13章 交流戦から

第270話 交流戦のため千葉へ

 当たり前だがライガースも、同時に交流戦に入っていく。

 五月の最終戦の時点で、大介のホームラン数は23本。

 打率も出塁率も上がったのに、長打率は下がってしまった。

 OPSもやや低下しているが、それでも1.5をオーバーしている。

「さすがに二試合に一本ペースは落ちてきたか」

 野球マスコミは集まれば、そういう話題にもなる。

 大介は五月の中盤から終盤にかけて、六試合連続でホームランの出ない試合があった。

 そこで数字は落ちたのだが、打点も三点しか増えていない。


 ただ四月度に比べれば、五月度の方が打率も出塁率も上がったというのがおかしいのだ。

 試合数を考えれば、全体でホームランや打点が伸びなかったのはおかしくない。

 そして六月の頭、帳尻を合わせるように、カップス相手に二試合連続のホームラン。

 だがカップスはやはり、カードで三連敗をすることがない。

 粘り強いのは試合だけではなく、もっと長期的な視野であろうか。


 とにかく三つ落とすことを避ける。

 そうすれば今のセ・リーグでは少しずつ成績が上がっていく。

 スターズが武史の先発で、レックスに負けたのも大きい。

 いまだに三位はスターズであるが、確実にカップスがそれを捉える距離にいる。

 そしてタイタンズは、思ったほどには沈んでいない。


 野球はどのポジションの選手が抜ければ、一番勝敗に影響があるのか。

 ピッチャーであればクローザーのようにも思えるが、セットアッパーがクローザー適性を持っていたりもする。

 ただレックスの場合は、百目鬼の離脱よりも国吉の離脱の方が、勝敗に絡んできているように思える。

 キャッチャーは当然ながら、試合の貢献度が高い。

 それ以外の野手では、センターラインと言われている中で、ショートが処理するボールは多く、センターの守備範囲が広い。


 悟が四番を打っていたが、タイタンズは外国人などを上げてきて、ある程度はその穴を埋めている。

 だが人数制限があるので、試合によってはメンバーを代える必要がある。

 三軍まで存在し、それを維持することが出来る。

 やはり球団としての資本力は、レックスと比べ物にならない。

 それなのにこの数年、レックスには勝てていない。

 実際にファンの数なども、レックスは増加傾向にあるが、タイタンズは減少傾向にある。


 ただレックスの最盛期は、やはり樋口と武史が揃った時から、ライガースとの優勝争いを続けていた頃だろう。

 直史が入る前から、ペナントレースでは勝っていたことが多かったのだ。

 しかしクライマックスシリーズでは、何度もひっくり返された。

 樋口は統計も利用するが、勝負師としての勘も鋭い。

 それでも大介には、何度も負けている。

 もっともそれすらも、樋口にとっては許容範囲内であったのかもしれないが。


 贅沢な話だが、野球に限らず多くのスポーツは、一つのチームの最強が続くと、やがて飽きてくる。

 もちろんずっと強いままというのは、本当にありえないことだ。

 MLBでもNPBでも、少なくとも21世紀になってからは、圧倒的に最強のチームが、長く続いていることはない。

 上杉の入ったスターズも、大介の入ったライガースと死闘を繰り広げた。

 そしてレックスにしても、三つ巴状態を作り出したのみ。


 今もレックスは強いが、つい一昨年にはライガースにペナントレースで負けている。

 今年優勝してたとしても、まだ二年連続である。

 ただ直史がいるチームは、圧倒的に優勝の確率が高い。

 それはNPBよりもはるかにチームが多い、MLBでさえ同じであった。

 ごく一時期、メトロズに移籍した時は、そこでも優勝している。

 チームを勝たせるピッチャーではなく、チームを優勝させるピッチャーと言っていいだろう。


 果たしてどれだけ、勝利への貢献度が大きいのか。

 日本シリーズの四戦四勝などというのは、21世紀の時代では信じられない。

 そして今年も、レックスは首位を走っている。




 レックス 38勝17敗1分

 ライガース 34勝21敗

 これが交流戦前の、両チームの数字である。

 ライガースも充分に強いのだが、レックスはそれよりも圧倒的に強い。

 しかも僅差の試合、ロースコアのゲームに強いのだ。

 点を取られることが、あまりないと言えるだろう。


 点を取られないために重要なポジションは、キャッチャーである。

 そしてあとは、ピッチャーをどれだけ揃えられるか。

 ただレックスに関しては、守備力も相当に高い。

 バッティングは優先されないキャッチャーが、かなり打てる迫水である。

 これまた守備力重視のショートが、リードオフマンの左右田だ。

 センターラインに、打てる選手がいることが強い。

 それでいて守備力もしっかり高いのだ。


 レックスとライガースは、チームカラーがかなり違う。

 だが玄人好みのレックスに、イケイケドンドンのライガースという違いはある。

 またライガースとしては、今年の直史がまた復活しているように、大介の成績もまた復活しつつある。

 NPB復帰後の二年間、大介は打率が四割を切っていた。

 当たり前の話であるが、それでも余裕で首位打者を取っている。

 しかし今年はこの時点で、四割以上をキープしている。

 二ヶ月も過ぎたのにこの調子ならば、ずっと四割がシーズンの終りまで続く可能性はある。

 なんらかのスランプにでもならない限りは。


 ライガースの交流戦は、まずアウェイでの千葉戦となる。

 大介にとっては久しぶりの故郷、と言えるだろうか。

 正確には大介は、少年期までは東京育ちだ。

 しかし魂の故郷は千葉にある。

 母が再婚したこともあるが、嫁の実家に行くことの方が多い。

 オフシーズンでの暮らしは、千葉にいることが多いのだ。

 また子供たちも、千葉に住んでいる。


 カップス戦の終了後、翌日が移動日である。

 三連戦が終われば今度は、甲子園で北海道との対戦となる。

 そんなわけで早めに移動して、嫁の実家に戻ってくる。

 するとちょっと、風景が変わっているのに驚いた。

「なんだこりゃ」

 そうは思いながらも、玄関を開ける。

「ただいまー」

 家にいたのは義祖母と義両親。

 そして桜の三人である。

「お帰り」

 出迎えられた大介であるが、まず質問したいことは一つ。

「家の周りのあれ、なんなの?」

「ああ、百合花の練習用に作ったの」

 マジか、という顔を大介はした。




 佐藤家の実家は周辺が、かなりの田舎になっている。

 その農地を統合して、今は農業法人化しているのだ。

 ただすぐ近くの庭のような場所に、ゴルフのグリーンとバンカーのようなものが作られていた。

 それなりに大規模な農地になっているので、大型の重機も使える人間がいる。

 周囲の協力もあって作られたのが、このゴルフ練習場であった。


 この間のオフから、百合花はゴルフを始めていた。

 そしてそのために必要なことも、大介は桜に任せていた。

 もっとも直史は、ローテのピッチャーだけあって、もう少し実家に顔を出すことも多く、この光景は知っていたのだが。

「けっこう本格的だなあ」

 グリーンにバンカー、そしてアプローチ用の短めのフェアウェイ。

 そのグリーンにしても、単純に平らなものではない。


 大介は名前を知らなかったが、しっかりとラフなども作ってある。

 実は千葉県は現在、最もゴルフ場の多い都道府県だ。

 それなのでこういった環境を整えられる人間が、周囲に多かったりする。

 わざと粗く造ったグリーン周囲と、専門家に依頼して作ったグリーン周囲。

 また打ち込みようのネットなども作られている。


 百合花は小学校四年生。

 過去にはバレエをやっていたが、そちらの方はあまり長く続かなかった。

 白石家の子供たちは、だいたい何かのスポーツをやっている。

 ただニューヨークにいた頃に比べると、このあたりではちょっと遠くにまで行かなければ、学ぶ場所もなかったりする。

 一応このあたりにも、ゴルフ場はある。

 またゴルフの練習場もあって、自転車で行けない距離ではない。


 大介は反対はしなかった。

 自分の遺伝子が入っているのだから、何かを使ってボールを飛ばすというのは、向いているとも思った。

 直史が調べて、女子ゴルフはプロスポーツの中でも、ちゃんと興行として成立している、と判断してくれた。

 だが思ったよりもずっと、本格的にやり始めているではないか。


 ちなみに日本国内の野球場の数は7000箇所。

 ゴルフ場は2000箇所ぐらいである。

 野球場はなんとか、野球以外の利用も出来る。

 ドームが有名であるが、甲子園でも金さえ払えばコンサートなどは出来るしやっている。

 しかしゴルフ場などは、ゴルフ以外では何も使えないのではないか。


 大介は大金持ちになった今も、ある程度は貧乏性である。

 ゴルフに対する否定的な気持ちは、あれは金持ちのするスポーツだ、という観点からのものである。

 金持ちかどうかはともかく、ある程度の準備が必要なスポーツであることは間違いない。

 またゴルフ場の維持管理には、相当の費用がかかりそうだとも分かっている。

 しかしトップ選手になれば、間違いなく稼げるスポーツだ。

「どうせならテニスの方がいいんじゃないかな、とは思ったけどさ」

 反対はしていないが、大介としてはそう考えている。


 白石家の人間は、身体能力に優れている。

 そもそも大介とツインズが、共にトップレベルのプレイヤーであるのだ。

 そしてその身体能力を活かすなら、テニスのような動き回るスポーツの方が、向いているだろうと普通に考えている。

「それはそうかもね」

 桜としても、否定はしないところである。




「ただいま! あ、お父さんお帰り」

「おう、お帰りでただいま」

 学校が終わった百合花は、戻ってくるとすぐに、ランドセルを置いて家を飛び出す。

 そして敷地内に、ゴルフのクラブとボールを持って向かうのだ。

「あれ、宿題とかはいいのか?」

「学校で休み時間中にやってるみたいだし。それに暗くなったら練習が出来ないでしょ。そこはちゃんとやってるよ」

 なるほど、それならいいのだ。

 大介は高校受験で頭を全力で使って以来、赤点回避以外にはもう、完全に頭を使わないようになっていた。

 白富東に受かったのだから、地頭自体はいいのである。


 興味本位で、大介はその練習を見に行く。

 百合花は準備運動のようなことをしているが、肩をぐるぐると回している。

 手首足首を動かしたり、その場でぴょんぴょんと跳ねたりもする。

 そして大介がそれを見ていても、気にしないのだ。

「百合花、ゴルフって楽しいのか?」

「楽しいよ。お父さんも一緒にやってみる?」

 屈託なく言ってくるので、大介としてはこれでいいのだろうな、と思う。

「どういうところが楽しいんだ?」

 同じボールを打つ競技ではあるが、大介には面白さが分からない。


 百合花は少し考えた。

「ゴルフは最後、カップに球を入れる競技じゃん? その過程でどうやって球を打っていくか、考えるのが楽しい」

「ふうん?」

「あとは相手がいるわけで、そこで駆け引きするところかな」

「一人でも出来るだろ?」

「一人でやるのは練習だけだよ」

 ふむ、と大介は首を傾げる。

「野球でもさ、ホームランを狙うところと、ヒットでいいところと、出塁するだけでいい場合ってあるでしょ? ゴルフは相手のスコアをこっちと比較して、リスクを取っていくんだよ」

「……ああ、大差で勝っていれば無理をしないし、負けていれば攻めて行くしかないとこか」

「うん、それを同点のスコアの段階から、色々と考えていくの」

 こうやって話しながらも、体のあちこちを動かしている。


 ゴルフは意外と野球と似ているのか、と大介は考える。

 確かに野球選手の中には、ゴルフ好きがかなりの数いる。

 元プロ野球選手でありながら、ゴルフに転向して賞金王を何度も取った選手もいる。

「バッティングは確かに、状況に応じて変えていくというのはあるな。まあピッチングもそれは同じだけど」

「ナオ伯父さんが言うには、ゴルフはピッチングに似ているんだって」

「いや、似てるとしたらバッティングだろ」

 バットとクラブという名前や形態は違うが、ボールを打っていくスポーツなのだ。


 大介の感性は、あながち間違ってはいない。

 野球選手の中には、見事なスイングでプロ並に飛ばす選手もいる。

 だが直史に言わせれば、ピッチングなのである。

「だって野球は、ホームランになればフェンスの向こうならどこでもいいでしょ? ピッチングは投げられるストライクゾーン、凄く狭いじゃん」

「あ~、それもそうか」

「ゴルフの、とにかくフェアウェイに飛べば飛ぶほどいいっていうのは、バッティングに似ていると思う。でもバッター相手にどうやって配球するか考えるのが、ゴルフに近いんだって」

「確かにそうだな」

「他にも野球のバッティングは曲げてもいいけど、ゴルフのショットは曲げる場合と曲げたらいけない場合があって、好き放題に曲げるのはピッチングでしょ」

 いちいち言うことが正しい。




 ネットの張られた練習場は、およそ20mほど先に、目標となるマークが九つほどある。

 それに対して百合花は、クラブを順番に試していく。

「お、それ知ってるぞ。ドライバーだな」

「そうだけど、じゃあこれとこれはなんでしょう?」

「……ドライバー?」

「正解はスプーンとクリークです。なお形態含めてこれら全部をウッドって言うんだよ」

「それでボールを打ったら、どれぐらい飛ぶんだ?」

「条件にもよるけど、キャリーで160ヤードぐらいかなあ」

「メートルにすると?」

「1ヤード91cmぐらいだから、145mぐらい?」

「ホームランが打てるじゃねえか」

 プロの選手が300ヤードとかいうのは、ちょっと知っている大介である。

 だが小学生でも、そんなに飛ばせるものなのか。


 大介の場合、推定飛距離200mオーバーというホームランは打っている。

 甲子園の場外に飛ばすことを考えると、これぐらいは必要になるのだ。

「ゴルフは500m以上あるコースを、何打で上がるかを考えるスポーツだし、私の年齢で飛距離を考えても仕方ないよ」

「そういうものなのか」

 確かにまあ、百合花の年頃の大介は、さすがにホームランを打てはしなかったが。

「お父さんも打ってみる? 他のクラブは短いけど、ドライバーなら打てると思うし」

 百合花は同年齢の女子の中では、少し大柄である。

 それでも大介より、20cmほどは小さいのだ。


 この時大介は舐めていた。

 確かにゴルフは思ったよりも飛ばすスポーツらしい。

 しかし止まっている球を、ポイントで打つのだ。

 普段は高速で動いている球を打っている人間が、打てないはずがないではないかと。

(基本的には、ジャストミートする場所が、バットの先端にあると考えればいいわけだ)

 クラブを持って、軽く素振りをする。

 イメージするのは、さっきの百合花のスイングである。


 必要なのは柔軟性であろう。

 それとおそらくは再現性。

(最初のここから、クラブを振りかぶるのは、軌道を考えるわけか)

 野球でいうところのトップを作って、そこからダウンスイング。

 見事に当たったボールは、ものすごいスピードのゴロとなって飛んでいった。

「上がらないなあ」

「空振りしないだけすごいよ」

 にまにまと見ていた百合花は、むしろ感心していた。

 スイング自体は美しかったからだ。


 考えてみれば野球もゴルフも、ボールを飛ばすという原理だけは、ある程度共通のものなのだろう。

「もう一度やってみる」

 そしてやってみたら、低いボールを打ち出してしまった。

「難しいな、これ」

「いや、お父さん才能あるよ」

 地面に直接置いたボールを、初めてのドライバーで打ったのだ。いわゆる直ドラである。

 ダフらずに転がり、次にはちゃんと低空で打てた。

「単純な話、立っている場所が違うんだよね」

 そして百合花は、大介の打ったボールを二つ再現した後、三打目にはマークの真ん中下の、ど真ん中にボールを当てた。




 大介が浮かぶ球を打てなかったのは、インパクトの瞬間の、フェースの角度が問題なのだ。

 その前に百合花が打っていたのは、ドライバーから始まってアイアンへ。

 スイング自体は問題ではなくても、肩の位置やスイングの入れる角度、それに肘や手首の使い方。

 そういうものが全部違うのだ。


 大介もバッティングでは、ど真ん中のストレートだけを打っているわけではない。

 インコースにアウトコース、高めに低めと色々なコースをホームランにしている。

 基本的なスイングは、確かに一つ必要だ。

 しかしそのスイングから、わずかに体を動かしていったり、バットの軌道を変えたりしている。

 ゴルフもクラブを変えたなら、スイングも変わっていく。

 それにドライバーならともかく、アイアンなどは曲げていく方法も考えなければいけない。


 野球は基本的に、バッティングは真っ直ぐに飛ばす。

 右に左に曲げていては、飛距離が足りなくなるからだ。

 だがバットの先の方を使って、スピンをかけるというところはある。

 そもそもバットは丸い一点でボールを打つが、クラブは平面でボールを打つのだ。


 ああ、これは確かにピッチングに似ているな、と大介は感じた。

 クラブのボールを打つポイントは、ピッチングのリリースする指先なのだ。

 そう考えると大介は、おそらくドライバーで、真っ直ぐに飛ぶ球は練習したら打てるようになるだろう。

(しかしこれって、何かバッティングにも応用できないかな)

 大介の目の前で、百合花は器用に九つの的、それぞれを色々なクラブで打っていた。

 そしてある程度確認すると、今度はアプローチの練習に入るのである。


 ゴルフはホールとホールの間だけではなく、打ったボールへの距離も歩いていく、のんびりしたスポーツ。

 ただ技術に関しては、確かに高度なものが必要なのだな、と理解してきた。

 最終的にカップにボールを入れるために、逆算してティショットを考えるスポーツ。

 このスポーツの持つ欠点はただ一つ。

 面白すぎるがゆえに、ゴルフ禁止令などというものも、過去に出たことがあるのだ。

「試合とかに出たりもするのか?」

「今度、近くのゴルフ場で、ジュニアの会員だけの試合があるから、それに出ようかなと思ってるんだあ」

「そうか。ちょっと見には行けないと思うけど、頑張れよ」

「お父さんは野球頑張ってね」

 それは言われるまでもない。

 直史と同じように、大介もまた、この年になってさらに、何かを考えていく。

 生涯野球小僧は、白球を追いかけて走っていくのだろう。

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