第255話 追尾
レックスを相手に負け越したライガースであった。
しかし次の三連戦は、甲子園においてフェニックスを相手としている。
二位から五位までのゲーム差が、ほとんどないのが現在の状態。
そこでフェニックスに当たるというあたり、ライガースにも運があると言うべきであろうか。
もっともフェニックスはこの間、直史の入ったレックスのローテ相手に全敗しなかったし、その前のライガース相手のカードでは勝ち越している。
野球は統計で見ればともかく、一部分では充分にこういうことが起こるのだ。
フェニックスは現在、低迷と言うよりは混迷の中にある。
単に自分たちが低い場所にいる、と考えられるならばまだマシだ。
何をどうやってもどうにもならない、という期間があまりにも長すぎる。
確かにライガースやスターズ、はるかな過去ならばカップスにも、そういう時代はあった。
それと比べてもフェニックスは、等しいかそれ以上の暗黒期である。
もっともスターズも、上杉が故障離脱した二年間などは、一気に最下位に落ちたりもしたものだ。
個々の選手を見るならば、いい選手もそれなりにいないではない。
だがチームに勝利に対する執念がない。
それでもそこそこ勝てるのが、ドラフトによる戦力均衡だ。
しかし統計では完全に、最下位になるべくしてなっている数字が残る。
比較的良かったのは、竹中がキャッチャーをしていた頃か。
Aクラス入りが二年連続であった。
樋口にしても竹中は、一歳年上で高く評価していたキャッチャーであった。
ただ故障で定着した期間が短かった、というのが致命的であったと思う。
13年連続でBクラスというのは痛すぎる。
そのうちの半分は最下位なのである。
どういった選手がいれば、チームは強くなるのだろう。
それはもちろん、一人だけでどうにかなるものではない。
アマチュアまではまだ、たった一人のエースによって、高校野球の頂点を極めることが可能だと、昇馬が証明してしまった。
もっとも昇馬に言わせれば、アルトと真琴のどちらかがいなければ、確実に途中で負けていただろう。
一人でチームを強くしてしまった選手となると、まずは上杉が思い浮かぶ。
あとは実は、直史でも武史でも大介でもなく、樋口である。
ただ樋口と武史は一年違いでレックスに入ったので、どちらの力かは断言しにくいのだが。
上杉の場合はもう明らかに、チームを強くする存在であった。
Bクラス常連のスターズを、いきなり一年目に日本一に持っていった。
また離脱した二年間、最下位であったこともそれを証明しているだろう。
復帰してまたも、Aクラスの常連にはなった。
大介の場合はライガースが、選手が高齢化しながらも、若返りを意図していた時期に入っている。
その後は真田や西郷が入ったこともあり、大介がメジャーに移籍して以降も、かなりAクラスで安定している。
現役最後のプレイはライガースで。
大介がメジャーに行く時に残した言葉だ。
実際に帰ってきて、そして以前と変わらないような打撃を見せている。
思えばあの大介の言葉があったから、ライガースは希望を持ち続けたのかもしれない。
レックスも樋口の整備した投手陣が、機能している間はまだマシだった。
一緒に武史も抜けたのに、そこまでひどい結果にはならなかったのだ。
そうなると精神的な支柱のピッチャーか、あるいは扇の要のキャッチャーか。
このどちらかが全体の戦力を、高く維持するのであろう。
今のレックスがどんどんと、得失点差が縮まりながらも安定しているのは、キャッチャーの迫水がほぼ固定化されつつあるからだろう。
まだまだ直史としては高得点はやれないが、少なくとも赤点ではないキャッチャー。
同時にレックスはどんどんと、ピッチャーが整備されていっている。
セーブ王オースティンが抜けてから、若手でリリーフが作られている。
ただバッティングに関しては、直史はもう何も言うことがない。
大介のバッティングに対する姿勢は、現代のフライボール革命に準じて攻撃的である。
だがその姿勢は、ある程度の変化はつけられていっている。
最初はとにかく、全打席をホームランに。
その時もケースバッティングが、出来なかったわけではない。
今の大介はフルスイングではなく、ジャストミートを狙っている。
結局はジャストミートすれば、それが一番ボールを飛ばせるのだと分かっている。
この三連戦、第一戦でもそうであった。
第二打席に、ツーアウトから勝負されたボールを見事にホームラン。
また人を殺す打球を打ってしまったのであった。
前の登板では直史と投げあったので、回復しきれていないと判断された、桜木はローテを飛ばされた。
大原がまた、先発に戻ってきたのである。
打線の援護がついたものの、六回を投げて四失点。
あまり誉められたものではないが、それでも勝利したのである。
大原はこれが今年四先発目。
それでようやく今年の初勝利だ。
負けた試合も六回は投げるので、試合を壊すというほどのものはない。
ただ首脳陣からすると、大原はもうロングリリーフなど、経験と忍耐の必要なポジションで投げてほしくはある。
リリーフに完全に変えられれば、また違った使い方で勝負することが出来る。
ベテランピッチャーというのは、とにかく崩れてほしくないものなのだ。
監督の山田としても、大原はルーキーの頃から知っている。
あのタイトルを取った年、完全にラッキー以外の何者でもなかったが、大原にはそういう運がある。
直史などにぶつけられて、当たって砕けても立ち上がれる。
そういったメンタルの状態をキープするのは、相当に苦しいことだろう。
山田としても一時期は、真田と同じくエース格で投げていたので、そのあたりは分かるのだ。
先発のピッチャーとして、長く投げたのもたくさん勝ったのも、大原の方が山田より上だ。
しかし世間の見る格としては、好調のシーズンの山田は、明らかに大原よりも上であった。
大原は昔から、低空飛行で安定しているところはある。
それだけに勝ちも負けも、それなりについていた。
六回までは投げていたからだ。
つまり勝率において、山田は大原の通算を上回っている。
相手のローテでも、強いところと当たっていたのに。
大介は今季19号ホームランで、打率も己の持つ日本記録を更新する見通し。
まだ残り100試合以上もあるので、今から言っては鬼が笑うだろうが。
第二戦、ライガースの先発は畑。
ここも勝って行けるピッチャーである。
前日のレックスとの試合で、大介は悟の故障離脱を聞いた。
正確なところはまだ分からないが、半月板というのは聞こえてくる。
野球選手としては、それほど珍しくない種類の怪我だ。
もっとも大介は大きな怪我はしたことがないし、悟もしていないはずだが。
結局のところプロとは、怪我をしなかった人間が生き残る。
あるいは怪我をしないほどに、強い体を持っていないといけないのか。
真田とは同じチームであった頃、聞いたことがあるのだ。
兄もまた野球をやっていて、そして自分よりも優れた素質があったこと。
しかし早熟すぎる才能は、強すぎるパワーを生んだ。
そのパワーによって、肘の靭帯をやってしまったのだと。
球数制限が、今よりは甘かった時代だ。
それでもアメリカならば、トミージョンをやっていたかもしれない。
だが当時の日本では、小学生にそんなものをやらせるはずがない。
結局は野球の道を諦めて、しかしながら自分のような選手を生まないために、トレーナーの勉強もして野球指導者になった。
大介としても、さすがに自分の体が、全盛期ほどではないと分かっている。
足腰は絶対に、故障しやすくなっているのだ。
スポーツのほとんどは、足からまずパワーが生まれていく。
そのパワーは当然、腰や背中を登って行くものだ。
まだまだ現役を引退するつもりはない。
いっそのこと昇馬がプロに来るまで、やってやろうかという気にもなる。
160km/hオーバーを普通に投げてくる昇馬。
だが未だに、速いだけのボールであれば、いくらでも打てるのが大介だ。
もっともスピードボールが打てなくなれば、MLBなどはそれが限界となってくる。
過去のドーピングなどは、目の筋肉に関するものが多かったという。
ただボンズなどは明らかに、体格が異常に発達していた。
しかしそれ以前の時点で、走力もある超一流選手。
まったく馬鹿なことをしたものだ、とはよく言われる。
アメリカの恐ろしいところは、そこでドーピング絶対駄目となるのではなく、ドーピングにならない薬物を使用する、という方向に行くところか。
もっとも普通に今のスポーツでは、サプリメントなどの重要性は意識されている。
大介はあまりそういうことは考えない。
考えるのはツインズと、球団に所属しているトレーナーなどである。
スポーツ選手の肉体を維持するのは、本当に大変なことなのだ。
食事をしっかり出来ないという時点で、既にプロで活躍する確率を削られていく。
ハングリーであると通用しない、現代のスポーツである。
バッティングを極めることは難しい、と大介は思う。
そもそも極めることなど、出来ないのがバッティングであろう。
相手のいるスポーツでは、自分一人で何かを極めるのは不可能だ。
相互の駆け引きというものが、そこには存在するからだ。
相手が勝負してくれないと、機会すらないのが野球のバッティング。
圧勝している試合や、惨敗している試合などでは、大介は集中力を落としてバッティングをする。
それでも異常な勝負強さは、残ってしまうのが大介である。
全てホームラン狙いというのが、難しいのはこういう事情もあるのだ。
フェニックスは上手く、ライガースの弱いところを攻めようともする。
しかし大介を敬遠しても、ライガースのピッチャーは強いローテーションである。
そもそも友永をFAで引っ張ってきたあたり、去年よりも確実に強くはなっている。
それよりも顕著なのは、今年が大介のキャリアハイになりそうな数字だ。
もっともあくまでNPBでのキャリアハイというものだ。
このまま打率を四割以上に保つことが出来るか。
大介も直史ほどではないが、コンディション調整が上手いというか、体のバイオリズムに変化がないので、シーズンを通して成績を残すことが出来る。
たださすがに今が、ピークと考えて間違いはないであろう。
今のうちに大介を乱すために、敬遠を乱発してくる可能性もある。
実際にここでフェニックスは、一試合に何度も敬遠してきた。
二桁得点を含む三連勝。
大介は出塁率が六割をキープしている。
異次元の数字に、付いていけるバッターは他に誰もいない。
思えば大介がいない間、日本のバッターは幸せであったのだろう。
西郷は二冠を取ったことは何度かあるが、足が遅いため内野安打がなかった。
そのため首位打者を取れなかったと言えよう。
逆に悟などは、ホームランがちょっと足りない。
それでもトリプルスリーの回数は、大介以外では歴代一位だ。
大介の場合は生涯記録で、全てのシーズンでトリプルスリー。
20試合以上休んだシーズンも、50本を打って40盗塁している。
この三連戦も、ホームランを一本増やした。
ただ五回も敬遠されていれば、なかなか打点は増えてこない。
現時点でもぶっちぎりのトップではあるのだが。
次の対戦は、タイタンズ相手の二連戦。
アウェイでビジターユニフォームを着ることとなる。
ちょっと東京に行って、またすぐに甲子園に戻ってくる。
面倒なものではあるが、どうしようもないものでもある。
レックスはタイタンズ相手に三連勝した後、広島へと向かう。
そこで二連戦をして、また戻ってくるという日程だ。
ここいらで気になるのは、またもライガースとの直接対決があることだが、その前のスターズ戦。
武史の登板機会があるので、そこがどうなるかが問題である。
直史にぶつけるぐらい、調整することが不可能ではない。
だがもちろん、こちらは動くことはない。
スターズが果たしてどう動いてくるか。
現在はタイタンズと僅差の三位。
もっとも悟の離脱によって、落ちてくる可能性がそれなりにある。
もっともカップスとも、ゲーム差3の中に入っている。
ライガースが二位争いの中では、少し抜けた感じであろうか。
直史は出番のないアウェイのため、千葉に残っている。
そして練習をしているわけであるが、それが常軌を逸している。
二軍に混じっては、キャッチャーを鍛えているのだ。
またたまにはバッティングピッチャーもしていたりする。
変化球の苦手なバッターに、その苦手どおりの変化球を投げたりもする。
そんなことをしているうちに、変化球の苦手な原因も見えてくる。
ピッチングに関しては、直史はいくらでも説明が出来る。
だがバッティングに関しては、完全に力不足だ。
しかしスイングに関してならば、相当のアドバイスも出来る。
高校時代には三割を打っていたし、大学時代にもどうしようもない時は、しっかりと打っていたのである。
今年はもう、一本のヒットも打っていない。
完全に打線が断絶しているので、レックスの得点力が低いのは、直史に原因がないわけではない。
パに行った方が、完全にピッチングに専念出来るだろう。
しかし打席に立ってみた方が、見える景色というものはあるのだ。
直史には自分のボールに、一番力を加える理想のフォームが存在する。
同時にバッティングに関しても、スイングの力のロスに関しては分かるのだ。
完全にもう、150km/hのボールには、対応できなくなっている。
それでもまだ守備ならば、自分に飛んで来た打球を、ちゃんとキャッチ出来るのだが。
ピッチングもバッティングも、基本的には求めるのは同じだ。
パワーロスをどれだけ防ぐか、というものである。
しかしパワーの上限を知っておけば、そこからどう上手く落とすか、そういうことも出来るようになる。
長打を求めるのか、それとも打率を求めるのか。
もちろん一番は、ケースバッティングを行うことである。
常にフルスイング、というのも今の流行では悪くはない。
そもそもフルスイングであれば、ただのゴロが内野を抜けていくこともある。
大きくバウンドしてしまって、その間に内野安打となることもあるだろう。
基本的にスイングスピードは、速い方がいいことで間違いはない。
ただ大介は今でも、軽く当てて落とす、ということが出来るのだ。やらないのは統計で、フルスイングした方が得点の期待値が高くなるからで。
レックスの二軍を見ていても、やはり光るものを持つ選手は多い。
プロに来るのだから、そういう人間ばかりで当たり前なのである。
ただ磨くのが難しそうな、そんな原石も無数に存在する。
直史は自分の身体操作に関してなら、いくらでも説明出来る。
しかし他人がどうすればいいのか、それはなかなか分からないものだ。
三島が今年を最後に、メジャーに挑戦したとする。
オーガスも少しずつ、衰えてはきている。
それよりもずっと年上の直史としては、技術でどうにかすればいいと思うのだが。
今年のキャンプを見ていて、一番分かりやすい伸び代を持っていたのは須藤であった。
実際に今は、一軍のベンチに入っている。
大卒の塚本は、とりあえず三ヶ月ほど一軍で投げたら、二軍で鍛えなおした方がいいかな、と思っている。
まだ一年を通じて戦えるほどには、肉体も技術も完成していない。
ただそういう選手であっても、一年のうち短期間であれば、使えなくはない。
極端な話、今の多くのチームでは、キャッチャーがそういう使われ方をしている。
ピッチャーとの相性もあるが、万能性が求められすぎているとも言える。
一軍には三人のキャッチャーがいる。
しかし今は完全に、迫水がメインでマスクをかぶっている。
キャチャーとしての能力は、他の二人とそれほど変わらない。
だが明らかにバッティングで、他よりも優れているのだ。
レックスの場合、迫水がスランプにでもなれば、使ってみたいキャチャーは二軍にいる。
直史が見ているのは、二軍戦で多く出場しているキャッチャーだ。
とにかくキャッチャーというのは、経験が重要なポジションである。
またレックスは直史以外も、多くのピッチャーが打てないピッチャーだ。
そのためキャッチャーにも打撃が求められる。
打てるキャッチャーと、専門で受けるキャッチャーの、二人がいた方がいい。
それが直史の考えである。
試合の途中で交代し、リリーフ相手に組むキャッチャーを作っておくべきか。
キャッチャーは相手の情報もだが、自軍の情報も正確に把握しておかなければいけない。
チームとしては一人の選手に、求めすぎるものではないだろう。
ちなみに広島で行われた試合で、木津の無敗記録はやっと終わった。
前々から懸念されていたことだが、フォアボールでランナーをためたところに、長打を浴びたのである。
それでも六回で六失点と、完全に試合を壊すほどではなかった。
だがレックスの攻撃力は、一試合に五点以内に収まるのがほとんどなのだ。
全体を見るならば、悪いことではない。
木津が一つ落としただけで、まだまだレックスは首位である。
本来ならば木津のようなピッチャーは、シーズンを通じて安定した成績を残すタイプだ。
防御率が4以内に収まるならば充分すぎる。
先発のピッチャーであるのに、奪三振率の高いのは、それなりにありがたいタイプだ。
ただこの負けによって、レックスの六連勝が止まった。
それでも五月に入ってからも、充分に勝ち越してはいるのだ。
問題となりそうなのは、次のスターズとの三連戦である。
あちらは第一戦に、武史を送り込んできたのだ。
対してレックスは、事実上新人の須藤。
本来なら塚本になる予定だったのだが、前々日に肩に違和感を抱いて、少し変わったのだ。
須藤はここまで、そこまでひどいピッチングをしていないのだが、レックスの打線の援護が足りない。
それに終盤に打っていっても、その時には追加点を取られていたりする。
先行して逃げ切り、というのがレックスの必勝パターン。
しかしこの数試合、リリーフ陣は出番があまりない。
暑くなってくる季節を前に、無駄にスタミナは消耗して欲しくない。
もっとも大平も平良も、相当の体力は持っている。
二人とも場合によっては、先発として使えなくもないのではないか。
大平の場合は、集中力の持続が、大きな課題になるだろうが。
須藤で武史に勝つというのは、かなり難しい話だ。
重要なのは残りの二試合、どうやって勝って行くか。
直史は第二戦の先発。
ここは確実に勝っておきたい。
(しかし得点力が低いのを、どうにかしないとどこかで転ぶぞ)
今は投手陣が、どうにか我慢しているという状態だ。
しかしもっと楽勝な試合でも作ってくれないと、先発もリリーフも精神的に疲れてくる。
もうすぐ交流戦も始まるのだ。
今のレックスは、得点力がリーグでも下位。
これでは貞本の、セットプレイで点を取る、という方針の方が正しかったのだろうか。
もちろん現時点では、まだまだ何も判断しきれない。
神宮での三連戦、レックスはどう戦っていくのか。
武史を攻略するのは、それなりに難しいことだろうと、直史も理解している。
バッターとして考えた場合、ちょっと勝てる気がしないのであった。
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