第261話 若手たち
年齢的に考えても、直史がもし現時点で引退したら、エースは三島である。
その三島はポスティングを考えているので、次が百目鬼といったところか。
レックスとの第二戦、百目鬼とフリーマンの対決。
今年のフリーマンは、あまり勝ち星に恵まれていないように見える。
実際のところは勝ち星よりも、あまりピッチングの内容がよくない。
まだ30歳を超えたばかりであるが、衰えが見え出してもおかしくはない。
去年の成績が良かったため、球団との比較的長期の契約を結べたことが、油断になっているのだろうか。
去年はエースクラスの活躍をしたが、今年は微妙に内容がよくない。
ただ試合の勝敗だけを見れば、負けが先行しているというわけでもないのだ。
百目鬼は今の課題を、七回までを三失点としている。
国吉がいないため、五回はおろか六回でも、そこで点を取られてしまう可能性があるからだ。
もちろん首脳陣は、そうなればそうなったで、色々と試していくことはある。
だが百目鬼は自分の試合で、そんなテストをされるのは御免被るのだ。
ライガースはおそらく、今年もペナントレースを争う相手になるだろう。
五月に入ってからの成績は、ほぼ五分と言ってもいいのだから。
ライガースを相手に七回三失点なら、充分な投球内容である。
本心を言うならば、二失点までに抑えたいという目標もある。
それも大介との勝負を回避するのは、一打席までに抑えた上で。
一回の表、レックスは先制出来ず。
この場合は全力で和田を抑えて、そして大介と勝負をするかどうか、カウント次第で決めるようになっている。
だが大介は本気で出塁を目指すなら、簡単にフォアボールを選べるのだ。
それでも打っていくのは、打てる程度に外されている場合だ。
しかし外のボールは、インパクトが上手く行かないことが多い。
一打席目はサード正面のライナーで、グラブの中の手を痺れさせただけであった。
二回以降も、レックスは毎回のようにランナーを出すが、なかなか点にはつながらない。
フリーマンも今日は当たりの日であるのか、打たれたボールが野手の正面に飛んでいく。
それだけではなくちゃんと、ここぞという時には三振を奪っていく。
レックスにとっては、我慢の試合になったと言えるだろうか。
第三戦の木津は、この間の先発でついに負け星がついたので、ここは勝っておきたい試合なのだ。
それでもこの時期はまだ、投手の成長を待つ時期とは言える。
五月から本気でやっていたら、シーズンがもたない。
特にレックスは、既に一度百目鬼が離脱し、国吉も離脱した。
投手陣が故障続きで、一気に成績を落とすというのは、プロ野球ではよくあることだ。
またレックスの場合、去年は日本シリーズまで勝ち続けた。
その疲労が抜けていないのでは、という疑惑を持っている。
一応は貞本の投手の使い方は、無茶なものではなかったと、豊田も言っている。
だがペナントレースをぎりぎりまで戦えば、特にリリーフ陣やエースクラスのピッチャーには、大きな負担がかかっているはずなのだ。
一番たくさん投げていた直史を基準にしてはいけない。
去年は青砥が故障し、三島も短い期間を離脱した。
さらにその前年から、ペナントレースは最後の最後までもつれたのだ。
豊田はそのあたり、直史と話している。
ただ直史のピッチングスタイルは、人間の例外である。
その直史も、去年の一年はフルパワーで投げることがほぼなかった。
今年は150km/hにまで、スピードを戻してきているが、去年はほどんと投げなかったのだ。
肉体が回復しているかどうか、それを確認するのは難しい。
直史のような自分の肉体の状態把握は、よほどのベテランでも出来るものではない。
だが球団所属のトレーナーは、おおよその選手が無理をしている、と基準からは計算している。
それでも選手は投げようとするし、一部には鋼の肉体を持つ人間もいるのだ。
直史も休むことは休むが、完全に何もしないわけではない。
キャッチボール程度はして、肩や肘ではなく、手首から先で投げることぐらいはする。
それで肩が作れたら、数球は投げたりもするのだ。
アマチュアはともかくプロにまで来たら、基本的に選手は自己責任で自分の肉体を守らなければいけない。
ただMLBではその点、ピッチャーの管理が厳密であった。
そもそも試合数と試合間隔が違うので、調子を落としてでも休ませて、回復させる必要があったのだが。
直史はその点、コーチなどにうるさく言われないために、球数を少なめに試合を終わらせていた。
だからこそあれだけ、完投も増えていったわけである。
おかげで奪三振率は下がったが。
百目鬼は復帰一戦目は五回まで投げたが、それ以降は二試合連続で七回まで投げている。
球数は無理をしておらず、上手くカウントを減らすことが出来ていたのだ。
ただ去年のシーズン終盤からの、ピッチャーの故障を考えると、レックス首脳陣も慎重になる。
ライガースが相手であるのに、点が入らない展開となった。
レックスだけではなく、ライガースも点が入らない。
百目鬼の調子の良さもあるが、フリーマンからも点が取れていない。
こういう試合も年に何度かは、あるのが統計の偏りである。
だがさすがに七回には点が入った。
まずはレックスが点を入れて、そのすぐ裏にライガースも一点を入れる。
ここで百目鬼はリリーフに継投。
なおフリーマンの方も、六回で継投している。
八回にはレックスが、一気に二点を取ってリード。
するとその裏には当然のように、大平が出てくるわけだ。
少し珍しい程度であるが、ライガースがロースコアゲームになっている。
また大介はこの二試合、ホームランを打てていない。
それぐらいならばさすがに、まだ珍しいとは言えないものだが。
大平は一点を取られたが、リードした状況は守って平良につなぐ。
しっかりと休んだクローザーは、ここでも仕事をした。
0点に抑えて、これで今季14セーブ。
充分にセーブ王のタイトルが取れそうなペースである。
ただ登板数もそれなりに多い。
他のチームと比較すると、僅差の勝利が多いのだ。
これでは単純に球数だけではなく、プレッシャーからの消耗も激しいだろう。
セットアッパーの大平の方は、そういう繊細な神経はなさそうだが。
これで一勝一敗である。
最後は木津と躑躅の対戦カードとなる。
木津はこの間の試合に負けたが、躑躅は一応まだプロ入りから負け星がない。
だがライガースは逆転負けも多ければ、逆転勝ちもある。
またそれと比例するように、勝ち星を消されたり負け星を消してもらえたりもする。
ライガースはどうしても、沢村賞を取りにくい環境と言えるだろうか。
打線の援護が強いと、ピッチャーも気楽に投げられる。
そのおかげでピッチャーの、選手生命は長くなる傾向にあるだろうか。
もっともチーム内での競争は、当然のようにある。
また今のライガースは、セットアッパーの質が微妙なのだ。
逆転しても逆転される。
なんとかクローザーまでつなげば、かなりの確率で勝てるのだが。
ただまだ五月なので、今のうちにセットアッパーと、予備のクローザーを作っておきたい。
二軍などでポテンシャルやステータスは確認出来ても、実際の試合で投げてそのパフォーマンスが発揮出来るとは限らない。
ピッチャーはマウンドで投げてこそ。
そしてプロのピッチャーは、一軍の公式戦で投げてこそなのだ。
また一軍のローテーションで通用するピッチャーも、ポストシーズンには急に弱くなったりする。
逆にポストシーズンでこそ強くなるピッチャーもいる。
これはもちろんピッチャーだけではなく、バッターにも言えることだ。
大介も悟も樋口も、ポストシーズンの試合に強い。
チャンスに強いからこそ、普段からそういう打順にいることもあるのだが。
大介はポストシーズンの通算で、OPSが2を超えている。
つまり簡単に言えば、100%の確率で出塁しているのと同じことなのだ。
もちろん実際には、ホームランを打てば他の打席では凡退もする。
勝負強さの証明であるが、樋口の場合などは特に、決勝打などを打っていることが多い。
甲子園の決勝戦で、逆転サヨナラホームランを打ったバッターは、樋口だけである。
決勝打となるホームランなら、普通に大介も打っているのだが。
普段からあまり打ちすぎると、勝負してもらえなくなる。
樋口の持論であり、実際に大学時代は勝てる試合、自分ではあまり打っていかなかった。
ドラフトの順位を上げるために、本気を出したら一気に四割に到達。
読み合いで勝負するならば、ちょっと勝てないのが樋口のバッティングであった。
野球も頭を使うスポーツになっている。
もっとも競技を、単純化させることこそ、効率よく強くなるコツでもあるが。
細かいところを鍛えて、一試合に一回もあるかどうかを考えるより、全体の打撃力を強化した方が効率がいい。
あとは走塁のコーチを入れておくと、その判断力がものをいう。
コーチにしてもサイドスローはともかくアンダースローなど、コーチするのが難しいだろう。
パワーピッチャーのコントロールを付けるのを教えるのが上手いコーチがいても、変化球を教えるのは難しかったりもする。
そもそも白富東が、頭を使う野球であった。
頭を使うために、ガンガンと設備を導入していったのが、セイバーであったが。
正しいデータを取れれば、何をどう鍛えたらいいのか分かりやすい。
直史はともかく岩崎などは、確実に高校時代のトレーニングで、大きく成長したピッチャーである。
さて、木津はコーチ泣かせのピッチャーである。
あの遅い球で三振が取れるというのを、同じピッチャーだからこそ認めたくない。
もっともトレーナーは純粋に分析して、どうしてこれが可能なのかを判別している。
機械の計測により、昔のような不思議はなくなりつつある。
それでも人間の肉体は、目の前の現実だけを信じてしまう。
この日の木津のピッチングも、その錯覚を利用したものとなる。
ただその錯覚を、イメージしてミートする技術が大介にはある。
第一打席は敬遠。
和田が珍しくも、初回からツーベースなどを打っていたからだ。
一回の裏から一塁ベースを埋めるなど、まずない選択肢のはずだ。
しかしこういう選択が、かえって正解であったりもする。
ライガースのクリーンナップは、当然ながら一点は取れないといけない。
長打を打てば一気に二点のランナーが、一二塁にいるのだ。
ただここで、木津のストレートが生きる。
内野フライ、内野フライ、外野フライのフライ三つでスリーアウト。
結局は三塁を踏むことも出来なかったのだ。
バットがボールの下を叩く。
根本的にスピン量が高く、さらにスピン軸が地面と平行であるということだ。
分かってはいるのだが、ピッチャーの平均と木津のボールは離れている。
そのためこういうことがあっても、不思議ではないのだ。
ましてライガースの三番から五番は、外国人二人を含めた飛ばし屋。
高めの木津のストレートは、打ち取るには最適であったのだろう。
ただこれは木津のピッチングが、現在のスイングのトレンドに、マッチしていないからこそ言えることである。
アベレージヒッターであれば、それなりに上手く合わせていける。
あるいはもう一つの攻略方法としては、フライをそのままホームランにしてしまうことだ。
もちろんそれを上回っているからこそ、フライでアウトが取れているのだが。
それにしてもライガースは、微妙な試合を続けている。
普段は大介に、第五打席が回ってくるのが多いのだ。
しかしここ二試合は、四打席目まで。
ライガース全体の、打線が封じられていると言ってもいいだろう。
今年のライガースの平均得点は、今のところ5.9付近。
またランナー残塁の場面も多いが、それでも大介に五打席目が回ってくるなら、それだけで充分に意味はある。
ただこれがレックスであれば、もっと確実にランナーを進塁させ、残塁を少なくするだろう。
首脳陣の判断にもよるし、選手の特性にもよる。
チャンスを作り出す能力と、チャンスをものにする能力が、それぞれバラバラになっているということだ。
木津のストレートは体感すると、実際よりも5km/hから10km/hほども速く感じる。
特に左打者にとっては、攻略が難しい。
左で駄目なら右で打てばいいじゃない。
そんな考えであったのかどうかはともかく、二打席目の大介は右打席に入っていた。
確かに現在は、左打者有利の常識が強いため、左打者が増えている。
そして生来右利きでありながら、ピッチングだけは左でやる、という選手も何人か出てきた。
右の大砲というのは、昔よりも価値が高くなっている。
実際に大介も、プロに入ってからでさえ、右で打ったことは何度もある。
いくらなんでも舐めすぎだろう。
木津はそう思ったし、迫水もそう思った。
ランナーもいないことだし、ここは積極的に勝負。
その考えまでは良かっただろう。
だが大介が右に入ったことで、木津のピッチングには力みが出た。
そしてその力みは、ボールをリリースする指先に、本来とは違う力を加えてしまった。
少しぐらいボールの下を叩いても、フライで放り込む。
そう考えていた大介であるが、インパクトの瞬間にはジャストミートと感じていた。
ライナー性の打球は、バックスクリーンを直撃。
ヒットは出ながらも点の入らない試合は、ここでようやく膠着が途切れたのであった。
力みすぎるとかえって、球のキレは悪くなる。
それは重々承知のはずの木津であったが、左打者に右に入られたことが、どうしても影響してしまった。
むしろ球速は、自分の最速と同じ数字が出たのだ。
迫水もそのあたり、木津の力みに気付くべきであったろう。
しかし久しぶりの大介の右打席を、むしろチャンスと考えてしまった。
そのあたり相手の非常識さを、まだ理解していなかったと言えるだろう。
この後の木津は、ポテンヒットを打たれることが多くなった。
内野フライで済んでいたものが、もう少しだけ先まで飛ぶ。
指先の感覚が、狂ってしまったということだろうか。
またフォアボールも、普段以上に出してしまったのである。
ここでスパッと代えてしまえば、まだ試合は分からなかったかもしれない。
だが五回までは投げてほしい、というベンチの判断は間違っていた。
結果的にここから、五回までを投げて四失点。
それでも完全に崩れなかっただけ、充分な内容なのかもしれない。
レックスはここから逆転するだけの打力がない。
もっとも躑躅のピッチングも、それほどいい内容ではなかった。
勝ち投手にこそなったものの、躑躅も六回を四失点。
ただ六回にはライガースが、どんどんと追加点を入れたのであった。
かくしてカードは、ライガースの勝ち越しで終了する。
ただ去年もペナントレースは、ライガースの勝ち越しで終わっていたものだ。
長いシーズンは、まだ中盤にも入っていない。
そして次の試合は、ちゃんと直史が勝ってくれるだろうと、そういう余裕がレックスにはあるのだった。
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