第292話 オールスターまでに

 オールスターが迫っている。

 大介もまた、直史と対決するわけでもないオールスターには、出場するつもりはない。

 そもそも年齢的に、少しは休ませろと言いたいぐらいだ。

 実のところお祭り騒ぎは、大好きなのが大介である。

 ただ大介が出るとなると、ショートのポジションが大変になる。


 また打順をどうするべきか。

 最初にNPBに入った時には三番を、MLBでは一番か二番を、そして今では二番を打っている。

 実は四番を打っていないのが大介なのである。

 パワーだけではなく、走力までも備えていると、そういうことになる。


 そんな大介は七月の始まりは、少し調子を落とした。

 スターズの武史が、離脱したことがショックであったというのはある。

 もう同じ高校時代を過ごした、あの頃の仲間たちはほとんどいない。

 もっとも独立リーグでいまだに、野球にしがみついている人間などはいる。

 とにかくもう、野球が好きで好きで、それ以上に野球に囚われている。

 それだけの魅力があるのは、果たしてどういうものであるのか。


 考えながら打っていく。

 バッティングなど、考えている暇などないであろうに。

 考えるということは、迷うということに近い。

 バッティングは単純に、遠くに飛ばせばいいものである。

 もちろん適当に距離を合わせて、野手の間を抜いていくことも出来る。

 しかし基本的なことを言えば、1イニングにヒットが三本出ても、一点も取れないことがある。

 極端なことではあるが、基本とも言える。

 野球は点を取っていくゲームであり、ヒットを積み重ねるのは打点が付く場面でこそ。

 ランナーがいなければ振り回していくのが、大介のスタイルである。

 ランナーがいたら、方向に気を付けて振り回していくだけだが。


 とにかく大介のバッティングは、犠飛になることが少ない。

 ランナー三塁である場面なら、歩かされることが多いのもある。

 だがその弾道が低く、そして速いものであるため、野手が打球に追いつけない。

 こちらの方が多いが、それでも何割かは、野手の正面に飛んでしまう。

 ホームランでスタンドに放り込めば、野手のことを気にする必要はない。




 大介は単純に、そして大味に考える。

 だが雑であるわけではない。

 ホームランが一番いい結果と考えて、どこまでそれを追求するか、ずっと考えている。

 ホームランを打つのにもパワーだけではなく、技術がいるのだ。

 ほとんどの人間が見れば、大介がスラッガーであるとは思わないだろう。

 しかし本当に、色々と工夫はしているのだ。


 他のバッターが使うよりも、かなり長くて重いバット。

 逃げ腰のピッチャーの投げる外角のボール球でも、スタンドに持っていくためのもの。

 ミートポイントが先の方にあるため、遠心力で飛ばしていける。

 ならば内角に投げればと思っても、そう簡単に投げ込めるものではない。

 実際に内角であっても、普通に腕を畳んでホームランを打つのだから。


 ボールを飛ばすことは、おおよそ四つのタスクがある。

 回転運動が二つに、前後運動が一つ、そしてインパクトの瞬間だ。

 腰の回転運動に、それに付随する腕の回転運動。

 足を踏み込むのと同時に、そこで右足をつっかえ棒にすると、腰は自然と回転するし、バットも前に出て行く。

 最後にはボールに当たる瞬間、グリップを握り締めるのだ。

 おおよその人間は勘違いしているが、実は振り切っているように見えて、フォロースルーの速度は落ちている。

 インパクトの瞬間にグリップを握り締めれば、本当にわずかだけであるが、バットが撓るのだ。

 撓ったバットからであれば、よりボールを右方向に打っていける。

 外角の球であっても、ポールの内側に入ってくるというわけである。


 大介がこういうことを説明出来るようになったのは、かなり最近のことだ。

 それに説明されたところで、出来るわけではない。

 そもそも堅くて重いバットは、本来ならスピードを出すのに不適切である。

 またインパクトの瞬間に、どういう角度でスイングするか、という問題もある。

 アッパースイングであれば、ボールの軌道に乗せるのは上手くいきやすい。

 しかし大介はあえて、レベルスイングを意識している。


 フライを打つのはいいのだ。

 だがそれが、高く上がりすぎると凡打になる。

 ライナー性の打球でスタンド入りするのが一番いいし、ライナー性の打球は野手が追いつかないことが多い。

 よって大介は単打より、二塁打が多いというおかしなバッターになっている。

 ただ長打を狙っていく、という本来のバッターの目的としては、これも正しい理屈ではある。

 他の者には出来ないだけで。

 大介も他に似たようなバッティングをしているのは、悟しか見たことがない。




 現在のスポーツは完全に、フィジカル重視となっている。

 もちろん小さいことが有利なスポーツも、ある程度はなくはない。

 稼げるスポーツならば、競馬の騎手や競艇の選手。

 また体操なども体が大きいと、それだけ体をコントロールするのが難しくなる。

 ただ野球のバッティングに関しては、有利な部分がある。

 同じようにピッチングにも、有利な部分はあるのだ。


 ピッチングの場合は、自然とボールをリリースする位置が、低くなるというフォームになりやすい。

 もちろん高身長の選手が、サイドスローなどをすると、この利点は少なくなるが。

 直史などもリリースのタイミングで、ボールの高低の軌道を操ることがある。

 そしてバッティングの場合は、単純にストライクゾーンが小さくなる。

 190cmあるバッターに比べて、大介は上下に20cmもストライクゾーンが狭い。

 そしてバットのスイングも、ボールの下を叩きやすくなる。

 これを上手く活用すれば、ホームランになるボールが打てるというわけだ。


 大介に言わせれば、体の筋肉を上手く連動させれば、普通にスイングスピードは上がる。 

 そこでバットが堅ければ、それだけ反発力も稼げるのだ。

 もちろん大介のバットは、ちゃんと基準を満たしたものである。

 そして満たした上で、とんでもなく重い。


 単純に打率だけを求めるならば、軽いバットの方がよかっただろう。

 バットのコンタクトのためには、微調整のしやすい軽いバットの方がいい。

 ただ飛ぶにしろ転がるにしろ、打球の速度を高めることは、重いバットで当てる方がいい。

 パワーとはスピードと重さから発生するものであるのだから。


 そうやってここまで、また35本のホームランを打っている。

 だがスターズ戦では、メンタルの動揺もあって少し調子が悪かった。

 そして次の相手は、ここ最近がいい結果を残しているカップスである。

 この直前の三連戦で、カップスはトップのレックスを相手に勝ち越していた。

 二位のライガースとしては、それはありがたいことである。

 しかし同時にそんなカップスを、相手に戦わなければいけない。


 もっとも大介には、それほどの問題とも思えない。

 それこそ直史を相手に勝ったのなら、カップスには流れが来ていると言えるだろう。

 しかし対戦した相手は、直史以外のピッチャー。

 直史と当たらなくても良かった、という運の良さの流れもあるかもしれないが。

 レックスとの順位を、どうにか逆転しなければいけない。

 現実的に考えるなら、ライガースが直接対決だけで、この差をひっくり返すのは難しい。

 だからこそ他のチームには期待するが、同時に他のチームで勝ち星を稼がなくてはいけない。




 ライガースは打撃のチームだ。

 プロの世界ではエースでも、二桁勝って10個負けたぐらいで、充分にエースと言える。

 ただライガースは今年、ピッチャーがしっかりと仕事をすれば、打線がそれをしっかり援護している。

 レックスの場合は、先発の調子が良くて、それをリリーフがリードを保つという、王道の野球をしているが。

 はっきり言って見ているだけなら、ライガースの試合のほうが面白いだろう。


 そしてライガースも、その野球を曲げようとは思わない。

 元ピッチャーの山田が監督をしているが、基本的には打って勝つチームなのだ。

 山田自身の現役時代から、それは変わっていなかった。

 もっとも比較的近い世代に、真田というピッチャーがいた。

 上にも柳本がいたため、山田はほとんどのシーズン、二番手のピッチャーであったのだ。

 真田の離脱していた年は、大原が大当たりしてチームの勝ち頭になったりした。

 それでも9シーズンの間、二桁勝利をずっと続けていた。

 これだけ勝っていたからこそ、打線の援護の強さも分かってはいた。


 エースと呼ばれることはあまりなかった。

 だからこそ逆に、俯瞰的にチームが見えたりもした。

 打線の援護があってこそ、ライガースのピッチャーは輝く。

 それでも真田レベルであれば、傑出しているのは間違いない。

 畑や津傘は、この三年の勝率などを見れば、ものすごいピッチャーに思える。

 だが防御率を見ると、とてもここまでの勝ち星になるとは思えないのだ。


 不思議なことにパから移籍してきた友永も、二人より傑出した数字というわけではない。

 もちろん大きく勝ち越していて、この二人と共に三人が、エース格と言えるであろう。

 だが大卒の躑躅もまた、しっかりと成績を残してはくれている。

 あとのピッチャーはどうにか、星の数を五分五分で揃えてくれれば充分だ。


 カップスとの試合は、躑躅、友永、フリーマンという並び。

 このうちのフリーマンは、去年に比べるとかなり数字を落としている。

 ただ防御率やクオリティスタートなど、そこまでひどい数字ではない。

 ローテをちゃんと回しているだけで、充分なものなのだ。

 あとは桜木が負け越しているが、高卒新人としては当然のことだろう。

 そろそろ二軍に落として、来年には戦力化出来るように鍛えていきたい。




 大介はシンプルに、チームのためには点を取る。

 歩かされてしまったら、盗塁で得点圏を狙う。

 ただバッティングは水物というもので、誰かが一人でダブルプレイなどをし、チャンスを潰してしまうことはある。

 そういったことを起こさないためには、やはりホームランか長打である。


 ホームランを狙う、というのはちょっと違う。

 ただひたすら、ボールを強く叩くことを意識する。

 出来るだけレベルスイングで、滞空時間の短いライナー性の打球。

 しかしこの方法だと、外野の正面へのライナーアウトというのが出てくるのだ。


 もちろん滞空時間が短ければ、それだけヒットになる確率は上がる。

 また強打したボールは、内野のミットを弾くことがある。

 捕れないならば体で落とせ、というのは大介の打球に対してはやってはいけない。

 普通にちゃんとグラブでキャッチしても、手首を捻挫してしまったりするのだから。

 それで選手生命を絶たれたとは言わないが、長い期間を離脱して、結果的に引退に追いやられる選手もいる。

 そういうことが分かっていても、大介は自分のバッティングを曲げることはない。

 しっかりとキャッチすればいいだけなのだ。


 第一戦は大介の、運が悪い日であった。

 つまり強く打った打球が、野手の正面に飛びやすい日であったのだ。

 大介はここまで、リーグトップのホームランを打っている。

 それに対して三振の数は、おおよそ半分ほどしかない。

 今では普通に、スラッガーはホームランより、三振のほうがはるかに多い時代であるのに。

 大介の本質は、スラッガーではないということになるのか。


 一番多く三振したのは、高卒プロ入りの一年目であった。

 ここで50個の三振を奪われて、これがキャリアワーストである。

 この三振の内容であるが、完全に勝っている試合の終盤は、わざと空振りすることもある。

 他のバッターやピッチャーをも馬鹿にしているかもしれないが、そうしないとピッチャーから、敬遠される数がもっと多くなるからだ。

 ホームランよりもフォアボールの方が多いのは当たり前。

 しかしこのうちの半分ほどは、敬遠によるものである。


 最初の打席から三打席目まで、全てライナーが外野の正面に飛ぶ。

 これが少しでも上がっていれば、ホームランになったかもしれないという打球だ。

 大介はたとえ凡退しても、そういう期待を抱かせるバッターだ。

 そして四打席目、ランナーが三塁にいたところを、ボール球を打って三塁線を抜いていった。

 運のいい打球であり、これがツーベースとなった。


 珍しくも一度も、フォアボールの出塁がなかった。

 それはつまりカップスが常に、安全圏の点差で野球をしていたということである。

 最初の打席で既に、アウェイのカップスは二点をリードしていた。

 ランナーがいなければ、当然のように大介は長打を狙っていく。

 ホームランの打ちそこないは、つまりフェンス直撃の球となる。

 ならばそれは、ほぼ間違いなく二塁までは進めるのだ。


 もっとも最近の大介の打席では、外野がかなり最初から、後ろに下がっている。

 外野の間を抜いたのに、下手をすれば二塁に進めない、ということも何度かあった。

 試合としても珍しく、ライガースに点が入らない。

 ランナーは出るのだが、それがダブルプレイで潰されるということが何度もあった。

 それでも中軸は、見事にホームランを打っていたが。


 このホームランが、二本ともソロであるというのが、運の悪いところと言えようか。

 6-2というスコアで負けるのは、ライガースとしては珍しい。

 誰かさんに完封でもされない限りは、ほとんど四点は取っているのが、ライガースの野球であるのだ。




 第二戦の先発は友永である。

 友永はFAで移籍してきた選手であり、クレバーなピッチングをする。

 特にその考えには、どこでどうアウトを取るのか、という部分が存在する。

 パ・リーグには存在しなかった、ピッチャーがバッティングをするという場面。

 試合の中盤から終盤にかけてなら、代打が出てくる可能性はある。

 ただそれも見越した上で、そこではアウトが取れる、と考えているのだ。


 実際にピッチャーの打率というのは、近年では一割を切っていても当たり前だ。

 高校時代までは、クリーンナップを打っていても、それだけピッチングだけに集中するからだ。

 それでも昔、完投の多かった時代には、ピッチャーにも打席が多く回ってきた。

 なので二割ほど打てるピッチャーも、珍しくはなかったのである。


 友永は楽なところで、しっかりとアウトを確保するピッチャーだ。

 誰であってもアウトが取れるピッチャーというのではない。 

 しかし結果的には、上手くカップス打線を封じていく。

 対してライガースは、昨日の不完全燃焼が残っている。


 大介としても昨日の試合で、打率が四割を切ってしまった。

 NPBに復帰して二年、ギリギリで四割には届かなかったのだ。

 そのため今年は四割を達成したかったのだが、これは本当に難しい。

 ホームランや打点と違い、打率は積み重ねていくものではないからだ。

 昨日の試合にしても、無理に打ちにいかずに、歩いた方がよかった打席はあった。

 しかしバットが届くところなら、打っていくのが大介なのだ。


 ボール球が先行していれば、少しはストライクのボールも、厳しいところは見逃していく。

 それが普通の考えなのだが、大介は普通ではない。

 ゾーンに入ってきたボールは、全て打っていくべきであるのだ。

 実際にヒットになるか、それともアウトになるかは運が左右する。

 そして今日は、運がいい日であった。


 カップスの先制点はなく、そして一回の裏はワンナウトから大介の打席。

 明白な勝負ではなくとも、少しは探ってきていいだろうという場面だ。

 ここで当たり前のように、アウトローを投げられるのが大介。

 やや外れていても、それはあまり関係がない。

 そこはミートポイントではないだろう? と思われても打てるものは打てるのだ。

 本来はプルヒッターであるが、アウトローとなれば引っ張るにも限度がある。

 レフトスタンドへの、直撃のホームランであった。

 試合はまだ始まったばかり。

 しかしこの一発だけで、甲子園のスタンドは大きく盛り上がったのだ。

 

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