第300話 大敗
タイタンズとの残る二試合は、百目鬼と木津の担当であった。
今年でポスティングが濃厚とされている三島だが、百目鬼も今年の成績は凄い。
12先発で9勝1敗と、勝率だけなら武史よりも高い。
それよりさらに高い勝率で、直史と三島がいるのがおかしいのだ。
そして第三戦の木津は負け、三連敗となった。
ただこの試合も含めて、前の二試合も7イニングを投げて、三失点に抑えている。
今シーズン通算の防御率は4であるので、それほど良くないことは確かだ。
しかし15試合先発でハイクオリティスタートを三度達成し、ハイクオリティスタートを含めたクオリティスタートも12度成功。
ピッチングにいい意味で、おかしな波がない。
試合を作れるピッチングをしているのだ。
レックス首脳陣はリードしている場面以外は、勝ちパターンのリリーフを使わないことを徹底。
これがなければ木津の成績は、負け星は少なくとも減っていたと思う。
5勝6敗とついに負け越してしまったが、正直なところ打線の援護が少ない。
また勝ち負けや防御率とは違う、試合を壊さないピッチングが大きい。
このままローテを守ってくれていたら、来年は負け越しても年俸は上がるはずだ。
直史はそう考えるのだが、いまだにNPBの評価は、勝ち負けや防御率で計算される。
木津は国吉離脱後の試合で、七回まで投げることが多くなった。
そこで三点までに抑えても、試合の勝利につながらないのだ。
これは今のNPB基準では、かなり気の毒なものである。
最終的に勝ち負けの貯金だけで、評価を決めたがる編成はいる。
もちろん現場の首脳陣としては、木津は必要な戦力と感じている。
去年の三勝はフロックであったかもしれないが、序盤での炎上がないのが、木津のピッチャーとしての価値だろう。
問題は次のライガース戦だ。
三島とオーガス、そして塚本という並びの三連戦。
ここでは悪くとも、一試合は勝っておかないといけない。
ライガースはオールスター明けの三連戦、フェニックスと当たっていた。
この楽なカードで三連勝出来なかったのは、惜しいことであるのだろう。
しかし確実に勝ち越しているので、そこは及第点と言えるだろう。
フェニックスとしては、とにかく連敗を少なくしたい。
だが何かの勢いで連敗するのではなく、だらだらと負け越しばかりというのも、チーム力が決定的に弱いのが分かってしまう。
潔く連敗した方が、そこから脱出するのに懸命になれる。
逆に勝っている時は、いつかは連勝も止まると普通に考えておけば、変なダメージを受けたりはしない。
たとえばレックスの場合は、連敗しても必ず直史が止めてくれる。
それは甘えとも言えるのかもしれないが、やはり心の余裕としておくのだ。
己に厳しくあることが、当然であるという意識が、野球の世界にはある。
野球に限らずスポーツでは、厳しく苦しい練習が、結果につながることがある。
だからスポーツ選手というのは、基本的にマゾしかいないのだ。
ただ本当に上手くなるためには、楽しさがなくてはいけない。
直史の場合も配球の組み立ては、自分で好きなことが出来るように、変化球とコントロールを磨いた。
思い通りのところにボールが投げられれば、それが面白いのである。
さらにそれでバッターがくるくる回転すると、より面白くなる。
直史も人間なので、勝負に勝って面白くないはずもない。
登板予定ではない直史は、甲子園には帯同しない。
この時期にはまさに、高校野球の夏の県大会が始まろうとしていた。
そして甲子園に行かなかったことは、幸いであったかもしれない。
一日目は雨によって、試合が延期となったのだ。
復帰一年目、日本シリーズに進めなかった原因は、色々とある。
だが雨による試合の順延が多かったというのも、その理由の一つではあるだろう。
それを別としても、直史は雨に対する苦手意識がある。
実際のところは雨であっても、普通に勝ってしまっている。
しかし一度染み付いた苦手意識は、なかなか上書きできないものだ。
MLBではNPBよりもさらに、天候により試合中止は少なかった。
なにしろ日程が厳しかったため、延期をすると後が苦しくなるからだ。
162試合が終わっていないのに、順位が決定してるならば、場合によっては残り試合が消滅ともなる。
個人タイトルに影響が出そうだが、そういったことに考慮はないのか。
一応はないのである。野球は集団競技なので、個人タイトルは重視されない、というのが建前となっている。
MLBはMLBで、かなり露骨なところもあったものだ。
翌年のドラフトで有力選手がいた場合、チームの戦力をレンタルしたりトレードしたりして、わざと弱体化する。
そしてドラフト一巡目で、有望選手を獲得するというものだ。
今ではそれの弊害を意識して、少し改正されている。
ちなみに日本も昔は、完全ウェーバー制であった。
今でもウェーバー制は残っているが、それは二位以下の指名。
一位のみは指名が重複した場合、クジで指名権を得る。
今年のドラフトに関しては、ほぼ全てのチームが、司朗に注目している。
もっとも司朗自身は、最後の甲子園に向けて、進路は考えないようにしているらしいが。
ただ直史は相談を受けた時、引退したあとの話をした。
いまだに現役でバリバリと働く父の姿を見ていると、自分にも出来そうな気がする。
また大介も完全に、今が全盛期のノリである。
それに比べると直史は、大学を卒業してもすぐ、プロに行ったりはしなかった。
メジャーを怪我で引退してから、復帰までのブランクも長い。
一年目は一軍の最低保証年俸でプレイしたのだ。
司朗ぐらいの選手でも、将来は不安になる。
逆に武史の蹂躙的なストレートを知っているからこそ、自分がプロで通用するのが、信じきれていないのだろう。
実際に豊作と言われた今年一年目の高卒ピッチャーは、それほど目立った活躍をしているわけではない。
もっとも一年目からローテーションに定着していれば、それだけでも充分な活躍なのだろうが。
そういった上級生ピッチャーから、司朗は簡単に決勝打点などを打っていた。
打率以上に、得点圏打率が高い。
それだけに敬遠されることも、かなり多くなっている。
最後の春から、司朗は長打力を高めている。
センバツでもホームランを打っていたし、練習試合でも完全にスラッガーとしての能力を覚醒させている。
直史も今のレックスの、二番を打たせたいと思ったりする。
あるいは一番でもいいが、そうなると左右田か緒方のどちらかが、打順が変わることとなる。
NPBでも二番に、長打も打てるバッターを置くことは、流行って来ている。
緒方は確かに器用なバッターで、打率はともかく出塁率はまだ高い。
それでもさすがに、上位に置いておくのは苦しいのでは、と言われるようになってきた。
レックスの得点は、セットプレイによるものが多い。
緒方はとにかく、ダブルプレイにはならないバッティングをしている。
それにポジションの問題もある。
レックスはセンターの守備力はものすごく高いし、また走力も高い。
ただ打率はかなり微妙であるし、肩も平均よりやや強めという程度。
ここに司朗が入ったら、と考えることはある。
もしレックスに入るのが無理でも、セの弱いところか、パ・リーグに入ってほしい。
もっともパでも強いところに入ってしまったら、日本シリーズで対決することになるが。
司朗は頭もいいのだし、高卒プロ入りを目指すどころではなく、大学で色々と勉強をした方がいいのではないか、とさえ直史は思う。
才能が他分野にあるというのは、それはそれで選択が難しい。
ライガースとの試合は、二連戦となった。
ここでレックスは、ピッチャーをスライド登板させる。
ポスティングを視野に入れて、完全にアピールの体勢に入っている三島。
そして三島には負けるが、やはり計算して勝てるピッチャーのオーガス。
新人でありながらローテに定着しかけていた塚本は、このローテの順番がオールスターなどで変わったこともあり、かなり先発を飛ばされている。
もっともさすがに投げない期間が長すぎるか、ということでリリーフとして短いイニングは投げたが。
プロは試合に出れば出るほど、一番の練習となる。
ものすごい量の練習をするのは、そこまでやらなければ一軍の試合経験に、負けてしまうからである。
直史は自分ではあまり感じないが、一軍と二軍では全くプレッシャーが違うという。
初めて出場した甲子園のマウンドで、ノーヒットノーランをしてしまう人間には、並の神経は通っていないのであろうが。
価値観の問題と、思考力の問題であるのだ。
肉体だけでどうにかなったアマチュア野球。逆に肉体だけでどうにかする必要があった。
いくら相手のデータを集めても、短期決戦では不確定要素がある。
それに比べるとプロの世界は、年間に143試合も行われる。
ここで相手のデータをどう集め、そしてどう思考して行くかが問題なのだ。
珍しいことに、三島は大介相手に、真っ向勝負をしかける。
これを首脳陣が許したのは、既にポストシーズンを見据えてのことかもしれない。
ただ今年も間違いなく、エースクラスの活躍をする三島であっても、大介とまともに勝負してはいけない。
五打席も勝負してもらえるという、大介にとってはありがたいこの試合。
四安打でホームランとツーベースが一つずつに、あとは単打が二本であった。
五打席勝負して、抑えたのは最初の一打席だけ。
そこでかえって、自信を持ってしまったのが悪いのだろうか。
ボコボコに打たれて、そしてリリーフにチェンジ。
リリーフピッチャーもやや逃げという程度であると、軽くバットの先で野手のいないところに運ばれる。
ライガースの圧倒的なパワーが、三島を粉砕してしまった。
大丈夫、MLBにも大介以上のスラッガーは、未だに登場していないから。
レックス首脳陣としては、ライガースを既に、クライマックスシリーズのファイナル相手として考えている。
ただ本気で勝負してしまった結果、今季最悪の13失点となったりした。
これはライガースとしても、今季最多得点である。
甲子園はお祭り騒ぎであった。
先発でノックアウトされた三島には、メジャーは10年早いぞなどと、辛辣な言葉もかけられる。
だがここから10年も待っていれば、引退してしまうだろう。
去年行ってもいいぐらいであったのだ。
準備をしすぎて機会を失う、というのは野球に限らずよくある話だ。
ドラフトで指名をされていながら、進学なりをした後に、二度とドラフトにかからなかった選手はいる。
また大学でまで投げず、高卒でプロに来た方がよかったのでは、と言われる選手もいる。
逆に素材のままで、アマチュアでしっかりと育ってからの方が、という選手もいるのだ。
今はそういう素材枠を、育成でしっかりと取ってしまっているが。
第一戦が雨で流れたため、ライガースが調子に乗っても二連勝まで、という計算はレックス首脳陣にあった。
しかしここまでの大差になるとは、さすがに分からなかったのだ。
打線は三点を取っていて、まあいつもの感じのレックスというレベルだ。
だがこの圧倒的なバッティングによる敗北は、やはり第二戦にも響いてきた。
レックスはオーガス、ライガースは津傘という対決。
前日の勝利に乗って、さらに言うならフェニックスにも勝ち越しているので、ライガースには勢いがある。
これを確実に止められるとしたら、それこそ直史ぐらいであろう。
またこの次のカードはスターズ戦だが、スターズも武史が抜けてしまっている。
すると地味に強さを発揮する、カップスに期待するか。
しかしライガースはもう七月中は、レックスともカップスとも、対決する試合が残っていないのである。
勢いをつける条件が揃っていた。
今年もなかなかいい成績を残している、レックスのオーガス。
だがなんだかんだ言いつつ、防御率にすると3を超えているのだ。
ライガースのノリに乗った打線を、上手く抑えることが出来るのか。
無理だろうな、と直史は思う。
こういう試合こそ木津などが、上手く抑えてしまうことがあるかもしれない。
だが木津もまた、チームには帯同していないのだ。
直史がいたら投げさせたかもしれないが、そうなると予告先発のオーガスを、ローテーションを飛ばして使わなくてはいけなくなる。
どのみち当日に、甲子園までいって投げるというのは、直史のピッチングスタイルではない。
レックスがするべきは、下手にリリーフに嫌なイメージを付けさせないこと。
この流れだとちょっと、負けること自体は仕方がないだろう。
まだレックスの方が、星の数では充分にリードしているのだ。
しかしここで負けてしまって、一気に負け癖が付く可能性もある。
それをレックス首脳陣が恐れずに済むのは、次のタイタンズとのカードにおいて、直史が第一戦の先発であるからだ。
必ず勝ってくれるピッチャー。
そんな幻想のような存在が、現実に存在する。
これこそまさに、レックスに余裕がある理由。
ただもちろん。勝てるものなら勝ってしまうにこしたことはないのである。
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