第278話 技術論の波紋
直史のパーフェクトは、今季に入って二度目である。
よくあること、と言ってしまっていいのだろうか。
少なくとも直史は、年間に二度以上は達成しているのが、パーフェクトというものである。
そのなりそこないが、ノーヒットノーランであろうか。
ただ直史は、フォアボールでランナーを出さない。
普段は必ず、運がよかったと言う直史。
それがこのパーフェクトでは、やや饒舌にピッチングについて語ったのだ。
自分にも何か、出来ることがあるのではないか。
そう思ってフォームを崩すピッチャーがいれば、それはレックスにとっての貢献ポイントになる。
これから対戦する予定の、埼玉と千葉は、震えて眠ることになる。
神戸の選手もここから、数字を落としていく選手が何人もいた。
他のチームの中で一番、影響が少ないのはライガースである。
なにせクライマックスシリーズでは、ああいったピッチングをしてきているのだからだ。
何かを今さら話したとしても、それが正解であるかどうかは分からない。
他のピッチャーでは再現性がないからだ。
直史だけがたどり着いている境地。
今さらまだ、そういう成長をしていくのかどうか。
深く考えすぎてはいけない。
野球は基本的に、それぞれのプレーを単純化し、それを突き詰めていくスポーツだ。
球速が速いことは、間違いなくいいことである。
ただそれを直史は、球速が全てではないと発信している。
球速を否定はしていないのは、そのあたり細かいことである。
ストレートが遅くても、それを直史のせいには出来ない。
そもそも直史は体格と体重の割には、相当にスピードが出ている方なのだ。
球速というのは物理である。
力学においてその単純な原理は、既に解明はされている。
あとはこの原理に向いた、ピッチャーがいるかどうかという話になってくる。
(乱打戦が多いなあ)
他のチームの結果を見て、そんな感想の直史である。
こういう場合は最初から、乱打戦を想定していた方が強い。
または完全に、マイペースの試合を出来るチームか。
いずれにしろパ・リーグには直史に対する免疫があまりない。
なので当たっていないチームですらも、ピッチャーが崩れていったのだ。
ベテランの多いチームだと、過去の直史のピッチングを知っていたりする。
おおよそ今のほとんどのピッチャーは、そしてバッターもまた、MLB時代の直史を知っているであろう。
統計を重視するMLBでは、その異常値の領域で投げている直史に、対応出来ない。
それだけにホームランも、ほとんど打てないという異常事態になった。
今のNPBの中では、大介と武史だけが、この状況を実感として捉えている。
果たしてここから、どれだけのピッチャーとバッターが、己を失わずにいられるか。
大介も武史も、かなり一匹狼めいたところはある。
だがさすがに、大介はチームのために、どのようなことをすればいいのか分かっていた。
雨天で関東の試合は中止となっていたが、関西では普通に試合が行われる。
北海道を甲子園に迎えて、交流戦の二組目が開始である。
ここの第一試合は、直史がパーフェクトを達成する以前の段階だ。
そして北海道は、ポストシーズン進出を狙っている。
この時点で順位は四位と、三位の神戸との間にさほどの差はない。
普通に乱打戦となった。
それなりのハイスコアゲームであるが、6-8で北海道の勝利。
ただ先発は躑躅であったので、このあたりで普通に負けるかな、という程度の予感はしていたのだ。
そして第二戦が、直史が投げたのと同じ日で、先発は畑である。
勝てる試合かな、と中盤までは普通に思っていた。
しかし他の球場の情報で、直史のパーフェクトピッチングが伝えられる。
こういうものを聞かされると、ピッチャーは複雑な気持ちになるらしい。
とりあえず安定したピッチングが出来ず、グダグダの殴り合いになった。
殴り合いになればライガース有利。
そのはずであったのだが、実際にはそうとも言えない結果が出た。
またせっかく大介がホームランを打っても、それが一点だけのソロであったりする。
結局は7-10でまたもライガースの敗北。
大介の成績は飛びぬけているのだ。
しかしチーム全体に、それは上手く影響しない。
もっとも自信のある球を、普通にホームランにされていれば、それで充分にダメージは与えられる。
外に外しても、そのままバットの先で打ってしまうのだ。
大介の持っているバットは重い。
なので当ててしまえば、それなりに飛んでいくのである。
直史のやったことの影響は、第三戦に出てきた。
ライガースの先発津傘は、ポストシーズンの直史を知っている。
何があっても負けそうにない、そんな直史である。
それを考えればシーズン中の一試合で、とんでもないことをしても不思議ではない。
驚かされることに慣れているのだ。
同じプロだからと言っても、完全に格が違う。
キャンプのオープン戦の時など、違うチームの選手が直史に、助言を求めるときもあったりする。
しかし直史の説明に、ちゃんと納得出来るような人間はまずいない。
フィジカルを高めることは、基本的に単純だ。
だがテクニックを手に入れるというのは、そう簡単に出来るものではない。
ずっと研鑽を積んできた、というのは途中で何度も中断期間があった直史は当てはまらない。
普通は長いブランクがあれば、その感覚を取り戻すのに、時間がかかるはずなのだ。
40歳のシーズンになってから、復帰してさらに今年はキャリアハイに近い。
少しぐらいは衰えるはずであるし、実際に球速は衰えた。
だがそれ以上に技術を高めている。
実戦に勝る練習なし、などという言葉もある。
だが練習で出来ることを、どれだけ実戦で出せるかで、勝負は決まるのだ。
練習で投げるときも、直史は出来るだけ、バッターボックスに誰かに入ってもらう。
少しでも試合と同じ条件で、投げていきたいのである。
実戦と練習では、プレッシャーが違うともいう。
しかし直史の場合は、プレッシャーは全て集中力に変えてしまうタイプだ。
第三戦のライガースは、さすがに勝利した。
三連敗がようやく止まったわけである。
ライガースはここから、アウェイでの試合が続く。
まずは福岡に行って、次が神戸。
神戸と言っても実際は大阪なので、ほぼ地元に近い。
甲子園の期間中は使っているため、むしろ神戸オーシャンよりもたくさんのファンが集まるのではないか。
(それに神戸は、どれだけナオのパーフェクトの影響が残っているか)
大介としてはそこが気になる。
直接直史とは対戦していない福岡なのに、投手陣も打線も、かなり調子を落としていた。
最初にレックスと対戦する時、直史のローテでなかったことを、素直に喜べばよかろうに。
パのチーム全体が、どこか萎縮してしまっている。
いや、セのチームであっても、ピッチャーはかなりぎこちないことになっているか。
普段通りに投げているのは、ライガースを除けばスターズぐらいか。
あとはカップスも比較的、ピッチャーに乱れがない。
また副次的な効果かもしれないが、そのみちどん底のフェニックスが、勝ち星を伸ばしたりした。
どうせ優勝争いには関係ないや、と思っているからかもしれない。
ピッチャーが新たな技術に貪欲でないことで、かえって調子を落とすことがなかった。
ライガースは次の、福岡との戦いを迎えた。
今年のパの中では、一際頭が出ている福岡だ。
その資金力によって、毎年のように優勝候補に名前が出てくる。
ただ上杉がプロ入りしてからの10年ほど、パ・リーグのチームが日本一になることは、一度ぐらいしかなかった。
去年はレックスが千葉マリンズを倒し、日本一となった。
しかしその前の年は、レックス戦で力を使い果たし、ライガースは福岡に負けている。
ライガースもかなりの金持ち球団なので、そこで愚痴を言うのはおかしい。
選手の補強に金を使いにくいのは、カップスやレックス、フェニックスあたりがセでは代表的だ。
ただその中でレックスだけは圧倒的な数字を残している。
一人のピッチャーがチームに与える影響。
直史は上杉のようなカリスマはないが、バッター陣にも技術を伝えることが出来る。
主に戦術と、心理的な面であるが。
パ・リーグは移動距離が長い。
セ・リーグの場合は広島から東京まで、短い範囲でチームが集まっている。
しかしパは九州から北海道まで、移動距離がまったく違う。
もっともメジャーを経験している大介には、さほどのこともない距離だ。
休みなく10試合以上も連続して戦うことはともかく、専用ジェットでの絶え間ない移動は、確かに体力を削るものであった。
日本人が意外なほど野手では通用しない、というのはこのあたりも関係しているのかもしれない。
ただピッチャーもピッチャーで、NPBでいうところのあがりの日がなく、中五日はおろか中四日でローテを回すことがある。
一応は年間で、試合で3000球投げたなら、それが限界だとも言われる。
しかしポストシーズンにおいては、平気で100球を超えた球数を投げさせる。
観客動員数を見れば分かるが、MLBではポストシーズンに入ってからこそが、本物の興行と言えるのだ。
福岡との試合、大介は絶好調であった。
するとかえって勝負を避けられる、という事態になってしまうものだが。
福岡はポストシーズンの、日本シリーズ制覇を考えている。
ならばレックスかライガースが、勝ちあがってくる最有力候補である。
その時の本番では、大介を敬遠しまくることも考えるだろう。
福岡としてはライガースに打たれても、逆にライガースの投手陣を全力で打ち崩す勢い。
特に第一戦の先発の桜木は、初めてのDHとの対戦である。
そのあたりの感覚が、やはり狂っていたと言えるのだろうか。
試合は全体的に、シーソーゲームが続いた。
ただ勝負所では、やはり大介は敬遠された。
ホームランが出ていないため、打点もそれほど増えない。
それでも塁にさえ出れば、足を使って相手をかき回す。
送りバント、盗塁、こういったものはむしろ得点の期待値を減らす。
統計的に見れば、確かなことではあるのだ。
しかし大介は、90%以上の確率で盗塁を決めてくる。
それを思えばバッテリーも、どうしても警戒せざるをえない。
ランナーを背負った瞬間、一気にパフォーマンスを落とすピッチャーというのはいる。
プロのレベルであると、さすがに減ってくるものだが。
ボールカウントでもそうであるが、意図してそれを想定でもしない限り、プレッシャーのかからない場面の方が、人はパフォーマンスを発揮する。
もっとも大介の場合であると、プレッシャーを集中力に変えてしまうが。
第一戦は桜木が、DHの存在や初めての福岡ドームなど、悪い要素を感じてしまって、かなりの点を取られてしまった。
最終的には5-7というスコアで負けもつく。
だが高卒一年目のピッチャーが、勝ち負けがつくまでちゃんと投げるのも、充分に凄いことなのだ。
そして第二戦は、去年までパのチームにいた友永。
相手の手が分かっているだけに、かなり安定したピッチングをした。
最終的にはリリーフが打たれたが、それでも追いつかれることはなかった。
5-4の一点差で、第二戦をものにする。
さすが、困った時には違うリーグから移籍してきたピッチャーである。
友永の場合、確実にローテで二入れて、しかも優勝が狙えるチームに行きたかったわけだが。
レックスは比較的、FAになった選手を積極的に取りに行くことがない。
ならばライガースか、という選択になるのである。
第三戦の先発はフリーマン。
今年はこれまで、3勝3敗という成績である。
先発ピッチャーとしては、丁度いいぐらいの数字。
ここでしっかりと勝ってもらって、なんとか勝ち越しでこのカードは終わりたいものである。
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