第306話 不思議な三番手
三島は直史に、メジャーのことについて少し尋ねたことがある。
野球の最高峰のリーグは、やはりアメリカのMLBで、そこでも直史は無双したのだ。
「大味だけど、それだけに強いかな」
直史の言葉を、そのまま理解するのは難しい。
「球速にしろ変化球にしろ、全てが速く大きくとなっていって、サインも本当はベンチから出るし」
直史は従わなかったというか、キャッチャーと一緒に相手を抑えていた。
それで完封を何度もしているのだから、MLBの人間たちも頭を悩ませたものだ。
三島は普通に、MLBでのアドバイスを聞きたかったのだ。
直史としてもそれが、分かってはいた。
「同じ野球だけど、高校野球とプロ野球みたいな差がある感じかな」
トップクラスであれば、普通に通用するというわけだ。
特にピッチャーに関しては、日本人選手の成功実績は豊富である。
三島は去年、シーズン終盤で少しチームを離脱した。
それもあって今年は、万全の状態で投げようとしている。
そして今度はポスティングで、大きな契約を取りにいくのだ。
直史は技術的なことなどはともかく、稼ぐ方法については、かなり積極的に教えてくれた。
野球に対する情熱というのを、あまり感じさせないのが直史である。
ひたすら現実的なその思考こそが、彼を強くしているのでは、と思わないでもない周囲である。
カップスの何が強いのか。
打率自体はレックスと、ほぼ変わらないものである。
ただ得点圏打率や、連打というのが多いのだ。
つまり効率よくヒットを打っているのがカップスである。
打ってほしい時に打ってくれるというのは、ファンから見ても面白い。
カップスはチームとファンの関係が、一番いいとも言われているチームなのだ。
ただそんな精神的な面だけで、上手く連打となるものであるのか。
(数字と映像を見れば、だいたい分かるものはある)
直史はそう思うのだが、それを調べるのはチームスタッフの仕事だ。
そもそも直史はカップスを相手にしても、一点も取られていない。
だがその試合は直史が唯一、勝ち星を上げられなかった試合でもある。
引き分けてしまって、九回のパーフェクトが無駄になったのだ。
最終的には色々と、考えなければいけなくなるだろう。
だがまだ直史は、カップスとはその一戦のみ。
圧倒的な勝率を誇るレックスだが、第一戦の敗北を入れてみれば、カップス戦は6勝8敗。
つまり相性が悪いチームということになるのかもしれない。
もっともこれは相手をライガースとしても、同じ数字になる。
弱い相手には徹底的に強いが、ちょっと強いチーム相手だと、それなりに負けている。
もっともカップス相手の試合は、先発の弱いところが当たったりしていたりするのだが。
ここで直史がもう少し分析していれば、よりレックスは楽に戦えるようになったかもしれない。
だが直史はいまだに、カップスを脅威と感じていない。
それでも第一戦を見て、首を傾げるところがある。
塚本の投げた試合、その先発の6イニングで、ヒット六本とフォアボール三つ、そしてエラーのランナーも一人いた。
これだけあっても四点というのは、あまり効率的な得点ではないのではないか。
気になるのはカップスが、ダブルプレイでのアウトを取られていなかったことだ。
後は状況によって、送りバントも使ってきたりしている。
その攻撃の仕方を見ていると、スモールベースボールなのか、と思うところはある。
ただ長打もそれなりにあって、そこで点を取れている。10人ランナーが出て、そして四人が帰ってきた。
そう考えるとやはり、微妙な数字かとも思えるのだ。
(三島はここまで、二試合の対戦か)
どちらも三島に勝ち負けはついていない。
試合としては1勝1敗である。
弱いチームには徹底的に強いレックス。
酷いのはフェニックス戦で、13勝1敗と完全にカモにしている。
タイタンズとスターズ相手にも、大きく勝ち越しているのだ。
ここでしっかりと星を拾って、ライガース相手のリードを保っている。
ただ直史は、引き分けの一試合にしかまだ出ていない。
もちろん偶然ではあるが、こういうことも流れの悪さに関係するのか。
一度先発のローテで対戦して、徹底的に打線の自信を潰してやるか。
だがそれをやった試合でも、引き分けで終わってしまったのだ。
バッティングの優れたライガース相手に、負け越しているのは相性の問題だろう。
だがタイタンズ相手には、勝ちこしている。
もっともスターズ相手となると、それ以上に勝ち越している。
やはりバッティングの強いチームには、比較的負けているということなのか。
ただそうなるとカップスに負けているのは、あまり説明がつかないことであるが。
三島なら普通に、クオリティスタートは決められるだろう。
今日のカップスの先発からなら、三点は取れると思う。
しかしそうすると、七回はどうなるのか。
また野球というのは、偶然性によって、一点や二点は変わってくるものだ。
レックスの試合は、その偶然性が少ない。
それでもある程度は、偶然が左右する。
カップスの勝率はおおよそ五割。
レックスの勝率は少し落ちてきたが、それでも六割をはるかに上回る。
しかしバッティングの打率もそうだが、一割の違いというのが、とてもシビアなスポーツだ。
得点の多くなるスポーツの方が、基本的には実力差がそのまま出る。
また選手が少ないものも、同じようなものである。
ただサッカーなどは、ヨーロッパの強豪に日本が勝つことは、ほとんどなかったりもする。
するとサッカーなどは、偶然性の低いスポーツなのか。
足でボールをコントロールするスポーツで、1-0などの決着もあるスポーツ。
それだけを見ればやはり明確な実力差が、点数以上にあったりするのか。
もっとも実力差がありすぎれば、一点を取った時点で勝利として守るだけ、というチームもあるだろう。
選手のクオリティが圧倒的に違い、戦術を間違えさえしなければ、勝てるスポーツなのだろうか。
もうちょっと考えてみれば、野球の得点の仕方にこそ、偶然性が隠れていると言ってもいい。
サッカーはどれだけ頑張っても、一度に一点しか入らない。
だが野球は最大で四点入るのだから、ここに偶然性があるのではないか。
直史でさえ逆転ホームランというのは、打たれたことがあるのである。
同点にさえ追いつかれなくても、一発で一点の入るホームランが、野球の偶然性を高くしているのか。
試合が始まって、まずは初回のカップスの攻撃を、ランナーこそ出したものの食い止める。
ほとんどのピッチャーは立ち上がりが、良くも悪くも気になるものだ。
序盤で試合を壊してしまえば、逆転することは難しい。
昔の野球と違って、今の野球はかなり緻密だ。
リードを奪えばそこから勝っていくという、意識がかなり徹底している。
特に七回以降などは、勝ちパターンのリリーフが存在する。
もちろん全てのチームが、この七回以降に抑えを確保できているわけではない。
また先発が六回どころか、五回で交代することもある。
投手の運用の安定があってこそ、ペナントレースは勝つことが出来る。
目の前の試合一つ一つに、選手は集中するべきだろう。
だが監督などの首脳陣は、一つや二つ負け越すカードがあっても、あるいは全敗のカードがあっても、最終的にペナントレースを取ればいいのだ。
三島に対して考えているのは、頑張りさせすぎないこと。
オフにポスティングを考えている三島の意見は、球団側も承知している。
今ならば三島は、こう言ってはなんだが高く売れる。
その三島は頑張りすぎて、故障してしまう可能性がある。
去年の終盤の短い離脱も、そのあたりが理由であったろう。
今年もまた頑張りすぎて、終盤で離脱するのは絶対に避けたい。
ポストシーズンは直史次第、というパターンは脱却したい首脳陣なのだ。
もちろん最強のエースを、頼りにしないというわけではない。
三島にもしっかりと仕事をしてもらって、そしてアメリカに行ってもらう。
このあたりはフロントの意見もあるが、現場でもピッチャーの運用は注意している。
そろそろ国吉も、二軍での調整が上手くいって、帰ってくる準備をしているのだ。
先発に七回まで投げさせる、というのは最初は良かった。
だが七月に入ってからは、勝率が落ちているのは間違いない。
やはり先発への負担というのもあるが、七回に追いつかれたり勝ち越されたりというのが、それなりに多いのだ。
また対戦相手もそれを承知の上で、先発の球数を増やすという考えであるらしい。
こういう時にこそ逆に、若手のリリーフなどはアピールのチャンスなのだ。
しかし決定的なリリーフは出てこないまま、国吉の復帰は次のスターズ戦あたりからとなっている。
このカップス戦、勝ち越すことが出来るかどうか。
ライガースが七月の成績はいいため、かなりあった差が縮まってきている。
それを別としても、カップス戦の勝率は良くない。
このまま苦手意識がついてしまえば、レギュラーシーズンの終盤には、カップスが大きな壁となる可能性もある。
初回はレックスの方も点を取れなかった。
実力差が小さいプロ野球だからこそ、先取点の重要性は大きい。
直史はカップスの動きを、ブルペンからしか見ることはない。
ベンチ入りの役割を持っていないからだ。
(こういう時は投げないにしても、ベンチにいるぐらいの理由にはなるかな)
メンバーに名前があるだけでも、相手に威圧感を与えるのではないか。
直史は確かに先発として、負けないピッチングをしている。
だが勝っている試合でクローザーになれば、それ以上の実績を残しているのだ。
カップスの微妙な強さの秘密はなんなのか。
逆に言うと弱いチームが相手でも、それなりに負けているのがカップスである。
レックスはライガースとカップスに、今のところは負け越している。
だがライガースはカップスを相手に、しっかりと勝ちこしているのだ。
(やっぱり得点力の問題なのか)
打撃力に似ているが、得点力はまた別のものである。
しかしレックスも間違いなく、僅差の試合を制するチームなのだ。
四月や五月に比べると、点差の大きな試合が多い。
負けている試合だけではなく、勝っている試合でも同じことなのだ。
六月は交流戦が多かったので、ちょっと参考にしにくい。
あくまでもペナントレースは、同じリーグのチームとの対戦が、最終的な結果に結びつく。
ただ交流戦自体はむしろ、レックスは圧倒的に勝ち負けがよかった。
北海道以外とは、勝ち越しか全勝であったのだ。
負けている理由の一つに、比較的こちらの先発の、弱いところと当たっているから、というのもあるだろう。
また上手く七回あたりで、勝ち越されたり逆転されたりもしている。
「数字と勝ち負けとかを見てると、運以外にも何か、理由がありそうなんだよな」
「それが分かればありがたいんだが」
直史と豊田は、ブルペンでそんな話をしている。
カップスが持っているのは、打線の勝負強さだ。
特にホームゲームで、それは顕著になる。
勝率などは特に、カップスはホームで強い。
ライガースなどは意外と、勝率などはさほど変わらなかったりする。
ただしホームになると、得点力がアップする。
同時に失点も多くなってしまうのだが。
このあたりチームの個性と言えるのだろうか。
カップスは特に、広島にとっては戦後の復興から、ずっと象徴であったという。
ライガースの人気も高いが、なんとなく質の違うものだ。
どこがどう違うのか、というと説明のしづらいものではあるが。
ちなみにレックスでも、わずかだがホームゲームの方が強い。
野球に限らずどの競技でも、ホームゲームが強くなるのは当たり前である。
これは雰囲気や応援といったものではなく、純粋にグラウンドの特徴にアジャストしているからだ。
遠い昔の後楽園球場では、タイタンズが人工芝を初めて使ったとき、一気にホームでの勝率が上がったとも言われる。
カップスの球場に、そんな特徴は存在しない。
そもそもMLBでのスタジアムに比べれば、日本の球場の違いはささいなものだ。
ドームや神宮では、ホームランが出やすい。
ただそれは年間の総合を通して、やっと分かることなのだ。
「選手の視線と指揮官の視線は、やっぱり変わってくるだろうな」
「その通りなんだが、今日はなんとか勝ってほしいな」
引き分けもあるので、単純な計算は出来ない。
だがライガースは七月に入ってから、確実にレックスとの差を詰めてきている。
こうやって考えていると、逆に負けてしまうのも野球だ。
ただそういうジンクスなども、今年の三島には関係がないようである。
しっかりとピンチも最少失点で抑えて、試合は終盤に入る。
そして七回までを投げて、わずか二失点のハイクオリティスタート。
打線は三点を取っており、なんとか逃げ切れるかといった雰囲気になる。
今年のレックスは本当に、試合の終盤に強いのだ。
特に平良の安定感は、万全と言ってもいいものである。
クローザーとしては不思議ではないが、防御率も1点台の前半。
セーブ機会失敗というのが、同点に追いつかれた試合一つだけ。
それも最終的には、勝ち投手になっているのだ。
あまり考えすぎると、かえって悪い結果をもたらす。
八回は大平を投入し、フォアボールでランナーを出すも、失点には至らず。
レックスも追加点は取れないが、九回の表を迎える。
最悪ここで同点になっても、裏の攻撃があるのがレックスである。
そう考えることが出来たら、プレッシャーは少なくなる。
平良は間違いなく、プレッシャーには強い選手であろう。
だがどんな人間であっても、プレッシャーの影響下においては、普段よりも疲れるものなのだ。
七月に入ってから、平良はこれが五度目のセーブ登板である。
六月までにかなりの頻度で使われていたので、大変だったのは確かだ。
ただリリーフピッチャーというのは、登板数がそれなりに給料に反映される。
もちろんその勝っている状況を、どれだけ守ったかという数字も意味があるが。
平良などは今年、50セーブにまで届きそうな、そんなセーブ数を残していた。
もちろん三連投などのような、無茶な使い方はしていない。
完全に1イニングに限定していて、それで結果を残している。
前の大平が抑えて、そして九回の表。
相性が悪いとされるカップス相手だが、平良には気負ったところもない。
果たして何か、カップスの強さなのか。
この試合にしても、確かに打線は三点しか取れていない。
ただ三島がしっかりと、二点に抑えている。
相手の打線に関しては、一発をソロで浴びた以外は、ほとんど連打などもないのだ。
「隙がない野球だなあ」
カップスの内部事情は知らないが、何かがあったのか。
それともようやく、チームがかみ合ってきたのかもしれない。
直史は今年まだ、一度しか対戦していない。
そしてその対戦で、勝ち星を逃してしまった。
終盤には当然、また投げる機会が出てくるであろう。
その時に徹底的に抑えれば、この奇妙な勝率も改善されるか。
ただ弱い相手にもそれなりに負けているというあたり、何かが隠されているのだろうが。
平良はここで一本、ヒットは打たれた。
しかしながらそれを得点にはつなげず、九回の裏はなくなる。
3-2でこのカード、一勝一敗の五分になる。
そして明日は、オーガスの投げる試合だ。
オーガスも今年、充分に勝っているピッチャーだ。
そもそもレックスは勝てるピッチャーの試合で、しっかりと勝率を上げている。
木津が貯金を作っていなくても、充分なのが今の順位である。
ただ直史が圧倒的に勝っていなかったら、単純にその試合を勝てないだけではなく、リリーフ陣にもかなりの負担があったろう。
一戦目に使わなかったので、次の第三戦にも使うことが出来る。
次のスターズとの対戦は、また直史が第一戦を投げるのだ。
三島は上手く勝ったが、オーガスの試合で何かが見えてくるのか。
神宮でのホームであるから、直史はこうやって試合を見ている。
だが遠征になれば、あちらの球場で試合を見る機会もやってくるだろう。
その時にカップスが、どういうチームに見えるのか。
シーズンはまだ中盤であるが、既に終盤を視野に入れている直史であった。
×××
本日は第十部Bにパラレルも更新しています。
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