第242話 苦渋の選択
世の中にはこういう日もある。
カップスのピッチャーが、特別な大エースというわけではない。
もちろんローテーションピッチャーなのだから、悪いピッチャーでもなかったはずだ。
それにレックス打線も、長打は打てなかったものの、しっかりと球数は投げさせていたのだ。
そこで六回の終了時点で、リリーフにつないでいく。
こういう試合は先発が降板すると、一気に試合が動くこともある。
だが一度固まった空気は、そう簡単に弛むものでもないらしい。
お互いの野手が、バッティングよりも守備の方に意識がいっている。
そのまま九回の裏、レックスの最後の攻撃までが終わる。
ここで普通ならば、さすがに直史をリリーフしていくはずだ。
しかし球数が100球に満ちていないのと、あとはランナーを一人も出していない点。
つまりパーフェクトをしていることが、首脳陣の判断を難しくした。
ただ、西片は思い切りが良かった。
今日の試合はなんとしてでも、一点さえ取っていれば勝てた試合なのだ。
それに失敗した時点で、もう複雑なことは考えない。
勝利のためだけに、試合を動かすことを考える。
直史を九回で、ベンチに下げたのであった。
パーフェクトをしているのに交代させられる。
普通のピッチャーであったら、キレてしまってもおかしくない。
ただ既に今年、一度のパーフェクトをしている直史。
キャリアで何度の達成をしているかを考えれば、もう無理をさせる必要はない。
もっとも試合自体は、諦めたわけではないのだ。
0-0の状況から、勝ちパターンのリリーフを使っていく。
昨日が試合はなかっただけに、ここで使うことも考えていた。
しかし普通なら直史のおかげで、投げることもなかっただろう。
つまりこの後の連戦にも、使っていくことが出来たのだ。
だがどの道、ここの日程では三連戦になる可能性があった。
そして百目鬼が、次のローテから戻ってくる。
ローテのピッチャーを一枚、リリーフに回して投げさせることが出来る。
そう考えると、勝ちパターンのリリーフを使っていく価値はあったのだ。
問題になったのは、それでも打線が点を取れなかったこと。
九回を0-0で終わった後、さらにカップスはリリーフの力が落ちていたであろうに、点を取れなかった。
本当に、世の中にはこういう日もある。
そういうしかない、12回を終わって0-0の、引き分けで終了した試合であった。
思わず直史も苦笑するしかない。
レックスは今年、負けた試合であっても、一点以上は必ず取ってきたのだ。
それがよりにもよって、無得点での試合になってしまうとは。
またピッチャー陣は、よく無失点に抑えた。
これで負けてしまっていたら、直史の労力が完全に無駄になっていたであろうからだ。
九回まで92球しか投げていないのに、交代させられた。
これは西片に、批難が集まっても仕方のない采配であったかもしれない。
だが結果的には、どちらのチームも無得点。
この結果を見れば、直史に無理をさせなかった、ということが言えてしまう。
完全な結果論であるが。
直史は怒ってもいい。
ただここで怒っても、何かが変わるというわけでもない。
負けなくて良かった、と思っておくぐらいしかないであろう。
もっともこれで、先発試合全勝という記録はなくなった。
しかしそんな記録も以前に達成しているので、やはり問題はないと思うべきか。
野球というのはそういうスポーツなのだ、と割り切るしかない。
これが延々と延長されるのが、昔のプロ野球であった。
今は12回で終わるのだから、まだマシだと言えるだろう。
ちなみに観客は直史が降板した時点で、もう席を立つ人間が多かった。
ネットの視聴率も、一気にそこで落ちたのが記録されている。
ノーヒットノーランでさえない試合を、またも記録してしまった直史である。
九回を投げ終わったのに、途中交代であったためマダックスさえもない。
これは記録に残すには、どうすればいい試合であるのか。
ただ見ていた観客の記憶には、強烈に残った試合であっただろう。
直史が投げて、勝ちパターンのリリーフも使って、それでも勝利に至らない。
何か悪夢のような話だが、間違いなく現実である。
延長までしっかり見終わった瑞希は、明日が休みであることにほっとする。
これもまた佐藤直史全記録、には記しておかないといけないな、と思ったものである。
肉体ではなく精神的に疲れたであろう、夫のことを考える。
よりにもよってゴールデンウィーク中の変則日程のため、中五日で投げることとなる。
その前が中七日だったのだから、日程的な調整は大丈夫だろうが。
それに対戦相手は、ここまでに完全に抑えているフェニックスなのだ。
四月の成績、直史は五先発し四勝無敗。
他には武史が、同じく五先発し四勝一敗という数字を残している。
普通に月間MVPは直史のものとなるであろう。
パーフェクトも一度達成しているのだから、当たり前のことである。
ただこれで、今年の直史の常勝記録は終わった。
去年は五月の上旬、武史との投げ合いで引き分けたので、それよりも早く途切れてしまった。
相手がライガースでもスターズでもなくカップスであったことは、少し意外なところであろうか。
だが守備力の高さという点では、確かにカップスはなかなかのものがあったのだ。
先発からリリーフまで、一点も取られなかったのは、ちょっと出来すぎなきらいがあったが。
直史が完封しても、当たり前のようにニュースは報じる。
だが直史が投げても、勝てなかったというこの試合。
下手にノーヒットノーランなどをするよりも、よほど大きな話題となった。
それこそレックスの援護が一点もないことに、憤る呟きがSNSで拡散していったが。
なお、直史はこういったものに対して、まず反応を示すことはない。
【現役神】 神聖! 佐藤直史総合スレ part1124 【珍記録!】
110 名前:代打名無し@実況は野球ch板で
う~んw やっと流れが落ち着いてきたw
111 名前:代打名無し@実況は野球ch板で
そら誰かて草生えるわ
フルイニングパーフェクトに抑えて勝てないって普通じゃないwww
112 名前:代打名無し@実況は野球ch板で
10回ぐらい投げさせても良かっただろうにな
萎縮してフェニックスのリリーフが打たれたかもしれない
113 名前:代打名無し@実況は野球ch板で
まあいくら髪でも体力とかには不安が残るしな
114 名前:代打名無し@実況は野球ch板で
フェニックス? 前のパーフェクトの試合と勘違いしてね?
115 名前:代打名無し@実況は野球ch板で
髪と体力ってなんだ?www
116 名前:代打名無し@実況は野球ch板で
いかんw 俺たちも混乱しているwww
117 名前:代打名無し@実況は野球ch板で
おまえらもちつけ
しかし過去にも、延長でノーヒットノーランがなくなったとかいう記録はあるんだな
パーフェクトで投げてたのに試合途中で交代とか
118 名前:代打名無し@実況は野球ch板で
カップスは頑張った
なんつーかアンチ少ないよなカップス
119 名前:代打名無し@実況は野球ch板で
球団の歴史を知ってたら優しくなれるw
それがカップスです
120 名前:代打名無し@実況は野球ch板で
貧乏な時代ってどれぐらい客入ってなかったんだ
パでは外野で流しそうめんしてたとかは聞くけど
121 名前:代打名無し@実況は野球ch板で
カップスは昔から人気球団ではあったぞ
フランチャイズの地元密着が上手くいくようになって経営も上向いたとは言えるけど
122 名前:代打名無し@実況は野球ch板で
戦後の復興の象徴だからな
今の若い人間はそら知らんて
123 名前:代打名無し@実況は野球ch板で
方向性は違うけどまた新しい伝説が生まれてしまったな
124 名前:代打名無し@実況は野球ch板で
味方が点を取ってくれなくてパーフェクト未達成って大サトーは高校時代から変わらんなあ
白石が同じチームにいたのに延長再試合とかもあったし
125 名前:代打名無し@実況は野球ch板で
あの頃は延長にロマンがあったよなあ
最近のタイブレークは始まるのが早すぎる
126 名前:代打名無し@実況は野球ch板で
高校野球はしゃーない
学生に無理させるのはもう流行らん
127 名前:代打名無し@実況は野球ch板で
アメリカもタイブレークやってんだよな
まあそんな長く試合やってたら客も飽きるか
128 名前:代打名無し@実況は野球ch板で
アメリカは試合の最初からは見ないっていう客もいるからなあ
バスケなんかもそうだぞ
そんで試合も大差になったら客席どんどん空いていくし
129 名前:代打名無し@実況は野球ch板で
パーフェクトゲームなら途絶えるまでずっと見てるだろうけどな
130 名前:代打名無し@実況は野球ch板で
大サトー今年はもう準パーフェクトも二回達成してるしな
131 名前:代打名無し@実況は野球ch板で
白石も本多も空気読まないバッターだからw
132 名前:代打名無し@実況は野球ch板で
本多はフェニックスにはもったいないバッターだからな
どうせ25歳になったらポスティングでメジャー行くだろ
133 名前:代打名無し@実況は野球ch板で
白石帰ってきたから今年もタイトル取れそうにないしな
ベストナインにはまた入るだろうけど
134 名前:代打名無し@実況は野球ch板で
フェニックスを出る喜びwww
色々とネットでは言われているが、西片としては二戦目以降が心配であった。
それなりにヒットは出ていたのに、上手く噛み合わずに一点も取れない。
運勢の偏りではあるが、その後遺症が打線には残っていないか。
カップスが打てなかったのは、そもそも相手が直史だから仕方がない。
その後のリリーフ陣からは、点は取れないがヒットは打っているのだ。
第二戦、レックスは三島が先発である。
去年は15勝5敗であり、かなりの内容ではあった。
怪我がなければオフシーズンに、ポスティングを出していたかもしれない。
この二年は一人で10個も貯金を作っていて、直史に隠れてはいるが、まぎれもないレックスのエース。
今年も既に三勝しているのだ。
直史の後に勝ちパターンのリリーフを使ってしまったレックス。
出来ればこの試合、三島には七回か八回まで投げてほしいところだろう。
既に二試合のハイクオリティスタートを決めている三島。
間違いなくメジャーでも通用するだろう、とあちらのスカウトも言ってはいるのだ。
ちなみに本多もスカウトは評価している。まだ年齢が足りないので、先の話だが。
アスリートタイプの選手であり、外野の守備も一級品。
高校時代はピッチャーの経験もあって、そちらでも150km/h近くを出していた。
近親にもメジャーリーガーがいるという点では、遺伝子エリートとでも言うべきか。
もっとも親子で成功しそうなのは、それこそ大介と昇馬なのだが。
三島はおそらく、今が一番成長している時だ。
ここからは投球術などの取得と引き換えに、肉体的な絶頂期をいかに維持するかが重要になってくる。
それこそ直史に依頼して、一緒に自主トレでもしたら良かったかもしれない。
もっとも直史は、年齢的な差がありすぎるため、やるべき内容が違うと断っただろうが。
第二戦は、どちらのチームにも前の試合の影響が残っていたようであった。
打線は相変わらず沈黙していたが、それでも1-1で七回までが進んだ。
三島はハイクオリティスタート以上の結果を残す。
そして西片はここから、勝ちパターンのリリーフを出していくつもりだったのだ。
昨日の試合の空気を消すために、この試合はどうしても勝っておきたい。
なんなら明日は、リリーフが使えなくても仕方がない。
その目的は果たされた。
八回にレックスは追加点を取り、その表からリリーフしていた大平に勝ち投手の権利が発生する。
最後には平良が〆て、2-1というロースコアでの勝利となった。
ただこれで大平と平良は、二連戦で投げたことになる。
明日の第三戦は、この二人は使えない。
今年は少し調子が悪かった国吉。
それも戻してきたが、果たしてリリーフとして使えるだろうか。
第三戦は落としたとしても、このカードは引き分けとなる。
四月のスタートはいい感じであったので、まだ無理をする必要などはない。
第三戦の先発はオーガス。
今年は既に二勝しているが、それよりは勝ち星のつかなかった試合の方が、投球内容が良かったりする。
六回一失点や、六回二失点は、いずれもクオリティスタート。
こんなピッチングをしているのなら、もっと打線は援護すべきなのだ。
昨今ではもう、ピッチャーの成績はともかく、評価には勝利数や勝率は、持ち込むべきではないというのがアメリカの常識だ。
年俸などに関しても、極端な話、打たれたホームラン、与えた四球、奪った奪三振だけで、その評価をすべきだという。
他にはWHIPも少しは計算されるものだ。
確かに勝ち星だけで評価するなら、第一戦の直史のピッチングはどうするのか。
フルイニングをパーフェクトに抑えて、それで何も評価がないのでは、やる気も削がれるというものだろう。
エースはチームに勝利をもたらす者。
それは間違いであり、虚言であるとしか言いようがない。
チームの勝利に責任を負うのは監督である。
長いシーズンにおいては、ピッチャーというのは安定してローテを守れば、それで評価すべきなのだ。
そもそも悪いピッチャーは、ローテから外される。
ピッチャーの使い方というのは、80年代あたりからは相当に、変わってきているものなのだ。
この試合、直史はブルペンで見ている。
今日の試合は大平と平良は休みであると、、二人は言われている。
たとえ一点差で勝っていても、、三連投はさせない。
その基準は絶対に、ブレてはいけないものなのだ。
目の前の一勝に目が眩み、故障でもさせてしまえば取り返しがつかない。
今日のリリーフは国吉と、他のピッチャーを使っていく。
チームとしてはオーガスに求めるのは、七回まで投げてほしいというものだ。
六回が責任投球回のようなものだが、実際の平均はそれに満たないのが現在のNPBである。
そんな中でレックスは、相当に六回まで投げさせることが多い。
守備が安定しているため、それだけヒットが少ないというものもある。
直史が平気で完投するのは別としても、先発が六回から七回、ほとんど投げてくれるチームは、レックスぐらいであろう。
平均して先発ピッチャーは、6.73回を投げてくれている。
これはNPBの他のチームより、ほぼ1イニング多い計算になる。
この試合は安定して投げられるリリーフが、国吉だけとなっている。
前日に使っていなかったので、彼だけは連投にならない。
もっとも試合の終盤に備えて、ある程度は肩を作っていた。
なので完全に休んでいた、と言えるわけでもないのだが。
六回までを投げて、オーガスは二失点。
それはいいのだが、球数がかなり多くなってしまった。
一点だけだがリードした状況で、七回のマウンドに国吉は登る。
しっかりと肩は作っていたつもりだが、他の部分には負荷がかかっている。
リリーフだが出来れば、2イニング投げてほしいところ。
もっとも勝ちパターンのピッチャーには、1イニング限定と確定させておいた方がいいのだが。
レックスの首脳陣としては、百目鬼をローテに戻したため、リリーフに回した須藤を、ここから試すつもりである。
終盤の2イニングを、彼でなんとか出来ないか、と考えている。
もっともそれに加えて、打線はさらにリードを広げてほしいのだが。
レックスは接戦を制することが多い。
もちろん勝負強さは、チームとして悪いことではない。
しかしわずかな点差であると、それを守るリリーフ陣への負担が大きくなる。
この試合はそこが、一番悪いところに出たと言えるだろうか。
七回の表、どうにか無失点に抑えた国吉。
だがその投げている途中から、肘に違和感が発生していた。
投げられるものなら投げたいが、国吉はまだ今年26歳の選手。
小さな故障であるのなら、しっかりと治した方がいいに決まっている。
故障者は必ず出るものだ。
既に今年、百目鬼がそこそこの期間を離脱している。
勝ちパターンのリリーフは、確かに離脱したら痛い。
だがクローザーと違って、どうにかならないことはないのだ。
まずは八回、須藤を投げさせる。
九回のマウンドをどうするかは、なかなか悩ましいものである。
ここまで先発を投げていた須藤が、そもそも上手く八回を抑えられるのか。
もしもそれに失敗したら、次戦以降のリリーフを一枚どうするのか。
ただレックスは先発が、六回をほぼ投げてくれるため、そこはリリーフにありがたいチームである。
今年はまだ序盤で炎上がないので、敗戦処理の出番もほとんどない。
もっとも須藤が投げた試合で、六回五失点という試合はあったが。
最終的にはこの試合、九点も取られている。
ライガース相手だったので、仕方がないとも言えるが。
国吉の違和感も、その正体が不安である。
単に遊離骨折などであれば、状態によってはシーズン中に戻ってこられるだろう。
だが肘の靭帯をやっていれば、それこそトミージョンだ。
まず今年の復帰は絶望的である。
ベンチの中の空気が重くなる。
八回は抑えた須藤であるが、九回には逆転されてしまった。
二軍戦などではリリーフの経験もあっただろうに、やはり一軍の試合は違うといったところか。
最終的には4-3と、わずか一点の差で敗北した。
しかしベンチの首脳陣が問題にするのは、目の前の一敗ではない。
診断の結果は、やはり遊離軟骨であった。
俗に言うネズミである。
靭帯でなかったのは良かったし、すぐに診断したのも良かった。
内視鏡手術によって、おそらく復帰には三ヶ月以上。
ただシーズンを三ヶ月、セットアッパーが離脱するということ。
レックスにとっては痛い、戦線離脱であった。
もっともあと少しひどければ、今季絶望と言えたかもしれない。
国吉としては、年俸が上がっていく途中であった。
チームとしても、上手くリリーフが使えていた。
勝ちパターンのリリーフ投手を、果たしてどこから持ってきたらいいのか。
逆に普通のリリーフピッチャーにとっては、ポジションを奪うチャンスである。
ただのリリーフと、セットアッパーはまるで価値が違うのだ。
チーム内での競争が、激化する様相を見せてきた。
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