第258話 五月中盤戦

 プロは誰もが生き残りを考えて戦っている。

 主に相手ではなく、味方の中でのポジション争いだ。 

 特に日本のピッチャーであると、上がっていけばMLBで莫大な富を得ることも出来る。

 バッターと言うか野手は、まだまだその数は比較的少ない。


 レックスの中で今年、一番数字を上げたいのは三島である。

 ピッチャーがMLBに行くなら、最高なのは25歳。

 20代の後半で行っても、それなりのパフォーマンスは発揮出来る。

 ただ本格派ではなく、ある種のクセがあった方が成功はしやすい。

 MLBは今、動作の最適化の魔法に、翻弄されているところもあるのだ。


 レックス球団としても、ポスティングは容認している。

 いくらでも金が使える補強など、レックスには出来はしない。

 選手を育ててポスティングで、言ってはなんだが売り飛ばす。

 そういう球団経営の仕方など、ヨーロッパのサッカーではよくあることだ。

 実績を残していくたびに、キャリアアップして行く。

 NPBのピッチャーであれば、その目指す先がMLBであることは、現代の普通になってきた。


 三島は今年、七先発して5勝0敗。

 六試合でクオリティスタートし、五試合でハイクオリティスタートを決めている。

 そんな三島は機会があれば、直史にMLBの話を訊いてくることもある。

 もっとも直史のルートというのは、完全に他のピッチャーでは成立しない。

 年齢的にはともかく、NPBで二年しかいなかったのに、ドラフト一位を球団は手放した。

 ただ二年連続で沢村賞であったので、そこでメジャーのスカウトも判断したのだろうが。


 そう予想はしているのだが、あまりにもチームが手放すのが早すぎたし、あちらとの交渉もあっさりとまとまった。

 何かが裏で色々とあったのだ、とはいまだに噂されている。

 ただその何かを探ると、危険であるとも言われてはいるが。

 そんな裏事情はともかく、直史は成功のコツは教える。

「最初に大きな契約を結んで逃げ切るのがベストだな」

 MLBでは複数年契約が当然である。

 なので四年から五年、5000万ドル前後での契約が取れればOKだ。


 日本ではどうやっても、10億が限界。

 しかしMLBでは、10億の選手ならゴロゴロいるのだ。

 今後の為替レートの変更が大きくなっても、50億も稼いだならば人生は安泰だ。

 もっともスポーツ選手の引退後破産は、本当に多いのだが。

「アメリカのファンドとかに投資しておくと、自分で大きな金も自動的に使えなくなるし、基本的にはお勧めだぞ。まあ普通預金やゴールドに換えてある程度持っていてもいいが」

 いや、それは確かに重要かもしれないが、野球での成功とは違うだろう。

 そうは思っても直史の場合、金銭的な成功は全て、他人任せにしてある。


 直史は最終的には、二年で一億ドルの契約で最後の二年を過ごした。

 もっともスポンサー収入の方が、それよりもはるかに大きかったが。

 また複雑で、とてつもなくややこしい、インセンティブも結んでいた。

 そちらだけでも日本の年俸は、軽く超えるというようなものであったが。

「メジャーで五年活躍したら、年金が出るからな。俺も最後の二年はそのつもりで投げたし」

「え? 故障して引退したんですよね?」

「……どっちが先だったかな」

 うっかり喋ってしまうことも、直史でもないではないのだ。




 故障なく、クオリティスタートを15回ほど決める。

 それでもう充分に、メジャーのスカウトは群がってくるだろう。

 今年は初戦こそ五回三失点であったが、その後の安定感は素晴らしい。

 もっとも運もかなりある。

 既にフェニックス相手に、三試合も投げているのだ。


 三島の目から見たら直史など、逆に今からMLBに移籍しても、充分に通用するように思える。

 ただ直史はNPBとMLBの違いについて、はっきりと違う部分を言っている。

 先発ピッチャーにかかる負荷が、NPBよりもはるかに大きい。

 中五日で投げるローテーションが普通で、上がりの日もない。

 常にチームに帯同するので、休養の時間が少ない。

 だからもうMLBでは無理だ、というのが直史の理屈である。


 直史の難しいとか無理とかいう言葉は、出来るという意味である。

 辞書の意味が間違って書かれているのだろう。

 直史もいい加減に金の稼ぎ方は分かってきていたので、自分が復帰する前には、色々と資産を動かしていた。

 それでまた一儲け、ということをしているのである。

 NPBでの年俸や、MLBでの年俸は、さほど直史には関係がない。

 年俸よりもスポンサー契約などの方が、ずっと大きな収入になっている。

 これは大介も同じことであるが、アンバランスなこととも言える。


 三島にしても既に、スポンサー契約は結んでいる。

 それがMLBに行くと、企業の契約の大きさが変わる。

 選手によっては生涯契約などの場合もあるのだ。

 もっとも企業ブランドを損ねたら、逆に賠償請求もあるが。

「いや、そうじゃなくってですね」

 金が重要なのは分かるが、それはあくまでも実績に付随してくるものだ。


 三島の関心が違うところにあるのも、直史は理解していないわけではないのだ。

 ただ直史はモチベーションを、野球での成功とは思っていなかった。

 今でもそうだし、今までずっとそうであった。

 だからアドバイスのしようがないのである。

「まあ肉体の体力の、精神の気力が、必要なのは間違いないけどな」

 直史にしてもMLB時代は、休養に時間を取られたものだ。


 日本は中六日が定着している。

 しかしMLBは中四日、あるいは中五日を組み合わせたりしている。

 NPBが月曜日を基本は休みとして、143試合を消化するのに、MLBでは162試合をほぼ同じ期間で消化する。

 日本でピッチャーが壊れやすいのは、休みの日でもブルペンで投げさせるから。

 それが原因だろうなと分かっている直史であるが、自分自身は投げすぎの傾向にある。




 確実なクオリティスタートを、三島は目指している。

 メジャーのスカウトは勝ち星や負け星は見ない。

 あくまでもその、ピッチングの内容を見るのだ。

 防御率でさえも、ある程度の参考にしかしない。

 それよりは被OPSの数値などの方が、よっぽど分かりやすいと考えるのだ。

 あるいはWHIPの値を気にするべきか。

 1イニングあたりに何人のランナーを出すか、というこの指標。

 MLBでは重視されるが、その中でどれだけをフォアボールで出したか、というのも計算される。


 とにかく日本とは、評価の基準が違うのは間違いない。

 またフライボールピッチャーか、グラウンドボールピッチャーかということで、チームによって必要かどうかが決まる。

 三島はこの数年で、フライよりもゴロを打たせる数字が増えてきている。

 フライは飛びすぎてホームランになるが、ゴロはいくら飛んでもゴロ、という直史の持論がある。


 今日の三島は特に、クオリティスタートを考えればいい。

 それ以上を望む場合、変に力んでしまうこともある。

 プレッシャーや余計な思考が、むしろいい結果につながったりするのも野球。

 ただ統計的に見ればやはり、ほどほどの集中力を上手く使うのが重要なのだ。


 少し球数は多めであろうか。

 味方の打線の援護は気にせず、自分のピッチングに集中している。

 NPBのセ・リーグはともかく、MLBはピッチャーは全てDHになっている。

 だからチームのメンバーではあるが、攻撃には全く参加しない。

 一人で集中するのがいいのか、それともチームメイトと一緒に参加するのがいいのか。

 アドレナリンを発散して、いいボールを投げるのであれば、チームと共に戦った方がいい。

 直史などは試合を見ながらも、メンタルのコントロールはしっかりとやっていた。


 六回を終えて二失点。

 ただ球数が増えたので、ここで継投である。

 そして打線も二点しか取れていない。

 つまり勝ち投手の権利を持っていないのだ。


 明日は移動日で休みになる。

 そのためレックスは、勝ちパターンのピッチャーを使ってきた。

 ただ七回は、まだ国吉が復帰してきていない。

 しかしリリーフピッチャーの中から、ここしばらく調子のいいピッチャーを選択。

 これが正解して、無失点に終えることが出来た。


 最後にはレックスが振り切って、3-2と一点差の勝利。

 勝利投手は、今年初めて平良についたのであった。

 首脳陣としては、もう四日間も投げていないリリーフ陣を、ぎりぎりまで使っていった。

 そして大平も平良も、実質的にはホールドとセーブを果たしたのだ。

 ここで移動日が一日あり、そして甲子園でライガースとの対決が始まる。

 四月は相当の差があったライガースであるが、五月に入ってからほぼ縮まりも広がりもせず。

 このあたりは首脳陣が、頭を抱えるところなのであろう。




 ライガースはライガースで、悟の離脱したタイタンズ相手に、1勝1敗の二連戦を行ったりしていた。

 大介の数字は相変わらず高いまま。

 年齢を重ねているのに、NPB復帰後の三年目、一番数字が上がっている。

 むしろ若い頃よりも、さらに打てていると言えるだろう。


 かつての大介はその体格から、勝負を避けるのは恥だ、などと思われていた。

 それが多くの大記録を更新する原動力の一つにもなった。

 MLBでもそれは同じであったのだが、あちらは数字で証明されれば、本当に容赦のない敬遠をしてくる。

 それでも盗塁を年に50も決めれば、勝負せざるをえなくなってくるのだ。


 レックス戦の前に、カップス戦の三連戦がある。

 タイタンズが落ちてきたため、カップスには今年、Aクラスに入れる可能性が出てきた。

 そのためにはライガースに、最低でも一勝はしておきたい。

 だがそのように考えるのは、あくまでも外野であろう。

 この五月も中盤の時期に、目先の試合だけを考えていては、監督は失格である。


 セのチームがライガースを相手に考えるのは、どうやって打線の爆発を抑えるか、ということだ。

 もっとも今年のライガースは、言うほど打線が爆発しているわけではない。

 ビッグイニングがないわけではないが、チャンスを効率的に活かして拡大している。

 とにかく大介の出塁率を、前後のバッターが上手く使うようになっているのだ。

 そのためどうしても大介と、勝負しないといけない場面が出てくる。


 野球は集団競技だが、バッティングの成績ははっきりと個人で出てくる。

 その上で上手く、前後のバッターを利用していくのだ。

 和田などは打率はやや落ちたが、出塁率は上がっている。

 一番バッターとして、それも大介の前のバッターとして、役割を理解しているからだ。

 下手にツーベースを打てば、一塁に大介は歩かされてしまう。

 なので盗塁の数も減っている。

 しかし盗塁成功率は上がっているのだ。


 三番のアーヴィンはともかく、五番のフェスは犠飛の数が多くなっている。

 それは大介が二塁か三塁にいれば、タッチアップを決める可能性が高いからだ。

 場合によっては四番の大館も、そういったバッティングをしてくる。

 ゴロを打つのはさすがに、クリーンナップの意地が許さない。

 だが犠牲フライならば、ちゃんと打点もつくのだ。




 カップス相手の初戦、ライガースの先発は桜木である。

 プロ初先発は五回二失点で勝利投手となったが、高卒一年目の今年はまだ、体から疲労を抜くことを第一にしている。

 なので大原と、六枚目の先発を分け合っている。

 負け試合はあったが、それは武史が先発だったので仕方がない。

 今はプロの空気を感じて、シーズン中盤には二軍で経験を積ませるべきだろう。

 そしてライガースは大原が、ブルペンに入ることが多くなっている。


 先発で投げることがずっと多かった大原だが、デビュー時には中継ぎも当然やっていた。

 シーズン終盤などでは、やはり中継ぎもしている。

 若い頃に比べれば、球威は確かに落ちている。

 また技巧派というほどのものでもないし、軟投派でもないのだ。

 だがメンタルが強くなっているのは確かだ。


 高校時代には県大会で、圧倒的なバッティングの前に敗北を続けていた。

 主に大介のせいである。

 ただ大介を見に行ったライガースのスカウトが、大原に目をつけたというのも確かなのだ。

 そしてなんだかんだ、200勝に到達。

 タイトルを取ったし、球威は落ちているが、ここぞという時にはコントロールが崩れない。


 ピッチャーとしての重要な部分は、メンタルのコントロール。

 ボールのコントロールなどは、それが出来てからの話である。

 大原は今日、ブルペンで出番を待つ。

 大差で勝つか負けるかしていれば、出番は回ってくるだろう。

 そこでしっかりと投げればいい。

 かつてのイニングイーターっぷりは使われ方もあってなりを潜めている。

 しかし必要な時に投げられることこそ、プロのピッチャーである。


 勝敗の決まった試合でも、安心して任せられるピッチャー。

 そういったピッチャーも、チームには必要だ。

 大介のバッティングは全く参考にならないが、大原のピッチングは若手の参考になる。

 サウスポーでもなく、150km/hも出なくなっており、特別な変化球があるわけでもない。

 球種割合はストレートが多いのだが、それでも大崩れすることはまずない。


 長くプロでやっていると、安定感をどう出すかが重要だと分かってくる。

 レギュラーシーズンを回していって、負けすぎないようにするピッチングだ。

 ポストシーズンではおおよそ、敗戦処理にでもそうは使われない。

 だがレギュラーシーズンのローテーションでは、必要とされるようなピッチングだ。

 もちろん若手が台頭したら、二軍に落とされるかリリーフに回るかのピッチングでもある。

 しかし六枚目が決まらない時は、ずっと大原が選ばれてきた。


 長くやってきたからこその、200勝というものである。

 真田などは14年で200勝し、そして引退していった。

 大原は24年で、真田の通算勝利数を超えている。

 もっとも勝率で、圧倒的な差はある。

 スター性においては、肘をやって引退した真田の方が、よほど劇的であるだろう。

 シニアの世界一、甲子園では一度も頂点に立てず、そしてプロでは大活躍。

 だがそれでも今、まだプロのマウンドに立つのは大原なのである。




 カップス相手に桜木は、懸命に投げていることは確かだ。

 監督の山田もピッチャー出身なので、そのあたりの見極めはしっかりしている。

 ライガースの先発陣は、友永を獲得したことで、かなりの安定感が出ている。

 新人の躑躅も、大卒即戦力の名に恥じない活躍を見せている。

 ただ一年のシーズンを通して、確実なピッチングをすることは難しい。

 どこかで落ちてくるだろうな、とは計算している。


 桜木もどこか、疲れたところで二軍に落とす。

 そしてそういったところで、上手く埋められるのが大原だ。

 なのでブルペンにいると言っても、無駄に肩を作らせることはない。

 そういった投手の起用法は、山田なりの考えである。


 どのチームにも便利屋的なピッチャーはいる。

 ただそういうピッチャーは、本当に便利に使われるため、故障する可能性も高い。

 大原は体の強さが、とにかく魅力ではある。

 それでも衰えてはきているので、勝敗の星が付きにくくなっているのは確かだ。

 このぐらいの年齢になると、なんのために投げるかというモチベーションが、ピッチャーにとっては大切になる。


 大原は甲子園には一度も出場出来なかった。

 だがプロでは一番、この甲子園で投げている。

 それでも高校時代、このマウンドに立てなかったことはいまだに悔しい。

 もっともそれを言っていたら、真田などはさらに悔しいだろうが。

 決勝のマウンドに三度も立って、一度も勝つことが出来なかった。

 武史が大学経由でプロに来たため、真田世代とも呼ばれていない。

 佐藤世代とも呼ばれないが、一つ上はSS世代と呼ばれている。


 桜木としては自分たちの世代は、完全にどうとも呼ばれないことを理解している。

 なにせ一年生ピッチャーに、完全に抑えられて負けているからだ。

 桜木自身は対戦していないが、昇馬の制圧力は圧倒的であった。

 ただその同世代が、昇馬の不運もあったとはいえ、同じく台頭してきた。


 そもそも桜木の世代は、一つ下の司朗に、打たれまくって甲子園の夏で負けている世代だ。

 その司朗を擁する帝都一を、白富東と桜印は破ったのだ。

 二つ下の世代は、第二次上杉世代と呼ばれるのか、それとも第二次白石世代と呼ばれるのか。

 ただ春の大会では、二年生エースが全国各地で活躍しているのは本当である。




 桜木は負け星は付かなかったが、微妙な数字を残して試合自体は敗北した。

 ただライガースは残りの二試合を勝利して、調子の出てきていたカップスに勝ち越した。

 連勝した状態で、レックスとの直接対決。

 レックス側も意識しているが、ライガース側も意識している。

 五月に入ってからここまで、両者は共に10勝6敗。

 四月のスタートダッシュで作ったリードを、レックスは広げることが出来ていない。

 もっとも勝ち越しているのだから、どちらも調子が悪いわけではない。

 ライガースからすれば、差を縮めることが出来ていないのだから。


 カップスから続いて、甲子園での三連戦。

 ただこのカードでは、直史が投げてくることはない。

 正直に言えば首脳陣は、だからこそ勝っておきたい、とは思っている。

 レックスの打線が微妙であること、また七回のセットアッパーが固定化されていないこと、これが勝てそうな要因だ。


 レックスの先発は、まず初戦がオーガスであることは判明している。

 そしてこのままのローテ通りなら、第二戦が百目鬼で、第三戦が木津。

 ここでライガースは、友永、フリーマン、躑躅というローテである。

 先日の登板で、木津はついに無敗記録が途切れた。

 しかしライガースは躑躅がまだ継続中である。

 もちろんこんなものは、いずれは途切れて当然である。

 だが木津が、もしもそれに自分の自信を持っていたなら、大きく崩れるかもしれない。


 重要なのはレックスの打線に、大量点を許さないこと。

 これはそれほど難しいとは思えないが、とにかく今のレックスは、僅差での勝ちが多い。

 そしてロースコアゲームも多いが、国吉の離脱がどう響いていくのか。

 直史の投げない試合で、出来ればハイスコアゲームに持ち込みたい。

 あるいは試合の勝敗よりも、そちらの試合展開に持ち込むほうが、長期的に見れば重要であるかもしれないのだ。

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