第316話 狙わない

 ノーヒットノーランなど、1シーズンに一度も誰かが達成すれば充分なもの。

 ただ今年は直史一人で、パーフェクト三回とノーヒットノーラン一回をしている。

 42歳にして、今がおそらく一番野球が上手い。

 そもそもパーフェクトの方がノーヒットノーランより多いのが、完全に意味不明である。

 とにかく今年、二度目のノーヒットノーランのチャンス。

 少なくとも他のチームをパーフェクトに抑えるよりも、ライガースをノーヒットノーランに抑える方が難しい。

 だが正しい選択をして、それを貫き通すならば、なんとかならないでもないのは確かだ。


 今年はまだ一発もホームランを打たれていない。

 点を取られないために、一番重要なことである。

 野球は通常は一点ずつしか入らないのに、ホームランは一発で四点まで入る。

 もちろん長打にしても、満塁で三点を入れるツーベースなどがあったりはする。

 だが選択肢を複雑にしていくと、おおよそ一点で済む状況は作れる。

 そしてランナーがいる場合は、大介は問答無用で敬遠したい。


 MLBでもワールドシリーズはともかく、レギュラーシーズンでは普通に、満塁の状態から敬遠されてた大介だ。

 昔は敬遠の球を打ってしまったりと、無茶なことが通用していた時代である。

 ただ申告敬遠は、ピッチャーにとってはいいことばかりだ。

 敬遠というのは命じられても、ピッチャーにとっては嫌な気分になったものだ。

 それがベンチから一方的に通告するだけで、歩かせてしまうことが出来るのだから。

 直史の時代にはもう、普通に申告敬遠が当たり前である。

 しかしそれが親の時代ともなると、複雑な感情を抱くものらしい。


 また高校野球レベルだと、この敬遠で暴投してしまい、一気にピンチを広げてしまう、ということがあった。

 どうしても集中力を切らしてしまうのが、昔の敬遠であった。

 そのあたりも合わせて考えると、今の方が投げるピッチャーとしては楽だ。

 屈辱のボールを四回投げることなく、次のバッターに対戦することが出来る。

 こちらの方がピッチャーのメンタルには重要なのだ。


 プロの興行なのだから、勝負にこだわりつつも、魅せるところを見せなければいけない。

 だが試合の趨勢が決まってから、それを行うのが直史だ。

 試合の勝敗に影響するところでは、とても勝負は出来ない。

 しかし決まった試合においては、しっかりと観客に応えるのである。


 実際にこんなスコアになっても、観客が帰る姿はほとんどない。

 九回の表にまだ、大介の打席が回ってくると分かっていたからだ。

 それにノーヒットノーランは継続中。

 達成されるならば見てみたいし、もし大介がそれを阻むなら、それはそれで凄いことだ。

 三回までの直史のピッチングは、どんな形でも勝利がほしいというもの。

 甲子園でやればブーイングだけではなく、グラウンドに何かが放り込まれることもあっただろう。


 直史は勝利を最優先にする。

 だがそれでもノーヒットノーランなどが、可能なピッチングをしてしまう。

 大介を二度も敬遠すれば、相手が自信をつけてしまうのでは、などという考え方もある。

 しかしそんなことを考えなくても、そもそも大介は折れることがないのだ。

 ここでの大介との対決は、避けるべきではない対決。

 打たれるかもしれないし、抑えられるかもしれない。

 珍しく直史が、結果から逆算しない。

 大介相手だと、下手に結果を期待していると、それが破られた時のショックが大きい。




 記録を見るだけでも、大介が特別なバッターであることが分かる。

 そして直史は、実績を見れば特別なピッチャーだ。

 こんな二人が日本という島国の一角で、偶然出会ったというのも不思議な話だ。

 フィジカル全盛のこの時代、二人を見れば何かが間違っている、と思ってしまうのも確かなのだ。

 大介は小柄なだけで、フィジカルモンスターではある。

 もしもボクシングでもやっていれば、五階級ぐらいは世界チャンピオンになれたのでは、などとも言われるパワーとスピードを持っているのだ。


 この四打席目は、邪魔なランナーもいない。

 ピッチングだけに集中すればいいというのは、かなり楽な条件だ。

 ピッチングというのは面倒なもので、ピンチになればピンチになるほど、使える球種が減っていく。

 ランナーがいた場合は、ワンバンするようなボールは、かなり使いづらい。

 これがランナー三塁であると、まず使えなくなる。

 直史は使うが。


 この状況からなら、どんなピッチングでも出来る。

 またアウトにする手段も、三振でなくとも構わない。

 三振か内野フライしか許されない、という状況ではないのだ。

 そういう状況を作らないように、それ以前から組み立てていかなければいけない。

 分かっていても、出来ないのが普通なのである。

 直史でも自分の責任ではなくとも、三塁までランナーが行ったことぐらいは、何度もあるのだ。


 普段は存分にセーフティをかけて、自由なピッチングをしている。

 しかしピンチに陥っても、直史はそこで変なプレッシャーを感じない。

 むしろそういう時にこそ、パフォーマンスを出していく。

 ほとんどの場合、他人がそれを見ることはない。

 だが大介との対決は、全てがそういうプレッシャーの中での戦いとなるのだ。


 さて、と直史は考えていた中から選択をする。

 今のこの場所から考えているのでは、もう遅いのである。

 適当に投げても抑えられるような、そういう場合は確かにある。

 最悪だけを避ける方が、思考の自由度はずっと高い。 

 それでも大介を相手にすれば、自分の最高のピッチングをしていくこととなる。

(今日はけっこう疲れたんだけどな)

 あとツーアウトであるが、大介を打ち取ったとしても、最後のバッターにヒットを打たれるかもしれないな、と思う直史。

 それぐらい大介一人に、全力を叩き付けていくのだ。




  【投神VS打神】 神聖! 佐藤直史総合スレ part1142 【本日!】


109 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 さあ、今日最後の盛り上がりです


110 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 こっちは落ちてないな


111 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 あれ、なんだか早くなってない?


112 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 サーバーが落ちたわけじゃないだろうけどスレが落ちた


113 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 実況は野球ch板で


114 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 こっちはちゃんと動いてるんよね


115 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 実況系は鯖が違うんだったか?


116 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 実況もしてないな


117 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 いや、こっちでやられると困るんだが


118 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 スレのスピードが上がりすぎやん


119 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 早く向こうでスレ立ててくれ


120 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 昔はよく鯖落ちしてたものよwww


121 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 臨時にこっちでやるか

 まず初球からインハイでそれを特大ファール

 ストライクカウントごちになります


122 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 ストレートから入ったか


123 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 SNS行けよ


124 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 うわ、やべえ!


125 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 ストレート!?


126 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 板違いですよ


127 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 おお、またもファール


128 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 おいこの勢いのままならすぐに次のスレ行くぞ


129 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 誰が次立てるんだ?

 800とかじゃないと間に合わないだろ


130 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 スレの流れが速いwww おまいら落ち着け


131 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 ツーナッシングから


132 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 カーブを投げるんだ!


133 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 ツーナッシングからならシンカー?


134 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 ツーシームで空振りは無理け?


135 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 お前ら黙ってろよ

 今季のVS白石は、出塁率ではボロ負けになってそうだな


136 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 おっと、また打った!


137 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 押してる!


138 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 速すぎてもうあかんわ


 ・

 ・

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 珍しくもサーバーが落ちた中、実況禁止のスレッドは、阿鼻叫喚の嵐となった。

 そんな中ではSNSで、一方的に呟く人間が増えていく。

 だがPVが回っていっても、直史には関係がない。

 自分の本名でなど、アカウントを作っていないからだ。

 フォローもフォロワーも少なく、呟くことも少なく、見ることも少ない。

 それにSNSがどう炎上していようと、既に試合は終わっている。


 二打席連続で申告敬遠をした時は、とんでもない呟きに溢れていた。

 だがそれも見ないのが直史である。

 調べたい時のとっかかりに使うのが、直史のSNSとの付き合い方。

 距離を持っていた方がいいのだ。

 そもそもの大前提として、何も調べずに呟くことなど、弁護士としての責任感から出来ない。

 そして何かを調べることなど、やっている時間がないのだ。


 大介との勝負はNPBのみならず、海外でも注目されるものになるのだ。

 ただMLBであっても、色々と見方は変わってきている。

 オールドファンなら負けてもいいから、勝負してくれよと思うところだ。

 ニューエイジになると勝負に徹して、見事なノーヒットノーランと思うだろう。

 本当に分かっている人間は、興行なのだから勝負してもらわないと困る、と切実に考える。

 だから直史はこの第四打席、全力で抑えにいく。

 さすがにここで逃げてはいけないからだ。


 ストレートばかりを続けて、ツーナッシング。

 そこからもストレートを続けるという、普段は全くしない配球。

 だがリードとしては、これで正しいのだ。

 迫水はこの直史のリードを見て、自分はまだまだなのだなと思う。

(つーかこの人、隠してる引き出しが多すぎるから、リードできなくても俺のせいじゃないし)

 ほんとそれ。


 大介としてもここまで、ストレートを続けてくる。

 そのキレを見切れずに、ファールを打ってしまっていた。

 しかしストレートのタイミングは、完全につかんでいる。

 ストレートは打ってしまえるし、他の球種もタメてから打てばいい。

 ここで投げられたら困るのが、ツーシームとスルーであろう。


 リリースの瞬間に、全ての集中力を注ぐ。

 スルーであればその瞬間、指先の位置で区別がつくはずだ。

 ツーシームであればまた、カットしていけばいい。

(よし、そう決めた)

 そこで決断した、大介の予測。

 直史はもちろん、そんなことは分からない。


 ストレートでストライクカウントを稼いで、さらにそこからもストレート。

 次はさすがにカーブか、あるいはスルーを投げると予想するのが普通だ。

 この普通を裏切ってこそ、いいピッチングが出来るものなのだ。

 直史はいつもそうやってきたのであるから。




 直史が投げたのは、四球連続のストレートであった。

 148km/hということで、そこまで前の三球と、球速差があるわけでもない。

 だがギアを少しだけ上げていた。 

 そして裏を書かれた感じの大介であるが、しっかりとストレートのタイミングに反応したのだ。

 しかしそれは罠である。

 ストレートを三球投げたことで、直史のストレートの印象は、大介の頭の中に刻み込まれている。

 そこにあえて違うストレートが、投げられてきたのであった。


 それでも大介のスイングは、ちゃんとボールにバットを当てた。

 高く上がった打球の行方に、一瞬盛り上がったライガースファンもいたであろう。

 しかし直史としては、外野フライまでは充分に想定内。

 あとはその外野フライが、本当に外野フライで終わってくれるかどうか。


 大介の打席では最初から、外野は深めに守っているのだ。

 特に俊足で守備範囲の広いのが、打撃力の一番低いセンターである。

 その代わりに足と肩には自信がある。

 ヒットの割合に内野安打が高いのが、彼の特徴であるのだ。


 一度神宮のフェンスまで、全力で後退した。

 これは入ってしまうのでは、と途中までは思っていた。

 だがボールにかかったスピンは、明らかにバックスピン。

 ボールは高く上がったものの、遠くに飛ぶタイプの力はかかっていなかったのだ。


 わずかに二歩前進し、そこでフライをキャッチ。

 この日の大介は、二打席勝負してもらったが、二打席とも凡退というのが、数字で見た結果である。

 普段ならば直史は、もっと勝負してもよかった。

 だが今日は久しぶりのライガース戦で、長い目で見た戦略から、こういう結果がほしかったのだ。

 そもそも出塁率としては五割ということにもなる。

 これはバッターとして、充分な数字であるだろう。


 もしもこの試合を動かすとしたら、そのチャンスは一回の表にあったのだ。

 二打席目と違い、大介の前には他のランナーがいなかったのだから。

 そしてレックスのリードもまだ当然、裏の攻撃であるのだからなかった。

 あそこで走ることが、この試合の主導権を握ることであったのだ。

 もっともそれをしたとしても、直史がかなり大変にはなっただろうが、まだレックスの勝率の方が高かっただろう。


 ともあれこれで、一番厄介なバッターを片付けた。

 しかしここからもライガースは、長打の打てる中軸が並んでいる。

 だがこれもしかし、と考える。

 あと一つアウトを取ってしまえば、それで試合は終了なのだと。

 そしてフラグを立てていても、へし折ってしまうのが直史である。

 最後のバッターは内野ゴロで打ち取り、ファーストでのトラブルもなくアウト。

 ノーヒットノーラン達成であり、出したランナーは全て申告敬遠のみ。

 また伝説を作ってしまったのであった。




「う~ん……」

 同日、白富東は既に、甲子園のために現地入りしていた。

 既に抽選も終了し、対戦相手も決まっている。

「お父さん、厄介な勝ち方したなあ」

 真琴としてはそういわざるをえない。


 高校野球ファンとライガースファンは、必ずしも同じではない。

 甲子園を使っていようと、そこは違うものであるのだ。

 もっとも高校野球を見ている中に、こいつライガースに来てくれないかな、と考えるライガースファンはそれなりにいる。

 ある程度かぶるのは、それは仕方がないものなのだ。


 白富東の試合に、まだ少しだけ間があってよかった。

 これが明日の試合などであったりしたら、変な野次が飛んできたかもしれない。

 そこまででなくても、無敵の昇馬がちょっとしたピンチになった時、対戦相手を応援することになったりするかもしれない。

 甲子園では強豪校が、無名校から逆転を許すという展開を、とても好むものであるのだ。

 実際にスタンド全部が敵になった気がした、という選手もいたりするのだ。


 一回戦の相手が、あの桜島実業というのも、なかなかに難しいところがある。

 県大会を決勝まで、全試合二桁安打で甲子園に進んできたという、完全に打撃偏重のチーム。

 ただそこは鬼塚としては、あまり心配していない。

 県大会をかなり、他のピッチャーを使うことで、昇馬を温存できたのだ。

 さらに言うなら一回戦であるので、次の試合までには回復しているはずだ。

 二回戦までは中四日。

 もっともその二回戦も、強豪の名徳が勝ちあがってきそうなのが、なんとも悪い流れと言えようか。


 どこが上がってくるにせよ、三回戦はある程度、他のピッチャーも使っていこう。

 準々決勝まで来ると、もう弱いチームなど残っているはずもないが。

 しかしそんな、ダークホースですらなかったチームが、勢いに乗って勝ち進んでしまうのも、甲子園にはよくあることだ。

 とりあえず大阪光陰や尚明福岡、日奥第三といった名門強豪も、普通に勝ちあがってくる可能性があるのだから。

 強いチームが順当に勝ちあがってくるのも、それはそれで楽しみなものなのだ。


 一回戦の桜島実業は、完全な打撃のチーム。

 ただ県大会において、特出すべきことがもう一つある。

 県大会の試合は一回戦から、失点のない試合が一つもない。

 つまり一点取ることは、それほど難しいことではないのだ。

 またピッチャーは三枚ほどで回しているが、敬遠などはしてこない。

 殴り合って勝つというのが、昔から変わらない伝統である。


 昇馬はまだ甲子園で、点を取られたことがない。

 即ちホームランも打たれたことはないわけで、それが桜島の打線と当たればどうなるのか。

 県大会は必ず、一試合に複数本塁打を打ってきた桜島実業。

 もちろん一般的なエースと比べると、昇馬はまったくレベルが違うのだが。

(この試合の影響が、まさかうちに回ってきたりしないよな)

 直史の知らないところで、鬼塚は胃を痛くしていたりしたのであった。

 胃薬は高校野球監督の必需品である。

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