12章 チーム改革

第246話 寒暖の日々

 この時期、球場の観客動員数は増す。

 ゴールデンウィークに野球を観に来る、というファンは多いのだ。

 特にスターズは、地元のファンを上手く取り込んでいるチーム。

 弱かった頃から強くなった頃、上手くそこで根底となるファン層を取り込んだ。

 今はその次の世代が、新たなファンとなっている。

 日本においては野球が、一番世代をつないでいるスポーツだろう。


 佐藤家の四兄弟の中では子供たちのうち一人ずつは野球をしている。

 ただフィジカルエリートである武史はともかく、技巧派の直史と体格の小さな大介からは、フィジカルに優れた子供は出にくいとも思われたが。

 大介の息子である昇馬は、高校二年生で190cmを軽く超えている。

 そして他の子供たちも、色々とスポーツをしているのだ。

 もっとも武史の子供は、女の子は音楽の道を主にやっている。

 スポーツもしていないわけではないが、子供たちは女の子の方が多い。


 直史の子供の場合は、明史はそもそもスポーツをほとんど出来なかった。

 武史の家は、女の子は音楽の道に。

 ならば大介の子供たちはというと、主にダンスの道を選んだ。

 ニューヨークにはダンススクールが存在し、その中で長女の里紗はバレエを始めた。

 今も母や祖父母に送ってもらって、千葉市内のバレエスクールに通っている。

 もっとも家でも踊れるように、家を一部改築してしまったりもしたが。


 その下は藤花と菊花の双子がいる。

 こちらもダンスをやり始めたが、バレエではなくストリートのダンスに入っていった。

 双子のユニゾンダンスというのは、なかなかに見ごたえのあるものである。

 一番下の慎平には、とりあえず水泳をやらせている。

 そして下から二番目の百合花は、10歳にして既に挫折を経験している。


 負けず嫌いは両親譲りか、上の女の子三人は、ある意味では男性にも負けない路線を選んだ。

 もっともそこに行き着くまでには、色々と他のスポーツや習い事も試したものだ。

 そして百合花は、フィジカルエリートの姉たちを見ているだけに、最初はバレエなどもしたが、他の道を選んでいる。

 彼女がやっているのは、なんとゴルフである。


 野球選手の中には、ゴルフを趣味としている人間が多い。

 もっとも大介は、付き合い程度にしかやっていない。

 野球もそうだが体格がなければ、ボールを飛ばせないスポーツだ。

 あおの付き合いの中で、百合花はゴルフを選んだのであるが。

 踊るという分野では、先に始めた姉たちに勝てない。

 思い切りのいい子供なのである。




 ゴルフなど金持ちのするスポーツである。

 しかし女子でもプロが成立している、数少ないスポーツの一つなのだ。

 里紗がバレエをやっているのは、母親たちもやっていたからだ。

 中学二年生で、身長は母親たちを抜いている。

 だが昇馬のように、大きくなりすぎてもいなかった。


 ちなみに子供たちの習い事については、恵美理が色々とアドバイスしている。

 芸術一家でピアノはプロ級の恵美理だが、他にも色々と習い事はやっていたのだ。

 乗馬にテニスなど、完全にお嬢様の趣味と言えよう。

 その中にバレエと、フィギュアスケートが存在した。

 フィギュアはそれなりに力を入れてやっていたのだが、体が大きくなっていって、肉付きがよくなってきたので諦めた。

 中学に入る前のことである。


 音楽では他にヴァイオリンもしていた。

 自分の娘たちにも、音感を鍛えるために、ピアノ以外にバレエはやらせている。

 体の使い方と柔軟さを身につけるには、最も優れたスポーツだと思う。

 スポーツではなく芸術であるのだが、肉体の操作という点ではスポーツ要素もある。

 なおスポーツではないが、登山も趣味の一つという、多趣味なお嬢様だ。


 バレエをやっている人間なら、他の競技スポーツの多くが、どれだけ体の使い方に無頓着か、気付いたりもするものだ。

 実際に直史は妹たちのバレエ知識から、体幹と柔軟性を導き出した。

 真琴はどうせやるなら、170cmにまで育ってしまったのだから、テニスでもやらせていた方がよかったかな、とも思う。

 下手な男子よりも高い身体能力を持っているので、早めにプレイしていたら、かなりの選手になったのではと想像したりする。

 ただ直史はプロスポーツでこれだけ伝説的な偉業を成し遂げていても、あくまでそれは虚業と思っている人間だ。

 ならば好きなものをやらせればいい、と考えていたのだ。


 ゴルフか、と直史は思うだけである。

 実家に住んでいる百合花は、広い野原をそれなりに、グリーンのように使って練習しているらしい。

 千葉にはそれなりにゴルフクラブがあり、金のかかるスポーツをやらせるだけの金もある。

 直史自身はゴルフなどはやらない。

 と言うよりは忙しすぎて出来ない、というほうが正しい。

 もっともゴルフというのは、年齢が高くなっても出来るスポーツではある。

 またお偉いさんとのつながりのためには、心得があっても損ではない。


 まだやっていないので気付いていないが、直史にはゴルフの才能がある。

 なぜならプレッシャーにとんでもなく強く、そして動作に再現性があるからだ。

 ドライバーで飛ばすフィジカルも必要だが、直史はおそらくゴルフを始めれば、一気に上手くなると思う。

 それだけの技術を、ボールのコントロールに含めているからだ。


 コントロールというのは、幾つもの種類がある。

 直史の場合は様々なコントロールを持っている。

 ただセンスだけなら、直史よりも大介よりも、司朗が向いているかもしれない。

 バットコントロールは随一であり、さらに体格もあるからだ。

 もっともさすがに、今さらタイガー・ウッズにはなれないだろう。


 


 スターズとの第三戦は、レックスにとっては悪くない内容になった。

 試合自体は7-9と負けてしまったが、ようやく打線がそれなりに機能したからだ。

 先発の塚本は、六回を四失点。

 クオリティスタートは出来なかったが、絶望するような内容でもない。


 内容が悪かったのは、七回の上谷だ。

 ランナーを二人出した状態から、下位打線にホームランを打たれる。

 この回はヒット三本であったのに、それで三点が入ってしまった。

 三点差ともなると、ちょっと勝ちパターンのリリーフは使っていけない。


 ここからは点の取り合いになったが、さらに追加点を入れたスターズが、結局は逃げ切った。

 だが一試合に七点というのは、地味に今年のレックスの最多得点。

 どれだけ僅差の試合で勝ってきたか、と数字を見ていれば思われる。

 この試合もわずか二点差ではあった。

 スリーランがなければ勝っていた試合である。

 しかしそれは結果論で、実際にはスリーランがなかったら、スターズはまた違った戦い方をしたはずである。


 計算できるセットアッパーが一人いなくなっただけで、ここまで難しくなるものなのか。 

 この翌日、レックスは名古屋でフェニックスと対戦する。

 直史は第一戦の先発なので、前乗りで一人来ていた。

 そして翌日、レックスメンバー本隊と合流する。


 七回が鬼門だ。

 試合前のミーティングの、さらに前に豊田は言った。

 ただ連敗したおかげと言ってはなんだが、大平と平良は休めている。

 あまり休みすぎても感覚が狂うだろうが、直史が完投したとしても、まだ三日間の休み。

 ここでしっかりと休めば、四月に投げすぎた分は回復すると、単純には言えないのが野球である。


 いつも九回まで投げるのが、直史の基本である。

 しかし今日は、七回までは投げてほしい、と言われる。

 普段ならばそんなことは、完全に言うまでもない。

 だがこの数試合、嫌な感じがレックスには付きまとっていた。


 真に優れたプロというのは、どういうものであるのか。

 単純に数字を出すのではなく、調子が悪くてもそれなりのプレイをする選手だ。

 先発ピッチャーが崩れてしまうと、リリーフを大量に必要にする。

 ブルペンが大変になるというわけだ。

 もっともNPBは、ロースターのシステムが違うため、MLBよりは楽である。

 野手にピッチャーをさせることはなく、リリーフはチャンスを与えるためのものになるのだ。




 ゴールデンウィーク中、フェニックスとの三連戦。

 第一戦の先発は、レックスは直史である。

 単にタイミングの問題なのだが、フェニックス相手の試合はもう、今年で三試合目となる直史である。

 対してスターズ相手には、まだ一度も投げていない。

 またカップスは直史と対戦しながらも、敗北しなかった。

 この数試合、カップスは比較的調子がいい。


 一人のピッチャーの力が、リーグ全体に影響を与える。

 武史にはないもので、上杉と直史にはあるものだ。

 もっとも武史も完投の多いピッチャー。

 スターズが今年も崩れることが少ないのは、リリーフ陣が安定しているからだ。


 チームに必要なのは、爆発力と安定感。

 長いシーズンの中では、どうしても打線の調子が悪くなる時がある。

 そういう時には投手陣が安定していないと、連敗してしまうものだ。

 何があっても絶対に負けないピッチャー。 

 そんなエースを抱えていると、チームとしてはとんでもなく楽になる。

 もっとも監督は、そんな楽に考えていてはまずいのだが。


 スタジアムは当然のように満員である。

 ただ対戦するフェニックスとしては、やりづらいことこの上ない。

 一度目の対戦ではパーフェクトマダックスをされて、二度目の対戦と共に二桁奪三振を奪われている。

 またレックスは前の二試合に勝ちパターンのリリーフを使っていないので、直史から多少粘ったとしても、その後を打つのが難しい。


 レックスが注意しているのは、前日の試合のスコアだ。

 スターズとの殴り合いをして負けたが、七点も取っている。

 ただこの試合では、直史が投げるのだ。

 三点もあれば楽に投げてもらって、楽に勝つことが出来る。

 もちろんせっかくであるのだから、打線も波に乗って行きたい。


 試合の前から直史には、マスコミが張り付いていた。

 その中には直史だけではなく、娘の真琴のことも尋ねてくる記者がいた。

 白富東は、春の県大会に出場している。

 ただそちらの主役は、真琴ではなく昇馬になるはずだ。

 公式戦無敗どころか、無失点イニングをずっと続けている。

 怪我や投球制限で、負けてしまったことはあるが、この記録がとんでもない。

 上杉でさえ一年生の頃は、それなりに点を取られていた。

 もっともそれは、キャッチャーが全力のボールを捕れないという、切実な理由があったからこそだが。


 昇馬には真琴がいる。

 未だに球威が増している中で、真琴のキャッチング技術も上がっている。

 女の子なのだから、男の中に混じって、無茶なことはしないでほしい、と思ったりもする保守的な直史だ。

 どうも昇馬のライバルは、一つ上の司朗と、同学年の将典になるのでは、とデータからは見えてくる。

 もっともこの同じ年代には、他にも優れたピッチャーが、かなり多く存在するのだが。




 いよいよ試合が始まる。

 まずは先攻のレックスは、先制点がほしいところだ。

 リードオフマンの左右田は、しっかりとこの数試合も仕事をしている。

 フェニックスのピッチャーの立ち上がりから、しっかりとフォアボールを選んだ。

 下手にヒットを打たれるよりも、ピッチャーとしては嫌な立ち上がりである。


 二番の緒方は、この数年ほんの少しずつ、打率が下がってきていた。

 だがそれでも二番に立つのは、出塁率はそれほど下がっていないからだ。

 また打率の低下は、前に左右田がランナーとして出た場合、最低限でも進塁打を打っているから。

 そして平均しても、三振が少なく球数を投げさせることが多い。

 セカンドで守備をしっかりとやっているなら、それで充分すぎるバッティングだ。


 この緒方の後継者というのも、なかなか問題ではあるのだ。

 絶妙に職人的なところがあるので、守備と打撃、特にケースバッティングを任せられるバッターがなかなかいない。

 いっそのこと二番にも、長打を打てるバッターを入れるか、という案もある。

 迫水などは打撃力では、五番を打ってもいいぐらいだ。

 もっともキャッチャーには、打撃までをもそこまで期待するのは、負担が大きいだろうと思う。


 セカンドは守備力重視の選手でもいいのでは。

 それならばサードや外野に、もっと打てる選手を置くことが出来る。

 今のレックスで、完全に守備力に振っているのはセンターのポジションだけ。

 しかし左右田ほど打てるショートというのは、なかなかいないのだ。

 全盛期の緒方には、いまだに及んでいないが。


 大介や悟といった、怪物ショートがいた時代であった。

 もっとも大介は長くメジャーに行っていたし、悟ももうポジションを変えた。

 比較的守備負担は少なくなるが、その強肩を活かすことが出来るサード。

 またしばらくショートには、強打者など生まれないと思う。

 そもそも緒方は、ほんの少しだが守備範囲も、小さくなってしまっている。

 今年で40歳なのだから、それも仕方がないことだろう。


 緒方はここでも、しっかりと右方向に打っていった。

 左右田がこれで、確実に二塁に進んでいる。

 ワンナウト二塁であれば、おおよそワンヒットで左右田の足ならホームに帰って来られる。

 ここでしっかりと、まだ調子の上がらない先発から、外野をオーバーする長打を打つ。

 レックスの打線は、今日は上手くつながっている。




 結局一回は、一気に三点を奪ったレックスの攻撃である。

 既にこの時点で、試合の勝敗は決まったようなものだ。

 あとは直史に怪我がないように、気をつけておくこと。

 また注目するのは、どういったピッチングをしていくことかだ。


 三点差をここから、どれだけ広げていけるか。

 あるいは大量点差になり、直史もヒットの一本でも打たれたら、ブルペンに経験を積ませる試合になるかもしれない。

 問題は大量点差になって、さらに直史がパーフェクトやノーヒットノーランをしていた場合だ。

 ここでも球数が多くなれば、交代させる理由は少し出てくる。

 だが直史に、球数の多くなる試合はない。

 延長にでもなれば別だが、それは直史が点を取られるということだ。


 試合前の柔軟も、しっかりとやっていた。

 そしてマウンドでは、キャッチボールに毛の生えた程度の、ゆっくりとしたボールを投げていく。

 ただそんな遅いボールでも、スピンはしっかりとかかっている。

 マウンドの状態を確かめて、最後の微調整をする。

 今日もいつも通り、思ったところに投げられる直史である。


 ここまで負けなしどころか、無失点の直史のシーズン。

 それなのに一試合、パーフェクトを参考記録にしてしまった。

 バッテリーを組む迫水は、おおよそ直史のリードに鍛えられてきた。

 今年はほとんどの試合を、先発からマスクをかぶっている。

 特に木津とは、かなり相性がいい。

 と言うか他のキャッチャーであると、木津と相性が悪いというべきかもしれない。


 初球からスパンといいストレートが入ってきた。

 インローいっぱいのストライクで、これを打つのはなかなかに難しい。

(148km/hか……)

 迫水の体感としては、もう少し上だと思えるのだが。


 高めに投げられたストレートが、思ったよりも浮く。 

 悪い意味ではなく、ホップ成分が高いのだ。

 これは木津にも言えることで、それが木津が通用している理由でもある。

 ただ木津の場合は、ムービング系のボールをどうするかが、今後の課題となっていくだろう。

 スピンをバックスピンにしなければ、打ちやすいストレートにしかならないからだ。

 スピン量自体は高いので、工夫することは出来ると思うのだが。


 三振一つ、そして内野フライと内野ゴロ一つずつという、まさに普段通りの直史の立ち上がりである。

 いいピッチャーでも立ち上がり、どうしても調子が万全ではないということはある。

 しかしプロ入り後の直史は、調子が悪くてもどうにか抑えてしまう。

 全てはコントロールと、緩急が土台になっているのだ。

 まずは球数一桁で、一回を抑えた。

 普段通りと言えばその通りのピッチング内容だ。




 フェニックスも、どうにかしたいとは思っているのだ。

 ここのところのBクラス入りは、もう20年ほども続いている。

 正確にはAクラスに入った時もあるのだが、それは他のチームの主力が故障したり、助っ人外国人が機能した時だ。

 チーム全体の力は、どうしても根っこのない強さになっている。


 負け犬根性が、もう染み付いているのか。

 ただチームのファンの数自体は、それほど減っているわけでもない。

 中部地区で唯一の、プロ野球球団というのもある。

 かつては何年も連続で、Aクラス入りを果たしていた時もあったのだが。


 やはり資金力の問題であるのか。

 ただそれを言うならば、他にも資金力の低いチームはある。

 昭和の大昔まで言うならば、実力のパ、人気のセなどと言われたこともあるものだ。

 確かにパ・リーグの方が、日本シリーズで勝つことが多かった時代もある。


 今のフェニックスの弱い原因は、果たして何であるのか。

 もちろん分かりやすいところでは、ずっと続いてきたBクラスによって、選手が勝ち方を忘れてしまっていることか。

 シーズンを通して、監督がどう戦うか、それが分かっていないところもある。

 ただ二軍の試合では、それほど弱くもないのがフェニックスである。


 新戦力が育ってきて、一軍に上がってくる。

 しかしそこでは、あまり活躍することが出来ない。

 不思議な話だが、それも事実である。

 ただFAになりそうな選手に、大型契約を出せないことも、やはり事実ではある。


 一人一人の選手を見れば、悪くない選手もいるのだ。

 ピッチャーでも打線の援護がないだけで、勝ち星はともかく防御率や奪三振に優れた選手はいる。

 しかし攻撃がうまくつながらず、そして点も入らない。

 そこからの悪循環が、ずっと続いているという具合であろうか。


 運も悪い。

 なぜもうこの時期に、直史相手に三度目の対戦なのか。

 頭痛をこらえながら采配を取る、フェニックスの監督。

 しかし視線の先で、直史は楽に投げて、簡単にアウトを取っていく。

「もうちょっと粘っていかんか」

 そうは言うのだが、打てそうでほんの少し曲がる球を、確実に投げ込んでくる。

 あまりに大振りであると、大きな変化で空振りを取られてしまう。


 今日もまた、頭の痛い試合となるのか。

 勝率が全く四割に達していないフェニックス。

 不死鳥の羽ばたきは、今日も見られそうにない。

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