第245話 四月が終わって

 四月が終わってレックスは28試合を消化した。

 19勝8敗1分と、ペナントレースを制するような勢いである。

 もちろんこの段階では、スタートダッシュに成功したという程度。

 そして勝ちパターンでのリリーフが一枚欠けてしまったため、今後の試合にはかなり課題が出てくるかもしれない。

 もっともリリーフピッチャーは、一番使い潰されやすいポジションというのも確かである。

 二軍からその時に、調子がいいピッチャーを持ってきて試す。

 そういったやり方でもいいのでは、と首脳陣は考えていた。

 それにこういったピンチは、自分の居場所を求めているピッチャーにはアピールのチャンス。

 戦力の更新をしていくことは、必要なことなのだ。


 それこそレックスは、今年のオフに三島が、ポスティングで抜ける可能性を示唆している。

 また直史がいつまで投げられるか、それも分かったものではない。

 リリーフピッチャーから先発転向、というのもよくあることだ。

 上手くこの機会に、先発のローテを新しいものに代えていくべきであろう。


 なお国吉の手術自体は、すぐに予定を入れて、すぐに実施された。

 軟骨の欠片も小さいものであったため、内視鏡での手術も無事に終了。

 三日もすれば軽いリハビリを始めて、三週間ほどで本格的なリハビリ。

 短くて三ヶ月という話であったが、ほぼその最短で済みそうな感じであった。


 直史としては国吉は、むしろリリーフより先発が向いているのではないか、と思ったこともある。

 実際に今回の故障は、野球肘とも言われる勤続疲労が原因の一つだ。

 国吉はリリーフとして、本格的な勝ちパターンに入ったのは、まだ今年で三年目。

 それまでは二軍で投げたり、一軍でもロングリリーフをしたりと、あまり固定化されていなかった。

 まだ若いのだから、先発の可能性も探ってみるべきでは。

 ただ何も責任のない直史は、豊田との何気ない会話に、そういったことを言うだけである。


 野球における中継ぎの重要度は、年々増していると言ってもいいだろうか。

 確かに間違いではないのだろうが、MLBでは先発ピッチャーを五枚で回し、中四日に時々休み、というシステムを使っていたりする。

 そして六回まで投げたらそれでいい、という風潮が強かった。

 ただ直史としては、問題は球数であろうとも思っている。

 MLBのピッチャーはとりあえず、NPBよりも平均して頑丈なのは間違いない。

 しかしそれはリーグによって、一軍登録メンバーと、ベンチメンバーの数の差など、そういう部分も関係してくる。

 日本の場合は一軍枠が29人で、ベンチに入れるのが25人。

 MLBは一軍枠がそのままベンチ入りメンバーで、26人となっている。


 実際にMLBでも投げた直史は、その理由が分かっている。

 日本とアメリカの広さの問題、そして移動距離に日程の問題だ。

 NPBの先発は、今ではもう投げた次の日は、あがりとなってベンチには入らない。

 二日目三日目なども入らず、直史はベンチには行かずにブルペンにだけいるのだ。

 アメリカの場合は移動距離が長いため、専用のジェットで運ばれていた。

 ピッチャーは全員が、帯同していたわけである。


 五人のローテーションピッチャーとリリーフを駆使して、中四日から中五日で投げていく。

 球数は厳密に守るため、110球を超えることはない。

 26人のうち、先発ピッチャーは確かに、前日に投げればその日は投げない。

 ただ極めて稀にだが、代走に出たりはするのだ。

 このあたりMLBは、完全に負けている試合で、野手を登板させるということもある。

 リーグの内容が違うと、ピッチャーの使われ方も違うのだ。




 直史の評価が高いのは、もちろんその勝ち星や防御率、完投数などによる。

 ただ圧倒的に多いのは、投球イニングである。

 直史と武史が、このタイトルのないランキングで、圧倒的に三位以下に大差をつけている。

 各種タイトルの対象となる、規定投球回は143イニング。

 先発ピッチャーでなければ、とても届かないものである。

 ちなみに百目鬼やオーガスは、去年怪我もなく投げていたが、170イニングに到達していない。

 それに対して直史は、200イニング以上を投げていた。

 つまりリリーフ二人分ほどの活躍も、自分で行っていたわけである。


 MLB時代になると、これがさらに化物じみたものとなる。

 200イニングも及ばないのが普通であるのに、最も投げたシーズンでは300イニングを超えている。

 さすがにこれは一度きりであったが、途中からクローザーを務めた一年以外、四年間は250イニング以上を投げていたのだ。

 ただ昭和の時代と比較すれば、直史も負ける。 

 シーズンに40勝するようなピッチャーがいた時代、シーズン投球イニング数が300を超えることはおろか、350を超えていたりもするのだ。

 なおMLBのサイ・ヤングなどになると、シーズンで450イニングを投げた年などもあったりする。

 実はこの記録も、19世紀に比べればたいしたことはない。

 シーズン73試合に先発し、59勝をしたピッチャーは、600イニング以上を軽く超えて投げているのだ。

 時代である。


 選手の評価というのは、相対的なものであるのは間違いない。

 だからピッチャーもバッターも評価するなら同時代で、どれだけ傑出しているかを比べた方が適切なのだ。

 昔の200勝は、今の150勝程度の難易度だ、とも言われる。

 実際に名球会入りの条件を満たせるのは、ピッチャーよりバッターの方が、はるかに多くなっているのだ。

 リリーフピッチャーとの分業制など、昔はなかった。

 それこそクローザーはともかく、中継ぎは先発の出来ないピッチャー、などという認識の老害はいまだにいる。


 高校野球でさえ、継投が主流の時代だ。

 一人で投げきるのを好む人間はいるだろうが、それは無責任なだけである。

 そういった人間には去年の夏の、昇馬のようなピッチングは快感であったろう。

 ただ鬼塚は結果的に優勝したが、誉められたものではないとずっと思っていた。

 実際に一人で投げたがゆえに、春のセンバツでは負けたのだ。


 そんな中で直史は、完投の数を増やしている。

 今では沢村賞の選考基準から、外してしまってもいいのでは、と思われているものである。 

 もちろん完投は、リリーフを休ませることが出来るので、出来るものならやってしまった方がいい。

 だが現在の野球というのは、出塁率を重視する。

 際どいボールを見逃す、選球眼が重要になっている。

 ボール球に手を出さないということが、好打者の条件の一つだ。

 大介などのような例外はいるが。


 直史は3・4月、4勝0敗であった。

 勝ち星が付かなかった試合は、九回を投げてパーフェクトであった。

 五試合でヒットを五本しか打たれておらず、フォアボールがない。

 月間MVPを受賞するのは、当然のような成績であったのだ。




 これに対した大介も、四月から驚異的なスタートである。

 三月の末から始まったので、少し期間が長かったということも関係はしている。

 28試合で14本のホームラン。

 さすがに序盤の勢いはなくなったものの、まだ二試合に一本というペース。

 ただMLBに移籍した初年度は、相手のピッチャーがまだ舐めていたこともあり、22本もホームランを打っていたものである。


 打率0.413 出塁率0.588 長打率1.022 OPS1.609

 NPBに復帰して三年目、去年よりも数字が上がっている。

 全盛期に比べれば、盗塁数はかなり減った。

 しかしそれでも盗塁王を狙っていける数字。

 単純に盗塁を仕掛けるのではなく、九割以上の確率で成功させる。

 そんな大介の足は、間違いのない脅威なのである。


 チームとしては16勝12敗と、レックスにかなり勝率では負けている。

 だがそれはレックスの数字が良すぎるだけで、ライガースも二位の位置にはいる。

 3チームがほぼ勝敗五分五分という、まだシーズンの行方など分からない状況。

 実際にセの他の球団は、レックスの調子が落ちることを予想している。


 レックスは常に、投手陣が安定していれば強かった。

 そして去年は三島、今年は百目鬼と、エースクラスが少し抜けても、問題のない成績を残している。

 しかし抜けたのは、今回は先発ではない。

 リリーフの国吉が、抜けてしまっている。


 四月の最終戦で、大平が2イニング投げるという、そんな試合も見ていた。

 まだこの時期であれば、そういったことを試してもいい。

 ライガースとのゲーム差が、そういう判断をさせたとも言える。

 百目鬼も復帰初戦で、五回までしか投げなかった。

 それを無失点で抑えたのは、凄いことだと言えるのだが。

 1-0で勝つ試合は、レックスとしても今年初めて。

 元から打撃力が高いというわけではないが、今年はセットプレイが上手くいっていないようにも感じる。


 だが相手を考えるのではなく、大介は自分の数字に目を向けている。

 今年の大介は、現時点で既に、ヒットを38本打っている。

 この時点で38本のヒットということは、同じペースならば200本に近くなる。

 これまで大介が、一度も取っていない打撃タイトル。

 最多安打の可能性が、かなり高くなっているのだ。


 NPB時代の大介は、復帰一年目の一昨年が、186本のキャリアハイ。

 MLBならば、200本を打ったシーズンが五回ある。

 試合数が違うので、それも当然ではあるが、MLBでは一番や二番を打っていた。

 そして戻ってきて二番を打って、NPBでのキャリアハイとなったのだ。


 単純にこのタイトルを取るだけなら、一番打者にいればいいのかもしれない。

 大介は飛ばす力も強いが、打球をコントロールする能力にも長けている。

 ケースバッティングでヒット狙いにすれば、200本安打は可能だろう。

 だが大介はボール球に手を出すからには、長打を打たないといけないと思っている。

 そんな場合はさすがに、バットコントロールも完全には出来ないのだ。




 首位はレックス。

 まだ一ヶ月であるが、安定はしていると思う。

 ただ百目鬼に国吉と、ピッチャーの怪我人が続いている。

 それに対してライガースは、特に故障者もいない。

 FAでやってきた友永も、先発のローテを強くしてくれている。


 専門家や解説者は、ここからのレックスが、どうピッチャーを運用するか、そこに視点を当てている。

 しかしよく考えれば、問題とすべきはそこではない。

 ここ五試合、最大で三点までしか点が取れていない。

 そんな打線というか、得点力の方が、問題であるのだ。


 五月に入って残り二試合、カップスとのカード。

 その後はフェニックスと、相手チームの本拠地での試合が続く。

 この二試合も直史は、ブルペンには行かずに地元の方で二軍と一緒に練習をしている。

 元からブルペンにいるのは、契約の話でもない。

 また直史がいても、攻撃にまで口を出すのは、完全な越権行為であろう。

 ただ投手陣が心細く感じているだろうな、とは思う。

 いくらなんでも援護が少なすぎて、直史はパーフェクトをしたのに勝ち星がつかなかったのだ。


 レックスのピッチャーの年俸査定には、基本的に勝ち星は含まれていない。

 タイトルまで取っていたら、それはまた別のインセンティブにでもなっているだろうが。

 レックスの先発はこの六試合連続で、クオリティスタートを成功させている。

 過去10試合にまで遡っても、9試合はクオリティスタートをしているのだ。

 そして7勝2敗1分である。


 去年までもレックスの敗因や強化点は、攻撃面にあると言われて来た。

 貞本の采配は細かいスモールベースボールで、なかなかビッグイニングを作ることが出来なかったのだ。

 西片はそれに比べると、バッターには積極的に打たせていっている。

 それでも大量点にはならないのは、去年までの性質がまだ、染み付いているからか。


 監督の一年目というのは難しいのだ。

 まして去年のレックスは、日本一になっている。

 そんなチームを引き継いで、戦力はほぼ変わらない。

 ならば今年も日本一を、と期待されるのは仕方がない。

 ただ地味に青砥という大ベテランは引退しているし、百目鬼は離脱が長かった。

 ピッチャーがやや弱かったが、それがむしろ打線にプレッシャーを与えたものか。


 チームというのは有機的なものだ。

 攻撃と守備が別個のものではなく、どちらかの調子がいいと、もう片方にも影響があったりする。

 今のように投手陣の数字がいいのに、攻撃の得点が入っていないというのは、双方に悪い影響を与えるだろう。

 ただ充分に勝ってはいるので、そこがまだ幸いと言うべきであるか。




 スターズ相手の第二戦は、木津が先発であった。

 常勝記録は途切れたが、無敗記録はまだ続いている木津。

 しかし木津は、相手の打線を完封するような、そういうタイプのピッチャーではない。

 コントロールもある程度荒れているので、そこが問題だ。

 ただ木津の自分でも分かっている強みは、体力に優れているということ。

 100球で交代が基準のNPBでも、木津は120球ぐらいまでは平然と投げられる。

 今のレックスにとっては、七回まで投げてくれる先発は、とても貴重なものである。


 七回116球を投げて三失点。

 先発としては充分すぎる数字であった。

 しかしそこまでに打線も、三点しか取れていない。

 つまり同点の状況で、リリーフに継投したということである。


 采配の判断が難しい。

 これが重要な試合なら、大平に平良というリリーフで、こちらは追加点を目指す。

 しかし五月の初戦であり、前日には大平が2イニングを回またぎで投げている。

 もちろん大平は体力にも優れて、若い分回復力も高いだろう。

 ただこの先の試合日程を考えて、西片は勝ちパターンのピッチャーは起用しなかった。


 ブルペンの豊田としても、こんな判断は難しかった。

 昨日が勝っているだけに、ここは落としても仕方がないと考えるべきか。

 大平に今、無理をさせる必要はないだろう。

 まだ20歳にもなっていない大平は、成長の途中である。

 試合に勝つのはもちろん、監督の役目だ

 しかし本当に重要なのは、優勝すること。

 さらに可能であれば、常勝軍団を作り上げることだ。


 ならば大平は、ここで無理をさせてはいけない。

 使いやすいピッチャーではあるし、190cmオーバーの体格は、いかにも頼りがいがある。

 しかし160km/hオーバーのスピードボールを投げるだけに、それだけ体に負荷もかかっている。

 パワーだけではなく、しっかりと骨格や靭帯まで、シャーシの部分を強化する必要がある。

 ウエイトトレーニングだけでは、鍛えきれない部分というのもある。

 大平は地味なトレーニングもする、意外と努力家なところもあるのだが。


 結局は八回の裏に、リリーフした阿川が一点を奪われ、そのまま敗戦投手に。

 だが1イニングで一点だけであったのだから、八回の表に点を取れなかった、レックスの打線にも原因はある。

 上手くチャンスが出来なかったので、こういうときこそ一発がほしいのだが。

 4-3で試合は終了した。

 評価を下げてしまった阿川だが、まだ致命的なものではない。

 それでもどうにか無失点に抑えた、上谷の方が一歩リードか。

 どちらもセットアッパーというタイプではないピッチャーなのだが。




 木津の無敗記録はまだ続いている。

 野球界というのは案外、験担ぎをする人間がいたりする。

 実際にただ負けていないというだけではなく、七回を三失点で抑えたのだ。

 これは充分に評価に値するだろう。

 七回でフォアボール三つというのは、やや多めではある。

 しかし10個も三振を取ったので、相手のビッグイニングを防げたのだ。


 フォアボールが多すぎるので、そこは問題ではある。

 だが去年から今まで、奪三振律が10を超えている。

 これは木津のようなピッチャーの球速を考えれば、間違いなく異常なことだ。

 そしてついでに、点を取られる場合は、ホームランがそこそこ多い。

 つまりフライを打たれているということだ。


 フライボール革命が言われて、今もその原理は共有されている。

 長打を狙えるバレルで打つのが、いいことだと分かっているのだ。

 だが同時に、フライアウトと三振の増加も確かなことだ。

 木津の高めのボールは、かなり三振が取れる。

 そしてボール球であるのに、振っているバッターが多い。


 味方陣営は既に、分析を済ませている。

 そして敵となるチームも、おそらくは分析出来ているのではないか。

 この球速なら本来、これぐらいは落ちてくるというはずのボールが、落ちてきていない。

 ストレートで空振りを取る。

 ピッチャーにとって最も基本で重要なことを、木津は出来ているピッチャーなのだ。


 この木津が、どの時点で攻略されるか。

 おそらくシーズンの中盤までには、攻略されるようになるだろう。

 その時にちゃんと、バリエーションを増やせるか。

 あるいは投球術で、上手く駆け引きをしていくか。

 いずれにしろ最も基本となるボールが、ちゃんと投げられているというのは大きい。

 ただこの球速では、どうやってもメジャーには行けないだろうが。

 あちらの分析は、NPBをもはるかに上回る。

 直史の奪三振率も、NPB時代よりかなり下がったものだ。


 それはともかくとして、第三戦の先発は塚本。

 翌日がフェニックス戦で直史が先発するため、この試合では問題なくリリーフ陣を使える。

 もっとも直史としても、今年も八回で降板している試合はあるのだ。

 打線の援護がかなりなければ、リリーフが厳しくなるのは間違いない。




 塚本はここまで四試合、全て六回までは投げている。

 その中でクオリティスタートに失敗したのは、一試合だけだ。

 勝ち投手にも一度なっているが、負け星もついている。

 先発ローテの中で、果たしてどこまで六回まで投げていけるか。


 今日はブルペンが忙しくなりそうだ。

 だが打線が頑張ってくれれば、七回のピッチャーは楽が出来る。

 あるいは塚本が、七回までを投げてくれれば。

 ただこれまでの四試合、六回でほぼ100球を投げている。

 その前例を考えれば、七回までを期待するのはまだ時期尚早か。


 ブルペンの雰囲気が、あまり良くない。

 ただこういう状況こそが、自分のポジションを手に入れるチャンスでもあるのだ。

 高卒の砂原も、ブルペンに入っている。

 サウスポーが多い現在、レックスはピッチャーの計算はしやすい。

 だが全ては、試合の展開が勝った状態で続いていくこと。

 六回までに負けていれば、今日もまた大平と平良の出番はなくなるかもしれない。

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