第330話 追う者

 ライガースにとって長い、アウェイの連戦が終わる。

 その間の勝率は、ほぼ変化していない。

 ここから一気に連勝街道を突っ走り、レックスとの差を逆転してしまいたい。

 まず目の前のレックスとの三連戦、直史のローテは回ってこないはずなのだ。

 さすがの直史も本当に、体力的には衰えつつある。

 本人としては正確には、回復力と考えているのだが。


 レギュラーシーズンの終盤、無理な日程になったら、レックスは直史の登板を増やすしかない。

 今のところはポストシーズンまでの余裕があるので、特に問題はないだろう。

 これまでに数試合、確かに雨で中止などはあった。

 だが充分にポストシーズンまでには、コンディションを整える時間がありそうだ。

 ただしまだここから雨天延期などが重なったら。


 そこで負けてもいいぐらいに、さっさとペナントレースの優勝は決めておきたい。

 一応は今のままなら、九月の中旬には優勝が決まりそうだ。

 早めに決めておけば、主力を休ませつつ調整することが出来る。

 逆に終盤まで決まらなければ、たとえペナントレースに勝ったとしても、その後が辛くなる。

 投手陣を休ませておきたいのだ。


 ライガースとしてももちろん、ペナントレースの制覇を目指している。

 だが二位や三位でクライマックスシリーズに入ってからも、下克上が多いのがライガース。

 打撃のチームには、一発逆転があるのだ。

 とはいえレックスはポストシーズンに入れば、よりスモールベースボールに徹する。

 ピッチャーを中心とした、守備力で勝つチームである。

 そのピッチャーを潰されると、レックスとしては痛いところであるのだが。


 レックス戦とはいえ、大介はさほど意識していない。

 直史が投げるわけではないのだから、一試合は確実に勝てる。

 三戦全勝などは狙わず、まずは勝ち越していく。

 今の差を縮めるのは、普通ならそう簡単ではないのだ。


 チームとしてはともかく、大介の成績は八月序盤と比べると、ずっと戻ってきている。

 ホームランの数も九月を前に、54本に達していた。

 もっとも首脳陣としては、盗塁数に不安がある。

 大介はもう、下手に走らない方がいい。

 ショートを確実に守っていて、それでバッティングにも優れているのだから、下手に走らなくてもいい。

 盗塁はともかくとして、タッチアップや内野ゴロでの進塁は、どうしても必要になるのだ。


 未だに最強のバッターである。

 ライガースとしてはその後のクリーンナップにも、充分に満足している。

 しかしながら確実に点を取れるバッターがいるなら、外国人で埋めているそこを、他に回すことが出来る。

 もっともクリーンナップに二人、先発に一人、クローザーに一人という現状は、バランスとしてはいい。

 レックスなどは長距離砲を拾ってこようにも、なかなか上手くマッチしない。

 基本的に連打とセットプレイで点を取るので、どうしても大振りの選手は使いにくいのだ。

 せっかく獲得しても、なかなか活躍しない。

 オーガス以外は投手陣を、全て内国産で回しているレックス。

 編成の中でもドラフトのスカウト班は、しっかりと実績を残しているのだが。




 広島から東京に帰って来て、その日の内に試合である。

 直史はここでも、ブルペンには入る。

 昼間は二軍を見てきて、使えそうな選手は常に探す。

 レックスはもっと得点力がいる。

 出来れば爆発力があればいいのだが、チームの戦術の中でもしっかり、打てるようなバッターは少ない。

 外国人枠を代打で使うという、もったいないことをしていたりする。

 そもそも本来ならあまり打てない、キャッチャーやショートといったポジションに、上位を打てる選手が入っているのだ。

 もっと主砲になるようなバッターを、もう一人ぐらいは取ってきてほしい。


 ただ有能なスカウトである鉄也にしても、さすがに外国にまでは伝手もない。

 また特にアメリカのマイナーで探す場合に、どういうメンタルで日本に来るのか、そこが重要となる。

 レックスは相当に、主砲を求めている。

 今までに助っ人外国人で、主力になった選手がいないわけではない。

 なんならオーガスなども、主力級と言ってもいいだろう。

 打線でも、ライトに入っているクラウンなどは、打席も右打席で年間20本ぐらいのホームランは打つ。


 四番の近本が、神宮を本拠地として30本打てない。

 ただ近本は近本で、好打者ではあるのだ。

 あまりにいい選手すぎると、FAやポスティングで出てしまう。

 直史の年俸が巨大なだけに、外国人の獲得でミスをするわけにはいかない。


 チームが強くなるためには、当たり前だが資本力が必要だ。

 それが分かっていないのならば、優勝には手が届かない。

 もっとも日本にしてもMLBにしても、若いうちに上手く育てて、出て行く前に優勝する、という育成の手順には入っている。

 それでもレックスの得点力には、外国人のスタメンを入れたいのだ。

 比較的守備力での貢献が低いと言われる、レフトなどにはまる選手がいないものか。


 外野の守備がほどほどに出来て、そしてバッティングのいい選手。

 本当に司朗が入れば、守備負担の少ないレフトに入って、散々に打点を稼いでくれるだろう。

 司朗は敵に回せば、直史の思考を読んでくる。

 公式戦の中ならばともかく、練習などをやっていても、その読みは直史を打つだけのものである。

 だからそういう意味でも、味方にしてしまいたいのだ。


 12球団の中の、どれだけが司朗を獲得に向かうのか。

 逆にそれを見越して、即戦力投手を一本釣り、ということは考えられる。

 いくら今年はピッチャー不作といっても、甲子園でそれなりに、魅せたピッチャーなどもいる。

 また社会人や大学から、ピッチャーを取らないということは考えられない。

 野手での一位競合が、相当司朗に集まることが考えられる。

 外れ一位でもそこそこのピッチャーは取れるだろうが、本当に即戦力と言えるようなピッチャーが、果たして取れるかどうか。


 司朗を捨ててでも、他のピッチャーを取るというチームは、ちゃんといるはずだ。

 それこそライガースなどは、相変わらずのピッチャー不足と言えるか。

 そもそもライガースは、上手くピッチャーが育っていない、というのはある。

 今年も移籍してきた友永が、一番の安定感があるのだ。




 この三連戦、レックスは塚本、三島、オーガスというローテ。

 そしてライガースは桜木、畑、津傘というものである。

 ただライガースは、大原が戻ってきている。

 桜木や躑躅といった新戦力は、どうにかローテを回している。

 しかし桜木は高卒一年目なのだ。

 勝敗の星だけを見てみれば、桜木は大きく負け越している。

 ただピッチングの内容自体は、そこまでひどいものでもないのだ。


 大原は今日、ブルペンに入っている。

 桜木はここのところ四連敗で、試合は作っているのだが、援護が上手くつながっていない。

 六点近いライガースの平均得点力が、四点までしか取れていない。

 そのあたりピッチャーに責任がないと思うからこそ、山田も二軍に落としていたりはしないのだ。


 ただサポーターの声は厳しくなるし、大原が戻ってきた。

 もう今年で終わることを覚悟して、保存療法で三ヶ月離脱したのだ。

 トミージョンをしたとして、一年を治療とリハビリに使い、44歳のシーズンにチームが契約してくれるのか。

 それはさすがにないな、と分かっているからこその無茶である。


 ピッチャーがなかなか下から上がってこない。

 大原にしても先発のローテを、ずっと守ってきたのだ。

 200勝投手は伊達ではない。

 裏ローテに使われることがあっても、勝ち星は勝ち星なのだ。


 ポジション争いという次元に、大原はいないのだ。

 チームを勝たせたい、というのがそのプレイの理由である。

 なんならそのために、敗戦処理をしてもいい。

 だが自分の経験が、どこかで必要とされることを、確信して戻ってきている。


(ライガースの投手陣には、意識改革が必要だ)

 今のライガースの中で、それが分かっている選手は、大原だけであろう。

 かつてスターズやレックスと争っていた時代は、真田がいた。

 上杉や武史がいなければ、どれだけのタイトルを取って、何度か沢村賞にも選ばれたであろう。

 大原よりもずっと短いキャリアで、故障により引退をした。

 しかしそれでも、200勝には到達していたのだ。


 あれほど勝利に飢えているピッチャーというのは、ライガースにはいない。

 シニア時代に世界一を経験していながら、高校時代は一度も、大阪光陰で甲子園を制覇することは出来なかった。

 大原などは高校時代、ずっと甲子園には到達しなかった。

 だがあの時代、甲子園でプレイした選手の中で、まだ現役でいる人間が、どれだけいるのか。

(もっと点を取られて、悔しいという気分にならないと)

 もちろん点を取られても、すぐに切り替えていくという意識も、同時に重要ではあるのだが。


 クオリティスタートという言葉は、大原が高校生の時代には、既に定着していた。

 プロではピッチャーの指標の、重要な一つとして扱われている。

 だが真田などは、一点も取られるものか、というピッチングをしていたのだ。

 実際に今の監督の山田などとも合わせて、完封勝利などをしていた。

 大原が一軍で戦力となったのは、ようやく三年目から。

 真田は一年目で新人賞を取り、完全な先発の一枚になっていた。


 小賢しくなっているのではないか。

 そう考える大原は、老害思考であるのかもしれない。

 それにプロの世界というのは、しっかりと長くプレイして、金を稼がないといけないのも確かだ。

 だがプロになる前に、果たして何を考えていたのか。

 とにかくひたすら勝ちたい、という気持ちがピッチャーには必要なはずだ。


 ライガースのピッチャーは、大介を抑えなくていい、というとんでもないアドバンテージを持っている。

 だからこそしっかりと、点を取られないのが大切なのだ。

 ブルペンにいながらも、大原は序盤から、肩を作っている。

 桜木は新人なので、序盤の立ち上がりに不安がある。

 もしもそうなったら、すぐに交代するのだ。

「大原、出番だ」

 レックスに先制されて、苦しい場面。

 ランナーも残った状況であるが、大原は嬉々としてマウンドに向かうのであった。




「大原か……」

 レックスの二点先制から、さらにフォアボールでランナーが出る。

 ここで大原の投入であった。

 ランナーは一二塁と、まだまだ追加点のチャンス。

 レックスの塚本も、この二試合は調子がよくはなかった。

 だが先発を外すほどか、というとまた微妙な内容なのである。


 塚本のいいところは、序盤に失点したとしても、なんとか六回までは投げてくれるというところだ。

 先発した試合の中で、九試合に負けているが、四試合はリリーフの逆転によるものだ。

 国吉が戻ってきて、また須藤がいざという時の六回に投げて、かなり安定した形になってきている。

 確かに即戦力とは言えなくはないが、まだ一年目の新人であるのだ。


 昔に比べれば高卒の選手が、一年目から活躍するのは減った、と言われる。

 そもそも今は大学で、しっかりと自力を鍛えることが多くなったからだ。

 そんな中で高卒で指名されるのは、よほどの怪物か素材枠。

 レックスも二軍で、鍛えられている高卒ピッチャーがいる。


 今のレックスの特徴は、サウスポーが多いということだろうか。

 もちろんサウスポーは有利ではあるが、だからといってそれだけで通用するわけではない。

 生き残ったピッチャーに、サウスポーが多いというだけだ。

 もっともその投手陣の構成は、首脳陣の采配を、上手く振るいやすいものになっているが。


 塚本もサウスポーである。

 そして鋭いスライダーを投げることが出来る。

 昔ほどではなくとも、今も大介はサウスポーのスライダーに、やや数字が落ちる。

 もっとも甘く入れば、内角のボールである。

 長いバットでも上手く腕を畳んで、しっかりライトスタンドに運んでしまう。


 二点のリードをもらったレックスであるが、ここから大原は粘り強いピッチングをした。

 ランナーが二人もいたのに、そこで上手くゴロを打たせる。

 ダブルプレイでツーアウトにしても、まだランナーは三塁。

 それをさらにゴロでアウトにして、追加点を許さなかった。

「球速はともかく、ゴロを打たせてるな」

 豊田は画面を見ながらそう言うが、直史としてはセットポジションからのピッチングが、少し変わった印象を持っている。


 ライガース相手に二点では足りない。

 あの場面からならば、最低でもあと一点はほしかった。

 もっともレックスの打線には、打って点を取るという決定力があまりない。

「あそこは打てじゃなく、バントの方が良かったんだな」

「そうはいっても結果論だろ」

 豊田はそう言うが、代わったばかりの大原であったのだ。

 今でも150km/hのストレートは投げてくるが、それよりは上手くタイミングを外してくる。


 技巧派というのとも少し違う、経験を活かしたピッチング。

 球種もコントロールも、確かにそれなりにはある。

 だがもっと重要なのは、間合いの取り方だ。

 新人の頃の猪武者、体力に任せたピッチングとは、まるで違ってきている。

 これが新人の頃から出来ていたなら、もっとすごくなったのだろうが。

 もっとも衰えたからこそ、こういった技術が身についたとも言える。




 試合の展開はライガースが、やはり逆転してきた。

 レックスにしてもどうにか、あと一点ぐらいは取りたいところだったのだが。

 六回までを終わって、スコアは3-2のライガースリード。

 今日は不発の大介であるが、ランナーになってからはうるさい。


 敬遠で勝負を避けるにも限界がある。

 特にこの、逆転されてしまった場面では、勝負していかなくてはいけない雰囲気にもなる。

 なんとか流れを変えるというのは、相手の主砲を抑えることでもありうるのだ。

 だが終盤に入ってからでは、かなり難しいことである。


 大介としてはまず、ピッチャーが勝負してくれる状況が、必要になるのだ。

 そしてその勝負が、必要であるならば長打を狙う。

 ホームラン数や安打の割には、やや打点は少なめ。

 なぜならそれは、二人ランナーがいれば、ほぼ勝負を避けられるからだ。


 MLBでは普通に、満塁でも敬遠されていたものだ。

 ただしNPBでは、そういうことはあまりない。

 なんというか日米の、野球観の違いとでも言おうか。

 国技とも言えるはずの野球なのに、アメリカにはそれに対する執着が、薄くなっていると感じる。

 もっともそれは日本にしても、変な精神論から抜け出しつつあるので、それはいいことだと思っているのだが。


 アメリカはアメリカで、良かったこともある。

 特に馬鹿な若手が、力勝負を挑んでくるところか。

 大介であってもOPSは2にならないのだから、普通は勝負をした方がいい。

 そういう計算であるのだろうが、実際のところ大介の場合、ボール球を見送っていたら、もっと出塁率は上がるはずだ。

 ミスショットの危険を承知の上で、ボール球も打っていくのだ。


 この試合のレックスは、終盤に若手のリリーフを出して来た。

 勝ちパターンのリリーフは、勝っている状況でしか使わないレックス。

 そういうことを徹底するチームは、やはり強いものなのだ。

 長いシーズンの中では、落とす試合は必ずある。

 それをどういった形で落とすかで、チームとしての手強さが分かる。


 勝ちパターンのリリーフは、絶対にリードしている時にしか使わない。

 また三連投は絶対に避ける。

 今年はレギュラーシーズン、前半でかなり使いすぎている、という意識がレックスの首脳陣にはあったのかもしれない。

 間違いなく守備のチームであるレックス。

 シーズンを戦っていく思考も守備的であるが、実際に守備は重要なのだ。

 守備がしっかりしているチームでなければ、優勝をするのは難しい。


 今のライガースが、まさにそうであろう。

 去年はレックスに負けているし、その前は日本シリーズで負けた。

 大介としても色々と考えるのであるが、チームの強化などやり方を知らない。

 バッティングの技術にしても、なんでそれで打てるのかが分からない、などと言われるのだ。


 それはともあれ、回ってきた打席、勝負球をスタンドに放り込んだ。

 これで4-2となって、この試合は勝利へと近づいていく。

(この三連戦、どうにか全勝できないかな)

 もしも出来たならば、一気に流れが変わるかもしれない。

 次は地元の甲子園でフェニックスとの試合だ。

 高校野球の熱が残る甲子園で、ライガースは一気に勝っていくだろう。

(そのためにも、あとの二試合)

 レックスの中でも、直史を除けば安定している、三島とオーガス。

 ライガースもほぼピッチャーは、変わらない格と言えようか。


 大原が考えているような、今のライガースのピッチャーの、ギリギリのところで粘れないところ。

 もっともMLBではレギュラーシーズンは、本当に流すピッチャーが多かった。

 それでいてポストシーズンでは、フルパワーで投げていくのである。

 向こうは試合間隔の違いもあったが、とにかくポストシーズンこそが、本当のMLBだと感じさせるものがあった。


 大介はポストシーズンになると、さらにその数字が上がってくる。

 直史に勝ったのも、そのポストシーズンなのだ。

 WBCなどの試合でも、決勝打を打つことが多い大介。

 とんでもなく勝負強いのは確かだが、それでもチームがレックスに勝ちきれない。

(ピッチャーに、芯がある人間が一人いないと)

 友永の獲得は、間違いなくプラスであった。

 またクローザーもしっかり、助っ人外国人で埋まっている。

 外国人枠は完全に機能しているので、そういう方面からの強化は出来ない。

 もっとも今年のドラフトは、投手の大きな目玉はいない、などとも言われているのだが。


 第一戦は4-2でライガースが勝利した。

 レックスとしてはこれは、想定の範囲内である。

(どうせなら甲子園で勝たないと)

 あの空気を持ってきて、そしてレックスに勝つのだ。

 もっともそういった流れを、上手く断ち切ってしまうのがレックスだが。


 直史がいる限り、レックスがひどい連敗をすることはない。

 それがレックスの、安定している点であろう。

 若手からでも、新戦力でも、もう一人エースがいれば。

 ただ来年のことを考えるよりも、まずは今年の残り試合。

 ペナントレースでアドバンテージが取れなければ、ライガースが日本シリーズに進むのは難しい。

 レックスはピッチャーが、直史以外もいい数字を出している。

(キャッチャーかなあ)

 もっともそのリードがあっても、大介は打ってしまうのだが。


 八月の残り数試合で、まだレックスは充分なリード。

 ここから逆転するのは、正直なところ厳しい差であったのだ。

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