第307話 リリーフの事情

 七月最終日のスターズ戦から、国吉が一軍に復帰する。

 正確には前日からなのだが、その前日は直史の先発である。

 つまり完投してしまうか、悪くても七回か八回までは投げるであろう、という考えだ。

 それでもベンチメンバーに入るのは、一軍の雰囲気を取り戻すため。

 二軍の試合は言葉は悪いが、商売ではない。

 一軍で活躍してこそ、プロと言えるのである。


 カップスとの第三戦は、直史もブルペンから注目していた。

 休養日を挟んだスターズとの第一戦に、先発の予定である。

 今のカップスの強さが、果たしてどこにあるのか。

 打線陣がチャンスに強いというのは、数字の上からも確かである。

 得点圏打率の他に、決勝打や逆転打の数字を見ると、確かに劇的な勝利が多い。

 静かに試合を決するレックスは、はっきり言って試合としては地味である。

 そしてライガースは対照的に、勝っても負けても点は入る。


 この試合までにレックスは、61勝31敗1分。

 対してライガースは58勝35敗。

 直接対決で全勝したら、ほぼ並ぶという具合になっている。

 もっともライガースは直前に、今年二度目の三連敗などもしているが。


 レックスが強い理由の一つが、ここにあると言えるのではないか。

 もちろん敗北ストッパーの直史の存在は大きい。

 しかしそれを別にしても、終盤の安定感が違う。

 ライガースはクローザーのヴィエラは安定しているが、セットアッパーがまだ揃えられていない。

 そしてバッティングは水物である。


 1-0の試合などというのは、シーズンを見てもそうないものである。

 だから野球というのは、やはり点の取り合いなのだ。

 ライガースは点を取るが、それ以上に取られてしまう。

 特に終盤に、逆転も多いのは勝敗両方である。

 レギュラーシーズンはともかくポストシーズンは、決定力が必要となる。




 カップスとの試合、オーガスもしっかりと、序盤を抑えてきた。

 立ち上がりというのはどんなピッチャーも、ある程度は緊張するものである。

 プレッシャーに弱いピッチャー、勝負弱いピッチャーというのは、重要な試合でこそ序盤に乱れる。

 ただレックスの先発で、そういったピッチャーはいない。

 結果的には負けていても、序盤で大きくは崩れないのだ。

 それなのにポストシーズンでは、直史への負担が大きすぎる。


 去年のような木津の、フロックとも言える大活躍は、まず期待できないものだ。

 シーズン終盤で三勝、ポストシーズンで二勝というのは、研究された今年においては、まずありえないことであろう。

 木津は特に、イニングをそれなりに投げて、無敗であったのが貢献として認められた。

 わずかな活躍期間であるが、しっかりと年俸は上がったのは当然である。

 そもそも去年は途中まで、ずっと育成であったために、元になる年俸が安すぎたというのはあるだろう。


 オーガスは今年、ここまで16先発して8勝3敗である。

 大きく勝ち越してはいるのだが、先発した試合の勝敗の結果だけを見ると、9勝7敗とあまり良くない。

 六回までは投げられても、七回まで投げられるという試合が少ないのだ。

 また序盤で炎上し、三回で降りた試合も一度あった。

 とはいえ五失点であったので、ライガースなら逆転の可能性はあっただろうが。


 今日もまたレックスは、序盤で先制点を取る。

 オーガスもこの試合、次からは国吉が戻ってくることを伝えられている。

 どうせなら今日から戻って来い、とは思っているかもしれない。

 32歳のオーガスは、やや各種数値が下がってきている。

 それを防ぐのであれば、短いイニングを必死で投げるしかなかろう。


 先発はある程度、ペース配分をして投げなければいけない。

 そういう器用なピッチングの出来るのが、先発と言ってもいいだろう。

 だからこそクオリティスタートと言うような、ある程度の失点は許容範囲と思われている。

 対してリリーフは、追いつかれたらそれで失敗。

 一点差でも二点差でも、とにかく勝つことが求められるのだ。

 そういう意味では平良は、素晴らしい仕事をしている。


 先発のピッチャーに求められるのは、平均的なクオリティである。

 かつてのエースに求められたものは、今ではあまり求められない。

 もちろん圧倒的に勝つエースというのは、どのチームにもいるものだ。

 そしてエース対決などというのが、現代でも普通に行われている。

 MLBではローテーションを組むと、まずそれが変更されることはない。

 これは日本に比べると、相当の悪天候でも試合が成立してしまうまでは、進めてしまうという事情もあるが。


 オーガスも元は、そういう世界で野球をやっていた。

 だがメジャーには上がれず、そこにレックスが声をかけたのだ。

 日本に来て当初は、そうそう圧倒的に勝つピッチャーではなかった。

 ただ数字を見てみれば、充分にエース級であることが分かる。

 しかしオーガスはアメリカ人ではあるが、比較的プレッシャーに弱いところがある。 

 そう言っては酷かも知れないが、あまり痺れた試合では結果を残せない。


 だから現場としても、とにかく目標のスタッツだけを達成すること、というのを言い聞かせている。

 フロントもそれで評価をして、ようやくオーガスは安定するようになった。

 たとえ負けても、六回を二失点なら年俸にはプラス査定。

 これがつい最近までのNPBだと、10勝10敗でマイナス査定であったりもしたのだ。

 MLBでも比較的、最近になってからそういう判断がされるようになった。

 やはり勝ち星というのは、素人から見ても分かりやすいものなので。

 実際に沢村賞には、勝ち星、勝率、完投数などが条件として上がっている。




 六回を三失点と、オーガスは充分なピッチングをした。

 少なくともこれで、マイナス査定にはならない。

 ただ防御率に直すなら、これは4.5となる。

 エースクラスのピッチングとは、とても言えないものであろう。

 だが重要なのは、試合を壊してしまわないこと。

 レックスも三点しか取っていないので、勝ち星はつかない。

 それでも球数が達していれば、素直に交代するのが現代の先発である。


 一試合だけ無理をして、勝ち投手の権利を得る必要はない。

 重要なのはシーズンを通して、ローテーションを崩さないことだ。

 一試合ぐらい序盤で炎上しても、それはままあること。

 それは単なる失敗であるが、それを引きずると不調となる。

 オーガスはそういったことがないので、充分な年俸を稼いでいるというわけだ。


 この試合を見ていても、直史はなんとなくカップスというチームが、不気味であると感じただけであった。

 チャンスにおいて強いチーム、という印象は確かにある。

 ただしチャンスが作れないと、なかなか点にもつながらない。

「カップスはホームランの数、あんまり多くないんだな」

 最下位でこそないが、ブービーのホームラン数がカップスである。

 これはフェニックスが最下位であるが、それはあのドームのホームランの出にくさを考えれば仕方がない。


 出にくい甲子園を本拠地としながらも、ライガースはトップである。

 もっともそれは大介の、圧倒的なホームラン数が影響しているのだが。

(最初からチャンスさえ与えなければ、点につながらないということか?)

 監督かバッティングコーチあたりが、何かメンタル的なことを教えているのだろうか。

 ただチャンスというのも、ヒットを打って作っていくものではないのか。


 それに直史が0に封じた時、味方の打線も0に封じられた。

(守備力の高さは、うちが一番のはずだけど)

 センターラインの守備力は、確かに傑出しているレックスである。

 失点が一番少ないというのは、ピッチャーの力だけで達成出来るわけではない。

 また僅差のゲームであっても、レックスは相当に強い。

 これは特にリードした試合で、逃げ切るのが上手いのだ。


 大平も平良も、点を取られないわけではない。

 ただ大平は迫水のサイン通りに、平良は自分の考えも含めて、許容範囲内の失点に抑えるピッチングをしている。

 このあたりの勝てばいいという思考は、直史もとてもよく理解出来る。

 先発にはアベレージを求めるが、リリーフには勝利を求める。

 ただし勝ちさえすれば、アベレージなどどうでもいい。

 もちろん勝利を目指せばアベレージも安定するし、勝っていればアベレージも良化する。

 野球は統計のスポーツであるので。




 七回にレックスは須藤を投入。

 先発のローテ争いは塚本に負けているが、七回の国吉の位置で、そこそこ結果を残している須藤である。

 ただこの同点の場面では、あまり成績に反映されない。

 そもそもこの試合、ベンチが同点の場面で、勝ちパターンのリリーフを投入するのかどうか。

 そういうことを色々と考えていたら、むしろピッチングに影響するだろう。

 また国吉の復帰が決まった以上、この場面での投入は回またぎのリリーフにもなりうる。

 須藤がそういう状況で、どういうピッチングを見せてくれるのか。


 レックスの打線がどう動くかも、考えなければいけない。

 点を取ってくれるのかどうか、それを考えて投げていく。

 勝ちパターンのリリーフと違って、そのあたりに何でも屋的なところがある。

 しかしマウンドを与えてもらうだけでも、それはピッチャーにとってチャンスなのだ。


 ブルペンでも須藤は、黙々と準備をしていた。

 それに回またぎの可能性も、示唆されていたのだ。

 あるいはビハインド展開でも、点差が少なければ使われる、とも言われていた。

 ホールドもセーブも、そして勝利も付かないかもしれないが、それでも実績にはなる。

 リリーフピッチャーは登板数と、イニング数が評価の対象になるのだ。


 ここで一点を取られたら、もちろん評価は下がるだろう。

 しかしおそらく、そのまま最後まで投げさせられる。

 そして一点だけで済ませれば、チームが逆転してくれるかもしれない。

 3イニングを投げて一失点だけなら、防御率換算では3となる。

 充分な数字ではないか、という言い分も立つ。


 このあたりの評価がフロントとしては難しい。

 だが豊田はしっかりと、このあたりの評価をつけている。

 プロであるならば少しでも、勝利に対して貪欲であるべきだ。

 投げやりなピッチングにさえなっていなければ、充分に評価に値する。

 それぐらいの口を出す権限は、豊田にもあるのだ。

 数字だけで評価するなら、人間は全く必要なくなるだろう。


 須藤はそもそも、その数字だけで評価されていたところから、レックスに移籍してきた。

 そして一軍の試合で、ちゃんと投げているのだ。

 先発した試合はたったの五回で、クオリティスタートが二回。

 ただし勝敗だけを見れば、0勝3敗となっている。

 だがレックスの打撃力が高ければ、もう少しマシな数字になっているだろう。

 その場合はレックスの守備力の貢献はどうなのか、という話にもなってくるが。


 七回の表、須藤はランナーを二人出した。

 しかし最終的には、ダブルプレイで無失点に抑える。

 今の須藤に足りていないのは、経験と自信だな、と豊田は感じている。

 ピッチングのクオリティが、ブルペンとマウンドで、まだまだ一致していないのだ。

 メンタルの成長が、まだ足りていないと言えるであろうか。

「なんとか上手く育ててやらないと……」

 ブルペンでリリーフの投入を考えるだけではなく投手陣全体の強化も考える。

 少しでも投手の指数が良化すれば、それが評価される豊田なのだ。




 この試合、結局はレックスがサヨナラ勝ちした。

 3イニングを任された須藤は、一点もやらなかったのだ。

 そして最終回の裏に、セットプレイでレックスは一点を取った。

 まさにレックスらしい、粘り強い得点の仕方であったのだ。


 須藤はこれによって、一軍初勝利である。

 皮肉にもこれまで、七回で点を取られたり、ビハインド展開で投げたりと、機会がなかったということはある。

 だが3イニング投げて、一点も取られなかったというのは、一つの事実で自信となる。

 国吉が戻ってきたことで、勝ちパターンのリリーフからは外れるだろう。

 しかし先発が五回しかもたなかった場合、六回を任されるのではないか。

 あるいは同点の場面で、登板が回ってくるのではないか。


 そういった微妙なチャンスを、しっかりと勝ち取っていかなくてはいけない。

 ドラフト上位で指名されたようなピッチャーは、最初からそれなりのチャンスを与えられる。

 しかし下位指名や育成など、そうではないピッチャーというのは、機会を自分で作らなければいけない。

 現代のNPBは、ドラフトからの育成が主流になっている。

 特にレックスのような、それほど資金力が豊富でないチームは、育成に力を入れていく必要がある。

 もっとも育成するにもそのコーチ陣に、どれだけ金をかけられるかという問題もあるのだが。


 圧倒的な資金力がない限り、常勝軍団を作るのは難しい。

 これはもうどうしようもない現実である。

 ただ金の使い方によっては、数年に一度の優勝を目指していくことが出来る。

 あるいはスターズやレックスのように、一人の選手のカリスマが、チーム全体を変えてしまうこともあるが。

 いやレックスの場合は、鬼畜眼鏡のリードと、直史の支配的ピッチングが、この結果をもたらしているのだ。

 その点で言えばライガースは、それなりに資金を投下している。


 現在のプロ野球は、親会社は存在していても、独立採算が基本となっている。

 それで実際に勝てるのだから、強いチームは問題ない。

 またカップスなども、資金力は巨大ではないが、地元にしっかりと密着している。

 熱心なファンの財布に支えられて、ある程度の補強は出来ているのだ。


 そのあたりのメンタル的なところが、カップスの強さなのだろうか。

 ファンサービスをしっかりする、というのもカップスの選手たちに徹底されたことだ。

 確かにカップスはホームでの勝率がいいが、絶対的に差があるというわけでもない。

 しかし前回の引き分け試合においても、神宮での試合であった。

 それなのに抑えているあたり、カップスの強さがやはり、よく見えない直史である。




 七月の試合は、残り二試合だけ。

 スターズ戦の第一戦は、直史が先発である。

 今のスターズはタイタンズと同じく、主力が欠けていてチーム全体の勢いが落ちている。

 冷静に考えれば、武史が離脱してはいても、ローテが一枚欠けただけと考えるべきなのだが。


 もっとも武史もまた、直史と同じくイニングを食うピッチャーだ。

 それが離脱しているので、リリーフにかかる負担は大きくなっている。

 投手陣全体にかかる負担は、これまた冷静に見れば明らかなこと。

 このあたりは首脳陣が上手く、選手たちのメンタルを上げていく必要があるのだろうが。


 スターズは長年、上杉の影響下にあった。

 上杉は監督の采配を批判などしないし、むしろ首脳陣の無茶振りにも頷いて応える人間であった。

 しかしそんな体制が続いたことが、チーム全体には悪影響を与えたのではないか。

 上杉が引退したことにより、チームの弱体化が考えられた。

 そこを純粋にピッチャーとしての力ならば、武史で埋めることは出来たのだが。


 勝っている時はいいが、負けた時にどう、首脳陣はチームを支えるのか。

 それが出来ていないスターズは、現在はどうしようもない状態なのだろう。

 上杉を現場の監督に迎えられれば、何も問題はなかった。

 だが元々上杉は、引退後は球界から離れると、普通に宣言していたのである。

 実際に今は、政治家として活動している。


 そのスターズ相手には、直史は特に怖いところはない。

 普通に投げて抑えて、七回か八回ぐらいまで投げればいいだろう。

 点差がついていれば、国吉の復帰戦として、リリーフに任せてもいい。

 もっとも球数が嵩んでいなければ、最後まで投げきってしまうのが直史である。

 特にまたパーフェクトやノーヒットノーランなどをしていれば、交代はかなり難しくなる。


 出来れば一本ぐらいヒットを打たれていて、五点ぐらいのリードがあって、後ろにつなげるという場面がほしい。

 さすがに贅沢すぎる話かもしれないが、そんな状況なら国吉を使える。

 基本的に今、レックスはリリーフ陣が、消耗しないように投手運用をしている。

 しかしある程度一軍から離れていた国吉には、アジャストする機会は与えるべきであろう。

 二軍戦でいくら投げていても、一軍の試合とは違うのだ。

 もっとも勝ちパターンのセットアッパーであった国吉には、それこそ最初から厳しい場面で投げてもらうべきかもしれないが。


 カップスの不気味さの正体が、はっきりしなかった。

 それはもう過ぎ去ったことだし、勝ち越したのだから気にしても仕方がない。

 まずは目の前の、スターズ戦に勝つことを考える。

 スターズはスターズで、アベレージヒッターを揃えた打線になっている。

 そのあたりで直史が打たれれば、あっさりと交代の条件も満たすのだが。


 一日休養日があって、そして火曜日に神奈川スタジアムでの試合。

 直史は当然のように、それに合わせて調整している。

 季節は灼熱の八月を、もう目前としている。

 この年齢になってくると、どうしても肉体の耐久力は、若い頃に比べて落ちるものだ。

 大介などの体力は、まるで衰えを見せていないが。

(ライガースとはこの七月で、それなりに縮められたな)

 だがまだまだレックスのリードは、シーズン序盤から続いているのである。

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