第331話 一つ一つを

 ライガースの自力優勝の可能性は、まだ残っている。

 レックス相手に残りの直接対決を全勝すれば、逆転できるのだ。

 もっとも格下のとりこぼしなどを考えると、レックスが逃げ切る可能性は高いだろう。

 特にライガースは直史相手には勝てていない。

 日程的にはライガース相手に、二試合直史は投げる予定になっている。

 雨天での延期などで、変わることもあるだろうが。


 直史がその二試合に勝ったら、ライガースの自力優勝はなくなる。

 もっともレックスも、ちゃんと直史以外のピッチャーで、ライガースに勝っている試合はあるのだ。

 しかし去年もそうであったが、ライガースはシーズン終盤になってくると、勝率が高くなる傾向にある。

 もちろん全力でレックスを追いかけていたから、という理由もあるだろうが。


 大原が投げて勝利投手の権利を得て、終盤にはしっかりとクローザーが〆た。

 第一戦を勝利したライガースは、第二戦にも気力充分で挑む。

 これが甲子園であれば、高校野球の余熱と共に、ライガースファンの猛烈な応援で、レックスを流したかもしれない。

 だが今年の三島はひたすら、クレバーなピッチングに徹している。

 勢いと慎重さが、丁度いい感じで混ざっている。

 ライガースも畑が投げていたのだが、大介の前にランナーを出さないことが重要。

 そして難しいコースを攻めては、無理に打たせることもなかった。


 明確な敬遠はなかったが、フォアボールで歩くことが二度。

 他のバッターを抑えていって、失点にはつながらないようにする。

 この試合では大介が、40個目の盗塁を成功させた。

 しかし3-1というスコアのままで、勝ちパターンのリリーフにつなげたのだ。


 野球は全ての試合を勝てるわけではない。

 高校野球でさえも今は、ピッチャーを複数用意しているのだ。

 怪物である昇馬の場合は、球数の関係で少し他に投げてもらう必要があったが。

 直史であっても全盛期に、三連投で完封などはしていない。

 やろうと思えば出来たかもしれないが、やっていないことは確かなのだ。


 一点を返されたものの、さらにレックスも一点を取ったので、二点差のまま最終回へ。

 そして問題なく、平良が抑えて試合は終了。

 このカードは一勝一敗となり、三戦目に突入する。

「平良が安定していてよかった」

 豊田の呟きに、直史も頷いたものである。


 レックスが勝つための戦術は、とにかく先行逃げ切りだ。

 リードした状態で七回にまで突入すれば、九割がたは勝っているであろう。

 もちろん失点はあり、今日も国吉が一点を取られた。

 だがホームゲームであれば、裏の攻撃でまた追加点を取れるのだ。


 クローザー以外でも、リリーフピッチャーにかかるプレッシャーを考えれば、後攻の方が有利である。

 たとえ点を取られて同点になっても、また追加点なりを取って、サヨナラに出来たりするからだ。

 もっとも逆転までを許してしまえば、追いつかなければ負ける、というプレッシャーがかかってくるのだが。

 プレッシャーというのは厄介な敵である。

 クローザーなどは一番、プレッシャーのかかりやすいポジションだ。

 ただレックスの場合、技術的にではなくメンタル的に、クローザー適性の高いピッチャーがもう一人いる。

 大平はそこそこ、今年もクローザーとして出ている場合がある。




 首脳陣はかなり、悲観的な予測も立てている。

 しかし直史で二試合勝てる、というのは無難な予定であろう。

 ただ次の直史が投げる舞台は、甲子園になりそうだが。

 ライガースのサポーターも、九月に入ればペナント争いが佳境になっているのも分かっているはずだ。

 そういう状況でしっかりと申告敬遠が出来るか、直史はともかく他の選手は難しいだろう。


 ライガースは格下に取りこぼしているので、レックスは他のチームに勝てばいい、という考えもある。

 カップス相手の試合など、ライガースもそこそこ負けているのだ。

 カップスは三位に入れる可能性が、かなり高くなっている。

 そのカップスにとって、クライマックスシリーズで戦いやすい相手はどちらか。

 三試合での決戦となると、直史が二試合に投げるのは難しい。

 ならばライガースが有利になるように動くかというと、それは分からないことだ。


 レックスは守備力のチームなので、比較的実力がはっきりとする。

 レギュラーシーズンとポストシーズンでは、ピッチャーの運用も変わってくる。

 対してライガースであるが、こちらは打線の調子によって、試合の行方が見えないところがある。

 投手陣の安定化が、オフの補強ポイントだ。

 それも先発ではなく、リリーフをしっかりと確保しなければいけない。


 大原の引退は、便利屋が一人減るということでもある。

 先日のように序盤にリリーフして、勝ち投手になるまでを投げる。

 もっとも靭帯の損傷は、実質的にはいつ爆発するか分からない。

 トミージョン以前は、確かに保存療法が一般的であった。

 しかしほとんどのピッチャーは、二度と主力には戻らなかった。


 今では大学生どころか、アメリカでは普通に高校生もトミージョンを受けている。

 だが大原にはもう必要ない。

 日常生活に不便するほどならば、引退してから手術を受ければいい。

 しかし今年の優勝のためには、待っている余裕はない。

 一年を治療とリハビリに使っては、もう復帰しても一軍に入ることはないだろう。

 実力や経験がどうではなく、新陳代謝が必要なのだ。


 ピッチャーとバッターでは、ピッチャーの方が長く続ける選手が多い。

 それは出力だけではなく、入力の筋肉の性質の違いによる。

 動体視力などのボールを捉える目。

 その正確な軌道を脳に届けるには、目の筋力が重要になる。

 そこを鍛えることは、他の部位の筋肉を鍛えるよりも、よほど難しいことなのだ。


 野手で言うならば織田が、いまだにMLBに所属している。

 だがスタメンではなく、出番は代走から終盤の守備固め、といったところだけだ。

 コンマ一秒でも長い世界で、バットにしっかりと当てていく。

 そんな技術がどれだけ難しいものであるのか。

 もっともピッチングと違いバッティングは、打つ方向にかなりの可能性がある。

 ストライクゾーンとのその間際にのみ投げて、数cm単位でボールを操作するピッチングも難しい。

 だがバッティングは、その動いているボールを打たなければいけないのだ。


 それに比べたら守備や走塁は、まだしも長く働ける。

 織田のような走塁判断と、外野の守備力があってのことだが。

 ピッチャーは技巧派であれば、かなり長生きもする。

 NPBでもMLBでも、40歳を過ぎたピッチャーは、そこそこいて主力にもなっているのだ。


 10年前と比べただけでも、ピッチャーのボールの高速化は著しい。

 するとそれだけバッターの目が、ついていけなくなるのも早い。

 わずかな目の衰えが、バッティングを崩壊させる。

 少しでも老眼を感じたら、それも目の筋力全体の衰えと言っていいだろう。




 第三戦は、先発の立ち上がりで勝負が決まった。

 オーガスはかなり安定しているのだが、それでも年に数試合は、調子が合わない日はあるものだ。

 ボールが行かない日においては、上手く駆け引きで大量失点を防ぐ。

 その間にベンチも、早めの継投の準備にかかるよう、ブルペンに伝えるのだ。

 この日は既に、一回の表のピッチングを見た段階から、豊田は須藤に準備をさせていた。

 ここのところ国吉が戻ってきたが、それでもある程度の安定感はあった須藤。

 今年のオフに三島がいなくなれば、また先発ローテを争うことになる。


 リリーフピッチャーは負担が大きい。

 勝ちパターンのリリーフならば別だが、同点やビハインド展開では、レックスの場合勝ちパターンのリリーフを使わない。

 そして三連投を避けた日程で、ちゃんと勝つことが出来ている。

 ただし打線による圧倒的な援護がないので、ものすごい連勝というのもないのだが。


 見ていると地味な試合になるだろう。

 野球の面白さの、最大瞬発力的なところは、やはりホームランなのだ。

 それの少ないレックスは、玄人受けのチームになる。

 そして東京にはタイタンズがいて、関東ならば千葉や埼玉、神奈川にもチームがある。

 派手な打撃力というなら、タイタンズの方が上であるだろう。

 いくらホームランが出ても、試合には勝てていないので、そこにも問題はあるが。


 タイタンズの問題は、親会社から続く体質にあるのかもしれない。

 だがそういったことは関係なく、レックスは今が強い。

 贔屓のチームの勝利が見たいなら、レックスの方がいい。

 レックスには都合がいいことに、レジェンドが戻ってきているのだ。


 タイタンズにもレジェンドはいたが、故障離脱から復帰しても、まだ代打で使われている。

 それでちゃんと結果は出しているのだが、無理に出場しているのが分かるのだ。

 MLBに行っていれば、おそらくはスター選手になれたであろう。

 直史も大介も認めるが、日本に残ったのが変わらない過去である。


 レックスは人気が伸びない原因である、得点力不足がここでも祟った。

 二回から登板した須藤は、悪いピッチングをしたわけではない。

 だが確実に一点ずつ取っていこうというゲームでは、ライガースの得点力に追いつけない。

 どうにか先取点を取って、そこからリードしたままつなぎ、勝ちパターンのリリーフで勝利する。

 その戦術が成立しないと、かなり勝利するのは難しいのだ。


 終盤に入ると、レックスは敗戦処理にかかった。

 それでもマウンドでの登板機会を与えられれば、若手は我武者羅にそこで投げる。

 アピールするチャンスであると考えれば、必死で投げていくものだ。

 ただライガース相手にそれをやると、どんどんと打たれてしまうのだが。


 終盤に突き放されて、8-3で試合は終了。

 レックスはまたも、ライガースに勝ち越すことが出来なかった。

 残り試合数は双方共に24試合。

 レックスは78勝40敗1分。

 ライガースは73勝46敗である。

 直接対決は残り五試合。

 これを全て勝っても、ライガースはわずかにレックスに追いつけない。


 また残り五試合のうち、二試合で直史が投げるローテーション。

 不敗神話を持つピッチャー相手に、ライガースがどう戦ってくるか。

 正直なところここは、勝つのは難しいと山田は判断している。

 だから重要なのは、他との勝敗がどうなるかだ。

 レックスは他にカップス以外は、相当の勝率を誇っている。

 ライガースが格下相手に、どれだけ取りこぼさないでいられるか。

 おそらくそれがペナントレースの行方を左右する。




 一勝出来たなら充分だ。

 それがレックスの首脳陣の考えであり、直史もそう考えている。

 殴りあうことの多いライガースは、今季引き分けが一度もない。

 もっともレックスも、一試合しか引き分けていないのは、かなり珍しいことではある。

 通常の勝ちパターンを作っているため、そこから外れると負ける可能性が高くなるからだ。


 ライガースは次は、やっと使える本拠地甲子園で、フェニックス相手の三連戦となる。

 対してレックスは、アウェイでのスターズ戦だ。

 スターズはまだ武史が復帰していない。

 九月の半ば頃が復帰の予定で、今はリハビリ中である。

 おそらくスターズは、今年はクライマックスシリーズ進出を逃すだろう。

 ならばドラフトのために、武史はもうこのまま二軍で、ずっと調整をさせるかもしれない。


 順位が確定してからなら、また一軍に戻すか。

 なにしろ客を呼べるピッチャーではあるのだ。

 直史はスターズ戦、第一戦の先発である。

 休養日が一日あり、その日は軽くトレーニングだけをする。

 直史は基本的に、先発登板の次の日も、ノースローの日は作らない。

 だからといって登板前日から、特別ピッチングの量を増やすわけでもない。


 重要なのはコンディションを保つことで、バイオリズムを確認することだ。

 他のピッチャーはローテが終われば、次のローテに対して備えているのだろう。

 だが直史の場合は、投げる前には次のローテについて考えている。

 コンディションを維持して、とにかくシーズンを通したピッチングを考えるのだ。

 レギュラーシーズンはあくまでも、ポストシーズンのための前座である。

 143試合の中の一つに、全力を注ぐわけではない。


 スターズ相手ならば、どれぐらいのペース配分でいけばいいのか、おおよそは見当がついている。

 あまりライガース相手に投げていないのは、無理を減らしているということである。

 どうせポストシーズンでは、二試合以上は投げることになるのだ。

 この終盤に対戦するというのは、ピッチャーとしてはあまり面白いことではない。


 順当に投げて、しっかりと勝てばいい。

 直史はそう思っているし、球数を制限して投げるなら、ノーヒットノーランなどは狙う必要もない。

 試合当日の練習では、直史は散歩をしていた。

 運動の負荷は徐々に強めていき、試合前に本気で投げるのは、一球か二球程度。

 投げれば削れる、という感覚が分かってきている。

 それが回復するには、もう随分と時間がかかるようになってきた。


 司朗はおそらく、高卒でプロ入りしてくる。

 別に大学に行ってからでも良さそうであるし、司朗を潰すような馬鹿は、さすがにいないであろう。

 ただ司朗はそれでいいとして、問題は昇馬だ。

 昇馬は大学とかプロどころか、NPBとMLBの選択でもなく、アメリカの大学に進学しようかと考えてもいるらしい。

 なお今の協定では、アメリカの大学を卒業した人間は、MLBのドラフトでしか指名できないようになっている。


 本当の昇馬は、冒険家のようなことがやりたいのだろう。

 それこそ登山家などになっても、あのフィジカルは充分に通用する。

 もっとも今の世界では、個人の冒険かが活躍する余地など、世界のどこにもない。

 また昇馬も別に、エベレストに登りたいというわけではないらしいのだ。




 今年の甲子園の試合は、直接見ることが出来なかった。

 だが評価の高い試合は多かったのだ。

 昇馬のパワーは他の選手と比べても、世代で突出しすぎている。

 150km/hオーバーがゴロゴロいる、今の二年生。

 来年の夏までには、160km/hに上げてくるピッチャーが、他にも何人かいるであろう。


 昇馬がNPBやMLBに来なければ、どう言われるであろうか。

 もっとも昔からプロで活躍することを期待されながら、それを拒否した人間はいる。

 アメリカなどではアーリーエントリーを使わず、しっかりと大学四年間を過ごして、それからプロに入る人間もいる。

 直史にとってみれば、むしろそちらの方が分かりやすい。

 野球のない世界というのも、普通に想像出来るからだ。


 直史はストレッチなどをして、試合に控えている。

 だがどうも関西のほうは、雨で試合が中止になるらしい。

 フェニックス戦が潰れることが、シーズンの本当の終盤において、どういう影響になるのか。

 そのあたりは運の要素も、かなり強くなってくるのだ。


 復帰一年目は、レックスが雨にたたられた。

 それでシーズンギリギリまで、逆転の可能性が残っていたことが、むしろピッチャーの疲労を蓄積させたか。

 もっとも甲子園で試合をすることを考えると、クライマックスシリーズのファイナルステージは、絶対にホームの神宮でやりたかったのだ。

 今年も去年と同じく、レックスはリードしている。

 派手な試合ではないと言われても、勝てる試合を見せることが重要なのだ。

 勝てないチームを応援するのは、どんなファンにとっても難しい。

 もっともライガースだけは、完全に別とも思えるが。


 あの、甲子園の熱気。

 九月に直史は、ライガース戦で二試合、投げる予定になっている。

 この二試合をどうにかすれば、おそらく全体的に見ても、レックスは逃げ切ることが出来る。

 そうは思っていても、直史は口にはしない。

 勝負事というのはだいたい、追う者よりも追われる者の方が、苦しいものであるのだ。

 下手に口にして、他の選手にプレッシャーを与えたくはない。

 自分だけであれば、いくらでもプレッシャーがかかっても構わないのだが。


 甲子園での試合は、やはり中止になったそうだ。

 だがスターズとの試合には、雨も降らず問題のない状態である。

 雨は嫌いな直史であるだけに、これは助かる。

 さっさと終わらせてしまって、あとは二軍でまた調整をしよう。

 相手を甘く見ているわけではない。

 ただの通常営業であるだけだ。




 雨天により中止、というのが甲子園であった。

 この雨による影響が、果たしてシーズン終盤に、どういう影響を与えてくるのか。

 ライガースはその戦力の主力を、投手陣には置いていない。

 なので少しぐらいは試合日程が詰まっても、問題はないのだと言える。

 ただレックスであれば、ローテーションの調整が難しいだろうな、とは思った。

 向こうは普通に試合が出来るらしいが。


 MLBに比べればマシだ。

 あちらは本当に日程がぎりぎりのため、雨が降っていても普通に試合が行われた。

 もっとも日本に比べれば、雨が少ないという場所も多かったのだが。

 なんとか試合を成立させるため、ベンチで雨の中を待機。

 そういう試合が随分とあったものだ。


 NPBは交流戦もそうだが、しっかりと予備の日を持っている。

 MLBの日程と比べれば、ピッチャーだけではなく選手全体が、楽に活動できると言えるだろう。

 もっともそんなタフなリーグなため、活躍期間は短くなる。

 大介は頑丈であるから大丈夫だったが、直史は回復にかなり気を遣っていた。

 そんな状態であったのに、むしろ日本時代よりも、数字を上げていったのだが。


 フェニックスとの試合は、明日も微妙である。

 さらにその次も微妙であり、九月の終盤に回される可能性が出てくる。

 比較的楽に勝てるフェニックスとの試合が、後に回されてしまう。

 これはせっかくレックス相手に勝ちこした、ライガースの勢いを止めることになるのではないか。

(まあこういう運についても、どうしようもないことだしな)

 大介はロッカールームで、今後の日程を確認する。

 直史の投げる試合が、おそらくは二回ある。

 そこで一つでも勝てれば、逆転のチャンスはあるだろう。


 直史相手には、絶対勝てないと思っている選手もいる。

 ただ大介は、直史が衰えているというのを、ちゃんと分かっているのだ。 

 技術や経験は、いまだに蓄積され続けている。

 だが絶対的なパワーに関しては、間違いなく衰えているのだ。

(勝ち逃げはさせないぞ)

 完璧な投手など、この世にいてはたまらない。

 完璧な打者よりは、まだしも誕生する可能性はあるのだろうが。


 夏の空気がまだ、空気の中に満ちている。

 これが失われていく中で、試合は少しずつ消化されていく。

 大介の場合は他に、個人成績も注目されている。

 チームが勝たなければ、試合は面白くないだろう。

 大介自身はそう考えているのだが、せめてホームランは見ていってもらおうか。

 目の前の試合に集中する、大介の本性は野球小僧。

 雨の中での試合は、好まないのが当然であった。

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