15章 ラストスパート

第336話 ラストスパート

 フェニックスとの第二戦は、三島が投げたのに落としてしまった。

 なんだかシリーズも終盤に入って、さらにレックスは点の取り方が下手になっているように思われる。

 実際には点を取るタイミングが悪いだけであるのだが。

 それともう一つ、リリーフを休ませるタイミングも関係しているだろう。

 ともかく八月最後の試合を、落としてレックスは九月に入る。

 ライガースはタイタンズに二連勝して、八月は終了。

 しかしレックスと逆転するのは、かなり難しいのではないかと思われる。


 レックスは82勝の41敗で1分。

 ライガースは76勝の46敗。

 チーム同士の直接対決は残り五試合。

 全てライガースが勝っても、わずかに届かない。

 つまりこの時点では、一応自力優勝は消滅しているのだ。


 直史が投げる試合も、ライガース相手に二つある日程となっている。

 これは最高でも3勝2敗と考えた方が現実的である。

 すると逆転するためには、やはり他力本願となるしかない。

 もちろん自分たちは逆に出来るだけ全ての試合を、勝つつもりで戦わなくてはいけないのだ。

 キーとなるのはカップスの動向だろうか。

 あるいはスターズが、どのタイミングで武史をローテに持ってくるか、それも関係するだろう。


 中心戦力の復活という点では、タイタンズも侮れない。

 悟がサードの守備に戻ってきたのだ。

 一打席だけではもったいない、というチームのスタンスであるだろう。

 膝は大丈夫なのかとも思うが、少なくとも守備で変なところはない。

 そもそもアレぐらいの年齢になれば、どこかしらは故障しているものなのだ。

 昔ならファーストにしたのかもしれないが、今はファーストも守備負担は多い。

 肩を活かした適切な送球

 大介が異常なだけで、直史もちょっと油断をしたならば、すぐに故障をしてもおかしくはない。


 現在も152km/hを投げることは出来る。

 しかし試合で投げるのは、150km/hまでで、それも一試合に数球。

 人間の筋肉や、ジョイントの効率化はどんどんと果たされている。

 だが腱や靭帯の強度は、そうそう上がるものではない。


 今後は生まれつき腱や靭帯の強度が高い人間や、柔軟性のある人間が、単純な筋力の持ち主よりもピッチャーに向いているということになるかもしれない。

 いや、単にパワーがあるのに、耐久力まで必要になっていくと言うべきか。

 エンジンとシャーシである。

 筋肉がエンジンで、骨格や腱がシャーシ。

 単純に筋肉だけを鍛えるのではなく、骨格をもしっかりと成長させ、腱や靭帯の柔軟性も維持する。

 体の硬い人間が、プロで長く戦える時代ではない。

 骨密度を維持するために、食事やサプリが絶対に必要だ。

 また他には内蔵機能の低下も、絶対に避けなければいけない。

 食べて消化し吸収する、内蔵機能がフィジカルを鍛える。

 そういった部分さえも、才能の一つという時代なのだ。




 大介の肉体は、明らかに特異体質だ。

 何よりも異常なのは、その回復力であるだろう。

 故障も細かいものはあったが、普通の人間の半分以下の日数で治る。

 もちろんツインズがしっかりと、健康を管理しているということもあるのだろうが。

 パワーがあって、そして体格は身長が低い。

 だがこれは別に、悪いことばかりでもないのだ。


 あれでそこそこ体重はあるのだが、80kgだの90kgだのがある選手に比べれば、バッティングにおける肉体の負担が少ない。

 42歳でいまだにショートをやっているというのが、本当にレジェンドと呼ばれるゆえんである。

 もっとも世間的には、バッティングの方が派手に見えるだろう。 

 もちろんそれはとんでもないレベルなのだが、維持している身体機能のほうが、より人間離れしている。


 大介の筋肉などは、30歳を超えた人間の弾力ではない、などとはよくマッサージ師が言う。

 故障した一流選手を多く見ている人間でも、この人は引退するまで大きな故障はないのではないか、と呟くぐらいだ。

 節制とコンディション調整、休養によってパフォーマンスを維持している直史とは、生物としての力が違う。

 もっとも自分で意識してパフォーマンスを保つのだから、人間としての思考力では直史の方が上なのかもしれないが。

 フィジカルモンスターでない人間が、フィジカルモンスターを倒す。

 それは日本人の好きな話であろうが、そのための直史の蓄積してきた経験は、他の誰にも出来ないものだろう。

 一般人から見たら直史も、充分にフィジカルモンスターである。

 ただ現在は肉体的に恵まれていたら、それだけで通じるというわけでもなくなっている。


 習い事としてのスポーツは、先進国の場合ある程度の富裕層でなされる。

 そういった人間の中から、特に優れた能力を示す者が、プロへと進むことになる。

 だが実際にはプロスポーツともなると、メンタルが重要になってくる。

 闘争心や自制心、また壁にぶつかった時に、それを乗り越える克己心だ。


 直史は確かにメンタル的に優れている。

 だがそれは、果たしてどこから来るものであるのか。

 絶対的な自信と、同時に失敗を恐れない挑戦。

 それは実績と共に、引退後のセカンドキャリアがあるという、安心感からもたらされるものだ。

 自分にはこれしかない、と己を追い込む人間もいる。

 しかし多くの場合は、心理的にちゃんと余裕があった方が、成果も出ると言われるのだ。

 その余裕の作り方は、人それぞれ違うであろうが。


 日程的に考えて、優勝というプレッシャーも増えてくる。

 レギュラーシーズンには活躍しても、ポストシーズンで成績が落ちるピッチャーはいる。

 また味方が先制してくれた時とそうでない時など、そういった状況によって色々と、ピッチャーの特性は出てくるのだ。

 もっともプロのスカウトとしては、プレッシャーに弱いという時点で、ピッチャーとしては論外であるが。


 なんのために投げるのか、ということを考えなくてはいけない。

 大介のようにただ野球が好きなだけ、という理由でも貫き通せればいい。

 だがプロの世界であれば、それだけでずっと続けるのは難しい。

 もっともネガティブな理由を動機付けにすると、やはりプレッシャーがかかってしまうが。

 試合のその場面だけではなく、実生活にすらかかるプレッシャー。

 昔の選手が破天荒であるのは、そのプレッシャーを解消するためであったのか。

 今の選手はそのプレッシャーを、科学的に解消する手段がある程度、確立されているのだ。




 ライガースはそのファンの応援団こそ、盛り上がってはいる。

 まだペナントレースの優勝の可能性があるのと、そしてクライマックスシリーズの下克上を信じているからだ。

 とりあえずAクラス入りすれば、甲子園で二試合は行われる。

 出来ればクライマックスシリーズから、ファイナルステージをここで見たいだろうが。


 ただ首脳陣は、相当に悲観的な見方をしている。

 このゲーム差というのは本来なら、もう選手を調整しながら、二位通過からを考えていくものなのだ。

 レックスというチームは、とにかく守備が安定している。

 またピッチャーがいいので、連敗が少ない。

 特に直史が投げる試合は、ほぼ自動で勝利が決まると言ってもいいだろう。


 ライガース打線は、両リーグを通じても、最強の打力を誇る。

 だが過去の二年間を見ても、直史からは一勝も出来ていない。

 カップスのように引き分けを狙うにしても、一点ぐらいは取ってくる、セットプレイが上手いのがレックスだ。

 ライガースとしてはそんな先発を直史に当てるよりは、他のピッチャーに当てて勝ち星を稼いでいきたい。

 友永の加入により、先発陣は厚くなった。

 そして直史が、果たしてポストシーズンで、どう投げてくるのか。


 残る対戦五試合の中から、直史が投げる二試合は、まず負けると計算しておくべきだ。

 何を弱気なと言われるかもしれないが、実績的にそれが妥当なのである。

 ペナントレースを果たして、追いついて追い越すことが出来るか。

 残り試合数を考えると、難しいのは分かる。

 だがレックスは、たとえば平良などが故障すれば、一気に勝率が落ちるかもしれないのだ。

 そのまさかの事態になった時、逆転するためには最善を尽くさなければいけない。

 ただしライガースも、ピッチャーの主力に離脱者がいてはいけない。


 レックスの残り試合数は、19試合である。

 そして直史が投げるのは、四試合か五試合となるであろう。

 五試合に出るとしたら、レックスは87勝まで間違いなく勝ち星を伸ばしてくる。

 ライガースは残りが21試合。

 うち直史と対戦すれば、二試合は負けると計算した方がいい。


 残りの19試合を全て勝利すれば、95勝まで伸ばせる。

 だがさすがに全勝というのは、あまりにも都合の良すぎる計算だ。

 今までのライガースの数字だと、おそらく伸ばせて12勝ほど。

 すると88勝までは、ぎりぎり届くだろうか。


 レックスも直史の投げない、14試合はある。

 ここを最低でも五分五分で送れば、94勝ぐらいにはなるだろう。

 つまりライガースとの差は、圧倒的なもので間違いない。

 終盤に相当の連勝をしても、レックスの長い連敗を期待しないと、届かない差であるのだ。


 もちろん可能性が残っていれば、最後までは諦めない。

 だが可能性がなくなれば、すぐにポストシーズン前の準備に入るのだ。

 ピッチャーを温存して、無理に勝ちに行かない。

 しかしレックスをクライマックスシリーズで下克上するには、アドバンテージの一勝が痛い。

 六試合のうち四勝しないと、日本シリーズには進めない。

 まあその前のファーストステージも、勝ちあがるのは簡単ではないのだが。




 こういった計算は、レックスの方でも行っている。

 ペナントレースに関しては、もう普通にやっていれば、問題なく勝てるだろうという見込みがある。

 だが油断してはいけないし、ポストシーズンに向けての準備も必要だ。

 残り19試合のうち、少なめに見ても10試合に勝てば、92勝となる。

 ライガースがここから全勝したならば、97勝に達する。

 しかし直史の投げる試合が二試合あるので、95勝が限界であろう。

 また他の試合を全勝というのも、さすがに非現実的だ。


 ペナントレースはもう、レックスが勝ち取ったと言ってもいいだろう。

 この時期にこの差であれば、ほぼ間違いないし、それ以上の逆転は考えにくい。

 ただオーガスが離脱したのが、痛いと言えば痛い。

 もっともポストシーズンまでには、確実に間に合うと言われてはいるが。


 重要なのはピッチャーが故障しないこと。

 オーガスの離脱も、ほぼ優勝の決定したこの時期で、むしろ良かったと思うべきであろう。

「確実に8勝までは計算していいかな?」

「90勝ですか。まあオーガスが抜けてますからね」

 首脳陣はこんなミーティングをしている。

 なお直史はこの場にはいないが、普段話している豊田が、直史とは相談しているのだ。


 ライガースは残りの試合数が21試合となっていた。

 76勝しているので、そこからどれだけ勝っても、90勝は難しいだろう。

 21試合のうち、14試合を勝たなければいけないからだ。

 この21試合の中に、直史と対決する試合が、おそらく二試合はある。

 こういうあたり全体の流れというか、ここまでの進め方がレックスに有利に働いている。


 なんだかんだ言いながら、レギュラーシーズンが始まってずっと、レックスはトップを走っていた。

 19勝8敗1分というスタートダッシュが、そのまま逃げ切ったということになるだろう。

 追われる立場というのは、プレッシャーがかかるものだ。

 しかしレックスの首脳陣は、特にそれを選手にも見せず、しっかりと采配を握っていたのだ。


 ペナントレースを制することは、日本シリーズに進出することの、必要条件であったと言えよう。

 ライガースを相手にした場合、直史には二試合は投げてもらう。

 ここを勝ったとしても、アドバンテージの一勝に加え、さらにもう一勝が必要となる。

 去年は木津がその役割を果たしたが、今年は三島にオーガス、そして百目鬼の三人のうち、誰か一人が勝てばいい。

 ただこの三人の誰であっても、ライガースの爆発力を確実に抑えられるとは、言えないのが現状であるが。


 直史が三勝するのならば、日本シリーズに進める。

 実際に昔、まだ20代の頃には、そんなことをしていた直史だ。

 ジャガース相手に四試合先発し、中二日、中一日、連投。

 三試合を完封しており、最後の試合などパーフェクトに抑えている。

 たださすがにあの頃よりも回復力や耐久力は落ちているだろう。

 復帰して一年目、アドバンテージが取れなかったので、ライガースに勝てなかった。

 もっとも呪いをかけたので、ライガースも日本シリーズで敗退していたが。

 二年目は木津が勝ったので、それほどの無理をしなくても良かった。

 それでも日本シリーズで、圧倒的なピッチングを見せたが。




 九月に入って最初の、フェニックスとの試合。

 ここからはもう一つ勝つごとに、優勝が近づいてくる。

 だがよりにもよって負け越してしまって、やや勢いが止まってくる。

 八月も17勝10敗と、かなり勝ち越したのがレックスである。

 どの月も全て勝ち越していたので、九月だけ大きく負け越すのは考えにくい。


 そして次の対戦相手は、やや上手く試合が展開出来ていないカップスだ。

 ただ本拠地神宮での試合であり、さらに第一戦は直史が投げる。

 前日の休養日に、直史は色々と考えていた。

 とりあえず自分が勝てば、それでレギュラーシーズンは優勝出来るだろう。

 オーガスが抜けたといっても、リリーフで勝つのがレックスの野球だ。

 残りの試合の日程からも、今までどおりにすればいい。

 重要なのは本当に、故障者が出ないことである。


 野球は比較的、ボディコンタクトの少ない競技だ。

 もっともボールに激突し、ちょっとした怪我になることはそれなりにあるが。

 レックスはピッチャーの打席が回って来た時、徹底的にデッドボールを避けるようにしている。

 それもまたピッチャーのところで打線が途切れ、平均得点が少ない理由の一つになっているのだろうが。


 あとはブロッキングなどでの負傷だが、コリジョンルールでホームでのクロスプレイは、かなりクリーンなものとなった。

 キャッチャーの離脱というのは、確かに下手な先発の離脱より、大きなダメージとなる。

 キャッチャーが完全に一人に定着しないようになったのは、そういった理由もあるのだろう。

 実際にMLB時代、アナハイムがポストシーズン進出を完全に諦めたのは、樋口が負傷したからである。


 ライガースならば大介が、一番離脱の影響は大きいだろう。

 運動量の多い守備位置のショートであり、実際にとんでもない守備範囲を誇る。

 だがやはり、守備よりも攻撃の方で、注目はされるのだ。

 二番を打つことによって、より打席が多く回るようになってきた。

 そしてスラッガーの前にいることで、盗塁などもしっかりとしてくる。

 打点よりもずっと、得点の多い大介。

 彼がいなかったとするなら、ライガースは得点の起点も、失ってしまうことになる。

 リードオフマンであると同時に、主砲でもある。

 そんな大介の代わりは、絶対にいない。


 直史はなんだかんだ言いながら、レギュラーシーズン中はローテーションピッチャーの一人だ。

 もっとも一人で、20勝は確実にしてくれる先発ではあるが。

 リリーフもいらない完投タイプのピッチャーなど、今はもう絶滅危惧種だ。

 各チームのエースクラスが、たまに最後まで完投するという程度。

 それでも充分に、すごいことではあるのだ。


 今のレックスの体制からすると、完投出来るピッチャーが必要になる。

 いなくてもいいのだが、ここまでの勝率は残せない。

 ある程度は休ませていかないと、リリーフは潰れてしまう。

 NPBのリリーフ酷使は、どうしようもないところがある。

 勝ちパターンならばまだいいが、本当に便利屋扱いされるリリーフは、どうにかポジションを獲得しなければいけない。


 勝ちパターンのピッチャーは、ちゃんと時間を使って肩を作る。

 また三連投させることも、まずないようにされている。

 だが便利屋のリリーフは、酷使されてしまうのだ。

 やはり自分で勝ち取る以外に、プロでのポジションはそうないものだ。


 ここからは試合の日程が、比較的落ち着いたものになる。

 ただ移動が多くなるので、在京圏のチームが有利とはなるが。

 直史としては甲子園で、ライガースと戦うのが難しい。

 プレッシャーに潰されることはないが、全くプレッシャーを感じないわけではない。

 プレッシャーを集中力に換えることに、長けているというだけのことなのだ。

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