第251話 地味に不敗
六回まで須藤はなんとか投げきった。
責任投球回を四失点というのは、及第点ではないが赤点でもないだろう。
今後の課題を残しつつも、ある程度の成果も掴みつつある。
シーズン途中にはまた、一度二軍に落とすべきかな、とも首脳陣は思った。
しかし一軍で中継ぎとして、短いイニングでも経験を積ませた方がいいであろうか。
そのあたりは首脳陣の考えることである。
少なくとも今は、安定感のあるリリーフは足りていないのだ。
そして須藤は貴重な左だ。
この試合だけを言うのであれば、友永は六回までを二失点に抑えた。
しかしレックスの打線も、それなりに球数を投げさせている。
(やっぱりレックスは、目に見えない攻撃力が強い)
ここまでで降板した友永は、そう判断している。
別に彼だけが理解しているわけではないが、レックスは凡退率やダブルプレイ率が低いのだ。
どうしても守備力などを重視しなければいけない、センターライン。
特にキャッチャーは年々、打てない選手が増えているとも言われる。
キャッチャーとして仕上がる前に、バッティング力を買われて代打や、そこからコンバートしてしまうのだ。
ショートの強打者など、歴史を見ても何人いるか。
セカンドはまだしも打てる選手が多いが、レックスはセンター以外はかなりの打率がある。
そしてセンターもまた、出塁率はそれほど悪くない。
出塁率がいいということは、それだけフォアボールを選ぶということだ。
フォアボールはピッチャーに四球以上も投げさせるわけで、ピッチャーの球数を増やして疲労させる。
地味な攻略法であるが、そういう戦略であるならそれはそれでいい。
今のプロ野球はとにかく、ピッチャーを削ることに価値があるともいう。
なんとか100球以内で六回までを抑え、そして二失点。
友永は充分なピッチングをしたのだが、やはりレックスの強さの秘密の一つではあるのだろう。
年間を通じては、相手のピッチャーがどれだけ消耗していくか。
もっともピッチャーは他のチームともローテで投げるので、他のチームに利することにも充分になりうる。
しかし長期的に見れば、ピッチャーが嫌がるチームにはなっていくだろう。
二点差であれば、まだ充分に逆転の可能性はある。
しかしレックスは勝ちパターンのピッチャーを使っていけない。
国吉がいないというのが、微妙にここで痛かった。
五点目を奪われてしまってビハインド展開では、勝ちパターンのピッチャーは使えない。
第二戦以降に必要になる可能性が、かなり高いのだから。
皮肉にもレックスは、ここから追い上げていった。
ライガースはこれ以上の点を取れず、それでも追いつかれることはない。
最終的には5-4というわずか一点差の僅差。
純粋に野球の試合と見て、面白いものであったのは間違いないだろう。
須藤の敗北は、充分に計算内のものである。
首脳陣はチームのピッチャーを、計算して信じているが、頼ったり甘えたりはしていない。
直史に関しては、ちょっと例外的なところである。
問題なのは第二戦以降だ。
復帰後第二戦の百目鬼と、ライガースはフリーマンの対決。
復帰後第一戦は、五回までしか投げなかった百目鬼。
しかし完封リレーで、見事に勝ち投手にはなっている。
今年はまだ二試合しか先発していないが、両方で勝ち投手になっているのだ。
この勝ち運の強さというのは、去年から今年にかけての木津のようなものであろうか。
もっとも木津は、勝ち運があると言うより、負け筋から遠いと言うべきであろう。
今日の試合も直史は、ブルペンには待機している。
ベンチメンバーには登録されていないので、解説のおじさんと化しているが。
百目鬼の調子が本格的に戻っているなら、フリーマン相手でもいいピッチングが出来るだろう。
また百目鬼は去年二試合を完投し、7イニング投げることも多いピッチャーだ。
国吉がいなくても、七回まで投げられたなら、大平と平良で勝つことが出来る。
もちろんその時点でリードしていたら、という条件はあるが。
百目鬼に復帰二戦目で、7イニングを求めるのは酷である。
まして相手は、強力打線のライガースであるからだ。
もっともライガースの強力打線は、大介以外はかなり三振も多い。
それでもホームランを狙うのが、一番統計では効率がいいのだ。
もちろんパワーがあることが大前提ではあるが。
第一戦は厳しいだろうな、と事前に首脳陣は考えていた。
その中で須藤は、充分なピッチングをしてくれた。
プロ野球は統計で勝つ。
勝負の世界で馬鹿な話と思うかもしれないが、少なくともレギュラーシーズンでは充分に影響する。
セイバーメトリクスの発生からおよそ半世紀。
皮肉にも名選手が名指導者にならないことは、スーパースターに憧れるアメリカで、一番先に明らかになってきた。
須藤はこれで0勝3敗であるが、いずれは勝つであろう。
ただその前に、リリーフとしての適性を見られることになる。
国吉が離脱している今、七回を任せられるセットアッパーがいない。
そこにマッチしたとすれば、須藤は充分にポジションを得られる。
そして中継ぎから先発に転向というのも、先発が今年あたり一人いなくなるレックスとしては、充分に考えられることなのだ。
第二戦が始まる。
復帰二戦目の百目鬼は、無理をしないピッチングである。
もっとも首脳陣からそう言われていても、無理をしてしまうのがピッチャーの性なのだが。
そのあたりは首脳陣が、年の功で見分けていかないといけない。
長く投げても七回まで。それで試合の結果はどうなるか。
初回に大介のソロホームランが飛び出たりはした。
「35試合目で18本って……」
昨年は一昨年に比べて、14本もホームラン数を落とした大介。
ただむしろ打率などは上がっていたため、単純に衰えというのも無理があった。
それでもライガースのクリーンナップなどは、少しほっとしていたのだ。
自分たちのキャリアハイよりも、はるかに打ってくる大介は、自信を喪失させるものだった。
ただ今年は、二試合に一本のペース。
もちろんまだ五月に入ったばかりで、ここからは他のチームも対策をしてくるだろう。
具体的に言えば、去年よりも打数が多くなっている。
落ちたホームラン数を見て、甘い考えを持ってしまったチームが多いということなのだ。
百目鬼としては復帰してからこれが二戦目。
今の自分がどういう状態なのか、それをしっかり確認するための勝負であった。
しかしまともに勝負してしまえば、アウトローでもレフト方向の最上段に放り込まれてしまう。
広角に打ってしまう技術というのを、大介もさすがに身につけてしまったものなのだ。
バッティングの基本は、思いっきり引っ張るかセンター返し。
逆方向に打つというのは、外角を厳しく攻められた時だけだ。
それでもかつては引っ張って、外のボール球を中央から右に放り込んでいた大介である。
たださすがに、それは疲れてきたということはある。
上手くバットコントロールをすれば、左のポールぎりぎりに、しっかりと打ち込めるのである。
レックスは先制を許したが、すぐに取り返すことが出来た。
普通のピッチャーには当たり前のことだが、今日のフリーマンは少しコンディションが良くない。
それを試合中に立て直してこれるかどうかが、先発のローテとして通用するかどうかの基準である。
1イニングだけに限定して投げるなら、リリーフが専門となる。
長いイニングを投げた上で、調子の悪い時もそれなりに投げられなければ、ローテとして定着するのは難しい。
フリーマンも日本に来てそこそこ長いので、調子が悪い時にもイニングを食うことが出来るようになってきた。
先発ピッチャーの出来で、勝敗の決まる試合となってきた。
初回に先制打を浴びた百目鬼は、コントロールが定まらない。
しかし迫水はそれを、逆に利用して組み立ててきた。
コースではなく緩急でリードする。
直史に教えてもらった、もう一つのリードの仕方だ。
配球というのはそのピッチャーの持ってる球種と、打者のデータで組み立てるもの。
しかしピッチャーの調子が悪ければ、それを修正して行く必要がある。
幸い今日の百目鬼は、コースは散っていてもストレートの質はいい。
すると逆に相手の方も、狙いどころが分からなくなるのだ。
こういったリードの仕方もある。
絶好球すぎてミスショット、というのがあるのも野球だ。
自分も打てるキャッチャーである迫水は、ミスショットしないために唯一心がけていることがある。
それは力まないということだ。
最終的にはインパクトの瞬間、強く握る必要はある。
しかしそれ以外は脱力が重要であるのだ。
スイングは下半身から伝わっていって、最後に握りこむ。
この直前に肩に力が入ると、ミスショットの中でも特に問題の、ボールに力が伝わらないということになるのだ。
バッティングにおいて重要なのは、まずフルスイングである。
ミートも重要であるが、少しばかりずれていても、フルスイングが正しく出来ていると、ボールが内野の間を抜けていく。
今のバッティングは、フィジカルのパワーでボールを飛ばす、という単純なものなのだ。
もっとも単純であるがゆえに、シンプルで分かりやすい。
そこから他の技術を身につける、というのが一つの手段である。
今は低反発バットになったが、高校野球などは金属バットを使っていた。
なので芯を食わなくても、とりあえず飛んでいくというバッティングで通用した。
それでプロに入ってきて、全然通用しないスラッガーというのもいたものだ。
現在の場合は、それでもパワーで持っていく昇馬や、完全にミートの先にホームランのある司朗が、ホームランを打てる二大巨頭だろうか。
迫水は大介に、打点が付かない方法も分かってきた。
元から直史には、言葉で説明されていたことではある。
しかし実際にやっていくには、かなりの勇気が必要であったのだ。
今日の百目鬼の調子では、上手くそれがマッチした。
二打席目は平凡なセンターフライに打ち取れたのである。
(ゴロを打たせたら、下手すれば強襲ヒットになるからなあ)
本当にもう、なんなのあの化物、という感じである。
七回を迎えた時点で、スコアは5-3でレックスがリードしていた。
そして百目鬼は、この七回も投げぬいた。
失点することなく、セットアッパーの大平につなぐ。
七回を投げて三失点は、クオリティスタート以上の結果だ。
ブルペンなどから見ていれば、今日は迫水のリードが上手かったな、と直史は判断するのだが。
今でも年間に100試合は、迫水が先発のマスクをかぶっている。
実力的も経験的にも、もう数年で全試合のマスクをかぶることになるかもしれない。
ただキャッチャーというのは、ピッチャーとはまた違った勤続疲労がたまるものだ。
今のキャッチャーはやることが増えているため、ある程度は休ませる必要がある。
迫水の打力は魅力だが、逆にスタメンのキャッチャーに入っていなければ、代打でこれを使うことが出来るのだ。
それにしてもNPBでもMLBでも、故障さえなければ全試合、フルでスタメン出場をしていた樋口は、直史と同じように自己管理が徹底していた。
何よりすごいのは、キャッチャーなのに高い成功率で盗塁を決めていたことだろう。
三割30本30盗塁。
トリプルスリーのうち打率三割は、ほとんどの年で超えていた。
さすがにメジャーでは、ホームランと盗塁は落ちたが、打率は落としていなかった。
そして故障でもしない限りは、毎年二桁のホームランを打っていたのだ。
打率だけを目指すなら、四割を打てるかもしれない、と樋口は言っていた。
ただ単打ではなく長打を打つことが、必要とされる場面はある。
そういう時のために、あまり打ちすぎていてはいけない。
大介のような存在自体がプレッシャーになるような、そういうバッターではなかった。
だが決勝打や同点打、逆転打といったものの数字は、ほとんど大介に負けていなかったのが樋口である。
直史が三振を狙いすぎないのと同じだ。
配球を完全に組み立てていけば、三振はもっと奪える。
しかしそのためには、釣り球などが必要になってくる。
球数を多くすることは、それだけ集中力を必要とする。
それで体力を消耗するぐらいなら、ある程度は打たせていった方がいい。
大学時代も樋口は、三年生になるまでは、あまりバッティングで目立つことがなかった。
だがプロ入りを意識した四年目から、ホームランも含めて打点を爆発的に増やした。
肩も150km/hを出せるぐらいであったし、それが一気に評価を上げることになったのだ。
迫水は樋口と違って、社会人を経験して来ている。
仕事の後に練習をするという、部活のようなことをやっていたのだ。
ただ社会人野球というのは、ほとんどプロのような意識をもってやっているところだ。
そこで積んだ経験に、直史のピッチングを参考にして、リードを組み立てている。
最終的には6-4でレックスが勝利した。
先発の調子が悪かったと言うが、フリーマンは六回までを五失点で抑えていたのだ。
ライガースとしてはそこから取られたのが、一点だけというのが大きい。
試合の勝敗にはもう関係ないようなところなら、リリーフ陣も楽に投げられる。
しかし二点差というこの試合は、そこまで簡単なものでもなかっただろう。
レックスも勝ちパターンのリリーフをどうするか、悩んでいるところはある。
しかしライガースはそれ以上だ。
そもそもの要求している基準が、レックスよりはずっと低いのに。
クローザーが安定しているのが、幸いであるとは言えるだろう。
これでカードは一勝一敗のイーブンである。
レックスはいまだに無敗の木津、そしてライガースは躑躅。
実は躑躅も、全勝というわけではないが、ここまで無敗であったりする。
五試合に先発して、3勝0敗なのである。
ただ木津も躑躅も、勝って当たり前という内容ばかりではない。
二人には運がついているのだ。
野球は確かに統計のスポーツである。
だからそういった運の偏りは、必ずあるはずである。
今の継投して行く野球の場合、勝ちも負けもしっかり付くほうが、本当はピッチャーとして評価しやすい。
大原なども以前、16勝1敗という完全な運ばかりのシーズンを送り、上杉の全盛期にタイトルを取ったことがあるのだから。
木津のいいところは、好調と不調の波が大きくないところだ。
コントロールがどうであれ、ストレートの球質が変わることはない。
ボール球が多くなっても、球質のいいコントロールで、相手のミスショットをそれなりに多く出来る。
WHIPは実は、それなりに高いのが木津である。
しかし防御率はそれに比較すると、かなり良好な傾向にある。
そんな木津のような変則派に比べると、躑躅は分かりやすいピッチャーだ。
サウスポーであり、ムービング系のボールとチェンジアップを持っている。
分かりやすいピッチャーが、サウスポーであるというだけで有利になる。
ただこの流れもいつかは変わっていく。
王道が完成してしまえば、今度はそれをどう攻略するかが検討される。
そして攻略されないためのピッチングが、また要求されるようになる。
単純に本格派として、投げていけばいいということはある。
だがそれが許されるのは、フィジカルの才能に恵まれた人間だけだ。
フィジカルのない人間でも、やっていけることがある。
それがピッチングであろうと直史は考えている。
もっとも直史も、パワーはともかく柔軟性は、天性のものがあったと言えるだろうが。
木津と躑躅、二人の投げ合い。
どちらの方が有利であるのか。
心理的な面まで含めれば、それは木津であるだろう。
なにしろライガースは去年、木津に負けてペナントレースを逃し、木津に負けて日本シリーズを逃した。
今年も既に一度対戦しているが、六回を投げて二点しか取られていない。
木津がライガースキラーと言うのは、まだ母数が少なすぎるだろう。
しかしライガースのパワーに満ちた打線と、今のところは相性がいいようだ。
面白いものである。
野球というのは統計で、1シーズンの実力がはっきりと出る。
ただ大原がやったように、最高勝率を上杉を上回り、取ったりすることも出来るのだ。
打線の援護があったからこそ、大原は200勝出来た。
そしてそれは真田なども同じことであったろう。
真田のプロ野球生活は、200勝投手の中ではかなり短いものであった。
だがその中で八年間は、大介のいる打線の援護を受けることが出来たのだ。
打線の援護に関係なく、直史はずっと投げてきた。
それでも負けないという、絶対的なものがある。
野球というスポーツの中で、ピッチングというものを、他のピッチャーとは違う次元で考えている。
だからこそ結果も出ているのであろう。
直史の目から見ると、他のピッチャーの技術は全て未熟。
傲慢というわけではなく、大味なことをしているようにしか思えない。
直史は臆病であるからこそ、自分の投げるボールをしっかりと考える。
もちろん直史のことを、臆病などという人間は、他に一人もいないだろう。
だが直史がそう言った場合、それがどういう心理であるのか、理解する者は数人はいる。
不敗の二人の対決、果たしてどちらかに負け星がつくのか。
ただ負け星が付くにしても付かないにしても、それは必然のものではないだろう。
直史が考えるピッチングは、必然を求めて投げるものだ。
それでも絶対という言葉には、絶対になりえないことを直史は知っている。
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