第243話 リリーフポジション
野球は競争のスポーツである。
相手チームとの対戦もあるが、同じチーム内でもポジション争いが存在する。
野手であれば、それぞれの守備位置を奪い合い、コンバートされたりもする。
ローテーションピッチャーは六つの椅子を奪い合う。
そしてリリーフは、クローザーを頂点として、勝ちパターンのリリーフと、その他のリリーフに分けられる。
ビハインド展開でも、一点程度なら逆転勝利する可能性はある。
シーズンが終盤ともなれば、そんな状況でも勝ちパターンのリリーフを使う場合もある。
だがこの時点でそんな起用は、ありえないことである。
同点の場面で使ったことさえも、ちょっと珍しいことであったのだ。
思えばあれがなかったら、国吉の故障もなかったかもしれない。
勝った試合が多かったから仕方がないとも言えるが、大平や平良の登板数が、既に多くはなっている。
せめて圧勝していたならば、他のリリーフでも良かった。
しかしレックスは、僅差で勝つ試合が多すぎる。
負けた試合も僅差の試合が多いので、どの試合も最後まで目が離せない。
それは球場での売上を気にする経営陣はいいことだろうが、現場の首脳陣としては困る。
もっと楽勝の試合がほしいし、逆に負ける時は大差で負けてもいい。
微妙な試合ばかりであると、一部の力あるリリーフピッチャーに、登板機会が集中してしまうのだ。
クローザーの平良は、去年のシーズン3勝1敗5ホールド33セーブという記録であった。
素晴らしい記録であるが、今年は既に12セーブもしている。
連投は二日までとしているが、それでも登板が多すぎる。
14試合も登板しているのであるから。
重要なのは八回を投げる大平も、既に14試合登板しているということ。
それに比べれば七回の国吉は、もう少し少ないのに故障してしまったのだ。
年齢的なこともあるし、耐久力の個人差もあるだろう。
しかし出来るだけ、リリーフを使わずに勝ちたい、というのは正直な気持ちだ。
そう考えるとリリーフ不要で勝ってくれる直史は、とてもありがたい。
一点差ならともかく二点差であるなら、もう少し弱いピッチャーを使っていってもいいのではないか。
全てはシーズンが終了してからしか、正解というのは分からない。
だがもう少しピッチャーを温存すべきでは。
しかし温存しすぎてペナントレースに敗北すれば、それはそれで無能ということになってしまう。
一定の勝率を維持すれば、優勝出来るはずだという統計。
しかし統計はあくまでも統計だけに、異常値が出ることはあるのだ。
去年も一昨年も、優勝出来なかったライガースとレックスは、普通の年なら余裕で優勝していた勝率を誇っていた。
また現時点においても、ライガースは充分な勝率を誇っている。
それでもレックスは、ちゃんと首位にいるのだ。
七回を担当する、勝ちパターンのセットアッパー。
誰を持ってくるかは、相手の打順で変わってくるだろう。
もしも左バッターが続くなら、大平を先に七回に使ってもいい。
ブルペンの管理は大変になるが、大平は肉体的にタフなピッチャーだ。
去年は25ホールドに10セーブ。
育成で取ったはずの高卒ピッチャーが、いきなりこんな活躍をしたのである。
今年も四月の終盤で、既に8ホールド。
この大平と平良が、今年はまだ負け投手になっていないというのが、レックスの安定要因の一つではある。
もちろんこの二人が楽に投げられるのは、直史が完投しているからというのもある。
ただ国吉の離脱が痛いことは、二人にもはっきりと分かっていた。
国吉もまだそれほど、ベテランというようなピッチャーではない。
だがようやく二十歳の大平や、20代前半の平良に比べれば、まだしも経験は多いと言える。
そうやってリリーフをしてきたからこそ、ここで故障が出たのだろうが。
しかし国吉としても、まだこれからが稼ぎ時。
トミージョンなわけでもないのだし、最短で三ヶ月で帰ってくるかもしれない。
国吉もリリーフの中でも、セットアッパーとして定着して三年目。
酷使されやすいリリーフの中継ぎは、これぐらいで故障するということはあるのだ。
実働三年というのが、よくあるのがリリーフというポジション。
1イニング限定でもなく、年間に50試合も登板していれば、それぐらいの負担にはなる。
もっとも去年からは、ほとんどが1イニング限定ではあった。
勝ちパターンのセットアッパーとして、年俸も一億に近づいていたのに、ここでの故障は痛いところである。
中継ぎの選手は便利使いされる。
これは事実であり、クローザーに比べて代えが利く。
クローザーに必要な要素は、中継ぎの技術的な要素に加えて、メンタル的な要素が強い。
九回の裏に、一点差のマウンドに立つ。
そのプレッシャーに勝てるピッチャーでないと、クローザーは務まらない。
ある意味先発のエースよりも、結果が求められる役割だ。
先発のピッチャーに重要な要素は、それこそもうクオリティスタートをどれだけ決められるか。
試合に勝つか負けるかは、先発のピッチャーの責任は半分もない。
だがクローザーはそのピッチングに、試合の勝敗の責任がかかってくる。
とは言えどれだけ優れたクローザーでも、年に一つや二つは落として当然なのだが。
直史を先発から持ってくれば、それは間違いなく役割を果たしてくれる。
そんなことをネットの書き込みなどにも見られたが、さすがに年齢的な問題がある。
30代のまだ、回復力が高かった頃とは違うのだ。
先発で投げていても、次のローテまでに回復するのに、より手間隙がかかるようになっている。
レックスの場合は、大平も平良もプレッシャーには強い。
なのでここは普通に、中継ぎを一枚加えるのだ。
レックス首脳陣としても、誰をここに入れていくか、試しながらやっていくしかないだろう。
リリーフとして投げているのは、他にも色々といるが、とりあえず須藤は試される予定だ。
もっともゴールデンウィーク前後の日程のズレのため、あと一回はローテで投げさせてからになる。
他には阿川や上谷といった、ローテを任されて成績不良であった、リリーフ陣を勝ちパターンで投げさせるか。
ローテを埋めるほどのピッチングを、二軍などではしていたのだ。
リリーフとして短いイニングを投げるなら、充分なパフォーマンスが発揮出来ないか。
野球はタイミングのスポーツである。
それは何も、ピッチャーとバッターの勝負だけに限定されるわけではない。
起用されるタイミングというものがあり、本人の調子がどう良かったとしても、上が詰まっていれば使われない。
結局は与えられたチャンスを、その瞬間に掴むことが出来るか。
阿川や上谷は、一度はローテに入れられて、そこで失敗している。
リリーフに回されて、ビハインド展開の時などに、そこそこ投げてはいるのだ。
野球というスポーツの因果なところは、敵よりもむしろ味方の方に、怪我や故障を祈ってしまうことだろうか。
圧倒的な実力があれば、そんなことは考えなくてもいい。
しかしプロとしての当落線上の選手は、必ずいるものなのだ。
少なくともこの二人には、一軍のローテーションを守る力はなかった。
ならばリリーフとして、どれぐらい通用するかという話になってくる。
新しい力は毎年入ってきて、そして古い人間を押し出していく。
それがプロスポーツの世界であるのだ。
高卒ピッチャーもここいらで、一度一軍を経験させておくか。
こういう故障による選手の離脱は、同時に他の戦力を試すタイミングでもある。
そのあたりの判断は、ピッチングコーチや二軍コーチとも話して、最終的に決められるのだ。
今年の新人の具合は、直史も二軍と一緒に練習をしていることが多いので、当然ながら知っている。
高卒サウスポーの砂原は、早大付属からの上位指名ピッチャー。
新人合同自主トレから、オープン戦に二軍のイースタンリーグでも投げ、ある程度は仕上がってきている。
むしろここで結果を出せば、先発のローテに入ることも夢ではない。
ただチームの編成としては、他球団の育成から取ってきた、須藤などが活躍してほしいだろう。
実際に先発デビューした試合は、六回を三失点のクオリティスタートであったのだ。
後続と打線の援護の問題で、勝ち星は付かなかったが。
いくらピッチャーの価値が、勝利とは関係なくなってきているといっても、チームを勝たせたいと考えるのがピッチャーだ。
特に先発のピッチャーは、自分のその日の出来によって、勝敗がかなり左右される。
中継ぎなどは意外と、自分の仕事をするだけだ、と割り切っているタイプが多い。
やはり勝ち星が付かないと、ピッチャーは嫌になるものなのだろうか。
しかし六回三失点というのは、防御率ならば4.5といったところだ。
自責点だけではないだろうが、あまり自慢できるような防御率でもないであろう。
ピッチャーは結局、勝てなければ腐るものなのだ。
特にエースと呼ばれるようなピッチャーは、責任感が強い。
クオリティスタートではなく、ハイクオリティスタートを決めても、それで満足はしない。
出来るものなら完封を目指して、その日のピッチングに入る。
それぐらいのメンタルを持っていないと、先発ローテを何年も守ることは出来ない。
阿川、上谷の二人に、下から上げる砂原。
ただ既にローテも経験した二人はともかく、砂原は本当にお試しだ。
サウスポーということもあり、ずっと注目はされていた。
だが球種を増やすべきと、一年か二年は二軍で育てるつもりだったのだ。
しかしレックスには、影のピッチングコーチと呼ばれる直史がいる。
頼めば教えてくれる、変化球の投げ方。
それも自分では使わないのに、他人なら使えるという、スライダーやチェンジアップの不思議な投げ方も教えてしまうのだ。
砂原は元から、カーブとスライダーを持っていた。
ここに何を加えたら、効果的な配球を作ることが出来るか。
とりあえず分かりやすいのは、ツーシームといったところか。
カーブは緩急をつけるために、スライダーは逃げるボールとして使われていた。
だがツーシームを使うようになれば、球数を節約するための、打たせて取るというピッチングが出来る。
ついでに直史が教えたのは、スライダーからの応用でカットボールだ。
これまたムービング的な作用で、球数の削減が期待出来る。
せっかくプロになったのだから、出来るだけ長くやれた方がいいだろう。
もちろん教えても出来ない選手はいるし、教えても忘れる選手はいる。
それならもう直史の知ったことではない。
本当ならカーブの投げわけなども、出来るならば面白いのだ。
もっともそれは、さすがに難しいと直史も分かっているが。
速度のあるカーブとないカーブ。
二種類を使えるならば、バリエーションはかなり広がっていく。
さすがにそこまでは無理であったが、砂原は素直に試してみた。
そこで二軍戦で結果が出ているので、一軍でも試してみようか、という話になるのである。
阿川と上谷は、まだ20代ではある。
しかしプロに入って、上谷はもうすぐ10年目になる。
一軍と二軍を行ったり来たりして、リリーフではそこそこ使えたりもした。
だがそのレベルのピッチャーなら、毎年入ってくる。
実力が同じ程度なら、若い者を残す。
それがプロの世界なのだ。
年俸にしても最高で、せいぜい3000万ぐらいだろうか。
リリーフとしてそれなりに投げた年で、それぐらいなのである。
この金額がずっと続くなど、思えるはずもない。
本当にもう、崖っぷちにいるのである。
セカンドキャリアを目指すなら、20代のうち。
ただ中途半端にチャンスがあると、選手の側からは諦めることが出来ない。
MLBなどでも、20代の後半から覚醒したようなピッチャーはいる。
直史などは26歳のシーズンからプロ入りしていた。
もっとも直史は、大学時代やWBCで、実績を既に残していたピッチャーだった。
しかし30代から本格化したというピッチャーは、確かにいるのだ。
それでもピッチャーの成長曲線は、20代の半ばには終わるものだ。
チームのコーチやトレーナーは、その選手の完成形を考える。
確かにプロ入りしたばかりの高卒と、10年目でくすぶっている選手。
後者の方がさしあたっての力は上であるかもしれない。
だが将来性を考えれば、後者はさっさと切ってしまう。
重要なのは今の実力ではなく、数年後に一軍で戦力になっているかどうかなのだから。
レックスは毎年、8~10人ほどをドラフトで取る。
そして10名前後のクビを切る。
リーグ全体では、ドラフトで入ってくるのは最大120名。
クビになるのはそれ以上で、なぜなら外国人選手などはドラフト対象外だからだ。
まだ若ければ、育成契約でどこかに拾われたりもする。
また社会人や、独立リーグに行く選手もいる。
しかし一度プロをクビになった選手が、再びNPBに戻ってくる確率は、とてつもなく小さい。
直史がピッチャーを見て思うのは、その将来の姿ではない。
まずは今、現時点での能力で、どうやって相手を抑えられるか、ということだ。
もちろん選手のいい部分なども分かり、そのため木津などを評価している。
自分の持っているのは才能ではなく、異質性であるとも思っている。
木津もまた、直史とは全く方向性は違うが、異質だからこそ通用している。
連勝記録は途絶えたが、勝ち星のつかなかった試合も、クオリティスタートを記録しているのだ。
フォアボールがかなり多い、ストレートの遅いピッチャー。
それが変則派でも軟投派でもないのに、通用するのがプロ野球のロマンであろう。
阿川あたりはおそらく、今年がラストチャンスだ。
上手くいけばトレードが成立するだろうが、クビになる可能性も高い。
まだ30前なのだから、セカンドキャリアを始めるのに遅いということはない。
野球がなくなれば本当に死ぬような人間は、それほどいるわけではない。
大介などもNPBをクビになっても、独立リーグやクラブチームなどで、野球はずっと楽しんでいくだろう。
直史も趣味の範囲では、野球をやってきた。
それでも復帰までには、半年はかけて体を作る必要があったが。
単純にローテが務まるのではなく、パーフェクトが達成出来るピッチャーだ。
そんなところに40歳になる男が挑戦して、実際に達成したのだからドラマである。
もうNPBの一軍で、主力となっているピッチャーの中では、一番の年長になってしまった。
そんな直史が二軍の練習に混ざっていると、やはり普段よりも気合を入れているピッチャーが多い。
国吉が故障で離脱したというのは、それだけチャンスと思われているからだ。
ピッチャーなら一軍のローテに入って、ガンガンと投げていくことを最大の目標とするだろう。
アマチュア時代はおおよそが、先発からのエースであったからだ。
ただ大学野球や社会人となると、リリーフでの評価も多くなる。
実際に今、NPBで一番使われるのはリリーフであろう。
ローテーションピッチャーなど、六人が全員しっかり揃うのは珍しい。
リリーフに回すようなピッチャーで、つないでいく場合もあるのだ。
あるいはオープナーといった戦術や、落とすことが前提の試合もある。
かつてのレックスは、六人全員が勝利を目指せるような、エースクラスが揃った時期もあったが。
あれは本当に黄金時代である。
プロの平均寿命はおよそ29歳。
しかし実際のところは、もっと短いと考えておくべきだろう。
高卒の選手などは、確かに野手などは時間がかかる。
ただ下位指名の選手などは、五年で結果を出せなければ、そのあたりで普通にクビになる。
23歳の選手の可能性を、そこまでに見極めなければいけないのか。
それは指導する側としても、難しい問題だ。
ただセカンドキャリアを考えるなら、まだマシな方なのか。
下手に一位指名などであると、どうしても世間の期待が残る。
また球団としても面子のために、長く復活を待ってしまう。
結果として30歳を超えて、さほどの実績も残せずに引退。
その後にいったい、何をすればいいのか。
まだ通用しなかっただけならいい。
しかし怪我などで、体に後遺症が残っていたら、出来る仕事も減ってくる。
人は野球を辞めても、生きていかなければいけないのだ。
高卒は大卒と並ぶ五年目まで。
大卒は社会人卒と並ぶ三年目まで。
およそそれまでに実績を残せなければ、引退した方が結果的にはいいのだろう。
ただ野球をやっていた人間というのは、本当に野球しかやっていない。
高卒でも大卒でも、プロに入ってくるような人間は、ほとんどアルバイトもしていない。
根性だけはあるかもしれないので、それはそれでブルーカラーの仕事からは、体力的に需要があるかもしれない。
どれだけ先端技術が必要とされても、世界の仕事の半分以上は、ブルーカラーの仕事だ。
プロに行くほどのフィジカルを持っているというだけで、そちらの需要はあるのだろう。
そういったことまで考えると、直史はレックスの編成は、いい具合だと思う。
およそ毎年、支配下指名は八位以内に抑える。
よほど迷った時以外は、育成契約で取ることもない。
実際に育成で取った木津も大平も、今は一軍で活躍している。
下位や育成で取った選手から、しっかりと活躍する選手が出てくる。
それはチームの育成力と言えるだろう。
もちろん上位の、ドラ1やドラ2を、順調に育てるのも重要だ。
また甲子園のスター選手などを、一位で指名していくこともある。
それでもレックスは基本的に、必要な選手をしっかりと取っていく。
ここからリリーフとして活躍し、さらにクローザーになるか、あるいは先発に転向するか。
二軍のグラウンドを見ていて、直史は色々と考える。
その中にはおそらく、一軍には上がらないだろうな、と思える選手もいる。
しかし二軍の練習をするためにも、ある程度の人数は必要だ。
プロ野球は一部のスーパースターは、数多くの脱落した屍の上に立っているものなのだ。
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