第260話 ローテの見方

 パ・リーグのチームからライガースに移籍してきた友永は、開幕当初から三連勝であった。

 しかしその後はある程度、他球団の分析も進んだ。

 現在は4勝3敗で、勝ち負けはともかくその内容は、微妙なところとなっている。

 ピッチャーの評価というのは、本当に難しいところがある。

 年間に規定投球回に到達してようやく、その評価が出来るかどうかといったところだろう。


 オーガスは一昨年には、18勝もしていた。

 しかし去年は11勝と、かなり勝ち星を落としている。

 30代の前半で、ピッチャーとしては脂が乗り切るか、あるいは衰えが始まるぐらいの年齢であろう。

 ただ今年は7先発して3勝0敗と、勝ち運は間違いなく持っている。

 

 なにを非科学的な、と言う人間もいるだろうい。

 だが野球においては、流れとでも言う不条理さが必ず存在する。

 成績が偏るというのは、実際にあることなのだ。

 そして今年のオーガスは、今のところ全試合をクオリティスタート以上で過ごしている。

 ピッチャーとしてはこれだけで、圧倒的に評価されるものだろう。


 ただレックスは一試合あたり、センターラインの守備力によって、二本以上のヒットを減らしている計算になる。

 またヒットを減らしているだけではなく、ダブルプレイなども多い。

 フィルダーチョイスも少ないのは、ベテランの緒方がセカンドにいるからだ。

 守備力の高さによっても、間違いなくピッチャーは援護されている。

 そのレックスとの対戦は、甲子園で行われる。


 まだ五月ではあるが、レックスはここで一つは勝っておきたい。

 直史以外のピッチャーでも勝つことが必要で、それが可能なローテーションである。

 今年もやはりライガースは、点を取られてもそれ以上に点を取る、という試合をしている。

 甲子園のファンは喜ぶが、首脳陣としては短期決戦の強さと、クライマックスシリーズのアドバンテージを計算していかなければいけない。

 もっともそれはレックスも同じで、誰がライガースに対して相性がいいのか、見ていかないといけないのだ。


 試合前のピッチング練習では、豊田もオーガスの調子を確認している。

 今年の成績で言うならば、明日の第二戦のフリーマン相手が、一番点は取れそうに思う。

 こちらは百目鬼が復帰してから、最初の試合はともかくその後の二試合はクオリティスタート以上の結果を残している。

 ただライガースはホームランバッターが多いため、統計で勝率を計算するのが難しいのだ。

(百目鬼も木津も、七回まで投げられるピッチャーではあるよな)

 豊田も首脳陣と一緒に、色々と考えてはいるのだ。


 ライガース相手には、一つは勝っておく。

 そして残りの二試合は、状況によっては新しいリリーフを試していく。

 勝ちパターンのリリーフは三枚と言われるが、実のところ四枚あった方がいい。

 五回までしか投げられないというピッチャーも増えているからだ。

 レックスはその点も、守備が球数さえ減らしている。

 ホームランさえ打たれなければ、守備がなんとかしてくれると考えるのは、ピッチャーの精神衛生上いいものであるらしい。




 いよいよ試合開始であるが、レックスはその少ない得点を、初回で入れることが多い。

 相手のピッチャーの立ち上がりを攻める、というものである。

 左右田も緒方も、とくにこの一回、しかも先攻の場合は、出塁率が高くなる。

 そういった地道で確実なことが、チーム全体の結果につながるのだ。


 初回からは見てくるか、と判断した友永であるが、左右田は積極的に打っていった。

 ノーアウトからのランナーが出て、進塁職人緒方である。

 ただ今日は右方向ではなく、左方向に高いバウンドのゴロを打った。

 セカンドはおろかファーストもぎりぎりのタイミングで、進塁させることに成功。

 あとはこの左右田を、クリーンナップが返してくれるかどうか。

 この進塁に徹するバッティングがあるので、緒方は打率がやや下がっているのだ。


 チームプレイに徹している、と言ったらいいように聞こえるだろう。

 プロの世界でここまで、我を出さずにプレイしていられる人間は珍しい。

 レックスはこのあたりの堅実さに、直史の貯金によってクライマックスシリーズに出る。

 結局は直史の力が、かなり大きいのは確かだ。

 単に貯金だけではなく、リリーフを休めるためにも、と豊田ははっきり分かっている。


 先制したレックスであるが、それはわずかに一点。

 後攻のライガースは、その裏に大介の打席が回ってくる。

 いまだに日本の他のチームでは、二番に強打者を置くというのを、実験的にしか行っていない。

 絶対の強打者に、初回から必ず回ってくる。

 統計でそれがいいと出ているのは、おそらくピッチャーにプレッシャーがかかっているからでもある。

 しかしオーガスは先頭打者の和田を、注意深く打ち取ることに成功。

 そして大介との対決となる。


 今年の大介は、去年よりも調子がいい。

 しかしそれはシーズンを通じた数字の比較であり、去年はここから六月に調子を落としたのだ。

 それでも充分に、数字を維持出来ている。

 好調すぎる大介に対して、オーガスはフォアボール。

 外しても打ってくることがあるだけに、大介には要注意なのである。


 ライガースのクリーンナップは、ランナーがいる状況で打席が回ってくることが多い。

 ここで一発が出れば、それだけで二点は取れる。

 この序盤から神経を使う試合になるため、ピッチャーはスタミナの消耗が激しい。

 それは単なる球数とは、また無関係のものである。


 ライガースのバッターは下位打線でも、打率に比べてOPSの高い選手が多い。

 つまり一発狙いが多いということで、これは現在の野球の潮流と合致している。

 セ・リーグでは他にタイタンズもそうだが、それだけに主砲が欠けると戦力がダウンする。

 個人技ではなくセットプレイで点を取るのが、レックスの野球と言える。

 それに対してライガースは、とにかく殴り合いをファンが好む。

 実際にそれで、長らく勝って来たのだ。


 興行であるから、ファンの期待には応えなければいけない。

 ただライガースファンの場合、優勝よりも目先の試合で大量点を求める、熱烈すぎるファンがいるのも問題だ。

 大介が戻ってきたことで、得点力は完全に向上した。

 これでさらに優勝も出来れば、何も言うことはないのである。

 しかし比例するように、失点の数字も上がってきている。




 野球は点取りゲームである。

 一点あれば大丈夫などというピッチャーもいるが、そのピッチャー自身が一点で大丈夫だと言ったことは一度もない。

 一点を争うゲームになるな、と思ったことは何度もあるが。

 シーズンの試合としては、やはり適度に点を取り合ったほうが面白いだろう。 

 ただ普通のファンであれば、もう一つ望むものがある。

 それは応援しているチームの勝利である。


 昔はチームが負けると、翌日まで機嫌が悪いという社会人がたくさんいた。

 野球はそこまでも大きなコンテンツだったのである。

 他のコンテンツが育っていなかったのと、テレビのチャンネルなどの問題もあった。

 娯楽が豊富になったことは、悪いことのはずはない。

 日本のコンテンツは、海外に向けても発信されている。


 野球はともかくマンガなどは、アメリカのコミックよりもよほど、向こうでは売れている。

 海外市場を上手く拡大できているわけである。

 日本のリーグにしても、実はある程度はアメリカで見られることが増えている。

 今の日本のトップは、メジャー挑戦が当然のようになってきたし、また直史と大介が戻ったという理由もある。


 多くの先達が切り開いてきた道を、さらに拡大し舗装した。

 WBCでの結果などからも、日本のリーグを無視することは出来なくなってきたのだろう。

 ただプロ野球はともかく、甲子園にまで目を向けられると、虐待だなんだの言ってくるような気もする。

 内政干渉で文化侵略だ。

 もっとも甲子園で燃え尽きて、プロで活躍出来ないという選手は確かにいる。


 移籍の自由度というのは、確かに選手にとって重要なことだ。

 しかしあまりに流動的になりすぎると、選手がコロコロと変わって、チームの顔も変わる。

 MLBの場合はフランチャイズ経営で、しかも集客が全然出来ていなくても問題ない、という構造もしている。 

 一部の人気チームによって、貧乏チームが成立を許されているというのは確かだ。

 あとはFA権なども、一定の年齢までは取れない。

 案外バランスはよくなっているのだ。




 レックスとライガースの第一戦、序盤のペースはレックスが握っていた。

 点の取り合いになっていない時点で、あまりライガースの試合とは言えないのだ。

 ただ甲子園の大歓声は、選手のアドレナリンを分泌させる。

 高校時代にここで、大歓声の中を投げたピッチャーもいる。

 それを思い出して、普段よりも攻撃的になったりする。

 もちろんオーガスには、そんな感傷はない。


 実は友永も、高校時代には甲子園に出ていない。

 それでもプロに来ているピッチャーは、大勢いるのだ。

 むしろドラフトの中位から下位で、取ってくるのはスカウトが目をつけている選手。

 一位や二位の選手であれば、普通は経歴も華やかなものである。

 もっとも160km/hを投げていたりすると、地方で負けていても内容次第では、一位指名が重複するということもある。


 アマチュア時代の実績が、そのままプロで通用するわけもない。

 しかも一位指名であれば、下手に簡単に切るわけにもいかない。

 大学で成長するか、あるいはプロの二軍で成長するか、どちらを選ぶか。

 下位指名なら大学に行く、という人間もいる。

 ただ日本の場合は比較的、プロでも若い間は選手の管理までしてくれる。

 球団の育成環境まで考えて、プロか大学か社会人か、という判断をすればいいのだ。


 プロともなると周囲は、仲間のように見えてもライバルである。

 下手に若いうちに、遊びを覚えてしまっては、伸び悩むのも当然だ。

 大学にはさすがに、そういったことまでは少ない。

 しかし大学でも下手にスターになってしまうと、無駄にタニマチが付いてしまって、甘やかされることがあるのだ。


 結局は己をどれだけ、律することが出来るかが、プロにとっては重要なことなのだ。

 そしてそれは、プロになる前の段階から始まっている。

 キャリアマネジメントというのは、プロで成功するためには必ず必要なことだ。

 プロになることだけを考えてプロ入りすると、そこで苦労することにもなる。

 目標を持っていない人間は、どうしても前に進む道すら見えてこないからだ。


 プロのコーチであっても、それが正しいとは限らない。

 経験則だけでアドバイスしていると、タイプの違うピッチャーは壊れてしまうものだ。

 そして怖いのは、何人か壊しても一人を育てると、それで名コーチ扱いされることだろうか。

 日本もこのあたり、選手経歴ではなく知識などによって、コーチを選ぶようにはなってきた。

 アメリカではもっと前からずっと、選手としての経歴と、コーチとしての経歴は、全く別のものと考えられている。


 これはサッカーでも、同じことが言えたりする。

 もちろんいまだに選手経験のある人間が多いのは、それだけ経験から教えられることが多いからだ。

 下手に自分の考えを、押し付ける人間も向いていない。

 古い時代には才能がありながらも、プレッシャーに押し潰されて芽が出なかった選手もいるだろう。

 それを心が弱い、などと言ってしまうのは無責任だ。

 今のスポーツ界では、メンタルのトレーニングについても、はっきりとした考えが出来ている。




 アメリカ出身と、甲子園には出ていないピッチャー。

 友永の移籍先がライガースになったのは、もちろん金銭的な条件もあるが、甲子園に憧れたというのもある。

 プロになってまでも、甲子園に郷愁を持つ。

 これは日本人にしか分からないものだろう。

 資質は認められていたし、チームとしても地方大会ならある程度上まで行っていたので、友永はドラフトで指名されたわけだ。

 ただ結局、MLBへのポスティングはやらなかった。

 球団が認めていないという時代でもなく、メジャーを目指すという選択もなくはなかったであろうに。


 日本人がMLBで成功するには、幾つもの要素が必要である。

 その中には既に、日本で実績を上げていること、というものがあったりする。

 あとは現地にどれだけ、コネクションがあるかということもある。

 また生活においても、自分なりのトレーナーを雇うにしても、日本時代の蓄えが一気に消えていくとも言われている。

 最初にどういう契約を結べるかが、かなり重要なことにはなっているのだ。


 一度目のFAまでにメジャーに行かなかった友永。

 30歳を過ぎて、日本で投げているオーガス。

 この二人はもう、日本で選手生活を終わらせるつもりだろう。

 セカンドキャリアのことを考えるなら、日本人選手は日本にいた方が、引退後のキャリアにもつながる。

 そういう打算が働くのは、野球を仕事にしているからだ。


 もっとも大介も、あのきっかけがなければ、ずっと日本で上杉を相手に、熱戦を繰り広げていたかもしれない。

 一番悪いタイミングで、あのニュースは報道された。

 充分に満たされた日々ではあったのだ。

 そして直史が復帰しなければ、もう数年は向こうに残っていたであろう。

 キャリアの最後はライガースで終わるつもりであったが。


 試合は珍しくも、ライガースがあまり点を取れない展開。

 中盤に入って、レックスが二点リードである。

 ただ二打席目の大介を抑えて、そこでオーガスも集中力が途切れたのか。

 続くアーヴィンが一発を放ち、これで一点差。

 ようやく試合が激しく動き出した。


 ライガースは若手のパワーピッチャーに強い。

 その点ではオーガスは、アメリカでも微妙に数字を残せず、日本で上手く花開いたと言えようか。

 ただ20代の後半になっても、メジャーに上がるのはほんの数試合であったのだ。

 五年はメジャーのロースター40人に入って、ようやく本物のメジャーリーガーを名乗れる。

 それぐらいの基準があるのだ。


 もう一つの基準は、やはりFA権であろう。

 六年間メジャーでプレイして、しっかりとした数字を残していたのなら、大型契約を結ぶことが出来る。

 ただそれが難しいのは、アメリカ人であれば誰もが分かっている。

 人生のキャリアを考えて、ドラフトでは下位指名されてもMLBには行かない。

 契約金が安いからで、そういう選手は大勢いる。

 MLBのドラフトというのは、NPBに比べてはるかに指名する人数が多い。

 そしてルーキーリーグから、そのキャリアが始まるのが大半なのだ。




 両投手が、六回を投げ終わる。

 この時点で得点は、3-3のイーブンとなっていた。

 こうなるとレックスよりは、ライガースのペースである。

 オーガスも球数が増えていて、七回までは投げることが出来ない。

 そして七回の表、レックスは勝ち越し点を取ることに失敗。

 ゲームプランの上では、この時点で負けである。


 もちろん野球は偶然性のスポーツ。

 レックスのピッチャーが、この七回の裏を抑えるという可能性もある。

 だが残り二日間と、その次も休養のない三連戦。

 八回の裏に大平を送り出すには、七回の裏を抑えた上で、八回の表に勝ち越し点が必要になる。

 そして悪い予想は当たるもので、七回の裏は抑えたものの、八回の表にも勝ち越し点はなし。

 これでカード全体を通じた、勝利への道は閉ざされたのであった。


 目の前の一勝にこだわるべきではない。

 もちろんこだわらなければいけない試合もあるが、このカードはそうではない。

 まだ五月なのだから、ここでリリーフを消耗させる意味は薄い。

 それよりは普段使っていないピッチャーに、どういうチャンスを与えるのかが重要だ。


 二軍から上がってきたピッチャーを、試しに使ってみる。

 二軍ではちゃんと、数字を残して上がってきたピッチャーなのだ。

 ここで1イニングをしっかり抑えれば、セットアッパーの候補として名前が挙がるようになるだろう。

 そしてこういう小さなチャンスは、与えられる回数も少なければ、掴み取る回数も少ない。


 八回の裏、ライガースはついに勝ち越すことに成功。

 4-3となって、これで残るは九回の表だけ。

 ライガースも今年は、ちゃんとクローザーを獲得している。

 ここまでも安定しているその力でもって、一点差を守ることに成功。

 ハイスコアの打ち合いとはならなかったが、まずは一勝したわけである。


 レックスは確かに試合を落としたが、そこまで悲観しているわけではない。

 まず大平と平良は温存できたし、ライガース打線の爆発も防げた。

 復帰してから調子を上げている、百目鬼が第二戦に投げる。

 今日は打線も六回まで、三点は取れたのだ。

 友永相手の試合は、まだそれほど多くはない。

 それでも三点は取れたのだから、シーズンが終わるまでに攻略のデータを集めればいい。


 重要なのは二戦目の、百目鬼とフリーマンの試合だ。

 今年のフリーマンは、ローテーションはしっかり守っているが、勝ち星が先行して行く内容ではない。

 そして百目鬼が本格的に、復調しているかどうかは、ライガース相手の試合で分かるだろう。

 復帰第一戦こそ五回で降りたが、次の二試合は七回まで投げている。

 ライガース相手に七回を投げて、三失点であったのだ。

 ここでも勝ち投手になれば、大きな勝利となるだろう。

 正直なところ、三戦目の木津のピッチングは、どうなるのか分かっていない。

 甲子園で、ブルペンにさえ直史のいないレックスの試合。

 残りの二試合も、我慢の試合となるのであろう。

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