第309話 また今年も八月が

 直史が珍しくもマダックスを逃した完封をした。

 もちろん疲労度は考えているので、肉体的な疲労はそれほどでもない。

 ただ集中力が途切れかけてるな、と思った瞬間が多い試合であった。

 そのたびに引き締めて、どうにかしてきたのだが。

 ともあれ七月は四試合に先発し、全試合を完封勝利。

 当たり前だが投手部門では、月間MVPを取っている。


 一人のピッチャーがここまで、圧倒的だった時代は、上杉が入団してから武史が入ってくるまでの、数年間しかなかったのではないか。

 その上杉にしても、チームの層の薄さもあるが、日本一の座をライガースに何度か奪われている。

 また樋口と武史がレックスに入ってからは、クライマックスシリーズでの下克上こそあれ、レックスの強い時代が続いた。

 この時期はパ・リーグの冬の時代と言ってもいいだろうか。 

 それでも数年に一度は、日本シリーズを勝ってはいるのだが。


 七月が終わった時点で、直史は既に規定投球回に達していた。

 17勝は当たり前だがリーグのトップである。

 他の数字も全て、セーブ数やホールド数を除けば、リーグトップと言えるだろう。

 ただ反省するなら七月は、デッドボールが一つあった。

 よけられそうなボールであったが、たった一球のミスで単打を打たれたのと同じことになる。

 ただのボール球とは違うのだ。


 大介などはフォアボールよりはもう、申告敬遠の方がいい、とMLBでは割り切られていた。

 ただ移籍後すぐなどは、デッドボールのコースに投げられてきたりもした。

 そしてそれを、上手く畳んだ腕で長打にされたり、あるいはホームランにされたりする。

 それでもマシな方が、一番恐ろしいのは人を殺す打球で、報復打球を打ってくる。

 やがてデッドボールはなくなり、外に逃げる球ばかり、投げるようになった世界である。


 七月の時点で17勝というのは、もちろん立派なものだ。

 ただMLBの時代は、中五日で投げることを求められ、その結果として30勝を超えたりした。

 今年はおそらく、25勝前後となるであろう。

 去年も24勝を上げていたので、ほぼ同じぐらいの数字になるか。


 夏場の暑さが辛い季節になってきた。

 直史はそれなりに外出をするので、比較的暑さには強い。

 もうすぐ甲子園が始まるので、その間にライガースは成績を落とすか、それが気になったりもしている。

 ドームのチームは空調の中で試合をするので、ある程度は快適であろう。

 だが逆に外に出た時に、特にでデーゲームなどであれば、直射日光に体力を奪われるのではないか。

 まったくこんな時期に、よくもやらせるものである。

 猛暑日の上に酷暑日でも作られれば、プロ野球も季節を変えて行われるようになるかもしれない。

 もっともその時には高校野球がどうなるか、そのあたりも話さなければいけなくなるだろうが。


 甲子園のマウンドの上で、直史はそれほど多く投げたわけではない。

 岩崎や武史と投球機会を分けたため、四回も甲子園に出場している割には、勝ち星などは少ないのだ。

 自分たちが現役であった頃も、昔よりは暑くなった、と言われていたのが高校野球の夏だ。

 それがこの20年ほどの間に、さらに気温は上がっているのである。




 直史はそんな八月を前に、しっかりと完封勝利をした。

 そして七月最後の試合は、百目鬼が投げることとなる。

 今のスターズ相手に、しかもリリーフ陣も戻ってきたことで、百目鬼もリラックスして投げることが出来た。 

 それでも六回二失点で、スコアは4-2というものである。

 昨日の直史の試合と、点差自体は同じであった。


 スターズの次のカードは、完全にカモにしているフェニックス。

 そこをしっかりと勝ち越して、ライガース戦に挑みたい。

 さすがの直史も、完封の約束は出来ないのがライガース。

 大介もそうであるが、大介を塁に出した後に、長打力のある三人がいるのがまずい。

 もちろんぶんぶん振り回してくる分を、打ち取るだけのピッチングは考えているが。


 野球は統計と確率のスポーツだと、直史は常に言い聞かせている。

 とは言え直史は今日は、ブルペンにはいないのだ。

 神奈川からなら普通に、千葉まで戻ってくることは出来る。

 単独行動なだけに、自分でタクシーを捕まえたが。

 この日は自宅で、ゲームの進行をちらちらと見ていた。

 それ以外にも色々と、やらなければいけないことが多かったが。


 この時期はプロ野球も、少しその人気が衰える。

 高校野球の甲子園代表が、そろそろ出揃ってきているからだ。

 直史はこの時期、ライガースがやや弱くなるのを知っている。

 本拠地が使えないことが、やはり影響するのだ。

 それでも大阪ドームでホームのカードがあるだけ、昔よりは楽だと言われるが。

 直史たちがプロ入りする前の話なので、ちょっと実感は湧かないのだが。


 この八月の失速を前に、ライガースは逆転しておきたかっただろう。

 七月の成績は、確かにライガースの方がレックスよりもいい。

 それでもリードを保ち続けたところに、レックスの安定感があるのだ。

 スターズ相手の第三戦でも、七回からは国吉が久しぶりに、一軍のマウンドに戻ってきている。

 どれだけ二軍で結果を残しても、一軍のマウンドとは違う。

 しかしあまり打線の強くないところと当たるあたり、流れはレックスにあると言えるだろうか。


 悪い流れがあっても、直史がそれを切ってしまう。

 マモノなどがいても、直史には関係がない。

 マモノよりも恐ろしい存在が、この世にはいるのだから。

(国吉もまあ、ちゃんと戻ってきたか)

 七回のマウンド、少し慎重に入りすぎたが、ランナーは出しても得点は許さない。

 これで二点差のまま、試合は終盤に入っていく。


 ここでもレックスの場合は、守備固めのポジションがあまり必要ない。

 センターラインのスタメンが、最初から強いメンバーであるからだ。

 セカンドの緒方は、さすがに守備範囲などが少しずつ、狭まってきてはいる。

 だが経験を活かして、内野陣を統率している。

 キャプテンの役割と言っていいだろう。


 八回の大平が、一点を返されて慌てる場面はあった。

 だがこれでもまだ一点差で、リードはしている。

 そして平良につなげば、絶対的な安定感を持っている。

 いずれは彼も、メジャーに挑戦するのかもしれない。

 そう思わせるほど見事な、セーブ成功であった。




 三連戦のカードはまだ一試合残っているが、これで七月の試合は終了である。

 七月は調子が悪いな、と言われていたレックス。

 だがその終盤に四連勝して、結局今月も12勝9敗で勝ち越した。

 通算では65勝31敗1分。

 圧倒的過ぎる勝率と言えるだろう。

 しかしこういった成績は、全て他のチームとの、相対的な比較で評価される。


 つまりライガースとの比較で、この月が良かったかどうか、それを判断しなければいけない。

 もちろん首脳陣は常に、ライガースとの勝率差を意識していたが。

 オールスターの関係で、やや試合数の少ない七月。

 それでも大介は、月間で11本のホームランを打っていた。

 97試合を消化した時点で、45本のホームラン。

 盗塁も27個に達し、まずトリプルスリーも達成する勢いだ。

 全盛期のトリプルフォーをやっていた時代からすると、これでもまだ衰えたように見えるのか。


 去年などは同じ時期に、既に盗塁も30個をオーバーしていた。

 なのでやはり走力は、年々衰えていると見えるのか。

 もっとも本人としては、盗塁数よりも成功率の方が、重要だと思っている。

 90%以上は成功させる自信がない限り、スタートを切ることはない。

 走りたければ走ればいい、と首脳陣から任されているが、後ろの中軸のことも考えれば、頻繁に走るのも問題であるのだ。


 大介は怪物っぷりを復活させてきているが、ライガースのチームとしてはどうなのか。

 勝ち負けだけを言うならば、14勝8敗でレックスを上回っている。

 通算では61勝36敗と、やはり少しは差を詰めてきた。

 だが直接対決で全勝しても、まだレックスがリードしているという状況である。

 慌てる必要はないのは、八月にはライガースに、ブレーキがかかる要因があるからだ。

 甲子園を使われていては、ライガースはアウェイの試合が多くなる。


 もっともこれに関しては、レックスもかなり近いことが言える。

 神宮は学生野球が優先のため、その試合が長引いてしまうと、プロの練習時間が削られる。

 過去にはリーグ優勝を決めながらも、日本シリーズを神宮で出来なかった、ということまであったのだ。

 あくまでレックスは、球場を間借りしているという立場。

 なおその時はタイタンズの、本拠地球場を使っている。

 ドームが出来る前なので、直史たちも聞かされるまでは知らなかった。


 春と秋のリーグ戦は、六大学リーグだけではない。

 他の大学リーグでも使われるし、大学野球の全国大会や、神宮大会でも使われる。

 神宮大会の方は、さすがに時期的にプロ野球とは関係ないが、夏の高校野球の都大会でも、神宮球場は使われるのだ。

 さすがにこちらは、神宮ばかりを使うわけではないが。


 レックスも自前の球場がほしい。

 しかし東京にいる分には、ちょっとそれは不可能であろう。

 レックスは貧乏なチームではないが、さすがに自前で球場は作れない。

 そもそも東京のど真ん中では、作ることが物理的に無理である。

 過去からあるこの場所を、上手く使っていくしかないのだ。

 それでも全面的な改修などは、何度か行っているのだし。




 八月はライガースとの直接対決が、2カード六試合ある。 

 ここを全て落とせば、さすがに逆転されてしまう。

 しかし一試合は、直史の投げる試合である。

 ライガース相手でも、おそらく勝てるだろうという計算が立つ。

 それにライガースは、取りこぼす試合が多いのだ。


 八月のこの時点で、この成績。

 もちろん主力が離脱すれば、一気に落ちることはあるだろう。

 だが悪いことは、自分たちだけや相手だけに起こることでもない。

 大介にしてもなんらかの怪我で、数試合は休むことがあるかもしれない。

 実際にMLBでは、12年間の実働の間に、150試合の出場に達しないシーズンが、二度だけだがあったものだ。


 あの極限のリーグであれば、普通に10試合以上は休んでもおかしくはない。

 むしろ休みなしで6シーズン、フル出場したという方が驚異的なのだ。

 昔のプロであれば、などという比較は意味がない。

 今は科学的なトレーニングによって、スポーツ選手は昔よりもずっと、肉体の限界へと挑戦するトレーニングを行っている。

 なので球速やスイングスピードは上がっているが、それ以上に故障しやすくもなっているのだ。


 ライガースは出来れば、直史が投げる以外の試合、全てを拾いたい。

 だがレックスはリリーフ陣が戻ってきて、投手陣に穴がない。

 強いて言うなら去年よりは、木津が圧倒的な勝率を誇っていない。

 しかし現時点でも、打線の援護の少ないレックスで、勝敗が五分になっているのだ。

 クオリティスタート率などからすれば、先発ローテの一角として、充分以上に働いていると言える。


 八月の甲子園が終わった時点で、どちらが首位を走っているか。

 もしもその時点で僅差であれば、ホームゲームが多いライガースが、逆に有利になる。

 レックスとしては九月に入る前に、ほぼ優勝を決めておきたい。

 九月のライガースとの直接対決は、雨でもない限りは五試合となっている。

 この五試合を、多いと見るか少ないと見るか。


 今年もおそらくペナントレースで、アドバンテージを握った方が、日本シリーズに進出する可能性は高い。

 ただ直史が体力と耐久力で、どこまで投げられるかで、それも決まると言っていい。 

 一人のエースの存在が、レギュラーシーズンよりも大きくなる。

 それがポストシーズンである。

 逆に平良あたりが故障したら、レックスは一気に勝率が薄くなるが。




 首脳陣はこのように、当たり前だが八月が勝負と考えている。

 試合数も七月と違い、28試合と多くなっているのだ。

 もっともこれもまた、天候によって色々と左右されるものはあるだろう。

 長期的な気象予報では、そこまで複雑なことは分からない。

 だが直史が復帰した一年目のシーズンなどは、雨天で延期になった試合が多かったため、レックスが負けたという捉え方もされている。


 果たして今年は、どのような結果になるのか。

 直史は自分のことよりも、子供たちのことを考えていたりする。

 真琴や昇馬はともかく、司朗は最後の夏である。

 全てのチームの中で、最後の夏を負けずに終わるのは、1チームだけだ。

 なお国体があるではないか、というのはおまけであるため除外する。


 司朗の場合はもう、今の時点で既に、ドラフト一位というのは確定している。

 それこそ選手生命の危機になるような、致命的な怪我でも負わない限り。

 多少の怪我であれば、それでも取るという球団はあるだろう。

 四番を打ってはいるが、スラッガーとしての力も充分に含んでいる。

 そして俊足のセンターなのだから、どのチームもほしい存在だろう。


 本人はいまだに、迷っているところはある。

 だが昇馬のような迷いとは、また違うものだ。

 プロ自体には行きたいと、ちゃんと本人は考えている。

 アスリートタイプの選手であるため、将来はメジャー行きも充分に考えられる。

 その場合はどういう進路を取ればいいのか、直史は相談されたりするのだ。

 とりあえずセ・リーグにはあまり来てほしくないな、とは思っているが。


 今のNPBのどのチームを見ても、司朗よりも優れたセンターがいない。

 守備力だけならかろうじて、匹敵するかもしれないセンターはいるが。

 ただそれも肩の強さを含めれば、やはり司朗が上であろう。

 あとは打撃に専念させるため、比較的楽なレフトに配置するか。

 あるいは肩の強さを考えるなら、ライトの方が効果的かもしれない。


 去年の秋までは、アベレージヒッターというイメージが強かった。

 しかしセンバツからこちら、アベレージを保ったまま、長打力を圧倒的に伸ばしている。

 これで本当に、ドラ1確定のバッターになってしまったのだ。

 あとはどれぐらいのチームが、これを必要としているのか。

 一応はレックスも、ほしい選手ではあるのだ。

 今のセンターは、はっきり言えば守備力偏重の、打てないセンターであるため。

 それでもおそらく、外野の控えや代走として、仕事はあるだろうが。


 レックス以外に行くならば、パ・リーグに行ってほしい。

 あの読心能力は、少なくとも気合を入れていない時は、直史でも対応出来ない。

 そして日本シリーズなどならばともかく、レギュラーシーズンではそうそう当たりたくない。

 本人としては関東のチームに、どこか行きたいのであろうが。

(タケの息子が入ってくるとなあ)

 父である武史は、好きにすればと放置気味であるらしいが。


 ともかくいよいよプロ野球も、今年の正念場を迎えていく。

 高校野球と共に、野球が最も熱い季節になる。

 直史の勝利数が、果たしてどこまで伸びるのか。

 そういったことなども色々と、確かめていく八月が始まる。

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