第279話 混迷の交流戦
ライガースは福岡との第三戦、かなり一方的に殴って勝利した。
福岡の頭の中に、直史のピッチングが影響していたかどうかは分からない。
ただ打撃においてはかなりの力があるはずの福岡が、三点しか取れなかったのは確かである。
続いての対戦は、直史から直接の呪いを受けた神戸。
打線も問題であるが、それ以上にピッチャーが崩れてしまっている。
大介は第一戦、三回も歩かされることになった。
二打数一安打であって、打点もついていない。
9-1という圧倒的な内容で、まずは第一戦を終えた。
そして翌日からも、この内容が続いていったのである。
第二戦は11-1と、またもなんとか一点は取ってくる。
だがライガースのピッチャーたちは、かなりの楽をしている。
相手のバッターが明らかにフォームを崩していて、まともに打てていないのだ。
それでも一点ぐらい入ってしまうのが、野球の面白いところだろうか。
呪いへの耐性持ちが、何人かはいたということでもあろう。
直史は本当にひどいことをしている。
下手をすればこれで、バッターは調子を落として二軍に落ちたり、あるいはピッチャーなどはそれ以上に、無理に投げて故障するかもしれない。
だがプロの世界というのは、それすらも自己責任なのだ。
まあ直史であれば、引退後の就職先なども世話をしてやらなくもない。
まだ若くて頑丈な野球選手など、ブルーカラーの仕事が山ほどあるものなのだ。
もっとも今の時代、成績低迷でクビになっても、まだ野球にしがみつくという人間は少なくない。
台湾に行ったり、あるいは指導者になったり、独立リーグに行ったりするのだ。
もっともどの道も、厳しいことには変わらない。
指導者の席などは、そうそう空いてもいないし、数年でこれまたクビになる可能性がある。
シニアなどの指導者であれば、かなり長く続けられたりするのだが。
結局は第三戦まで、神戸は調子を取り戻すことはなかった。
そして変な影響を受けなかった、ライガースの投手陣はニコニコ顔である。
最後の試合も二桁安打の、9-2という数字で勝利。
今の神戸はまさに、美味しいお肉という状態である。
他のチームにとっては養分だ。
チーム全体がおおよそ、フェニックス並に落ちてしまっている、と言えばそのひどさも分かるであろう。
基準がフェニックスというのが、なんともひどい話である。
実際のところ、フェニックスの方がまだマシだったな、とライガースの選手たちは思う。
あそこはあそこで、FAかポスティングを目指して、黙々と己の成績を上げている人間もいるのだから。
ライガースの次の相手は、東北ファルコンズであった。
甲子園で迎えうつ試合なので、実はパのチームの選手の中で、高校時代に甲子園に行けなかった選手としては、嬉しかったりもする。
ライガースが人気球団であるというのは、そのあたりも関係しているのであろう。
もっともかつての暗黒時代には、大阪の覇権高校よりも弱い、などと呼ばれていたものだ。
スターズも暗黒時代は、神奈川の覇権高校より弱い、などとも言われていたが。
スターズは確かに、上杉が入ったことによって一気に、メンタルが改善された。
それで一年目から優勝したのだから、プロで本当に勝つためには、気合が必要なのは確かなのであろう。
もっともあの時代のスターズには、怪我人もかなり多かった。
それぐらい無理をしなければ、日本一になどなれない。
ただ他の誰よりもずっと、上杉がボロボロになるまで練習をしていた。
足元のフィールディングが、あまり上手くなかったため。
東北ファルコンズは今年、直史と対決するローテには入っていない。
それを幸運と感じて、神戸などの敗北したお肉を、確実に食っていけばいいのだ。
しかし同じ世界に、化物がいるという事実。
別に今すぐ被害がないにしても、妖怪が本当にいると知ってしまったら、それはもう怖いことになる。
タイプは違うが上杉も、チーム自体を変化させるピッチャーであった。
相手を萎縮させて、自軍を鼓舞する。
もっとも上杉と相対した者は、畏敬を感じたことはあっても、根源の恐怖は感じなかったろう。
直史のピッチングは説明されても、結局は名状しがたきもの。
相対しただけで何か、毒を盛られたような気分になる。
もっとも技巧派や軟投派のピッチャーにとっては、希望にもなるのだ。
変則的なサウスポーというわけでもなく、普通の右腕でそんな繊細なピッチングが出来る。
それは間違いなく、誰かに勇気を与える。
高校時代は二年生になっても、まだ140km/hを投げられなかった。
そんなピッチャーが甲子園で事実上の完封をし、ワールドカップでも大活躍したのだ。
球速ではなく球質。
直史は本当に自分が信じていることを、嘘ではなく語っていた。
この直史の言葉には、東北もある程度は影響されていたのだろう。
上手く打たせて取るタイプなどが、もっと工夫しようとしてドツボにはまる。
直史としては新しい方法を、開示しただけのことである。
自分の身につけた技術を、誰にも伝えないというのももったいない。
もはやそれぐらいの年齢には、なってしまっている直史であった。
すこし時間は遡る。
レックスは神戸を蹂躙した後、次には東北と対戦していたのだ。
場所は東北のホームである仙台スタジアムで、直史は帯同していない。
それでも今のレックスに対し、不気味なものは感じているのが、他のチームである。
ああいうベテランがいた場合、当然ながら若手にも色々とアドバイスをしているだろう。
そう思ってしまうと、柳が幽霊に見えてしまうようなものだ。
レックスのピッチャーの質を、過剰に評価してしまう。
もっとも過小評価して、痛い目に遭うよりはずっといいであろうが。
この三連戦、レックスのピッチャーの並びは、オーガス、百目鬼、木津となっている。
その中でまず、オーガスは直史のプレッシャーの恩恵を大きく受けた。
本国アメリカでも、直史のピッチングはミラクルとかマジックとか、色々と言われていたのだ。
何か不正をしているのでは、と思われたこともあった。
しかしスピットボールにしては、直史の投げる球種自体は、普通の範囲内のものである。
そして魔球と言われるスルーは、回転がかかれば投げられるというものではない。
あの頃はまだ、投げるボールを完全にベンチから指示する時代でもなかった。
それだけにピッチャーとキャッチャーで、配球を考えていたのだ。
その結果として、20個以上ものパーフェクトが達成された。
アメリカの歴代の、他のパーフェクトを達成したピッチャーを合わせたより、直史一人で達成した数の方が多い。
MLBでの五年間だけで、である。
そんな直史から、オーガスはさほどアドバイスらしいものを受けてはいない。
今日はコントロールが悪いな、と思っていた時に二言ほど声をかけられ、それで改善したことなどはあるが。
肉体のバランスのどこかが、狂っているとコントロールも乱れてくる。
それなのに直史は、どこか一ヶ所を調整することで、球質が変わるなどといったのだ。
これを下手に実践すると、メカニック全体がガタガタになる。
あるいはそれまで、、天性の感覚で投げていたものが、意識することによって投げられなくなるのだ。
投げるという行為は基本的に、類人猿にのみ許された行為である。
中でも人間の肩より優秀な器官は、どの動物も持っていない。
投げたことのない人間がやれば、最初は女の子投げになる。
肩だけを使った投げ方だ。
ピッチャーのボールの投げ方は、あの範囲で投げるという動作としては、最適化されている。
円盤投げや砲丸投げは、重さがありすぎて違うのだ。
ほどほどの重さのボールを投げる。
これに適している肩を持っているかどうかは、はっきり言って才能である。
野球のボールの重さでは、肩に肘がかかりすぎてしまう、骨格の人間がいる。
だがそういう人間も、もっと大きなボールのスローであったりすると、しっかり投げられたりする。
同じボールでも、NPBとMLBで、質が違ったりした。
しっかりとボールを固定できる、長い指を持っているというのは、基本的にはコントロールに向いている。
直史はそういった前提を完全に無視して、あの日の試合の結論だけを話した。
スピンをかけるにしても、バックスピンをかけるのに向いていないピッチャーというのはいるのだ。
そこでそいつにはピッチャーの才能がないと考えるのではなく、ならばどういったピッチャーになればいいのかを考える。
野球というのは本来、その程度の自由度は持っていたのだ。
効率化と単純化は、指導する側にとっては簡単であるが、多くの才能の開花を奪っている。
東北との対戦は、最初の二戦は楽勝であった。
向こうの打線がまるでつながらず、それでもどうにか一点は取った、という具合であったのだ。
百目鬼などは八回までを投げて、クローザーの平良を使わなくてもいい点差でマウンドを降りた。
勝てるリリーフピッチャーは、基本的には休ませられる時には、確実に休ませておきたいものだ。
第三戦の木津さえも、七回を投げて二失点に抑えた。
しかしここは打撃陣が奮わず、久しぶりに勝ちパターンのリリーフを使うことになる。
リリーフピッチャーはあまり登板間隔が空きすぎても、調子が悪くなるとはいう。
ただ基本的には休んでおいた方が、長丁場を戦いやすい。
ここも久しぶりに気合の入った大平と平良が、無失点で三連勝とする。
レックスはこれで六連勝なのだ。
五月も悪くはなかったが、六月はこれで8勝2敗のスタート。
完全に頭一つ飛びぬけた状態となった。
そして続いては、埼玉ドームでの試合である。
雨天の影響で直史の登板は、第二戦にずれている。
一度ぐらいは中五日にしてもよかろうに、首脳陣もしっかりと中六日を守っているのだ。
昔はこういう時、シーズン終盤でもないのに、一点差の試合でエースが登板したりしたものだ。
上杉以前のピッチャーの400勝など、そうやって増やした勝ち星が多いため、実際にはもっと少なく計算すべきである。
埼玉ジャガースとしては、直史と当たってしまったら、また強烈な呪いをかけられそうで怖い。
なのでどうにか第一戦、勝ってしまいたいと考えている。
実際のところは直史は、埼玉の心を折るつもりはない。
なぜなら今の情勢を見れば、埼玉が日本シリーズに出てくることは、ちょっと考えにくいからだ。
交流戦までに、二ヶ月が経過している。
フェニックスほどのぶっちぎりではないが、何も好転する条件が見つからないまま、最下位の位置にいるのだ。
埼玉までは普通に、マンションから向かうことも出来る。
試合に向かうならば昼間は練習をして、埼玉に向かう一軍のバスに同乗する。
人によっては自分の車で、先に向かったりもする。
だが埼玉ドームにかけては、やや道が混雑しやすい。
そういったことを考えれば、やはり集団で移動した方が、問題はないのである。
明日がローテの直史は、睡眠時間の確保のためにも、今日は一軍に帯同しない。
どうせ勝てるだろう、という余裕の気持ちを持っている。
チームとしても六連勝をしているのだ。
しかしローテの都合で、今日はレックスは一年目の塚本、対してジャガースはエースという対戦となった。
ここで落としてしまうあたり、やはりプロ一年目と言おうか。
ただ試合を壊すほどの、致命的なものではなかった。
とにかくレックスには、五点以上を簡単に取る打力というものがない。
逆に完封されることもあまりないのであるが。
ロースコアのリードで終盤を迎え、そのままリードを保ち逃げ切る。
追いつかれるかが心配にはなるかもしれないが、実際には追いつかれない。
玄人好みの試合にはなるが、シーソーゲームの面白さはない。
逆にリードされて終盤を迎えると、なかなか逆転するのも難しい。
今は国吉がいないため、七回で試合が動くことが、それなりに多くなっている。
この七回のリリーフに固定されれば、とりあえず一気に給料が上がる。
若手であればローテーションを狙うのだろうが、リリーフでも稼げる手段がないわけではないのだ。
六回を五失点など、ライガースならば平気で逆転する数字だろう。
だがそれぞれのチームには、強さの元になる型がある。
それをずっと守り続けることも、やがては対応されて時代遅れになることもあるが。
少なくともレックスもライガースも、今のところはずっと結果が出ている。
こういう場合は何かを変えるというのは、勇気がいることになるのだ。
強さを維持したまま、何かを変えるのは難しい。
だが基本的には、選手の若返りがそのポイントではあるだろう。
レックスも徐々に、若返りが行われている。
青砥は引退したし、緒方の後釜も探されてはいる。
もっとも緒方の場合は、そのままコーチになることも期待されている。
こうやって不得意な展開で、レックスは連勝を止めて試合を落としてしまった。
流れが悪いな、と考える人間もいるかもしれない。
だが一試合をおとしたぐらいで、それを感じるのはオカルトである。
もっとも直史も、試合の流れやチームの流れを、完全に否定するわけではない。
しかし流れのせいにしてしまえば、本当にそれは流れが悪くなるのだ。
直史としては塚本の敗北に関しては、おおよその理解が出来ている。
ここまで六連勝してきたという、その反動のようなものだ。
プロの世界というのは、勝ちと負けを繰り返していくものだ。
それが成立しない化物も、それはいたりするのだが。
この反動を消してしまおう。
本日の直史のお仕事は、そういうものである。
理屈の上では三連戦を、常に勝ち越していけば優勝が出来る。
直史はほぼ確定で勝っているので、レックスの場合はさらに単純だ。
ライガースは大介が打っても、負ける日がある。
そう考えるとやはり、先発ピッチャーの役割は重要なのだ。
リリーフ陣の登板間隔さえ、直史は考えながら投げる。
久しぶりに投げた勝ちパターンの二人は、また昨日の負け試合は休んでいる。
そして明日に投げたとしても、明後日は休養日である。
「よし、じゃあ今日は完封でいいか」
点差がついたならば、経験を積ませるために、若手のピッチャーに交代してもいいだろう。
試合の前の練習の時点から、ジャガースの選手たちは緊張していた。
神戸オーシャンの喫したパーフェクトは、今季二度目のもの。
しかし一度目のものよりも、さらに点の入りそうにないものであった。
元々一試合を通じて、ヒットは三本までしか打たれていない、今年の直史である。
またフォアボールをなげていないし、失点もしていない。
それでも一試合、味方が点を取れなくて、勝てない試合があった。
あの試合も実は、パーフェクトで九回まで投げきっていたのだ。
レックスの打線陣は、普段通りの練習をしている。
試合においてはチームバッティング中心であるが、実際はもっと飛ばせるバッターが多い。
だが高く飛ばして、外野の深いフライで終われば、あまり意味がないことになる。
もちろんタッチアップのことを考えれば、それも重要なことではあるのだが。
直史が投げているのはブルペンであるので、試合前にあからさまにそれを見に行くことはしづらい。
ただ野球マスコミというのが、しっかりとそちらの取材もしてくれている。
マスコミに対しては、基本的に塩対応のことが多い直史。
何かを言うとしたら、それはむしろマスコミを利用しようとしている場合が多い。
だいたい事前に言っていることと、まるで違うことが起こる。
そしてマスコミは信用を失うのだが、直史は嘘を言うわけではないのだ。
同じ関東なので、顔を知った記者などに、何を言っていたのかを確認する。
「今日は完封でいい、と言ってたかな」
そんな情報が入ってきたが、それはあまり役に立たない。
今年の直史は、既に八試合で完封をしている。
それに大差がついたならば、リリーフに任せることもあるだろう。
レックスの打線は直史が投げると、比較的点を取れないと言われて来た。
しかしその一因である、バッターとしての直史が、今日はDHを使うため存在しない。
神戸相手の試合は、まさにそれが関係したと言えよう。
たったの一点しか取っていなかったのに、直史がパーフェクトをしたので勝利。
今日の試合は味方が、ある程度は援護してくれると判断している。
なので少しは気が抜ける、というものであろうか。
ピッチングというのは、ナイーブなものである。
力はやや抜いてもいいが、集中力を抜いてはいけない。
それが普通の考えであるのだが、相手は普通のピッチャーではない。
条件的に、二試合連続パーフェクトもあるのではないか。
いやいや、まさかと笑うことは出来ない。
せめてやるとしたら、次の千葉を相手にやってくれ。
埼玉の首脳陣や打撃陣は、本気でそう考えていた。
もっとも直史は、そんなことで忖度はしない。
今日もまた、今の自分で出来るピッチングを、しっかりとやってのける。
その結果でパーフェクトになるかもしれないが、重要なのは過程がどうであるかなのだ。
パーフェクトというのはあくまでも、過程に付随する結果なのだ。
勝利さえ出来たのであれば、それ以上は求めない。
直史はそうやって、埼玉との試合は軽めに考えていたのであった。
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