第287話 前半戦終了
交流戦が終わって、ペナントレースが再開される。
六月に残っている試合は、タイタンズとの二連戦。
完全に落ち目のタイタンズに対し、レックスは第一戦が直史である。
これ以上の蹂躙をして、いったいどういうつもりであるのか。
そう思ったが案外、ひどい結果にはならなかった。
それはつまり、パーフェクトもノーヒットノーランもされなかった、ということである。
当たり前のようにマダックスはされた。
ここで首脳陣は、休みの間を上手く活かして、ローテーションを少し変えようとした。
それがむしろまずかった、と言えるのかもしれない。
第二戦のタイタンズは、比較的士気が高かった。
完封されてマダックスされたというのに、ちゃんとヒットが二本出たというだけで、充分に士気が高くなっていたのだ。
それでいいのかお前ら、とは言いたい。
だがこの第二戦に持って来られた百目鬼も、七回を二失点というハイクオリティスタートで勝利投手の権利を持ったまま、勝ちパターンのローテにつなげた。
そこで久しぶりに、大平がやらかしてしまったのであった。
フォアボールでランナーを出してからの、いい感じのストレート。
160km/hを弾き返されて、それは見事にスタンドに着弾したものである。
一気に逆転されて、そのまま大平は降板。
いや、普通に優れたセットアッパーであっても、たまにはこういうことはあるのだ。
クローザーが打たれたわけではないだけ、まだマシだと思うことにしよう。
ともあれこれで、また連勝はストップした。
大平はヒットを打たれることは少ないのだが、その割りにはそこそこ点は取られる。
原因としては、先にフォアボールでランナーを出してしまうからだ。
しかし自分で出したランナーを、自分の三振で処理する。
そういった雑なやり方が、だいたいは通用している。
ただ野球は統計のスポーツであり、数字は実際は偏るものだ。
たまにしか出ないホームランと、それなりに出るフォアボールが組み合わされば、一気に逆転弾となる。
他のスポーツに比べても、一気に逆転することが多いという、野球ならではの得点の仕組み。
あるいはこれこそが、野球の楽しみの一つであるのかもしれない。
プロの試合であっても、たまに七点ぐらいの差を、一気に逆転してしまう試合がある。
もちろん滅多にないことであるが、ないわけではないのだ。
3-0で勝っていても、満塁ホームランを打たれれば逆転される。
大介がバッターであれば、一点が入ることを承知の上でも、敬遠して勝負は避けるだろう。
バスケットボールなどは普通が二点で、遠くから打てば三点。
さらにそれにディフェンスのファールが加われば、四点プレイということになる。
ただバスケットボールは、一試合に70点とか80点とか、普通に100点も入るスポーツだ。
その中で四点のプレイといっても、稀少度はそれほど高くはない。
世界中で大人気のサッカーなどは、一点ずつしか入らない。
一気に逆転というのがないスポーツは、基本的に実力がそのまま結果に出やすい。
もっともサッカーの場合は、作戦によって一気に情勢がひっくり返ることはある。
大平はまだ若いから仕方ないが、こういうことはあるのだ。
直史も逆転弾を打たれたことはないわけではない。
もっとも公式戦においては、一試合だけしかない。
他は全部勝ち越しをされたものか、非公式戦であるのだ。
つまり自分のピッチングで、逆転までは許さないリスクマネジメントをしているわけだ。
直史に「こういうこともあるさ」と言われても響かないのだ。
話に聞いたことはあるし、映像で残ってはいても、それは遠い日の出来事である。
誰だって赤ちゃんの時は、歩くことさえ出来なかった、と言われても当たり前のことである。
直史の赤ちゃん時代は、いつまでと言っていいだろうか。
中学時代には既に、味方が先に点を取ってくれることはなかった。
そして高校一年の夏に、コールドながらパーフェクトを強豪相手に達成し、そこから知られていくことになる。
実際に対戦して負けた勇名館は、先にその能力に気付いていた。
だが完全に気付いていたとは言えず、よって決勝も白富東のミスでどうにか勝ち残った。
もしも白富東が、一年生で甲子園に行っていたらどうなっていたか。
ひょっとしたら黒田のように北村が、スカウトの目にとまったかもしれない。
もっとも夏の県大会の時点で、それなりに点を取っていたのが北村だ。
それに北村は野球は好きでも、本当なら高校で終りにするつもりだったのだ。
ともあれこれで、六月が終わった。
交流戦を含めて、なんと17勝5敗。
圧倒的な数字を残して、この六月を終えたわけである。
直史は四試合のうちの三試合を完封し、二度のパーフェクトマダックス。
語呂が悪いからもう、何か新しい名前を付けないか、とも言われている。
もっとも直史以外のピッチャーが、今後こんなことを出来るのか、甚だ疑問ではある。
直史は34イニング投げて、打たれたヒットがわずかに三本。
奪三振も55個と、六月に入ってから奪三振律が上昇している。
本質的には打たせて取る、グラウンドボールピッチャー。
しかしシーズンを通じた奪三振率が、10を超えてきている。
六月に限っては13.24という数字。
しかし五月は8.57であった。
数字がバラけているのは、果たしていいことなのか。
いいことである。スタイルがどんどんと変わっているのだから。
打たせて取るピッチャーなのだ、と思わせすぎてはいけない。
もちろん世間のイメージ的には、それは間違いではない。
しかしこの奪三振率を見て、打たせて取るタイプだとは、普通は思わないだろう。
試合ごとにピッチングのスタイルを変えられること。
相手はせっかくこちらを研究してきても、その前提が通用しなくなる。
対策を取ろうとしても、次々に変化していってしまうのだ。
同じ試合の中で、違うピッチャーと対戦しているような感覚。
どうやったら打てるのか、まるで分からないのである。
チームとしてはここまで、53勝22敗1分。
ほぼ七割という勝率は、あまりにも異常すぎる。
二位のライガースも、例年であれば余裕で優勝出来るペース。
こちらは六月が14勝8敗で、47勝28敗。
三位以下を大きく引き離しているが、一位と二位でも相当の差があるのだ。
常勝軍団のレックス。
直史が一人で13勝しているが、それを全て落としていたとしても、まだ勝率は五割をキープ出来る。
直史一人でどうにかなっているチームではない、と言えるだろう。
特に大きいのは、国吉の離脱で一度勝率が落ちたのが、六月には戻してきたということ。
若手などをリリーフとして使って、上手くリードを保ったまま勝てている。
直史が月に二回もパーフェクトをして、味方の士気が上がったということも大きいだろう。
また積極的な情報の発信により、相手のピッチャーが混乱していることもある。
そんな中でしっかりと、ライガースだけは影響が少なかった。
ピッチャーが点を取られても、バッターがそれ以上に点を取っていったので。
それでも野球は、ピッチャーを含めた守備が安定していないと、最終的には勝てないスポーツである。
そのライガースの打線を支えるのが、大介のバッティングである。
六月は打率こそ、ようやく三割を切った月となった。
しかし長打率はむしろやや上がり、OPSはほぼ変化なし。
75試合を消化した時点で、ホームランは34本となっている。
60本は普通に届くペースであろう。
また打点もぶっちぎりで一位となっている。
とにかく打てば、単打が少ないのだ。
レックスの投手陣は、果たして本当に一番なのか。
数字だけを見れば、それは間違いなく一番なのであろう。
しかし守備力の高さも、かなり関係している。
また全体の数字は、直史が一人で下げているとも言えるだろう。
それに僅差の試合で勝利することが多いのは、首脳陣の采配が関係してもいるはずだ。
レックスはピッチングの統計で勝負している。
そしてライガースはバッティングの統計で勝負している。
またレックスの点の取り方は、明らかなスモールベースボール。
勝ちパターンのリリーフ陣につなげば、勝率は八割を超えるのだ。
特に平良の場合、負け星が一個もついていない。
大平はまだしも、追いつかれてしまって勝ち投手になった試合があるのだが。
ただ統計を見ていけば、問題もはっきりと分かっている。
僅差で勝つ試合が多いということは、それだけクローザーが使われるということだ。
既に32試合に登板している。
そしてその中で、点差があったためにセーブがつかなかったのも、三試合あるのだ。
確かに連投は二日まで、1イニングという前提は守っている。
それでもここまで投げさせるのは、後半に疲労が蓄積するのではないか。
ピッチャーの中でも、特にクローザーを酷使する。
それをやってしまうと、シーズン終盤で壊れた場合、取り返しがつかない。
短期決戦であるならば、直史にクローザーをやらせるのも手段の一つか。
しかし普通のリリーフならともかく、クローザーを続けて行うというのは、もうずっとやっていないことなのだ。
七月からは、リリーフ陣をもっと控えめに使いたい。
ただそうなると、大差で試合の終盤に入ってくる必要がある。
このあたり西片は、かなり頭が痛い問題ではある。
豊田としては確かに、大平と平良の二人に、故障の予兆は見られない。
だが単純に投げている登板数が、かなり多いので問題なのだ。
勝ちすぎたために負ける。
西片はそんなことを考えていた。
スポーツとしては違うが、NBAに似たような事例がある。
かつて更新不可能と言われていた、シーズン70勝12敗というシカゴブルズの記録。
これを破ろうとしたのが、ゴールデンステート・ウォーリアーズである。
既にポストシーズンの一位通過は決まっていたのに、この大記録の更新に挑戦したため、比較的主力をレギュラーシーズンの終盤まで使うこととなった。
結果として確かに更新には成功したものの、プレイオフでは無理をした疲労が蓄積していたのか、チャンピオンリングの獲得には至らなかった。
野球の短期決戦の場合、重要なのは勝てる先発を何枚揃えるか。
そして勝っている状態から、そのままリードを維持出来るか。
ポストシーズンではピッチャーにも、多少以上の無理はさせる。
しかしクローザーが働くならば、まさにポストシーズンが重要となる。
クローザーを欠いたチームが、果たして日本一になれるのかどうか。
……まあ先発で一人四勝もしてしまうピッチャーがいるので、いなくてもなんとかなるのかもしれない。
重要なのはレギュラーシーズンの終盤である。
去年もその前も、レックスとライガースのペナント争いは、熾烈なものがあった。
残り一試合や、残り二試合まで、優勝が決まらないという大接戦。
こういう場合は絶対に、リリーフピッチャーが重要となる。
「オールスター出したくねえなあ……」
西片の呟きに、強く頷く豊田である。
やや完投が少なくなっている直史だが、それでもおそらくあと10試合は、完投で勝利してくれるだろう。
もしも直史が故障すれば、その時点でレックスはクライマックスシリーズ敗退と考えていい。
勝ちパターンのリリーフを、出来れば連投でも使いたくはない。
ただどういう休ませ方をすれば、回復には一番いいのか。
チームドクターは明確な故障の兆候はないという。
しかし疲労が蓄積しているのは、さすがに確かであろう。
特に平良などは、九回に一点や二点のリードで、マウンドに立つことになる。
そのプレッシャーによる疲労度は、一般的なピッチングよりも、よほど強烈なものであろう。
二位のライガースとの、勝率差を考えていかないといけない。
直史が10勝し、リリーフを使って20勝する。
83勝すれば、普通は優勝出来る数である。
しかし去年のライガースは90勝している。
またライガースの勝率は現時点で、去年の六月度終了時点より高くなっている。
勝ちパターンのリリーフを使って25勝。
そして他の勝利を5勝すれば、93勝となる。
さすがにこのラインであれば、ペナントレースに負けることはないはずだ。
いや、それすらも楽観的な見方であろうか。
七月はカップスとの三連戦から始まる。
ここのところカップスは、かなり調子が良くなっている。
三位争いをスターズと繰り広げているが、武史が試合を落としているのが、普通に痛いのだろう。
上杉が引退してから、やはりその常勝の影響力は落ちている。
単純にピッチャーとしてならば、引退直前の上杉並に、武史は勝っているのだが。
上中下と、くっきり分かれたセ・リーグである。
ただ上位2チームの直接対決は、まだまだ残っている。
13試合残っている、レックスとライガースの直接対決。
去年の直接対決は、ライガースの方が勝ち越していた。
今年は6勝6敗の五分である。
つまりレックスは、直史で確実に勝つ。
その他のピッチャーで一つ勝てば、クライマックスシリーズから日本シリーズへ行ける。
ライガース打線ならば、一点ぐらいは取れるかもしれない。
しかし一点を取っても、レックスをそれ以下に抑えることは、さすがに難しいのだ。
いっそのこと武史を、トレードで引っ張ってくれば面白いが。
関西まで引越しする必要が出てくれば、そのまま引退してしまうのが武史である。
レックスもレックスで、直史頼みなところをどうにかする必要がある。
昔からずっとそうで、空気を読まない武史以外は、ポストシーズンの空気に負けてしまうことが多かったのだ。
直史が復帰してからも、勝ったのが目立つのは木津ぐらい。
ほとんど期待されていなかったからこそ、余計に勝てたというのは言えるかもしれない。
昔から優勝請負人、というのがピッチャーにはいる。
バッターにいないのは、バッティングは確かに全体的には強く影響するが、短期的な影響は少ないと見られるからだ。
もっとも大介などは、ポストシーズンのOPSが4を上回ったことさえあるが。
ピッチャーが確実に二勝するか、あるいはクローザーとして勝っている試合を終わらせれば、それはまさに勝利に貢献したことになる。
貯金を10個作れるピッチャーや、クローザーとしての能力が高いピッチャーは、短期決戦やシーズン終盤の争いに、特に強いわけである。
一人で貯金を20個作れるピッチャー。
それは武史も同じはずであるが、スターズはそこまで勝ちあがってきていない。
選手全体のモチベーションが、どうにも上がらないからであろうか。
レックスとライガースが上にいれば、ちょっと日本シリーズに進むのは不可能に近い。
そう感じてしまったら、レギュラーシーズンでの戦いも、あっさりとしたものになりかねない。
ただそういう選手は勘違いしている。
野球は集団競技であるが、実は個人戦なのである。
プロは極端な話、チームがいくら負けていても、自分の給料を上げればそれでいい。
昔はピッチャーなど、勝ち星がつかなければ上がらなかったものだが、今ではそんなこともない。
バッターも同じことで、最下位のチームでもマイペースに、自分の数字を追う選手がいる。
そういった個人の戦いの集まりが、チームの強さにもつながっていくのだ。
監督をはじめ首脳陣は、そう考えていかなければいけない。
上手く個々の選手の力を、総合的なものとしていく。
それこそ上杉などが監督をやれば、その気合だけで一気にチームは強くなるのかもしれない。
あるいは樋口のような、完全にデータを重視するタイプだ。
直史も監督は、出来ないわけではないだろう。
本人には全く、やる意志がないというだけで。
七月は中旬に、オールスターが行われる。
この試合に参加するかどうかでも、影響はあるだろう。
特にリリーフピッチャーなど、こういう時には休ませてやるべきだ。
普段は先発のピッチャーが、1イニングぐらい投げていけばいいだろう。
直史はファン投票では選ばれるだろうが、選ばれても出ないと明言している。
ペナルティが課されるファン投票の結果であるが、それでも余計に休めるだけ、と本人が開き直っている。
なのでもうおっさんではなく、若手を選ぼうという話にはなっている。
これは大介も同じである。
むしろ野手である大介は、オールスターに出ても負荷は小さいだろう。
だがこういったものは若手に任せる、と言ってある。
以前に比べたらペナルティも緩和されたが、そもそもこういうものは名誉である。
今さら大介はそんなもの、もういらないと思っているのは確かだ。
オールスターが夢の球宴、などと言われていたのも昔の話。
一応は大介は、昔はしっかりと出場していたのだ。
だがもういい年をして、というのが大介の場合の話。
直史はもう本当に、そんなことをしている暇がないのだ。
それに直史のピッチングは、一試合を通じて見てみて、ようやくその価値が出てくる。
はっきり言えば負けても意味がない試合など、適当に投げてもいいのだ。
ファンとしてはそれでも、見たいものは見たいと思ったかもしれない。
だが自分の都合をはっきりと示す直史は、代わりにレギュラーシーズンでパフォーマンスを発揮する。
今年のレックスからは、ピッチャーでは三島に百目鬼、大平に平良と四人も候補になっている。
野手でもショートでは左右田、キャッチャーでは迫水の二人が、出場することになりそうだ。
野球は興行であることは確かだ。
しかし虚業でもある。
それを理解している直史は、実業の方に力を傾ける。
さすがにオールスターを欠席しておいて、遊びにいくということはしないが。
丁度その頃は、夏の高校野球が始まる時期でもあるのだ。
派手な奪三振を見せるわけでもない、オールスターというゲーム。
直史はともかく武史は、それなりに期待されている。
ただ武史も正直なところ、あまり気が進まない。
まだ小さな次男坊と、遊ぶことに夢中であったりする。
ともかく今年も、オールスターには縁がなさそうな二人。
大介の方はちゃんと勝負してくれるなら、出場してもいいかなと思っているのだが。
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