第249話 パワー&パワー

 ライガースとスターズのカード三連戦。

 今年三度目となるこの対決で、初めて武史の先発と当たる。

 ピッチャー同士の対決を見るのなら、既に試合の前から勝負は決まっている。

 ライガースは新人の桜木を、そのまま予定通りに当ててきたのだ。

 大原を中六日で使うのかな、とも大介は考えたものだが。

 ただ桜木もまた、サウスポーのピッチャー。

 ライガースの首脳陣は、武史というサウスポーに、桜木を当ててみるつもりになった。


 同じサウスポーと言っても、その性質はかなり違う。

 もちろん持っている球種も違う。

 武史は基本的にパワーピッチャーで、ムービングの他にはチェンジアップとナックルカーブ。

 緩急を一つと大きな変化を持っているのだ。

 桜木も緩急をかけることは出来るが、カーブとチェンジアップを持っている。

 あとはスライダーだが、150km/hオーバーのストレートと組み合わせていくものだ。


 武史のストレートは、まだMAXで165km/hに到達する。

 160km/hで小さく動かすのだから、本当ならもっと球数を少なくしてもいい。

 しかし150球までは投げられるという体力が、三振を多く奪っていっているのだ。

 その体力はまだまだ、年齢によっては衰えていない。


 甲子園での三連戦だ。

 今年の武史との対決は、初めてとなる。

 武史としても今日の試合は、余裕をもって勝てる試合ではない。

 大介をひたすら敬遠しても、ライガースの後続が粘ってくる。

 転がされている間に、大介はホームまで帰ってきてもおかしくない。

(それでも一番打者になったりはしないあたり、普通に攻略してくるつもりか)

 まずは一回の表、スターズの攻撃である。


 スターズは初回に先制することが多い。

 そしてプロの試合でも、先制点を取った方が有利というのは、当たり前の事実である。

 武史の防御率は、今年も1を切っている。

 だが全ての試合を勝っているというわけではない。

 この試合もまた、簡単に勝てるという試合ではないだろう。

 少なくとも序盤は、慎重なピッチングが要求される。


 ライガースの先発となった桜木は、ここはどうしようもない試合かな、と思っていた。

 相手はNPBとMLBを合わせて、通算300勝オーバーの怪物である。

 去年も21勝1敗と、圧倒的なピッチングで無双していた。

 それをさらに上回るピッチャーがいるというのが、今のNPBのバグである。

 桜木はこの試合、相手のピッチャーの威圧に負けず、スターズのタフな打線を三点以内に抑えることを考える。

 プロ意識が出来てきたのだ。




 たっぷりと間隔を空けて使われている桜木である。

 先発はまだ三試合目であり、本当なら二軍でもっと使われた方がいいのかもしれない。

 だが現在の能力が、どの程度であるのか首脳陣も把握し切れていない。

 いざとなれば大原が、リリーフで控えてはいる。

 ロングリリーフでもいいと思っていたが、初回は一失点で抑えた。


 高卒のピッチャーというのは、ある意味で恐れ知らずだ。

 高いレベルの試合をしたとしても、せいぜいが甲子園。

 バッターの平均値は、プロとは比べ物にならない。

 一番バッターや四番バッターが、プロの世界にはやってくる。

 そしてそれが下位打線を打つのだから、気に弛みがあると一気に大量失点となる。


 立ち上がりをしぶとく、一点だけで抑えた。

 それが桜木の、プロとしての成長だ。

 あるいは今年中に、完全にローテを回していけるピッチャーになるのか。

 もしもそうなれば、大原のローテーションピッチャーとしての役割は終わる。

 それでもまだ経験を活かして、ビハインド展開やロングリリーフで、しぶとく投げていくことが出来るだろう。


 一回の裏、ライガースの攻撃。

 今日は先に30球ほども投げて、肩を作ってきた武史だ。

 一番の和田に対しても、初球からど真ん中に投げてくる。

 もっとも和田が視認した瞬間は、低めいっぱいのボールに思えたものだが。

 球速表示は165km/hと出ていた。

 相変わらず非常識な球速である。


 これが全盛期には、170km/hを出していたピッチャーだ。

 上杉は晩年にも、いざという時には160km/h台の半ばを投げてきていた。

 和田はそれを打つのも苦しかったが、ベテランのバッターなどは特に、昔に比べればまだ打てる、などと言っていたものだ。

 実際に上杉は、引退の最終年には、とんでもない数字を残して肩を壊した。


 力のピッチャーと技のピッチャー。

 その対決は、より長く休んでいた技のピッチャーの勝利に終わった。

 直史の幸運であることは、チームメイトのピッチャーに恵まれたこと。 

 連投などはほとんどなく、中一日もほとんどないという、そういうアマチュア野球で投げてきた。

 上杉は球数制限ぎりぎりまで、投げ続けるのが高校野球であった。

 そしてプロ入りして一年目から主力であったのだから、40代まで投げられた方が奇跡。

 鉄人と呼ばれてもおかしくないのは確かだ。


 武史の投げるストレートは、サウスポーのストレート。

 しかし左バッターにも、比較的見やすい腕の角度で投げてくる。

 スリークォーターなく、オーバースローに近いことは近い。

 そこからスピンがしっかりとかかって、ミットに投げ込んでくるのだ。

 三振でまずはワンナウト。

 そして二番の大介の打席が回ってくる。




 最初の打席については、どう対戦して行くか決めていた武史である。

 大介としては投げられた球に、どう対応するかだけが問題だ。

 初球はインハイであったが、高すぎるボール。

 160km/hにも満たないボールであったが、それでも普通のピッチャーには出せない。

(次はアウトローか?)

 インハイの次のアウトローは、ピッチングの基本の基本と言ってもいい。

 単純すぎる考えかな、とも大介は思った。


 第二打席以降は、武史の考えた作戦は、色々と存在する。

 しかし第一打席、ワンナウトランナーなしで迎えたならば、大介の攻略法は決まっている。

 二球目、確かにアウトロー。

 それに対して大介は、しっかりとバットを振っていった。

 だがボールは左に切れていく。

 ファールボールでストライクカウントを稼いだのだ。


 武史は野球に、複雑な知識も感情も持っていない。

 だが単純で、それであるがゆえに明快な考えは、さすがに身につけている。

 大介でもあそこは、さすがにファールだろうと思ったのだ。

 単純すぎる組み立てだと思って、そう思ってしまったからこそ、インパクトの力がわずかに足りなかった。

 いつもならあのコースでも、全力で打っていったものだ。


 ここから二球、ストライクカウントをどう取るのか。

 あるいは何かを布石にして、上手く打ち取る方法があるのか。

 大介は読み始めてしまった。

 それに対して武史は、当初の予定通りに投げていく。

 高めのストレートに、スイングを合わせる。

 バットをこすってファールボールが、バックネットに突き刺さった。


 武史のストレートならば、大介のミスショットも誘える。

 ただ今のは大介が、読みそこなったと言ってもいい。

(どういう組み立てだ?)

 武史は首を振っていない。

 そしてカウントは、ワンツーで大介が追い詰められている。


 三球目に投げたのもまた、ストレートであった。

 スイングした大介のバットの上を、通り過ぎていくストレート。

 キャッチャーのミットは弾かれそうになったが、どうにかキャッチしている。

(高かったか)

 見送ればひょっとしたらボール球であったのか。

 スイングした今となっては、確認のしようもないことであった。




 展開の早い試合になってきた。

 リズムよく武史は投げてきて、どんどんと三振を奪っていく。

 桜木は二巡目にも、スターズの上位打線に打たれて失点。

 ただまだ、許容範囲内である。


 ベンチから武史のピッチングを見ていても、サウスポーという以外にはあまり共通点がない。

 自分もスライダーで三振を奪っていたものだが、プロは外れるスライダーを上手く見送ってくる。

 それでもしっかりと使っていって、三振もどうにか取れた。

(やっぱりゾーンが狭い)

 高校野球とプロ野球では、当然ながらと言ってはおかしいが、ストライクゾーンの大きさが違うのだ。

 基本的に高校野球までは、ノーコンピッチャーというのがエースであることもある。

 試合が成立しないと困るので、やや甘めにストライク判定をするのだ。


 ただプロに入ると、そのゾーンは厳しくなる。

 さらに言えばベテランのピッチャーは、ボール球を上手くストライクと判定させるピッチングもしてくる。

 キャッチャーのフレーミング技術も関係するだろう。

 桜木は一球を投げるごとに、体力ではなく気力を消耗している。

 しかし高卒一年目のピッチャーが、そういった繊細さを持ちつつも、ちゃんとゾーンに投げているのは偉い。


 武史には無用のプレッシャーであった。

 160km/hオーバーを普通に投げていた、大卒の即戦力。

 一年目から22勝0敗という成績を上げていた新人は、そもそもプロにプレッシャーなど感じていない。

 上杉とほぼ同世代だったのに、沢村賞を取っていたピッチャーは二人だけ。

 ただその記録はともかく、記憶は兄がどんどんと塗り替えていった。


 二点差になれば、武史も大介をどう攻めるか、考えていく。

 鋭い打球を打たれて内野の間を抜いていったが、それでも単打で二打席目が終わる。

 そして六回の裏の第三打席、ここが勝負である。

 六回の表に、スターズはさらに一点を追加していた。

 3-0という点差は、武史にとってもほぼ安全圏である。

 ここまでヒット二本とエラーで、三人の出塁を許している。

 しかしそのうちの一つは、ダブルプレイでアウトにしていた。


 九番から始まるこの回、ライガースは桜木の打席に代打を出す。

 高校野球ではクリーンナップを打っていた桜木であるが、武史を打てるようなバッティングではない。

 ここでの交代は、球数的にも当然のことであった。

 ランナーを出せば、チャンスとなる大介の打席。

 二人ランナーが出れば、一発で追いつけるという状況。

 しかしそんな幸運は、武史相手にはやってこない。


 実力の問題ではなく、特性の問題だ。

 武史は平凡なところで点を取られるが、難しいところでは取られない。

 プレッシャーのかかる場面でこそ、普通に投げることが出来る。

 ただ気を抜いたところでは、ぽかんと打たれることがあるのだ。

 ホップ成分の高いストレートというのは、そういうところがある。




 連続三振でツーアウトにしてきた。

 正直なところ、ここで甲子園の観客は、期待していたはずだ。

 大介のホームランで追いつく。

 他のピッチャーならともかく、武史なら勝負してきてもおかしくはない。

 それに相応しいだけの力は持っているのだと。


 しかし現実はツーアウトでランナーなし。

 防御率が1を切るピッチャーは、当然のようにそんなピッチングをしてきた。

 防御率計算の必要がない兄には劣る弟は、それでも充分に化物なのだ。

 ホームランを打たれても、ダメージがないピッチャー。

 それが武史なのである。


 ライガース陣営では、大原もそれを知っている。

 今日は負け試合となれば、残り3イニングをを投げるつもりである。

 武史はまだ80球ほどしか投げておらず、おそらく完投してくるだろう。

 他のピッチャーからなら、三点差はワンチャンス。

 しかし武史からはまず取れない。


 プレッシャーに耐える精神を持ってるのではなく、野球の試合ではプレッシャーを感じないのだ。

 おそらくアマチュア時代の方が、よほどプレッシャーを感じていたのではないか。

 もはや現役に縛られることもなく、自由に生きていけばいい。

 そんな人生を送った男は、完全に自由に投げている。

 むしろそれによって、また成績が向上したのだ。


 武史はNPBのみの通算勝利が、もうすぐ150勝に到達する。

 あと五年も出来れば、200勝に到達するのではないか。

 そうしたらNPBとMLBの両方で、200勝に到達することになる。

 こんな記録は当然ながら、誰も達成していない。

 年齢的に考えれば、かなり苦しいところではあるが。


 今の武史の楽しみの一つは、息子とプロの舞台で対決することである。

 大介に比べると武史は一歳若く、司朗は昇馬より一歳年上だ。

 バッターに比べればピッチャーは、衰えても使われる場面がある。

 それにまだまだ150km/h後半は、普通に出していけるのだ。

 今日も動くボールはほぼ、160km/hオーバーで投げている。


 大介の第三打席は、センターオーバーのツーベースに終わった。

 これで三打数二安打と、数字の上では武史に勝っている。

 だがマウンド上の武史は、大きく悠然としている。

 ホームランを打たれなかった時点で勝ちだと、その精神には余裕があるのだ。




 スターズは今年、三位争いに絡んでくる。

 なんとなくそんな予想をしている大介と、ライガースベンチである。

 計算して勝てるエースが一人いると、あとは五分五分の星でプレイオフには進める。

 スターズは攻撃も守備も堅実であり、特に守備の方は強い。

 投手陣が大きく故障でもしない限り、今年も三位以上にはなる。

 一位のレックスが、百目鬼に国吉と、続いて故障者に悩まされているのとは反対であった。


 今日の試合はつまらない試合だな、と大介は珍しくも思っている。

 桜木が降板した後には、大原が敗戦処理のマウンドに登った。

 まだ三点差なのだから、一応は逆転の芽はある。

 だからこそ今年、桜木と交互に先発に入っている、大原によるビハインド投球なのであろう。


 大介以外のところで、一点が取れれば。

 もしも二点差に出来たなら、確かに逆転の可能性はあるのだ。

 しかし悠々と投げてしまえば、プレッシャーから崩れることはなくなる。

 純粋なパワーとパワー、そして技術と技術なら、武史が負けることはまずない。

 いくら野球が偶然性のスポーツでも、その上限と下限は必ずあるのだ。


 大原は3イニングを投げて、一点を奪われた。

 防御率で計算すれば3になるので、充分な内容であったとも言える。

 ただこの試合では、一点も奪われてはいけないと、大原自身は考えていたのだ。

 踏ん張って投げても、気力だけでどうにかなるものではない。

 しかしこの年齢になると、気力でどうにかならないのなら、もうどうしようもない。


 大介の第四打席は、九回の裏の先頭打者として回ってきた。

 四点差でこの打順であれば、さすがにもう逆転の可能性は薄い。

 武史はこの試合、上位打線に打たれたのは大介だけである。

 あとは下位打線に、単打を打たれてしまった。

 しかしフォアボールは一つもない。


 甲子園のファンとしても、あとの楽しみは大介のバッティングだけだ。

 武史が最後のマウンドに登らないのなら、ホームランも充分に期待出来る。

 しかしスターズ首脳陣は、しっかりと状況が分かっている。

 大介の後に続くのは、三番からのクリーンナップ。

 ライガースの得点力を考えれば、一気に同点までは充分に可能。

 そして武史を降ろしたならば、さらに追加で逆転されるとも思っていた。


 既に球数は100球を超えているが、それは問題にしない武史である。

 ウォーミングアップとクールダウンを、しっかりと行う武史。

 これは高校時代から、徹底して指導されたことだ。

 いくら天性のフィジカルを持っていても、故障する時は故障する。

 それを少しでも避けるために、準備はしっかりと行っておかなければいけない。


 大介もバッターボックスに入る前に、体の各所を確認する。

 ホームランを打つインパクトの瞬間には、奥歯が砕けるほどに力を集中するのだ。

 もっとも今の大介は、技術でもホームランを打っていける。

 むしろ武史相手ならば、その方が打ちやすいかもしれない。




 武史もまた、余裕で完投の出来るピッチャーだ。

 それは他のピッチャーよりも優れた、耐久力と回復力にある。

 昔は150球までは、問題なく投げていた。

 その球数を落とし始めたのは、MLBでの最後の年からである。

 細かい故障のため先発した試合が、微妙に少なかった。

 それでも14勝7敗という、充分な数字は残したのだが。


 今年もエースとして充分に投げている。

 武史一人によって、20個近くは貯金できるだろう、などとも考えられている。

 もっともエース一人に頼ってしまうという体質を、スターズはもう改善すべきだ。

 そのタイミングには、精神的にはあまり頼れない武史というのは、いい人選であったのだと思う。


 この最終打席は、アウトが取れないのならば、ホームランを打たれた方がいい。

 サウスポーの武史だけに、目の前の一塁やホームと逆の二塁で、ベース近くを動かれるとそちらに集中力が取られる。

 無視してしまってもいいのだが、大介は牽制で殺せるぐらいの距離まで、上手くベースから離れたりするのだ。

 なのでこの打席では、ホームランか外野フライか、三振を想定して投げていく。

 キャッチャーの福沢とも、そこはしっかりと話し合っている。


 上杉とは全く違うパワーピッチャー。

 左右の違いというだけではなく、メンタルの置き方が違う。

 上杉は謙虚でありながら鷹揚、そして豪快さと繊細さを両立させるピッチャーであった。

 まさに磐石のエースと言うのに相応しいピッチャーであり、そして人格であった。


 武史は違う。

 明快で、軽薄と言うのに近いぐらい軽快。

 楽天的であり、素直であり、しかし悪意に関しては敏感に回避する。

 善良さの中において育ってきたという感じの次男坊だ。

 しかし末っ子ではないので、変な甘さというものもない。


 かつて最初にNPBにいた時代は、こういうピッチャーでなかったという。

 メジャーを経験してから戻ってきて、明らかに軽いピッチングをしている。

 悪い意味ではなく、軽やかなピッチングなのだ。

 そして九回までをパーフェクトに抑えるような、そんなピッチングもしてしまった。

 今年は既に不運の一敗があるが、本人はそれを引きずらない。

 分析はして次には活かすが、それを反省とか後悔とか、心理的には引きずらないのだ。


 大介は試合だけではなく、義理の兄弟としても、普通に武史と接している。

 そして今年の明るさは、家庭の明るさがそのまま、仕事の明るさに反映されているのだと思う。

 楽しんでプレイしているという点では、大介と同じなのだ。

 それだけに勝つのも難しい。

(まあ来年、司朗が来るかどうかで、色々変わるかな)

 大介の第四打席は、センターへの平凡なフライ。

 4-0の完封にて、試合は決着したのであった。



×××



 そういえばパラレル更新しています。

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