年のプロ生活で、その打撃が固まってしまったのだ。
直史はカップスの二番打者の、スイングをしっかり見ていた。
やはりそういうことなのだろうな、と思いながらフライで打ち取る。
そして三番まで問題なくアウトにして、ベンチに戻る。
「すいません、タブレット貸してもらえますか」
「何か気付いたのか?」
「仮説の段階ですけど
現在のNPBには、通信機能のないタブレットの持込が許可されるようになった。
巨大なデータにはアクセスできなくても、ここからある程度の傾向は見えてくるはずだ。
やはり直史の感じたとおりである。
そしてカップスのやっていることの方が、おそらくは正しいのであろう。
カップスがやっていて、レックスがやっていない理由は、少なくともこの二年に関して言えば分かる。
前監督の貞本が保守的であったことと、直史のおかげで勝てていたということが言える。
あとは二番の緒方が、ダッシュ力があってそこそこ盗塁も決められた、という実績があるからだろう。
ただこの一年だけでも、緒方が衰えてきたのは確かだ。
盗塁というのは攻撃においては、あまり重視されないのが現代のプロ野球、などと言われる。
実際にMLBでは、かなり軽視されていた期間があった。
しかしトレンドというのは、どんどんと変化していくのだ。
日本の野球はむしろ、そのトレンドに合わせていくのは、高校野球の方が早いかもしれない。
なにしろあちらは、プロ野球よりもはるかに、目の前の一勝に飢えているのだから。
資金さえどうにかなれば、いいことはどんどんと取り入れていく。
もちろん高校野球も、前例主義がないではない。
ただ甲子園を目指す新興校が、実績を上げる理由。
そのあたりには新しいメソッドがある。
白富東なども、確かに昇馬のほぼワンマンチームに見えるが、鬼塚はかなり考えている。
比べるとレックスは、首脳陣もかなり保守的であった。
それで優勝してしまったので、貞本にもう一年という話まであったのだ。
本人が自分の力ではない、と自覚していたのがよかったが。
そのあたりの限界が分かっている分、いい監督ではあったな、と思う直史である。
さて、カップスとレックスの違いは分かった。
そしてどう変えるかも、単純な話である。
二番打者を緒方から変えればいい。
ただその影響がどう波及していくか、そこまで考えなくてはいけない。
そもそも緒方の次のセカンド、内野の中心を育てるということ自体は、以前からずっと考えられていたのだ。
もう今年で40歳であるのだから、緒方もまた引退してもおかしくない。
しかし実際の実績と、今年の数字を見てみても、若手と切り替えるのはリスクの方が高い。
今年はおそらく、もうセカンドを代えるのは無理だろう。
だが打順であれば、どうにかなるのではないか。
そしてその二番を打つバッターについても、直史にはちゃんと腹案がある。
今は六番を打っている迫水を、二番に持ってくるのだ。
三割と、二桁のホームランを打っている迫水。
今は下位打線の前を打っているということで、比較的出塁よりも長打を狙うことの方が多い。
ただレックスは今、七番以降が弱いので、それは間違いではない。
迫水もキャッチャーとしては平均だが、全体から見れば鈍足である。
一番ほどではないが、足が求められる二番に、迫水を持ってくるべきであるのか。
そこは考えなくてはいけないことだろう。
あるいは三番のクラウンを持ってくるか。
ライトを守っているクラウンは、アメリカの野球を知っているだけに、二番に移されても問題はないだろう。
足もそこそこあるので、むしろ迫水よりは向いているかもしれない。
そして迫水は五番あたりに入れるか。
緒方は六番に入れば、もう後ろにつなぐバッティングをする必要はなくなる。
彼の体は小柄だが、二桁のホームランを打っていたシーズンもあるのだ。
今のバッティングは、完全にケースバッティング。
旧来の二番打者としても、現代の二番打者としても、それなりに適応してはいるわけだ。
直史が考えていることを、他の首脳陣が誰も考えていないとは、思わない方がいいだろう。
特に緒方の長打と打率は、毎年少しずつ衰えているのは確かだ。
どこかのタイミングで、下位に落とすことは考えられているかもしれない。
ただしやはり、ポストシーズンを見据えたこのタイミングではない。
セカンドに二番打者という、いわば野球IQがものすごく必要なポジション。
あるいはキャッチャーよりも、咄嗟の判断力は高い必要があるだろう。
これを変えてしまうのは、緒方が故障離脱でもするか、あるいはシーズンが始まる前の段階。
来年のことを考えれば、ドラフトも計算に入れた上で、編成を考えていく必要があるだろう。
二軍では基本的に、ピッチャーのことを見ている直史である。
だがバッティングの方も、あえてバッティングピッチャーなどをやって、ある程度は見ているのだ。
そしてあまり見ていないのが守備であり、走塁である。
正確には実戦でどう通用するのかが分からない。
これはイースタンリーグの試合までは見ていないので、実戦でどうかを見ていないからだ。
さすがにそこまで考えるのは、首脳陣の役割だと思っているのだ。
見ようと思えば今は、二軍の試合でも映像が残っているのだから。
カップスの打線を見ていると、その育成からの展開、そして戦略が分かってくる。
四番には外国人助っ人を入れていて、これがまだ契約が残っている。
30代の前半で、今が一番脂が乗っているところだろうか。
またリードオフマンのセンターは、20代半ばの若手。
今が一番成長している時期であろう。
意図してのことではないだろうが、ポスティングでメジャーを目指すほどではなく、FAで移籍するかも微妙なレベルだ。
いや、もちろんFAで移籍は出来るのだろうが、それよりは残留して年俸を上げた方がいい、というレベルと言うべきか。
カップスはFA流出が多いチームだが、その人的補償で上手く補強もしている。
言ってはなんだがまだ安い若手を、上手く集めて使っている、という印象だろうか。
なるほど、と改めて直史はカップスを評価する。
地元に愛されたチームで、育成がかなり上手いチームで、そして商売が上手いチームだ。
メジャーにFAするようなレベルの選手は、ちゃんとポスティングで高く売っている。
このあたりはデータにないので、ビッグデータにアクセスして調べなければいけないが。
FAで移籍した後に、人的補償で獲得した選手が、かなり活躍をしている。
スカウトがドラフトのためだけではなく、人的補償や現役ドラフトのためにも、しっかりと選手を見ているのだ。
もっともそれはレックスも、須藤を他の育成から獲得したように、しっかりと見ていることはある。
今の監督の西片などもかつて、FAでライガースからレックスにやってきた。
もっとも彼の場合は、家庭の事情で地元に戻る必要があった、というのが大きいのだが。
在京球団は他にも欲しがったが、年俸以外の部分でのケアも良かったため、西片はレックスに決めたらしい。
直史の入団以前のことではあるが、豊田などはそれなりに知っていた。
野球に限った話ではないが、関東か関西以外のチームに、移籍したくないという選手は多いそうだ。
野球はまだしもサッカーなどは、家庭の事情もあって移籍先に、かなりの条件をつける選手は多いらしい。
関東からは出たくないとか、東京か神奈川ならば、という具合であろうか。
そもそもサッカーは、チーム数が多すぎるというのはよく言われる。
またスタジアムの問題などからも、誘致に積極的な地方は少ないのだとか。
競技人口自体は、むしろサッカーなどは増えている。
特にフットサルも含めたら、小さな場所で行うことがかなり出来るのだ。
ただプロのチームは、JFLまで含めたら多すぎる。
そして採算がほとんど取れていない。
これが難しいところで、競技人口は増えているが、ファンの人口などはさほど増えていない。
また放映権による収入が、完全に頭打ちであったりもする。
日本のプロ野球のように、一軍と二軍に加えて、独立リーグという形でやっていけばいい。
ただ独立リーグの給与事情などを考えると、それはとてもプロとは言えないであろう。
サッカーが難しいのは、天然芝のフィールドの問題が大きい。
あとは色々と、Jリーグの条件が厳しすぎることだろうか。
なんだかんだ言いながらの、スポンサー離れというのも言えている。
野球にしても一時期、再編問題でとんでもないことになったのだ。
今は独立採算方式にして、経営の健全化などが図られているが。
商売か、と直史は色々と考える。
野球はあくまでも副業、というのが直史のスタンスである。
だからこそ逆に、野球の抱えている問題や、逆に強みを理解出来る。
日本のプロスポーツ全般が抱える問題は、ゴルフのことを調べていく上で明らかになった。
また野球も競技人口自体は、しっかりと減っているのだ。
これは上杉の時代に、一時的に回復した。
そして大介の帰還と直史の復帰によっても、また回復していたりするのである。
結局はどんなスポーツも、業界を背負う人気選手がいなければ、なかなか難しいものなのだ。
ボクシングにしても以前は、ヘビー級以外は金にならない、などと言われていた。
しかしメイウェザーの試合などは、ファイトマネーが二億ドルを超えた。
軽量級の人気がないのは、KOが出にくいからともいう。
だが派手なKOが見られれば、軽量級でも充分な金になるのだ。
格闘技などでは女子格闘も、違った目線で見られたりする。
派手な男子格闘と違い、そこに求められるのはエロスと華。
また見る側の目も育ってきた、ということはあるだろう。
ゴルフも男子の人気が落ちて、女子の方がよほど人気があるというのは、色々と言われているが簡単な理屈がある。
スポンサーとなって試合を作る企業のお偉方は、男の方が多い。
そういったスポンサーが、男子プロに興味をなくした、というのが大きな要素だろう。
他にも諸問題を抱えているらしいが。
そういうことを考えると、サッカーの人気が落ちるのは仕方がないか、とも思える。
主力の移籍が多く、主にヨーロッパのサッカーのチャンネルの放映権料は高かったはずだ。
アレクも言っていたが、ブラジル出身のサッカー選手も、普段はヨーロッパのリーグでプレイすることが多いという。
ただワールドカップでは、やはりブラジルは強い。
(カップスを見習って考えるなら、色々と改善点はあるんだろうな)
あとは野球界全体の問題か。
自分と大介が引退するまでに、次のスターが出てこなくてはいけない。
司朗が基本的にプロ志望なのは、それはいいことであろう。
だが昇馬が果たして、高卒でプロ入りするのか。
そもそも野球に対する執着が、さほど強くはないと思える昇馬。
そんなところは大介よりも、直史や武史に似ているのだ。
(経営戦略はともかく、ベンチワークは観察させてもらおうか)
0-0のスコアのまま、試合は進んでいくのである。
×××
本日はBとパラレルも更新しています。
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