第266話 ピッチャー悲喜こもごも
カップスとの第一戦、百目鬼は頑張った。
七回を投げて三失点。
ハイクオリティスタートまであと一歩、という数字である。
その時点でスコアは4-3とわずか一点だがレックスはリード。
ならば勝ちパターンのピッチャーの投入である。
カップスの強さは、平均値にあるのだろう。
勝っている試合を確実に、勝利に導くほどの継投能力はない。
ただし負けている試合でも、僅差なら逆転するほど、ビハインド展開のリリーフが充実している。
レックスはさらに一点を追加することに成功した。
しかし平良が、一点を取られたのである。
もっとも平良が優れたクローザーであっても、その防御率は1を超えている。
つまり何試合かに一回は、こういう試合もあるのだ。
一点の追加点が、本当に大きかった。
あれがなければ追いつかれていた。
これで百目鬼は、5勝目となる。
実は地味に、まだ一度も負け星はついていない。
ピッチングの内容からすると、どこかで負けていてもおかしくはないのだ。
だが六試合のうち、三試合がハイクオリティスタートである。
三島を見に来ているはずのメジャーのチームも、むしろ百目鬼に目が向かっているかもしれない。
もっともメジャーのチームからすれば、いまだに不敗の直史に比べれば、どんなピッチャーでも霞んで見えてしまうだろうが。
年齢的にさすがに、もうメジャーで投げろとは言えない。
だが直史よりも年上で、ローテを回しているピッチャーはいるのだ。
サイ・ヤング賞の五年連続受賞は、歴代でも二位の長さ。
そしてミスターパーフェクトの呼称は、直史だけのものである。
百目鬼は今年で22歳のシーズンである。
この調子で成績が安定するなら、確かにメジャーのスカウトも手を伸ばすだろう。
もっとも三島は過去五年、20先発以上を続けている。
二桁勝利をほぼ毎年続けて、まさにピッチャーとしては絶頂期。
これもポスティングを申請すれば、どこかのチームは取りにいくだろう。
困った時代である。
ピッチャーはもう随分と前からであるが、野手に関してもここ最近は、メジャーで活躍する選手が増えてきた。
それこそ大介が歴史を色々と変えてしまったが、悟が行かなかったというのは実はNPBにとって大きい。
本人は家庭の問題を抱えていたため行かなかったわけだが、おそらく行ったら成功していたであろう。
そしてその後に続く選手は、さらに多くなったはずだ。
野手はアスリートタイプでないと成功しない。
捕手ではあるが樋口も、アスリートタイプであった。
もっともそれは盗塁数などが多いから、そう思われているだけのこと。
実際の樋口は、徹底した頭脳派である。
だがブロッキングやキャッチングは、完全にMLBのキャッチャーの中でも一番上手かった。
それにキャッチャーとしては最近にしては珍しいことに、向こうでもホームランを二桁打っていたのだ。
OPSが0.9以上もあるキャッチャー。
ピッチャーやフィールダーでメジャーに行く人間は、これからもいくらでもいるだろう。
しかしキャッチャーで行くのは、坂本という例外を除けば、成功例は樋口が最後になるかもしれない。
第二戦の先発が木津である。
木津に関してはメジャーも、全く注目していない。
もちろん勝てるピッチャーであることは分かるし、三振も奪えるピッチャーだ。
しかしそのからくりは、とっくの昔に解明している。
映像から解析しただけでも、その正体は分かるのだ。
だがメジャーの分析班は、はっきり言って盆暗も多い。
NPBの分析班が、それに気がついていないとでも思っているのか。
当然ながら気付いている。
そして気付かれた上で、どう対応すればいいのかも、分かっているから通用しているのだ。
WBCであれだけ日本に負けていながら、いくらでも理由をつけて世界一を謳う。
しかし大介と武史のNPB復帰に、直史の現役復帰によって、NPBチャンネルのアメリカにおける視聴者数は爆増している。
ポリコレやSDGsと同じように、主義が現実を曲げている。
それでもアメリカが強国であるのは、覇権を維持する道だけは、ぶれずに手の内に入れているからだ。
ただ創造性の世界では、完全に日本に負けているではないか。
しかしプラットホームを、自国が手に入れているため、そこからアガリを掠めている。
NPBの中継が、特にライガース戦に関して、圧倒的に視聴者が多いのはどういう理由なのか。
それをもう少し考えた方がいいだろう。
おそらく数年後、第二世代に蹂躙されてしまうのが嫌なのだったら。
多様性と言いながら、ピッチングもバッティングも効率ばかりを優先している。
確かにそれは数字だけを見れば、確かなことなのであろう。
だが数字には実際は偏りがある。
そしてその数字の変化がどうなっているのか、本当に理解しているのか。
数字は間違わない。
だが数字の意味を、正確に理解するのは人間である。
同じようにデータも扱う。
直史はそのタイミングで、確実に打ち取れる球などは投げない。
しかし相手が油断したタイミングがあれば、そういう球も投げる。
データはあくまでも傾向である。
そのデータを知っているなら、それに対応したピッチングを行うのが普通だ。
しかしMLBのデータの中には、ど真ん中に動く球を投げれば、球威のあるピッチャーなら打ち取れるという、無茶なデータもある。
そしてこれは無茶ではなく、実際に結果も出しているのだ。
木津が実はメジャーでも通用しそうな要因を、もう一つ直史は知っている。
それは木津の体力である。
元々体格が大柄で、筋量にも優れている。
だからこそ球速はまだ上がると、説得して育成で取ったものだ。
実際には球速は上がらず、しかし二軍戦で結果を出していたため、チャンスを与えるように使ってみた。
そのわずかなチャンスを掴み取ったからこそ、木津は今のローテに入っているのである。
MLBの世界は、過酷なものである。
NPBは基本的に、連休などがない限りは、六連勤で一日休み、という日程である。
ローテのピッチャーは中六日だが、MLBは中四日か中五日。
80年代からは中四日が基本であったのだが、最近は中五日も多くなってきている。
そしてあがりというものがなく、常にチームに帯同しているのだ。
直史はあの世界に、五年間もいた。
それだけに10年以上もい続けた、大介や武史は大変であると思う。
直史は本来、肉体の頑健さはそれほどでもない。
だからこそアメリカにいる間は、休日でなくとも休める間は、とことん休んでいたのである。
体のケアにはそれこそ、かなりの金をかけていた。
MLBに行った場合、三島だけではなく百目鬼や木津を含めれば、誰が一番生き残るのか。
それはチームのカラーにもよるが、三島ではないだろうと思う。
ただ百目鬼はまだ、成長の途中にある。
そして木津はこれから、成長はともかくどう変化して行くか、それが重要なのだ。
第二戦、木津のピッチングから始まる。
一回の表から、フォアボールの後にカップスは送ってきた。
木津のBB/9を考えれば、球を見ていってもよかったろうに。
ただでさえ木津は、ゴロよりもフライを打たせる傾向にある。
しかし確実に、ランナーを二塁に進めた。
一応はこれで、クリーンナップを前に得点圏ということになる。
カップスは機動力を使ってくる。
盗塁の数も比較的多いが、それよりは進塁打や犠牲フライ、際どいタイミングで次のベースを目指すことが多い。
そういう予想から、なんと三盗を仕掛けてきた。
木津の遅いカーブを、迫水がワンバンで止めている間に、三塁に進む盗塁だ。
これは機動力と言うよりは、より勇気のいる判断力と、相手の裏を書く思考力の問題であろう。
カップスは強くなっている。
Aクラス入りはタイタンズが脱落している今、スターズが競争相手となっている。
しかしレックスが相手でも、競った試合で勝つことが出来る。
カップスの勝ち方というのは、かなり心理戦であることが多い。
普通なら先に盗塁して、そこから送りバントであろう。
だがこちらに思考の弛みが見えれば、あえて三盗をしてくるのだ。
ピッチングと守備のレックスに、バッティングのライガース。
それに対してカップスは、思考力で勝負してきていると言えようか。
ここから外野にフライが飛び、それがタッチアップとなって一点先取。
「交流戦前だから、細かい野球をやってきてるのかな」
直史が考えるが、こんな細かいことを今からやっていれば、まだ半分以上残っているシーズン、途中でスタミナが切れるだろう。
ピッチャーのタイプによって、どうやって点を取ればいいのか、それは変わってくる。
直史の場合は何をどうしても、タイプを変えてくるのでどうしようもない、という気配もあるが。
木津から点を取る方法は、基本的にランナーをどう進めるか、ということにある。
コントロールはあえてアバウトなままにしているので、配球から読むということが出来ない。
ただ変化球を投げるタイミングは、それなりに分かる。
なのでそこで走れば、盗塁が成功する可能性は高い。
タッチアップで一点を取ったため、つまりヒットを一本も打たれずに、一点を取られたことになる。
まるでプロ野球ではなく、高校野球ではないか、と思ったりする人間もいるだろう。
だがやはりプロというのは、勝ってこそということが言われる。
NPBの歴史を見てみれば、ライガースやスターズの暗黒期は、甲子園を連覇した地元の高校の方が強い、などとも言われていたのだ。
もちろん一回ぐらいは勝てるかもしれないが、10回やれば七回はプロが勝つだろう。
それがアマチュアとの決定的な差である。
先頭打者を出して、先制点を取られた。
ここでどういうように考えるかも、先発のピッチャーとしては重要なことなのだ。
先頭打者をいきなり出してしまったが、一点までに抑えることが出来た。
木津はこう考えるタイプである。
いきなり先取点を許してしまって、悩む人間は先発には向いていない。
メンタルの強さというよりは、思考力の方向性。
これがプロのピッチャーの強さになるのだ。
直史が考えるピッチャー向きの人間としては、レックスの中では木津が一番である。
自分が絶対にノーヒットノーランなど出来ないタイプだと分かっているだけに、逆にピンチを最少失点で抑えることを考えているというか。
もちろんそういったメンタルを持っていても、大量点を取られてしまうことはある。
だがそれを引きずらないことが、プロでやっていくコツなのだ。
ピッチャーはプレッシャーと戦っている。
10回やって三度出塁すれば充分、というバッターとは違うのだ。
もっとも出塁率を考えるなら、四割ほしいというのは贅沢であろうか。
ただプレッシャーに対しても、一点も取られたくはないと考えるか、三点で六回でOKと割り切るか。
プロの世界で長く生き残るのは、おおよそが後者である。
もちろん実際は、それが甘えになってしまうこともある。
ほどほどの緊張感を、自分で維持するということが、ピッチャーのメンタルコントロールだ。
三点までは取られていいと考えていても、実際に三点まで取られてしまったとする。
四点目は取られたくないと考えれば、そこでドツボにはまるのだ。
今日は四点取られる日か、と諦めてしまって投げる。
すると四点目は取られなかったりする。
ただ諦めて投げると、四点どころか五点や六点を取られたりもする。
そのあたりの力の入れ加減、抜き加減が重要であるのだ。
今日の木津は、かなり調子がいい。
ヒットを打たれたりフォアボールを出したりと、毎回ランナーを背負ってはいる。
しかしそれがなかなか、追加点にはつながらないのだ。
そしてその間に、レックスが逆転をした。
長打力はあまりない左右田が、ランナーを置いた状態で一発を打っていったのだ。
そもそもプロに来るようなバッターには、ホームランの打てないバッターなどいない。
アベレージヒッターであっても、バッティング練習では、平気でスタンドに放り込む。
それが試合ではなかなか出来ないのは、ジャストミートが難しいからだ。
ホームランの打ちそこないがヒット、などとはよく言われている。
ただアベレージヒッターは、出塁を重視するために、空振り三振も少ないようになっている。
わずかにでも甘い球であれば、それはホームランになりうる球。
左右田もジャストミートしたら、偶然にもスタンドにまで飛んでいってしまった。
だがもちろん、常にミートは心がけている。
これでスコアは2-1とレックスのリード。
さらにその後、一点を追加した。
木津は七回を投げて、なんと二失点に抑えた。
ランナーが三塁まで進むことがあっても、それを簡単には帰さない。
そういう試合では体力より、気力の方が削られる。
木津はそんな試合では、思い出すことがあるのだ。
二軍の試合でさえも、なかなか登板出来なかった、あの苦しい日々のことを。
木津はわずかに出た試合においては、いつもある程度の結果を出していた。
WHIPはともかく防御率は、相当に低かったはずなのである。
しかしストレートの遅さと、制球の悪さが、必要以上にクローズアップされた。
もしも特徴のあるピッチャーを、平均からの逸脱として重要と考えるなら、ランナーが出るのに点を取られないことを、二軍のコーチ陣は理解していただろう。
今の木津はまさに、結果で評価を確定させている。
昭和の野球であれば、むしろ評価は高かったかもしれない。
3-2のスコアのまま、リリーフが出てくる。
今日は一点もやらないぞ、と平良もかなり気合を入れている。
しかしここでさらに、レックスは一点を追加。
これによってやや安全圏の、二点差となったのである。
プレッシャーの少ない状態の方が、ピッチャーの消耗は激しくない。
セットアッパーとクローザーの二人で、追加点を取られることなく決着。
大平にはホールド、平良にはセーブがついた。
もちろん木津には、勝ち星がついている。
実のところ木津は、ほんの少しだが焦りがあったのだ。
なんだかんだ言いながら、ずっと負けのつかなかった木津。
それが二試合連続で、負け星がついていたという事実。
単純に負けたわけではなく、内容も悪い負けであった。
だからこそここで、内容のある勝利を得たことは、大きなことであったのだ。
カップス相手のカードで、とりあえず勝ち越しが決まった。
ここで気の毒なのが、第三戦で投げる塚本である。
今のレックスを筆頭として、多くのチームが行っているリリーフの起用法。
勝ちパターンは1イニングずつ、そして連投は二日まで、というものだ。
レックスもそれを守るために、七回に大平を投げさせたりすることは、あまり多くない。
今日は大平と平良を、休ませなければいけない日である。
なので塚本には、負けた展開であるか、大差で勝った状態を望む。
そしてレックスは、勝つときもあまり、大差で勝つことはないのだ。
塚本にそういう意識があったのか、それは本人が言わなければ分からない。
ただ少なくともリードする迫水には、首脳陣の意図が伝わっていた。
これが交流戦の終盤のような、休みが数日続くところであったなら、また話は変わっていただろう。
しかしシーズンはまだ、100試合近くが残っている。
迫水も無理に勝とうとはしないし、塚本をすり減らすようなリードは考えなかった。
カップスが常に先行する展開となった。
ただ塚本も、大きく崩れるわけではない。
六回が終わった時点で、4-4の同点のまま、塚本はマウンドを降りる。
そしてここからリリーフしていくのが、先発のローテを争っていた須藤なのである。
継投、リリーフと言うよりは、二人でこの試合を終わらせようと、首脳陣は考えていた。
だがここでもカップスが先行し、そして勝ちパターンのリリーフを持ち出す。
前の二試合では使っていなかったため、ここでこそ使うというものだ。
須藤も3イニングを投げて一失点であったが、レックス打線が一点も取れなければ、勝つことは出来ない。
野球は点の取り合いであるからだ。
須藤もまた、微妙な成績だなと思われている。
百目鬼の離脱があったこともあり、ここまでに五試合先発しているのだ。
そして勝ち星が一つもついていない。
大崩はしていないし、クオリティスタートの試合もある。
だが武史相手に投げあえば、クオリティスタートで勝つのは難しい。
まだ一軍で投げて、それほどの時間も経過していない。
だが入団してきた経緯などを考えると、そろそろ結果がほしいところだろう。
もっともデータの内容によると、まだ切るようなラインにはほど遠い。
こういったことを知らせるか、あるいは焦らせて発奮させるべきか。
そういうことを考えるのも、首脳陣の役割である。
そして五月の最終日。
交流戦前の最後のカードとなる。
対戦相手はスターズ。
レックスの第一戦は、先発が直史となっていた。
そしてスターズの方は、武史を第一戦から外していたのである。
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