第240話 大卒即戦力

 ピッチャーとバッターでは、統計的に見て、成長曲線が違うらしい。

 ピッチャーは高卒後、すぐに通用し始める選手もそこそこいる。

 また20代の前半で、主戦力化するのだ。

 対してバッターは、やや時間がかかる。

 ただしこの統計は、高校野球で金属バットを使っていた頃のものため、少し割り引いて考えるべきだろう。

 主戦力化するのは20代の後半が多い。


 その中で大卒の塚本は、東京の大学リーグにおいて、三年生からエースとして活躍。

 通算リーグ戦20勝以上を果たした、即戦力としてドラフトで指名されたのだ。

 この年は高卒も含め、ピッチャーの豊富な年であった。

 実際にレックスも、一位指名と二位指名で、ピッチャーを取っている。

 もっとも下位指名には、しっかりと育成していくように、高卒の野手も取っているが。

 高卒はピッチャーならともかく、野手はかなり仕上がりに時間がかかるのは当然である。


 リーグ戦の優勝も果たし、大学の全日本選手権や、日米大学野球でも活躍を見せた塚本。

 大卒ピッチャーの中では、五指に入るとも言われていたものだ。

 しかし実際にプロの中に入ってみると、当然ながら分かってくる。

 プロのバッターというのは下位打線でも、大学のクリーンナップを打つほどの実力があるのだと。

 そしてその中でも一番の怪物は、40歳を超えてなお、その力を増しているように思えた。


 塚本が評価された理由には、サウスポーであるということもある。

 そしてカーブにスライダー、ツーシームをしっかりと使ってくる。

 かなりコントロールには自信があったものだし、MAXは155km/hにも達する。

 しかし同じスライダーを投げても、ストレートのMAXでは上回っているはずの、直史の方が速いスライダーを持っている。

 正確にはそれはスライダーで、スライダーの種類を複数持っているだけなのだが。


 山ほどの変化球を持っていても、それを戦術的に使えなければ意味がない。

 ただし直史はまさにそれに長けていて、スライダーの変化も様々に分かれている。

 あとは手元で曲がるカットボールなどであろうか。

 ちょっとしたコツを掴めば、簡単に投げられるという。

 もっとも直史の場合、いまだに偶然以外で投げているピッチャーのいない、ジャイロボールを組み立ての中に入れている。


 落ちながら伸びていくというボールは、実は他にも存在しないわけではない。

 カーブや縦スラは、落ちる回転をつけるのだ。

 もっともそのボールが、伸びてくるということはない。

 落ちながら伸びるボールに、脳の認識がバグるのだ。

 こんなボールは見たことがないと。

 正確には落ちていると言うのではなく、ホップ成分がないというだけなのだが。


 いいストレートの条件は、ホップ成分があり、減速が少ないというもの。

 俗にフォーシームストレートが、おおよそこの条件に当てはまる。

 しかしジャイロボールは、沈むのにさらに、減速が少ない。

 こんなボールが使えれば、誰だって使いたくなる。

 もちろん代償として、肘に故障が出やすくなる。

 高校一年の夏に、それで炎症が出た直史は、以降は注意深くなっている。


 結局のところスルーは、何度も投げないと上手く投げられないのだ。

 軸の中心が少しずれてしまっただけで、他の変化球になる。

 しかし何度も投げていると、肘に負荷がかかる。

 習得の難易度を考えれば、他の球種を学んでしまうのも無理はない。




 塚本が今意識しているのは、同期でレックスに入ってきた須藤だ。

 百目鬼がそろそろローテに復帰する以上、ローテから誰かを外さないといけない。

 直史、三島、オーガスの三人は固定。

 そして木津も全勝記録は途絶えたが、負け星はまだついていない。

 結果的に負けた試合も、木津はクオリティスタートを決めている。

 これを外すというのは、ちょっと考えられないものだろう。


 大卒ピッチャーというのは一部を除いて、ほぼ即戦力である。

 実際に他に入ってきたピッチャーも、リリーフなどで投げてはいる。

 三島がポスティングという話が出ているため、今度はそのローテの一角を狙っている。

 まだ上に二年目三年目の若手がいるし、高卒が育ってきてもいる。

 プロスポーツは当然ながら、競争社会であるのだ。


 ちなみに大卒三年目ぐらいであると、トレードといったところもあったりする。

 先発ローテや勝ちパターンのリリーフが埋まり、なかなかいい数字なのに使いにくいというものだ。

 レックスはピッチャーは、微妙に余ってはいる。

 だが打線の方は、正直なところどうにかしたい。

 他にキャッチャーも、迫水が当初は併用型起用であったが、去年はもう100試合以上でスタメン入りしている。

 今年はほとんど一人で受けるのでは、とさえ思われているのだ。


 打てるキャッチャーで、直史が散々にしごいて、他の技術も高い。

 ただ社会人上がりというのが、少し危険ではある。

 長くキャッチャーをやってきただけに、勤続疲労があるかもしれないのだ。

 ピッチャーほどではないがキャッチャーも、また負担の多いポジションだ。

 そしてプロになるまではおおよそ、メインは一人でどうにかするポジションだ。


 キャッチャーは本当に、難しいポジションなのだ。

 とにかく経験がものをいうのが、日本のキャッチャーである。

 試合前の首脳陣ミーティングに、選手から出席するのもキャプテンとキャッチャーぐらいか。

 そう考えると本当に、樋口のとんでもなさが分かる。

 NPB時代には複数回のトリプルスリーを記録して、ベストナインにも何度も選ばれた。

 NPB出身でMLBで成功したキャッチャーとなると、いまだに樋口一人と言われるほどであるし、実際にそうだろう。

 直史との黄金バッテリーで有名だが、実際は日本の大エース何人ともバッテリーを組んできた。

 それこそオールスターなどは、上杉や真田、本多とも組んでいる。

 国際大会となると、それに蓮池なども加わるわけである。


 MLBでもオールスターに出たのだから、あの時代の世界のエースクラス、ほとんどのボールを受けているのではないか。

 そういう存在としてはまさに、NPB史上唯一無二の存在とも言える。

 時代が違うので、過去のキャッチャーと比べるのは難しい。

 だが達成した偉業という点では、日本史上最高のキャッチャーであろう。

 何より樋口は、チームを強く出来るキャッチャーだった。




 樋口は今、東京と新潟を行ったり来たりしている。

 また場合によっては外国にも、何度も行っているのだ。

 そんな中で東京に出てきた時は、少しだけ直史と話す機会もある。

 もっともあちらも直史も、それぞれ別の舞台で、やることが多いのだが。


 政治、経済、そして野球。

 仕事と仕事と趣味である。

 直史は今、キャッチャー視点でも試合を見ている。

 キャッチャーとセンターは共に、グラウンドの全てが見えるポジション。

 もっともキャッチャーでも、主審の位置だけは見えないのだが。


 樋口もまた強肩で、プロ入り後は150km/hのボールを投げたりしていた。

 もっともキャッチャーに必要なのは、ど真ん中ストライクの送球なのである。

 フレーミングはMLBでは、あまり重要な技術とは言えないようになってきた。

 けっこう流してキャッチしてしまうキャッチャーは、かなり多いのである。

 またリードにしても向こうでは、サインはベンチから出している。

 そういう意味ではキャッチャーの役割は、日米で大きく違う。


 ただブロッキングやグラウンド内の判断という点では、やはり大きな役割を負っている。

 総合力がものを言うのがキャッチャーである。

 ちなみにそんな樋口が、大学も三年生ぐらいになるまでは、あまり打っていなかったのは知られていない。

 もっとも決勝打やサヨナラ打、他に緊迫した試合では、ほぼ確実に打っていたのだが。

 この傾向はプロ入り後も変わらなかった。


 直史も中学時代に、キャッチャーをやっている。

 一応は高校時代も、キャッチャーの練習を少しはしていた。

 このキャッチャーというポジションをやっていたからこそ、コントロールに特に気をつけていたと言える。

 組み立てられないピッチャーというのは、キャッチャーにとって悪夢であるからだ。

 そんなキャッチャーの目で、他のピッチャーを見ているのだ。


 今のところは須藤と塚本、どちらも実力にそう変わりはないと思っている。

 ただキャッチャーとしては困るだろうが、面白いと思えるのは木津である。

 樋口も木津については、面白いピッチャーだと言っていた。

 球速は下手に伸ばさない方がいいかな、と言っていたのも樋口である。


 あの時代のレックス、直史に武史、金原に佐竹、あとは古沢、吉村、星、青砥に豊田、利根、鴨池といった投手陣。

 今のレックスの投手陣と比べても、はるかに上の選手が揃っている。

 直史と武史だけではなく、金原も肘の具合が良かったら、メジャーに移籍していた可能性は高い。

 ただ樋口がメジャーに移籍してから、投手陣は順番に故障していってしまった。

 その意味ではピッチャーを管理することまで、樋口はやっていたわけである。

 まさにグラウンドの上の監督であったのだ。




 本日の塚本の、出来はかなりいい。

 タイタンズは現在二位の得点力を誇り、そして打撃力が高い。

 ただ守備の堅いところには、打撃の穴があったりする。

 その日のバッターの調子を見て、どこで勝負していくかを決めるのもキャッチャーである。


 本日は珍しく、悟のスイングの再現性が悪い。

 おそらくこれは、昨日の木津の、ストレートの軌道が頭に残っているからだろう。

 直史も打線の調子を落とすピッチャーだが、木津にもそういうところがある。

 そのあたりは数値化しにくい、木津のピッチャーとしての能力である。


 ただ木津のストレートへの対応は、試合が進むにつれ適合してくる。

 なのであまり長いイニングは、投げない方がいいのだ。

 いくら分析しても、プロの選手たちは自分の感覚の方を優先する。

 そのため試合の序盤では、やはり木津は有効なピッチャーだ。

 しかし四打席目にでもなれば、さすがに軌道も読めてくるであろう。


 木津が果たしてこの数年しか通用しないか、それとも長く活躍出来るか、直史にはどうすればいいか分かっている。

 必要な球種はチェンジアップで、それも球速を落とした沈むチェンジアップではない。

 本当にストレートと見分けのつきにくい、チェンジアップが必要になる。

 つまりストレートを、普通のストレートにスピンの利いたストレート、そしてスピンを落としたストレートの三つに分けるのだ。

 この三つ目が、普通より落ちるストレートとなる。


 もちろんこんな都合のいい投げわけが、そう簡単に出来るわけがない。

 練習するとしたらオフのトレーニングか、打たれて二軍落ちした時ぐらいになるだろう。 

 今はなくても通用しているのだから、このままでもいい。

 必要とした時に、人間は頑張れるものなのだ。

 いくら先が見える人間が助言しても、本人に自覚がないのなら、その成長効率は悪くなる。

 ただ必要とされた時に、まだ直史がいるか分からないので、豊田と迫水には話しておいたが。


 今は塚本の出来である。

 ほどほどにヒットも打たれているが、ほぼ単打である。

 なのでランナーは三塁ぐらいまでは進むのだが、失点になかなか結びつかない。

 タイタンズの首脳陣が、セットプレイを重視するなら、まだしも数点入ったかもしれない。

 ただ森川は旧来のスモールベースボールも知っている監督なのに、今日は積極的に動いてこない。

 あちらもあちらで、何か考えはあるのだろうが。


 シーズン序盤はあちこちのチームで、色々と試しているはずだ。

 もっともフェニックスなどは、もっと積極的に勝利を目指していくべきだろうが。

 パ・リーグはパ・リーグで、序盤は混沌としている。

 ただ福岡、千葉、北海道あたりがやや上で、埼玉、東北、神戸あたりがやや下といったところか。

 レックスはものすごく安定しているが、それでも一人故障者が出れば、それで一気に戦力が落ちることはある。

 たとえばMLBのアナハイムなどは、樋口が故障者リスト入りしてから、一気に勝てなくなったものだ。

 一人のキャッチャーがMLB球団の集団による分析を、上回っていた証拠である。




 塚本は上手く、スライダーを使っていけている。

 左バッターにサウスポーのスライダーは効果的だが、それが上手く作用している日だ。

 ピッチャーというのは調子の良し悪しが、かなりはっきりしているものである。

 悪い時にもどうにか、五回までは投げるピッチャーが、いいピッチャーと言えるだろう。


 ただ今日は本当に、ヒットが単打しか出ない。

 フォアボールがこれに重なれば、ランナーは自然と進めるが。

 三塁を踏むこともなかなか難しいが、ただ球数だけは増えてきていた。

 それでもこの調子なら、六回までは投げられそうだが。

 レックスのリリーフ陣は優秀なので、ここいらでプロ初勝利がほしい。


 投げているボールを見れば、木津が百目鬼に代わる、と思う者もいるかもしれない。

 しかし実際のところ、木津は勝てるピッチャーであるし、ランナーは出すが三振も奪える。

 なにせ今の奪三振率が、9.69もあるのだ。

 ただしフォアボールの数も、相当にあるのが問題だが。


 須藤と塚本、百目鬼がローテに戻れば、どちらかがリリーフに回るか二軍に落とされる。

 今の一軍のリリーフで投げるより、二軍で試合経験を積んだ方がいい、と思われるかもしれない。

 だがたとえビハインド展開や敗戦処理でも、一軍で投げたいと思うのがピッチャーだ。

 強いバッターを相手にしていれば、それだけ経験値も増えてくる。

 ただ今は他の球団であっても、普通に強いバッターが、調整で二軍戦に出てくるのだが。


 どうにかローテに食い込みたい。

 大卒のピッチャーというのは、社会人ほどではなくとも、間違いなく即戦力級を求められる。

 大学時代はそれなりに、完投することも多かった。

 しかしプロの世界では、バッターの圧力が高すぎるため、気を抜くのが出来ない。

 抜けるのは打線がピッチャーのところぐらいだ。


 もっとも今日の塚本は、本当に自分の調子がいいと思う。

 タイタンズが上手く、ミート出来ていないというのもあるが。

 木津の後を投げているということの意味を、塚本は理解していない。

 おかげで自分の力が、底上げされているのだが。


 結局六回までを投げて、102球4被安打2四球。

 ただ失点は一点だけで、勝ちパターンのリリーフにつなぐことが出来た。

 今日はレックス打線も、やや低調であったとは言える。

 しかし交代した時点で、3-1と勝ってはいた。

 二点差で終盤に入れば、守備堅めに入るのがレックスのパターンだ。

 もっとも今のレックスは、どのポジションも穴というほどの穴はない。

 つまり勝ちパターンのリリーフで勝つ、ということである。


 ここからは三人のリリーフが、ホールドポイントとセーブを稼いでいった。

 一点も許すことなく、3-1のまま試合は勝利。

 塚本にはプロ初勝利がついた。




 タイタンズ相手にも勝ち越して、レックスは順当に勝率を伸ばしている。

 だがライガースとの差が、決定的に離れていっているわけでもない。

 次は一日の休みがあって、また神宮でカップス相手の三連戦。

 投げるのは直史である。


 休みとはいっても、完全にオフという選手は少ない。

 もちろん自分の体力を考えて、休まなければいけない時もあるが。

 スポーツ選手にとって重要なのは、食事と練習と休養。

 睡眠だけでは足りないと思うのは、MLBの過酷な日程と比較出来る直史である。


 野球以外の本業がある直史。

 それでも休養は必要だ。

 もっともローテーションピッチャーであると、中六日で投げていることは確かだ。

 体力の消費量も調整して、パフォーマンスが最大になるよう、コンディションを調整していかなければいけない。

 ついでというわけではないが近日、高校野球は春の大会で、県大会の本戦が始まる。

 白富東は秋の大会の結果で、予選は免除なのである。


 直史もセンバツの様子は、しっかりと見ていた。

 決勝は関東に戻ってきていたが、準決勝は大阪に遠征していたので、ちゃんと見ていたのだ。

 試合自体は上杉将典と投げ合って勝ったが、問題は延長に入ってしまったことだ。

 そのおかげで決勝では、昇馬の球数が限界となって、優勝に届かなかった。


 白富東の様子は、新入部員が入ってきてから、少しは見に行っている直史である。

 鬼塚の言うところによると、バッティングは一年生を鍛えて、夏までにはどうにか出来そうということであった。

 ただし問題なのは、キャッチャーが一人しかいなかったことだ。

 もちろん二年生にはキャッチャーがこなせる人間がたくさんいるので、そこまでは大丈夫なのだが。

 しかしこのキャッチャー、打撃には全く期待できないが、キャッチャーとしては優れているらしい。


 あとは一人ぐらい、キャッチャーも出来る選手を、作っておくべきだろう。

 30人も新入生が入ったのであるから、キャッチャーというポジションは本来、争われるべきなのだ。

 まあいいキャッチャーというのは、特待生ではないにしろ、スポーツ推薦で私立がどんどんと取ってしまうものだろうが。

 どのみち昇馬の全力球を、一年生がキャッチ出来るはずもない。


 新入部員の中には、三里出身で早稲谷で同じチームだった、西の息子も入ってきた。

 こちらは父親に加えて、バレーで日本代表候補にも選ばれた、母親の能力を引いているらしい。

 実際にかなり、私立の強豪から誘いはあったのだ。

 しかし白富東に来れば、二年生の夏までは、ほぼ確実に甲子園に行くことが出来る。

 そして一人ぐらいいいピッチャーがいたら、最後の一年にも可能性はある。


 西もプロのスカウトから、当落線上の実力で見られていた。

 しかし息子の和真は、おそらくそれよりもずっと上である。

 これで白富東は、課題であった得点力と、それなりに高めることに成功したのである。

 夏の前哨戦ともなる春の大会。

 一年生に実戦経験を積ませるには、絶好の機会であることは間違いない。




 ×××



本日はパラレルも更新しています。

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