第259話 ペナントレースを尻目に

 レックスとライガースの直接対決は、これが3カード目。

 ライガースが全勝したら、ほぼ並ぶという展開である。

 ただこの両チームの対決となると、どちらがより優位であるのか分からない。

 直史が投げたら勝つ、というのは分かっているが。

 ロースコアに強いチームと、ハイスコアに強いチーム。

 チーム状態全般で言うなら、セットアッパーを一人欠いているレックスの方が、やや不利であろうか。


 甲子園までレックスはやってきた。

 直史は帯同していない。

 この期間には高校野球の関東大会があるので、そちらをチェックするつもりである。

 そしてやってきた日中の試合で、偶然でもなく他球団のスカウトどころではなく、同じ球団のスカウトとさえ会うのだ。

「お前はまだ現役だろうが」

「若者の野球を見るのはリフレッシュになるんですよ」

 青砥と共にこの大会を観戦に来たのは鉄也であった。

 ちなみに関東大会の次は、東北大会を見るらしい。

 もっとも大学野球や社会人など、見るべきものはいくらでもあるのだが。


 現在の高校野球は、昇馬の年代である高校二年生が、ピッチャーの豊作期と呼ばれている。

 実際に高校二年生の春に、150km/hを投げる選手がぽろぽろいるのだ。

 もっとも単純に球速だけなら、それなりにあちこちにごろごろといる。

 それがちゃんと試合で通用しているので、注目されているわけだ。


 白石昇馬を筆頭に、上杉将典、瑞雲の中浜ジョン、花巻平の獅子堂優、上田学院の真田新太郎あたりは150km/hオーバーを記録している。

 三年生にもなると、夏までに150km/hに仕上げてくるピッチャーが、珍しくない時代である。

 それでも140km/hあれば、速球派と言ってもいいのは確かだ。

 青森明星の中浦も、ほぼ150km/hのボールは投げてくるという。

 上背があるので、まだこれからが成長期、とも言える。


 今日は二つの球場に分かれて、試合は行われている。

 だがまだ青砥は、独り立ちはしていないらしい。

 もっとも夏の県大会が始まれば、さすがにチェックする選手は多くなるだろうが。

 しかしわざわざ白富東の試合に合わせて、この球場にやってくる。

 目的となる選手は、浦和秀学の方にいるのだろうか。

「まあ四番は確かにドラフト候補ではあるが、俺が見たいのは白富東の一年だ」

「ああ、西の」

 春の県大会、白富東はかなり余裕を持って勝つことが出来た。

 去年の春も圧勝であったが、今年は昇馬が二試合しか投げていない。

 これはアルトと真琴の成長もあるが、一年生の西の加入が大きい。


 去年の秋は県大会の準決勝と決勝、二点しか取れていない。

 それでも昇馬が完封しているので、センバツにも問題なく出られた。

 しかし関東大会では三試合で三点、センバツでは五試合で九点と、得点力が高いとはお世辞にも言えないのだ。

 今は攻撃の方にも、昇馬のバッティングが必要になっている。

 だがもう少しだけでもピッチングに専念できれば、球数を減らせるのではないか。


 センバツにしてもあと一点あれば、帝都一に勝っていた。

 もちろん一年生のバッティングに、そこまでを求めるのは酷であるかもしれない。

 しかし鉄也はしっかりと、シニアのチームにも目を通しているのだ。

「父親も六大でレギュラーだったし、むしろ母親の方の運動神経を買ってるんだけどな」

「男の子との運動能力は、母親から由来するとかも言いますからね」

「そういう説もあるが、普通に母親が体を動かすことに慣れていれば、父親よりも子供に接する機会は多いから、自然と運動にも積極的になるだろう」

 遺伝もあるが、育て方もあるわけだ。


 和真は母親も180cmほどの身長があり、バレーボールの日本代表にまで選ばれている。

 故障によってその選手生活は、あまり長いものでもなかったが。

 子供の遺伝子は両親から受け継がれるものなのだから、父がいくらスポーツ選手として優れていても、母親の血統も関係しているに決まっている。

 サラブレッドではないが、遺伝子は馬鹿に出来ないものなのだ。

 佐藤家の血統においても、瑞希ははっきりと運動が苦手だが、真琴は野球の全日本に選ばれるぐらいのものだ。

 ただ明史は病気のため、幼少期に運動が出来ず、そのため体も成長しなかった。

 赤ん坊の時に危険な手術を成功させた、真琴の方が結局は良かったわけだ。


 遺伝子で言うならば、大介とツインズの間の子供たちは、全員がなんらかのスポーツや競技で活躍しつつある。

 武史のところは司朗が野球をやっていて、女の子たちもそれなりにスポーツは得意だ。

 遺伝なのか環境なのか教育なのか、そのあたりはなんとも言えない。

 ただ高校野球の名門などは、特待生を選ぶにあたって、母親の体格なども調べている、というのは本当である。




 埼玉県は関東勢の中では、比較的全国制覇を達成するのが遅かった。

 チーム数なども多いのに不思議なことだと思うが、あるいは東京へのアクセスが良すぎたからかもしれない。

 しかし近年は逆に、甲子園などでもいい成績を残している。

 おそらく東京や神奈川といったあたりよりも、グラウンドやその周りの設備を整えやすいからだろう。

 白富東もなんだかんだ言いながら、設備はしっかりしている。

 ただ更新するのは不可能で、それこそ甲子園に出場した寄付金などで、ようやくメンテナンスが入ったのだ。


 白富東は公立でありながら進学校。

 正真正銘の進学校であるなら、もっと東京寄りの場所にある。

 ただここから巣立っていった成功者は相当に多い。

 そしてそれなりに、周囲に耕作放棄地などがあったのだ。


 セイバーの時代と、その後の10年ほどは、資金をかけて整備されていた。

 だがさすがに、白富東の覇権にも限界が来る。

 最後に夏を制してから、一気に弱くなっていった。

 それでも夏のシードを取る程度には、数年はもったものだ。

 しかし指導者の弱くなったタイミングで、やはり限界が訪れた。


 今の白富東は、かつての白富東よりは、かつての春日山に近い。

 ただし上杉の他にも、ある程度の戦力がある春日山だ。

 そして一つ下に、ある程度の力がある選手も入ってきた。

 総合的に考えれば、上杉が二年の時の春日山より、強いのは確かだろう。

 何よりも監督の力が違う。


 教育者としては優れていたろうし、精神論も悪くはなかっただろう。

 だが純粋に元プロの鬼塚とは、決定的に技術が違う。

 鬼塚は甲子園の頂点に、四回立った選手であるのだ。

 四番を打ったことも何度もある。

 もっともアレクが一番を打ちたがったから、四番に座っていたというのはあるが。


 上にも下にも、怪物のようなバッターがいた。

 そんな中でもドラフトで指名されたのは、現地枠というのもあるだろう。

 また個性枠と言ってもいい。

 しかし最初がどうであれ、鬼塚はプロの一軍で10年以上、スタメンに入っていた。

 日本一も経験しているので、高校野球と同じ短期決戦も理解している。

 さらにシニアで経験も積んだのだ。




 直史からすると母校の復活は嬉しい。

 もっとも昇馬のいるこの代が、かなり特別なのも分かっている。

 ただ一個下には、ピッチャーが六人入ってきた。

 これをどうやって使うかが、投手起用の戦略である。

「今日はコインブラが先発か」

「ドラフトの対象になってますか?」

「今のところBランクだが、おそらくAにまでは伸ばしてくるだろう」

 ドラフト中位クラス、といったところであろうか。

 ピッチャーとしても140km/h台後半を投げるが、プロでは野手になるだろう。

 魅力的なのは走力と、広い守備範囲だ。

 外野であればその肩の強さも、さらにプラスになる。

 バッティングをもう少し伸ばせば、確かに一位指名はともかく、二位で取りにくるところはあるかもしれない。


 昇馬は将来のことは、まだ決めていない。

 だがアルトは明確に、NPB入りを目指している。

 かつてのアレクと同じようなものか。

 ただアレクに比べると、長打力で劣るところがある。

 それはあと一年で、充分に伸ばせる余地があるが。


 直史としては、確かにそうだな、とは思う。

「うちのセンターはあんまり打てませんしね」

「センターもだが、それよりレフトが問題だ。あとはセカンドの問題もある」

「セカンドも?」

「緒方はさすがに、数字を落としてきてるからな。セカンドもショートほどじゃないが守備力は必要だし、内野の連携の要でもある」

 つまり打力ではなく、守備力をある程度は期待するべきなのか。


 守備力の高い選手をセカンドに置いて、二番打者をどうするか。

 そこに打力の高い他のポジションの選手を持ってくる。

 あるいは打率の高いアルトを、少し鍛えて二番に。

 もちろんそこまで順調に成長するか、それはあと一年追いかける必要がある。

 それに高卒野手は、仕上がりに時間がかかるとも言われる。


 もっともアルトの場合は、経験の積み方が尋常でない。

 全国トップレベルのピッチャーを相手に、実戦経験を積んでいるのだ。

 またバッティング練習をする際は、昇馬が両方の腕から投げてくる。

 左対策としては、真琴のサイドスローも充分に役に立つ。

 さらにはピッチングマシーンも新しくなったし、人間の投げる球という意味では、たいしたことはないが一年生に六人もピッチャーがいる。


 どういう環境でアマチュアのプレイを出来るか、というのは重要なことだ。

 ただ選手の性格によっては、指導者との相性もある。

 もっとも今は野球は完全に、アスリートタイプの選手が多くなっている。

 技術よりもまずはフィジカルで、緻密な高校野球の場合、どちらもしっかりとやってくる。

 それでもどちらかを選ぶならば、技術の方を教え込む。

 フィジカルはまだ若いので、下手な鍛え方をしないようにする。

 それでも体幹のトレーニングなどは、さすがにしっかりとしてくるのだ。




「今日の試合は昇馬は投げるのか?」

「さあ? 聞いてませんけど」

「そうか。まあ試合の展開次第だろうな」

 白富東がもう一度全国制覇をするには、重要なことが二つある。

 一つは当然だが、昇馬をしっかりと援護すること。

 そしてもう一つは、昇馬以外のピッチャーでも勝つことだ。


 県大会の決勝なども、昇馬なしで二点に抑えて勝っている。 

 夏の県大会などは、一年生にも経験を積ませたい。

 なにしろ春を勝ち進んでいるため、安心の練習試合を、なかなか組むことが出来ないのだ。

 県外の強豪もだが、県内の強豪は既に、夏の準備を始めている。

 昇馬を打たないことには、甲子園に進むことは出来ない。


 だがそういったことも、昇馬が投げない今日の試合では、あまり話されない。

 直史はむしろ青砥と、スカウトの話などをするのだ。

「昔に比べると高卒が減ったな」

 鉄也はそう言うが、その昔というのは直史たちが生まれる前だ。

 ドラフトやプロ入りへの道など、色々と話してはいた。

 かつてはドラフト外入団というものがあり、その制度を上手く利用する球団もあったため、ドラフトはより公平さを保とうと変化してきている。


 今のドラフトで一番の問題は、育成契約であるかもしれない。

 支配下指名の枠が残っているのに、育成で何人も取っていく。

 もちろん球団側としたら、物になるかどうかも分からないなら、育成で取るしかないと言えよう。

 それに育成であっても、独立リーグよりは環境はマシ、という場合が多いのだ。

 ただ一年や二年で切られる、ということが多いのも確かなのである。


 出来るならば高卒で支配下で引っ張られるよりは、大学に行った方がいいのではないか。

 そう思える選手は鉄也としてもかなり多い。

 ただ現在は名門の大学野球部では、その部員数が増加しているのも確かだ。

 ならばそこにおいても、チャンスを与えられることは少ない。

 浪人して一般で大学に入り、そこから指名されるまでには、まずチャンスを与えられなければいけない。

 なんだかんだ言いながら、野球もエリートコースのスポーツにはなっているということか。


 いくらネットで情報を発信している時代といっても、それが選手に合っているかどうか、判断出来るのは何人か。

 自分で自分をマネジメントするには、インテリジェンスが必要である。

 どうしてもコーチの役割は大きくなる。

 MLBの野球はパワーとスピードの大味なフィジカル野球、というのは本当のことだ。

 しかしパワーとスピードを、的確に伸ばすための方法は、ものすごく科学的にアプローチをする。


 技術を伸ばすのは難しい。直史もそれは分かる。

 そもそもいくらコントロールを身につけても、実際の試合でそれを発揮するのは、プレッシャーなどが邪魔をするのだ。

 ならばパワーがオーバーしても問題ない、フィジカルを鍛えるというのも道理ではある。

 140km/hぴったりを投げるより、150km/hオーバーならどれだけ上でもいいという場合。

 150km/hを投げられるピッチャーであれば、後者の方が簡単であろう。




 今年のドラフトは、果たしてどういうことになるのか。

 まず野手の目玉になるのは、司朗がプロに進むかどうかも関係している。

 センバツでは一気に、パワーを上げてホームランを増やしてきた。

 春の大会においても、甘い球は放り込んでいる。

 プルヒッターのスラッガーでもなく、バレルで捉えるフライボールバッターでもなく、ミートを基本とするアベレージが自然と長打にまで伸びていくバッター。

 ただし選球眼がいいため、確実にフォアボールも増やしていく。


 ピッチャーは下手にヒットを打たれるよりも、ストライクの入らない時の方が深刻である。

 そして置きにきて、それをホームランにされてしまう。

 司朗は完全に、読みで打つバッターと思われている。

 また失投を見逃さないバッターだ。

 昇馬が司朗を抑えたときに、あえてコントロールの微妙な右で投げたことがあった。

 プロでも微妙なコントロールのピッチャーはいくらでもいるので、そういったピッチャーにはむしろ弱いのではとも言われる。


 ただ150km/hオーバー程度ならば、平然と打ってくるのが司朗だ。

 またパワーピッチャー相手なら、昇馬も相性はいい。

「今年はピッチャーの出物が少ないんですか」

「高卒ピッチャーと言ったらいいかな」

 司朗の一つ上のピッチャーは、かなりの場面で打ち崩されている。

 そこから調子を落としたというピッチャーが多いのだ。


 神宮大会などでは、将典が帝都一を抑えている。

 なので今年は大卒と社会人が熱いのでは、とも言われている。

 もっともプロのスカウトは、甲子園にまで来れないピッチャーを、地方の大会で判断する。

 一度目立つ数字を出せば、そこからは最後の夏までを見ていくものだ。

 ただ大学と社会人は、結果はもっと後に出る。

 さしあたって甲子園が終わらないと、絞るのも始められないのだが。


 スカウトは二つの方針で動いている。

 一つは当然ながら、いい選手を見つけるというものだ。

 そしてもう一つは、今のチームに必要になりそうな選手を見つけるという、少し長期的な目標だ。

 ピッチャーが毎年新人で必要になるのは、なにもFAやポスティングで、幸福な移籍をするからではない。

 それよりもはるかにずっと多いのは、通用しなくなったり衰えたり、あるいは故障で引退するからだ。

 レックスは国吉が、今は戦列から外れている。

 復帰できればいいが、ある程度の期間を要する治療によって、フルパワーで投げられなくなるということはあるのだ。


 大学野球に関しては、直史は完全にノーマークである。

 ただ最近は六大よりも、他のリーグの選手の方が、指名されることは多い。

 もちろん降格制度がないので、5チームしかないというのもあるが。

 東大は基本的に、最初から除外である。




 レックスが今一番ほしいのは、右の和製大砲である。

 外国人であると、チームに在籍する期間が短いからだ。

 それこそ司朗などが入ってくれば、二番打者として機能するだろう。

 今のレックスの状況からすれば、四番でもいいかもしれないが。


 パンチ力のある選手、一発で試合を変える選手、そういったスラッガーがほしい。

 もっともレックスはそういう外国人選手を取ってきても、なぜかアベレージのバッターになってしまうのだが。

 つないでいく野球というのが、レックスには染み付きすぎているのか。

 今は一発狙いの長打重視が、野球の攻撃の常識ではある。


 どうせならば、機動力を重視した方がいいのか。

 ただ走力は確かにブレは小さいだろうが、それだけに大きな影響は見えにくい。

 盗塁の重要度は、昔よりも下がっていると言われる。

 そのあたりは一発勝負のトーナメントだと、どうしても軽視できないものになるのだが。


 アマチュアとプロとでは、戦略が変わってくる。

 そして同じアマチュアでも、高校野球と大学野球、そして社会人野球では違う。

 完全に一発勝負のトーナメントは、夏の高校野球ぐらいだろう。

 大学野球はリーグ戦であるし、社会人野球は敗者復活があったりする。

 そういったステージの違いも考えて、選手の適性を見抜く必要がある。

 さらにはペナントレースでは強いが、プレイオフでは弱いという選手も、確実に存在するのだ。

 もちろんプロの世界においては、アベレージを残せる選手の方が、計算しやすいのは間違いない。


 今のレックスが、国吉の離脱によって抱えているリリーフ陣問題。

 このリリーフ適性というのは本当に、難しいものであるかもしれない。

 あるいはクローザーの方が、はっきりと分かりやすいのか。

 行くタイミングが前後するセットアッパーなどは、集中力を一瞬で高める必要がある。

 集中力がすぐに途切れる大平だが、そちらの集中力を高める能力は、相当に高いことは間違いない。

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