第262話 兄弟の動向

 プロ野球のシーズンは長い。

 MLBよりは試合数が少ないが、それでも半年で143試合を行う。

 選手はシーズンを通じて、自分自身の管理を行わなければいけないが、ある程度はコーチやトレーナーの意見が参考になる。

 対して監督は、もちろん他のコーチの意見も参考にするが、最終的にはチームの全責任を持たなければいけない。

 半年間ではあるが、実際にはオフシーズンにもまだ、その仕事は続く。

 かつてのプロ野球選手は、本当にオフには遊びまくる選手もいたのだが、昨今ではアスリート性が強く出ている。

 するとポストシーズンやキャンプの期間を抜いても、三ヶ月も休んでいるわけにはいかない。

 だが監督は本当に、ほぼ正月前後しか休みがないのだ。


 昔に比べれば選手の評価は、球団の編成陣が行うことが多くなった。

 契約更改に一緒に並ぶ、ということはあまりない。

 編成に関しても上に条件だけを上げて、休むという監督は昔から少ない。

 チームを作るためには妥協しない、という監督は昔からいたものだ。

 だが今はGMと監督の役割分担が、しっかりとしている場合が多い。


 野球は良くも悪くも、保守的な世界だ。

 ただその悪い要素は年々減っているとは思う。

 合理性の追求は、選手のパフォーマンスにばかり表れるわけではない。

 編成と現場、そして育成などは役割を分担するようになっている。

 もっともGMは監督を、やめさせる役割もあったりはするが。


 西片は長いシーズンの中で、ある程度は運が試合を左右することも分かっている。

 むしろ野球は運の要素が強いスポーツだ。

 だからこそ143試合もして、チームとしての強さを確かめる必要があるのだ。

 ただし短期決戦になれば、エースピッチャーの強いチームの方が勝つ。

 そんなエースでも、普通は相手もエースクラスを出してくる。

 エースとエースの対決は、それほど一方的な展開にならないのが普通である。


 西片は長期的な目標の他に、中期的な目標も持っている。

 またすぐ先の試合の、投手運用も考えている。

 レックスはライガースに負け越して、わずかに勢いは落ちてきている。

 だがすぐに取り戻せると思うのは、次の対戦でライガースが、スターズと当たるからだ。

 しかも武史の登板の試合である。

 ライガースはまたも、先発に大原を持ってきていた。

 負けると分かった試合でも、ちゃんと試合を壊さないようにしなければいけない。

 そういう時に便利扱いされるのが大原である。


 献身的にやってきたからこそ、ここまでプロの世界で生きてきた。

 一軍生活にしても、20年以上になる。

 それだけ長くやって、タイトルは一つだけ。

 もっともタイトルなど一つも取れず、引退する選手の方が、はるかに多いのだが。


 ライガースの山田は、元ピッチャーだけに非情である。

 大原と共にローテを回していたこともあるが、だからといって特別扱いするわけではない。

 それに大原であれば、負けても折れることはない。

 そういう信頼があるからこそ、ここで負け試合を任せることが出来る。

 イニングイーターっぷりを見せて、出来れば七回ほどは投げてほしい。




 レックスは神宮で、フェニックスとの対戦である。

「まただよ……」

 これでフェニックスは、直史に当たるのがもう四試合目。

 先生、佐藤君が弱いものイジメをして勝ち星を稼いでいます。


 もちろんこれは巡り合わせである。

 たまたま直史のローテに、フェニックスがかぶっているのだ。

 西片としても出来るなら、ライガース戦にかぶらせて、一点程度に抑えて勝ってほしい。

 しかし直史は、自分のコンディション調整を、何よりも重要に考える。

 若いうちと違って、回復力も耐久力も衰えているのだ。

 もしも無理をするにしても、それはシーズン終盤のペナントレース争いか、ポストシーズンの試合だけにしたい。

 それは西片も、もっともだなと思うのだ。


 コンディション調整ならば、本人に任せておく。

 西片はとにかく、直史の予定を変えないことを第一に考える。

 もっとも日程は既に決まっているのだから、最初に微調整すれば良かったとも言える。

 あとは交流戦の終わるタイミングで、少し変えていってもいいであろう。


 人間は成功者の本を読んでも、あまり参考にならない。

 多くの成功者はその巨大な部分に、運が含まれているからだ。

 傲慢な成功者は、自分に運があったとは思わない。

 ただ何度も失敗して、それでも諦めなかった成功者の言うことは、それなりに信じてもいいだろう。

 そしてそれよりもずっといいのは、周囲に大量にいる失敗者から学ぶことだ。

 失敗者にはかなり、共通したところがある。


 直史は人生において、多くは失敗しないことを考えてきた。

 勝利も敗北も運次第、という思考はその中にはない。

 もちろん人間であるから、失敗しないわけはないだろう。

 それに失敗自体は、敗北というものではない。

 本当の敗北というのは、失敗から何も学ぶことがなく、そして挑戦を諦めることを言うのだ。


 中学から高校時代に、直史の野球観は決まったと言っていい。

 とにかくどれだけ好投しても、全く勝てないというのが中学時代であった。

 ひたすらミスを避け続けた中学時代。

 そして高校時代には、はるかに高いレベルのチームメイトを手に入れても、エラーはあるものだと分かったのだ。


 自分が負けていないのは、圧倒的な実力差があるからではない。

 統計的な運の良さによって、実力を底上げしている。

 そしてあえて最善の選択肢を外すことによって、相手の読みも潰している。

 そういった考えを持っていれば、失点をしたとしてもそこから、最小のダメージで復帰することが出来る。


 フェニックスを相手にすれば、勝てる確率は上がる。

 だがそんなフェニックスでも、三割は余裕で勝っているのだ。

 勝率が40%以下というのは、あまりにもひどい数字である。

 しかし他の競技であれば、もっと極端に悪い勝率があったりするのだ。


 偶然性の高い野球というスポーツ。

 そこに絶対を持ち込んでしまったのが直史である。




 直史は次の試合のことも考えている。

 フェニックスの次はカップス、そしてその次はスターズ。

 このスターズとの三連戦、そのまま向こうがローテを回せば、武史との投げ合いになる。

 両者無得点のまま、延長に入ることも考えておかなければいけない。

 そのためにはこのフェニックス戦、スタミナを減らさないようにする必要がある。

 またスターズ戦で燃え尽きて、次の試合までに回復しなくてもまずい。

 

 スターズが武史のローテをずらしてくる可能性はある。

 勝てるエースを、勝てない試合に出すのはもったいない。

 それでプライドを傷つけられるピッチャーもいるが、武史にはそういった繊細さはない。

 フェニックス戦は出来るだけ消耗しないようにして勝つ。

 スターズ戦がどうなるかは、とりあえず消耗しないことだけを考えればいい。


 それよりもまずは、このフェニックス戦でどれだけ、目標を達成できるか。

 自分の試合もであるが、カード全体のことも少しは考える。

 昨日は甲子園で大敗したため、勝ちパターンのリリーフを使っていない。

 フェニックス相手ならば、大量点を取ることも出来るかもしれない。

 そういった判断を含めて、直史は計算する。


 今年の三島は、七回まで投げることを意識しているらしい。

 球数制限を普段より、はっきりと意識している。

 ポスティングについては今年、このままの調子なら充分な成績を残すだろう。

 防御率は2.6で充分すぎる数字。

 またイニング数も、しっかりと食ってくるだろうと考えられる。


 ただ三島が恐れているのは怪我だ。

 故障している選手を、ポスティングで取るわけもない。

 去年もシーズン終盤に故障していたのが、三島のポスティングに手を上げなかった理由であった。

 打線の弱いフェニックスに、上手く凡退してもらう。

 そういったピッチングが出来るかが、三島の課題だろう。

 

 大平も平良も、五月に入って使われる頻度が少なくなっている。

 そういう場面が少ないというのもあるが、西片が意識して使わないようにはしている。

 四月の時点で使いすぎになりかけていた、というのもあるだろう。

 監督一年目であるのだから、チームのスペックを実戦の中で測っていた。

 それが終了した今は、チームの戦力を保つことを意識しているのだ。

 国吉が外れてしまった現在、捨てる試合はしっかりと、捨てていかなければいけない。

 目の前の一勝を捨てて、長期的な自分の判断を信じる。

 それも勇気ではあるのだ。


 直史などはそういったことを、大学時代に意識している。

 高校時代は基本的に、負けたらそこで終わりのトーナメントがほとんどであった。

 一年の春は、夏のトーナメントのシード確保が目的。

 二年秋の関東大会は、優勝しなくても甲子園には行けた。

 三年生のためにも勝ちたかったな、と思っていたのは一年の夏であろうか。

 ただ自分自身は、もうあそこまで勝ち進んだ時点で、最初の目的は果たしていたのだ。




 プロのペナントレースは、選手運用が重要である。

 その中でも特に、ピッチャーは完全な消耗品と思った方がいい。

 ただしちゃんと休ませれば、回復する消耗品だ。

 同時に使いすぎると、もう元に戻らない性質も持っている。


 今のプロ野球では、中継ぎが一番供給される量が多い。

 なので平気で使っている監督が、いまだに多くいる。

 ただし勝つための中継ぎというのは、そうそう確実にいるものではない。

 それを考えたなら、中継ぎもまた重要性は高い。

 勝利の方程式の三人であるが、あと一人は勝つためのリリーフを作っておきたい。

 五回までしか先発がもたないこともあるし、今回のように一人が欠ける場合もあるからだ。


 レックスはローテが、六回までは投げられる先発が多かった。

 そしてリリーフ三人が、故障をしていなかったのだ。

 ただ去年は平良が、50試合ほどしか登板していない。

 今年は四月度だけで既に、15試合に登板していた。


 一つの基準としては、リリーフピッチャーの登板数は、年に60回ほどが限界であろう。

 出来れば50イニングまでに抑えたいと、豊田などは思っている。

 もちろん体質の違いなどもあるし、肩が出来るまでにどれだけかかるかで、投げる球数は減っていく。

 リリーフピッチャーはたとえ1イニングしか投げなくても、あるいはその試合には投げなくても、ブルペンで肩を作っている場合が多い。

 そのため一試合あたりの球数は少なくても、シーズンを通してブルペンの球数まで入れれば、圧倒的に先発より多くなったりする。


 国吉は26歳で、このあたりで故障を一度はするかな、という年齢だ。

 統計的にプロ野球では、26歳から30歳までの間に、一度は故障する可能性が高い。

 大平と平良はまだ20歳前後で、このあたりは回復力が高い。

 そのため比較的多めに使ってはいるが、実はまだこのあたりの年齢であると、体の成長が完全にはなっていない場合もある。

 ピッチャーの成長に合わせて、使っていく必要があるのは確かだ。

 MLBなどはマイナーから上がってきた時、既に25歳ぐらいになっていることも珍しくない。

 そういったことを考えれば、26歳にもなってからプロ入りした直史が、選手寿命が長いのもまた、不思議ではないのかもしれない。


 三島とオーガスで、フェニックス相手に三連勝出来るか。

 統計の上ではさすがに、どちらかは落とす可能性がある。

 だが負ける試合で、どのように負けるのか。

 フェニックス戦の後は、一日空いてカップス戦である。

 ここで休みが取れるので、勝てるものなら勝ってしまってもよかろうなのだ。




 試合の前にはミーティングが行われる。

 首脳陣ミーティングには、だいたいキャッチャーも呼ばれるものだ。

 しかし当然のように、直史は帯同していれば呼ばれる。

 もちろんこの試合では先発なので、呼ばれてもおかしくはない。


 あとはブルペンにいる時も、だいたい呼ばれるものなのだ。

 とりあえず今日の試合は、完投勝利を目的とする。

 直史はそう言うが、首脳陣の表情は微妙である。

 今季直史は、まだ失点していない。

 フェニックスを相手に負けるというのが、どうにも想像がつかないのだ。


 それよりは残り二試合と、次のカップス戦、そしてスターズ戦が問題である。

 ただ天気予報を見ていると、どこかで試合が中止になりそうな日程である。

 関東と関西では、もちろん天気も違うであろうが。

 スターズの首脳陣は、おそらくローテをずらしてくるのではないか。

 直史はそう考えている。


 興行であるから、兄弟対決を見たいというファンは多いだろう。

 実際に佐藤兄弟が投げ合うとなると、ネットの野球チャンネルの視聴者数が爆増する。

 それは昔の、MLBであった時も同じだ。

 直史と武史は、高校から大学にNPBまでは、ずっと同じチームであった。

 MLBではチームが違ったが、ほとんど対戦の機会もない。

 それがセ・リーグでチームが分かれてから、やっと直接対決が巡ってきたのだ。


 直史としても、正直戦いたくはない。

 勝てるかどうかという点はともかく、勝てない可能性は充分にあるからだ。

 つまり引き分けだ。

 延長まで投げてしまえば、そのダメージが残るのは直史の方である。

 それならば延長で、ピッチャーを代えてほしい。

 だがそんな対決になるならば、おそらくノーヒットノーランぐらいにして、点を取られない試合にしていく必要があるだろう。


 直史としては武史を倒して、一勝を取ることにこだわる必要はないと思う。

 重要なのはシーズンを通して、どう対決するかだ。

 どうせポストシーズンの近くになれば、対決する可能性は高くなってくるのだから。

 もっとも興行的には、あった方がいい対戦だ、ということも分かっている。

 ただしそのために、自分の肉体を無駄に削ろうとは思わない。


 レックス首脳陣としても、その意見には同調する。

 直史で勝てないかもしれない、数少ない試合。

 そう考えている首脳陣は、本日のフェニックス戦については、もはや何も心配していないのであった。

 本来ならこれは、盛大な負けフラグである。

 しかし直史はフラグブレイカーであるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る