第294話 断じて正しくないバッティング
オールスターの出場選手が決まったが、故障した武史はもちろん、直史や大介も不参加である。
これに関しては非難もあったが、そもそもオールスターの価値はどうなんだ、という話も出てきている。
かつては確かに、その意義もあったのだろう。
また若手の選手にとっては、選出されればそれだけ、インセンティブに関連したりする。
もっともMLBだと、完全にホームラン競争の方が、視聴率が高いらしい。
あちらは30チームもあるだけに、余計に顔見せにしかならなかったりするのだ。
名誉というのならば、それこそベストナインなどの投票があればいい。
特にMLBはWARという、試合にどれだけ貢献したか、という数字も出している。
そういうもので客観的にも、誰が優れているのか分かるのだ。
ホームラン競争は、誰が勝つのか分かりきっている。
今年の大介は既に30本を超えており、助っ人外国人などもせいぜいが20本を超えたぐらい。
基本的に今は、ピッチャーの方が有利な時代と言える。
それでも大介は関係なく、ホームラン王になり続ける。
もっとも本当に別格であるのは、打率と出塁率なのだ。
NPBでは初めて、四割を超えたバッター。
MLBでもはるか昔を除けば、四割バッターなど出てきていない。
ホームランを捨てれば四割打てる、とベーブ・ルースは言ったとか言わないとか。
だが大介はホームランを伸ばした上で、四割に達したのだ。
三冠王という概念は、アメリカではあまり意識されていない。
ただあちらでも長く、大介はタイトルを独占し続けた。
日本よりも盗塁の価値が低く見られていたため、成功率をかなり確保した上で盗塁をしていたのだが、それでさすがにタイトルは取れなくなった。
もっともトップ10には長らくいて、そしてその中で成功率は、ぶっちぎりの一番であった。
ローテーションの直史と違い、大介はカップス相手の後、タイタンズとの三連戦にも出場する。
スタメンの離脱ということを、ネガティブにばかり考えてはいけない。
もちろんチームにとって一番いいのは、最高の戦力で戦い抜けることだ。
だがそんな鉄人は、いつの時代もほとんどいない。
重要なのはチームとして、スタメンが離脱してもそのポジションを、すぐに埋めること。
特に悟は、近年は守備負担を考えて、ショートからサードにポジションを移していた。
強打のショートなどそうそういないが、サードならばそこそこいる。
ここをしっかり埋める選手層の厚さが、長いシーズンで安定した数字を残すための条件だ。
チームというのはバックアップもあってこそ、チームと言えるのだから。
もっとも代えの利かない選手というのも、さすがに中にはいる。
離脱するまでは打撃三部門の全てで、トップ5に入っていたもの。
それが悟というスタープレイヤーである。
ジャガースからFA移籍してきて、二度目のFA権も行使しなかった。
もちろんそれは、金持ち球団のタイタンズが、充分な契約を用意出来たからでもあるが。
二度目のFA権獲得の時にでも、まだメジャーに挑戦するだけの力はあっただろう。
あるいは複数年契約が切れた時に、ポスティングを依頼するか。
ただ野手がメジャーで成功するには、かなり難しい年齢であったのは確かだ。
メジャーで成功しているピッチャーとの対戦成績を見る限り、充分に成功の可能性はあったはずだが。
そんな悟が離脱しているタイタンズは、競争の激しい球団になっている。
スラッガー自体はFAで獲得する他に、外国人も取ってくるのだ。
ただ外国人は枠があるので、どうしても和製大砲がほしい。
今ならば右の強打者が、かなり価値がある。
ピッチャーにサウスポーが増えて、バッターも左バッターが多くなっているからだ。
そして右バッターは右ピッチャーと普通に戦えるが、サウスポーを苦手とする左バッターは多い。
対して右バッターは、比較的サウスポー相手でも成績は変わらない。
左バッターは単純に、一塁への一歩が近い。
また右ピッチャーの逃げるスライダーが、比較的懐に入ってくる。
そういったこともあって、また単純に左のスーパースターが多いことで、左バッターはどんどん増えていった。
そしてサウスポーのピッチャーとの対戦成績も、年々ある程度は良くなっている。
だが完全に右バッターの代わりとはならない。
特に左バッターに強いサウスポーには、右のバッターを当てたくはなるのだ。
右の和製大砲がほしい。
これは高校ぐらいまで、ピッチャーとしても投げていた選手では、そこそこ多い。
なぜなら単純な話で、デッドボールを食らった時のダメージの問題だ。
右のピッチャーが左打席に入った場合、デッドボールを右腕に受けてしまう可能性がある。
その場合はピッチングに影響が出るので、右打席の方がいいと考える指導者はいるのだ。
そもそも人間は、本来右バッターであることの方が多い。
もっとも右で投げて左で打つ化物がいるので、この理屈はあまり通用しないのかもしれないが。
悟にしても左バッターであった。
ピッチングの利き腕さえも、現代では矯正して左にしてしまう時代。
バッティングはそれよりも、ずっと左に変えやすい。
もっとも大介は、右でも普通にホームランは打てるが。
この右バッターの減少は、逆に考える機会でもある。
右ピッチャーには普通に対応出来るのだから、左ピッチャーへの対応を考えれば右バッターは重要だ。
ただ右のバッターであっても、サウスポーとの対戦成績は悪かったりする。
結局はサウスポーが稀少であることが、サウスポー有利の理由なのだ。
そんなタイタンズは、中軸を色々と試している。
一時期は相当に、FAでどんどんとスラッガーを取っていたものだ。
しかしそれがあまり、チームの成績向上につながらなかった。
MLBでは基本的に、バッティングはフルスイング、というのが常識である。
だが日本ではそれをやると、上手く成功していないのである。
大介が恐ろしいバッターであるのは、単純な敬遠が通用しないことだ。
ツーベースを大量に打っているが、歩かせてから盗塁されれば、ツーベースと同じことになる。
よほど牽制の上手いピッチャーや、盗塁阻止率の高いキャッチャーなら話は別だが。
大介は盗塁数ではなく、盗塁成功率を重視している。
そんなランナーがいるだけで、相手のバッテリーには大きなプレッシャーがかかる。
打点よりもどうしても、得点の方が上がってしまう。
そんなプレイをタイタンズ戦でもおこなってしまった。
日程の関係でここだけ、中五日になっていることも関係していただろう。
普段よりもさらに激しい、点の取り合いとなっていった。
こういう点の取り合いの場合、下手にランナーを残しておくよりも、ソロならばホームランを打たせた方がいい場合さえある。
統計的にではなく、指揮官の感覚の問題になるが。
ランナーを背負って、連打で点を取られ、まだランナーが残る。
ピッチャーにとって一番嫌なパターンで、コウいう時にはリリーフも投入するのが難しい。
勝ちパターンのリリーフではないのだ。
完全に火消しとしての役割を、リリーフピッチャーが求められる。
レックスであれば星などは、こういう役割が上手かった。
アンダースローから投げる独特の球で、相手に凡打を打たせる。
ホールドもセーブもつかないが、間違いなく貢献しているという場面。
年俸に反映されないのが、かなり苦しいところではある。
またそういう使われ方をしていると、本当に便利使いされてしまう。
結果として比較的、短期間で星は故障して引退した。
もっとも本人はそもそも、プロに行くつもりはなかったのだ。
プロに行って、一軍で投げて、優勝のための立派なピースになった。
今はそんな経歴をもって、学生野球の指導者をしている。
大介にしても、星は確かにしとめにくいピッチャーであった。
アンダースローというのが、そもそも絶滅危惧種なのである。
これをさらに珍しくしたのが淳であり、あちらは分かりやすく先発のローテを任された時期も長い。
星はそれに比べると、本当に便利屋扱いされていたものだ。
もっともこういうピッチャーがいないと、炎上した試合を次にまで引きずることになりかねない。
今はライガースもタイタンズも、そういう明確な火消しのリリーフがいない。
勝ちパターンのリリーフは、どのチームも作ろうとしている。
そして火消しがしっかりと務まるのであれば、その勝ちパターンにあてはめてしまうのが、投手運用としては当然であろう。
レックスが強いのは、火消しがはっきりとはいなくても、上手くその役割をさせてしまうからだ。
相手の打線の爆発を抑えれば、それだけ逆転の可能性も高くなる。
それが上手く行き過ぎたレックスは、先行逃げ切りというスタイルが確立してしまっている。
殴り合いなら充分に鍛えているのがライガースである。
しかも舞台は地元ホームの甲子園球場。
第一戦でいきなり、大介はソロホームランを二本も飛ばした。
普通のヒットが一本もない、あまりにも極端すぎる打撃である。
ソロホームランなら上等、と割り切っているのかもしれない。
ランナーがいる場面では、基本的に逃げる潔さもあった。
特に前にランナーがいれば、盗塁も出来ないのだから。
この三連戦は、ものすごい点の取り合いである。
序盤だけは上手く抑える試合があっても、リリーフにチェンジしたタイミングで、試合のカラーが変わっていく。
そして普段から、ワールドシリーズ並と呼ばれるライガースの大応援団。
相手がタイタンズであるので、余計にその意識が強い。
今こそ完全に、ライガースのライバルはレックス、という構図になっている。
しかしライガースの永遠のライバルというか、宿敵はタイタンズであるのだ。
球団の歴史が、最も長い二つのチーム。
そして関東と関西、まさに東西に分かれたチーム。
もっともチーム成績は長らく、タイタンズが圧倒的な有利に立っていた。
毎年のように優勝候補となるのが、昭和の頃のタイタンズ。
だが今では毎年のようにAクラス入りするのがライガースとなっている。
大介がいた第一期の時代もだったが、メジャーに行っていたころもおおよそ、Aクラス入りはしていたのだ。
打撃のライガース、というイメージがずっと長く続いている。
そしてライガースファンというのは、間違いなく攻撃の応援に熱中する。
ここに一人強力なエースがいれば、一気に優勝候補になるわけだ。
今のライガースには、そんな明確なエースはいない。
確かに畑や津傘といった二枚看板に、新規獲得の友永といったあたりはいい数字を残している。
しかしそのいい数字というのは、あくまでも勝敗の数字。
防御率で言うならば3を超えているのが、普通であるのだ。
ただライガースとしてみると、そんな先発がいるだけで、充分に試合の勝利は狙っていける。
第一戦は大介が、ソロホームランだったことで負けたと言ってもいい。
ただ9-8というのは、派手な打ち合いの試合ではあった。
この試合はルーキー桜木が先発であったため、ある程度は負けを覚悟していた。
そして第二戦は畑が先発である。
単に勝敗の星だけを見れば、畑は圧倒的に貯金を作っているピッチャーだ。
しかし奪三振率や防御率を見れば、普通のローテーションピッチャーに見えてしまう。
もっとも今までも、他のチームではいい防御率やWHIPを記録していても、ライガースに来ると悪化するピッチャーは多かった。
友永の場合は、完全に成功した部類になっているが、それもまだあくまで移籍一年目だ。
ピッチャーに不利なパからやってきたことも、気楽に投げられる理由になっているだろう。
だが球速やスピンなど、各数値を見ても、昨年までとほぼ同等なのは明らか。
するとやはりバンバン勝ててしまう。
ライガースに来ると、一年目は確かに勝てるのだ。
しかし打線の援護になれると、点をより取られるようになってしまう。
かつて監督の山田は、打線の援護に頼ることなく、しっかりと数字を残していた。
それだけに忸怩たる思いがあるが、それを言っても仕方がないことである。
この日の大介には、珍しい記録があった。
スリーベースヒットである。
大介の打席では、外野が普段より後退するので、なかなか三塁までは行けない。
だが一塁線や三塁線を抜いて、上手くスピンがかかっていると、野手のボール処理が遅れる。
そもそもスリーベースよりも、ホームランの方が多いのがスラッガーだ。
実際に大介も、これだけの俊足を誇りながら、五本以上のスリーベースを打ったシーズンは一度しかなかった。
今年はこれが、最初のスリーベース。
去年は二本、その前は三本である。
サイクルヒットの難しさ、というものがある。
スラッガーはそこまで当たっている日であれば、一度は敬遠されるからだ。
五打席回ってきても、そしてそれは大介には珍しくないのだが、さすがに大当たりというのはそうない。
まさにこの間、サイクルヒット直前にはなっている。
それだけスリーベースを打つのは難しい。
昔のアメリカのベースボールであると、むしろスリーベースなどは多かったのだが。
ホームランの多くが、ランニングホームランであった時代である。
大介もランニングホームランがないわけではないが、むしろヒットとエラーの組み合わせ、と思われることが多い。
同じように三塁線などを転がったボールが、スピンで変な方向に転がり、さらにファンブルしてしまう場合だ。
この試合は打点が付かず。
しかし歩かされたものも含め、ランナーになってから後ろのバッターが打って、二度もホームを踏んでいる。
第一戦よりも派手に、二桁11得点。
11-6というスコアで勝ったが、先発の畑に勝ち星がつかないあたり、なんともライガースは先発泣かせと言えようか。
そんなライガースでも、しっかりと数字を残したピッチャーはいるのだが。
具体的には大原が、まさかあいつが200勝、と言われるピッチャーであった。
第三戦は津傘である。
このライガースからは、二位にいるチームでありながら、ピッチャーでオールスターに呼ばれている選手がいない。
むしろ野手の方が、大介が前の打席で歩かされるため、打点の多く付いている選手がいる。
オールスターをゆっくりと休めるために、全力で投げることが出来るのだ。
この試合も乱打戦になったが、津傘は六回まではしっかりと投げた。
四失点というのは誉められたものではないが、その時点でちゃんとライガースはリードしていたのだ。
そして大介の、またもソロホームランが重要な役割を果たす。
そこから一点差に縮められるも、同点にまでは追いつかれず。
さらに終盤に突き放して、9-7というスコアで試合は決着したのである。
なんとも大味な試合が、ライガースの試合である。
四月はそうでもなかったのだが、五月からは二桁得点というのが、そこそこ出てきている。
二桁取っても巻けたら、それこそ大笑いではあろう。
幸いなことに二桁取ったら、試合ではしっかりと勝っている。
まあ8-9とか9-7という数字も、誉められたものではないのだが。
しかし相手がガンガン打っても、そして負けてしまったとしても、こちらもガンガン打てば喜ぶのがライガースファンだ。
この大味なあたりが、クライマックスシリーズの競り合いでは、そこそこ負ける理由になっている気がする。
同時にクライマックスシリーズで、下克上を起こす要因にもなっているのかもしれないが。
ともあれこれで、大介はオールスター前に40本に到達した。
ちょっと無理かなと自分でも思っていたところに、こんな結果である。
またスコアマニアの人間などは、個人で大介の数字を確認してみた。
七月に入ってから、大介は12本のヒットを打っている。
内訳はホームランが六本、単打が二本、二塁打が三本、三塁だが一本というものだった。
普通のヒットを打っていない男である。
この普通のヒットの中には、内野強襲のヒットもあったりするのだ。
打率は落ちたのに、OPSはむしろ伸ばしてきている。
これは圧倒的な長打率があってこそのものだ。
ライナー性の打球で、外野の頭を越えてしまえ。
大介は常にそう思って打っているわけだが、まさにそれを体現した数字を出している。
『しかし単打よりも二塁打とホームランの方が多いのワロス』
こんなことを書かれてしまって、いかに大介が人外の成績を残したのか、オールスターの間は色々とネタにされてしまう。
オールスターに選ばれない間、果たして大介は何をするのか。
それはより、ホームランを多く飛ばすことである。
実際にものすごい勢いでホームランを量産しているが、それでも全盛期ほどではない。
もっともこれは昔に比べると、格段にピッチャーが対決してくれなくなった、というのが大きな理由であるのだが。
なのに平気で四割近くを打ち、さらにボール球もホームランにしてしまう。
あとはチームが試合に勝つだけ、という状況で後半戦を迎えるのであった。
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