第239話 次の世代

 神宮に戻ってきて、タイタンズとの試合である。

 同じ東京に本拠地を持つ同士、しかしチーム事情はかなり違う。

 レックスが一時期成績が落ち込んだのは、樋口がアメリカに渡って数年後のことである。

 移籍してすぐはさすがに、育っていたピッチャーがまだエースクラスで残っていた。

 しかしその後、若いうちにFAが取れた選手は、段階的に移籍していった。

 それはプロの選手であるので、行使して当たり前の権利である。


 そんなことがあっても壊滅的にならなかったのは、ドラフトからの育成が機能していたからだ。

 もっともその育成が上手くいかなかったからこそ、貞本が期限付きでやってきたわけだが。

 今見てみると、確かに直史の力が、圧倒的な成績につながっていると思える。

 ただチーム全体を見てみると、それだけでないのが分かるのだ。


 長年のスカウトをやってきた、鉄也の功績が大きい。

 日本中を歩いてというわけではないが、関東から東北へと、哲也が築いた人脈は広大だ。

 これによって下位指名で当たりを引くということを、何度もやってきた。

 甲子園にも出場していない高卒ピッチャーを、下位指名で引っ張ってくること。

 これがスカウトの醍醐味であるという。

 プロの世界には絶対的なスターというのが、必要であるのだ。

 そのスターが存在しないと、市場はどうしても小さなものになってしまう。


 高校野球までは、憧れだけで通用する。

 しかしその先となると、どうしても資本主義の経済の中で生きていくこととなるのだ。

 かつて野球は娯楽としても職業スポーツとしても、日本の中で上位を占めていた。

 だがやがてそのテレビ中継は厭われるようにもなったし、サッカーなどのプロスポーツも出来てきている。

 確かに今でも社会的に、大きな割合を占めてはいる。

 また上位の選手は、アメリカにメジャー移籍して、使い切れない財産を得る。

 使い切れないはずが使い切って、破産したりもするのだが。


 野球というのはそれだけ、大金が動くスポーツなのだ。

 もっとも世界的に見れば、サッカーやバスケットボールの方が、より金を使っているようにも見える。

 しかし野球はアメリカでも、伝統的なスポーツである。

 さらに日本では、一番職業として成立しているプロスポーツではないか。

 競馬や競艇を入れていくと、またややこしい話になるが、チームスポーツとしては他にサッカーぐらいか。

 そしてサッカーはリーグ構造が特殊で、日本ではなかなか野球ほど稼げない。


 歴史自体が既に価値になっている、とも言えるだろう。

 日本には確実に、野球社会というものが存在する。

 そしてその構造の中で、一番の頂点に立っていたのがタイタンズ。

 いまだに影響度という点では、確かに大きいことは確かだ。

 それでも実際の試合に勝てなければ、どんどんと影響力は落ちていくだろう。




 第一戦の先発は須藤である。

 この試合の成績次第で、百目鬼がどこに入るかは決まるだろう。

 一応は二軍の試合で、既にそれなりのイニングを投げ、後遺症などもないことを確認している。

 直史も二軍で練習することが多いので、その姿を見ていた。

 百目鬼は確かにパワーのあるピッチャーだが、直史からしてみればまだ発展途上。

 こうやって怪我をしてしまうと、プロは収入に響くのだ。


 集団競技というのは、評価が難しいところがある。

 もっとも今は昔と違って、評価基準がかなり分かりやすくはなっているが。

 サイ・ヤング賞の受賞なども、勝敗だけを見ていれば、どうしてこんなことになるのだ、と思うだろう。

 沢村賞は性質が違うので仕方がないが、ピッチャーの評価というのは、勝ち負けだけではないのだ。

 弱いチームで勝つことと、強いチームで負けること。

 前者の価値は極めて高い。


 レックスは弱いチームではないが、打線の援護はそれほどでもない。

 なのでここで活躍する三島が、メジャーを目指してもおかしくはないのだ。

 対してライガースは、圧倒的に打線の援護が多いチーム。

 なので単に勝つだけでは、内容は悪かったりする。


 防御率も評価の対象になりやすいが、よく言われるのはクオリティスタート率とハイクオリティスタート率。

 そしてWHIPである。

 防御率も問題だが、それよりは与四球率が関連するWHIPが重要だ。

 ヒット以外のフォアボールで出塁させるピッチャーは、単純に言えばヒットを打たれているのと同じ。

 さらに制球が悪く、球数も多くなってしまうため、ピッチャーとしての評価は下がる。

 極端に言えば三振、四球、ホームラン以外は、ピッチャーの本質的な能力につながらないのだ。


 バッターにも昔に比べれば、追加されている項目がある。

 それは出塁率である。

 これは選球眼とも関連しており、なんだかんだ確実に、塁に出ることが出来るのだ。

 もっともこれは、大介にはちょっと当てはまらない。

 長打率が高いため、ランナーがいる場面では、あえてボール球にも手を出すからだ。

 ボール球はさすがにミスショットの可能性が高く、結果としてボール球に手を出してアウト、という評価が出てくるのだ。


 出塁率はそもそも、80年代から既に、新たな評価軸として出てきた。

 一発勝負のトーナメント戦ならともかく、長いシーズンを通して戦う場合は、重要になってくる統計だ。

 ただ出塁率なども含めて、セイバーというのは練習で使っていても、選手の傾向を導くのには向いている。

 強豪の高校であったりすると、毎週二試合は練習試合を入れていたりする。

 そこから出てくる数字なら、ある程度は信用できるというわけだ。

 もっとも高校野球などは、ここぞというところで打ってくる、メンタルの方が重要であるのだろう。




 タイタンズ相手のこの試合、直史はブルペンで見ている。

 須藤はこれが先発三試合目であるが、まだ勝ち星はない。

 致命的に崩れた試合はなく、六回までを投げている。

 レックスではなくライガースであったら、大逆転して勝ち星がついていてもおかしくはないだろう。

 ただしレックスはレックスで、守備が堅いという長所もあるのだ。


 相手がタイタンズである場合、重要なのはまず初回を三人で終わらせること。

 ランナーがいる状況で悟に回ったら、長打の確率を上げて打ってくる。

 勝負強さという点では、これまた定評のあるバッターなのだ。

 全盛期に比べると、走力は確実に落ちてはいるが、それでも恐ろしいバッターだ。


 これに対して須藤は、先頭からランナーに打たれてしまう。

 ゴロが内野の間を抜けていく、少し不運なヒットである。

 しかしそこから進塁打で、ツーアウト二塁という場面になってくる。

 初回からと思わないでもないが、初回だからこそ西片は、ここで申告敬遠を使った。


 後ろのバッターが長打を打てば、一気に二点が入るかもしれない。

 だがこれも確率で考えるなら、ベースを埋めたほうがアウトは取りやすい。

 クリーンナップであるが、どうにか抑えてほしい。

 悟に比べれば他のバッターは、スラッガーでも打率がかなり低いのだ。

(このチャンスをどう考えるかだな)

 助っ人外国人が五番にいるだけに、この打席は重要である。


 一番いいのは三振だ。

 二番目が内野フライで、三番目はあちこちのベースでアウトが取れる内野ゴロ。

 しかしながら須藤は、外野フライを打たれてしまった。

 やや深めに守っていたため、特に問題はなかったが。

 ただ失点はしなくても、外野に運ばれたというのは、あまりよくない結果だ。

 失点しなければいいと言えるのは、試合の勝敗の結果次第。

 一応は次のチャンスも与えられていくのかもしれないが、百目鬼は復調しているのだ。


 レックスは初回から、しっかりと点を取っていった。

 序盤は上手くペースを握り、どうにか失点も防いでいる。

 ただブルペンから見ても、球数が多くなっているのは気付いている。

 とりあえず五回まで、どうにか同点の範囲でつないでほしい。


 育成の選手を取ってきたのだから、まだ完成形でないのは分かっている。

 そもそも本来なら、中継ぎなどで一軍の雰囲気を感じさせるべきだ。

 初先発でクオリティスタートだったのが、首脳陣から期待されすぎていると言うべきか。

 ただ今日の試合も、失点はするがビッグイニングを作らせない。

 タイタンズ打線は、ライガース打線と同じく、ビッグイニングを作るのに長けているのだが。


 粘り強いピッチングは必要なのだ。

 数字の上では評価できない、ピッチングの本質というものは必ず存在する。

 球数が多くなってきたのと、当たりが強くなってきたこと。

 そもそも今日は最初から、あまり調子が良くなかったのだろう。

 そういう時でもどうにか、やりくりしなければいけないのが先発のローテピッチャーである。




 四回三失点で、須藤は降板した。

 ぎりぎり試合を崩さない、というタイミングでの降板である。

 レックスはここからリリーフ継投に入った。

 そしてどうにかリードした点差のまま、試合を進めていく。

 須藤に勝ち星はつかないが、負けもついていない。

 ただクオリティスタートまでは至っていないあたり、やはりまだ長いイニングを投げるのは難しい。


 一点差のまま七回に入る。

 そしてここからは、レックスの継投が上手くいっていく。

 国吉も調子を取り戻していって、七回を無失点に抑えた。

 大平から平良という勝利の方程式で、見事に一点差の勝利。

 無駄に点差の大きな勝利など、必要としないのである。


 ブルペンの直史は、今日の試合の勝ち星は、ブルペンの豊田につけるべきだな、と思った。

 勝利の方程式につなぐ前、調子の良さそうなリリーフに1イニングずつ。

 そして最終的に勝ったのだから、ブルペンコーチの成果と言える。

 またレックスが序盤で、しっかりと点を取っていったこと。

 このあたり去年までであると、得点が足りなかったりしたものだ。


 打線はそれほど変わっているわけではない。

 だが監督の持っている攻撃的な雰囲気が、バッターを積極的にしているのだろうか。

 確かに今のところ、去年よりも平均点が高い。

 まだ四月の段階であるが、これで四連勝となる。

 二位のライガースとの違いは、この連勝が長く続くということだ。

 また明日の第二戦は、木津の先発である。


 レックスは一試合あたりの平均得点は、実は三位なのである。

 しかし平均失点が一位なので、今もこうやって首位にいる。

 単なる平均得点だけだと、ライガースとタイタンズに次ぐ三位。

 四位のスターズや五位のカップスとは、さほどの差もない。

 ちなみにスターズも、得点力が低く、平均失点が低いチームだ。


 レックスなど本来、神宮はホームランの出やすい球場なのだから、もっと得点も失点も増えていいはずだ。

 それが失点が低いのだから、投手陣と守備の優秀さが分かる。

 直史に鍛えられている迫水が、どんどんとリードで成長しているのが大きいだろう。

 最近は場面によっては、リードを任されている場面も多いのだ。


 木津などは特に、リード次第で結果が変わるピッチャーだ。

 なんならベンチから、直史がサインを出してもいいのかもしれない。

 もっともいつかは迫水も、完全に直史から離れる必要はあるだろう。

 年齢的に直史が、先に引退するのはまちがいないのだから。




 タイタンズ相手の第二戦、木津である。

 実のところ直史は、木津は本来ライガースやタイタンズとは相性が悪いのでは、と思っていた。

 遅いストレートで空振りが取れる木津。

 しかしタイタンズやライガースには、そのからくりが分かるバッターがいる。

 それでも最初は大丈夫だろうが、今はもうかなり分析が進んでいる。

 上手く考えないと、ホームランや長打を打たれまくると思っていたのだ。


 木津がフライボールピッチャーであることは間違いない。

 同時に三振を奪う、本格派のピッチャーでもあったが。

 遅くてもストレートで三振が奪えるなら、それは間違いなく本格派だ。

 変則派と言うのは失礼であろう。


 さすがにそろそろ、負け星がついてもおかしくない。

 それでもある程度の数字を残していれば、今はローテから外されないだろう。

 第二戦、初回からいきなりツーランホームラン。

 直史の危惧していたことは、やはり当たったのである。


 この試合は外野フライが多い試合となった。

 それでいながらヒットの数は、それほど増えてはいない。

 少し深めに守っていれば、守備範囲の広いセンターが捕ってくれる。

 センターラインの選手の中で、おそらく一番守備力に偏った選手であろう。


 キャッチャーからセカンドにショートと、レックスはそれなりの打撃力がある。

 そのため打線のどこからでも、ビッグイニングにはならないにしても、点は取っていけるのだ。

 木津は正直なところ、打撃もあまり良くはない。

 それは育成で二年以上も投げて入れば、バッティング能力が退化しても仕方がないだろう。

 昔は武史や金原などは、ピッチャーのくせに打力もかなり高かったものだ。

 さすがに打席に立っていないと、衰えていくものなのだが。


 ピッチャーが打てないのは、試合で打席を経験しないからだ。 

 これは当たり前のことである。

 直史は自分の肉体のコントロールを、自分自身で行っていた。

 だからバッターを相手にしても、自分だけの力でアウトに出来ていたのだ。

 もしも復帰するのがバッターならば、全く打てないようになっていたであろう。

 実際に直史はもう、バッターとしては完全に期待されていない。


 木津は期待されていないが、その代わりに三振とフライが本当に多かった。

 あと一点を長打二本で取られてしまったが、六回までを投げて三失点。

 レックスもここまで三点を取っていたので、ここからリリーフにつながっていく。

 登板間隔の関係で、ここは勝っていなければ、勝ちパターンのリリーフは使いにくい。

 そのためもあって、レックスはこの試合を最終的に落としてしまった。

 しかし木津にはまだ、負け星がついていない。




 連勝は四で止まったが、あまりに勝ちすぎるというのも、リリーフ陣を消耗させる。

 そのあたりはあまり、勝ちパターンのピッチャーを使いすぎてはいけない。

 以前は年間に、60試合も70試合も投げる中継ぎがいた。

 しかし今はもう、多くのチームにおいて、連投は二日まで、というのが暗黙の了解になっている。


 三日以上使うことも、場合によってはあるだろう。

 だがまだ四月の段階で、リリーフに無理をさせる理由はない。

 タイタンズ戦の次は、また神宮でカップスと対戦する。

 そしてその一戦目は直史が投げるので、連敗は多くても2で止まるはずだ。


 このあたり絶対的な先発がいると、やはりブルペンを回すのがすごく楽である。

 国吉の調子が戻ってきたのも、それを休ませるだけの余裕があるからだ。

 平良のセーブ数など、この調子なら60セーブに達するのではないか。

 さすがにそれは投げさせすぎ、と首脳陣は判断するだろうが。


 今年の平良はまだ、セーブ機会に失敗していない。

 そもそも防御率が、まだほぼ1ぐらいなのである。

 防御率が0の直史が異常なので、あまり注目してもらっていない。

 だが平良はほぼ1で、大平も1点台の前半と、この二人の調子はものすごくいい。

 まだ若い二人なので、メジャーにポスティングで移籍するにしても、それまでは存分に使うことが出来る。


 逆に言うとこの二人がいるうちに、しっかりと次のリリーフも育てなければいけない。

 もちろん先発のローテを強化する方が、先にしなければいけないことだ。

 クローザーはともかくリリーフピッチャーの中継ぎというのは、選手生命が短いことが多い。

 それだけ便利に使われてしまうということである。

 ただレックスはもう随分と、ピッチャーの管理には気をつけている。

 直接的なきっかけとなったのは、高校時代に故障をしていた金原と吉村が、レックスにいた時代からのメンテナンスである。


 また樋口がキャッチャーの頃は、本当にめったにピッチャーが故障することはなかった。

 するとしたら打球に当たったり、連係プレイでランナーと交錯するぐらい。

 調子が悪いと判断したら、すぐに交代させていた。

 そしてそれでも、相手を抑えることが出来たのだ。


 タイタンズとの三戦目、先発はまだ勝ち星のない塚本。

 しかしその投球内容は、悪いものではない。

 三試合全てを六回まで投げて、クオリティスタートは二回。

 そして五点取られた試合も、そこまで悪い内容ではなかった。

 ピッチャーの真髄というのは、負けている試合でどう、最少失点で抑えられるか、そのあたりも関係する。

 この四試合目、塚本には勝ち星がついてほしい。

 これまでホームで投げた試合は、クオリティスタートを達成しているのだ。


 直史の目からしても、そろそろ勝ってもおかしくないと思える。

 大卒の即戦力ピッチャーとして、ローテを守るピッチングはしているのだ。

 運の悪さを、変に意識しない方がいい。

 絶対に近いうちに、勝てるものではあるのだから。

 今はまだ、プロ一年目ということで、故障に気をつけるぐらいだろう。

 今日はリードしていなくて同点の場面でも、勝ちパターンのリリーフを使っていける。


 明日の神宮でのカップス戦は、直史が先発である。

 しかしその前日のブルペンにも、しっかりと顔を出している。

 初回から塚本の調子は良さそうで、しかしタイタンズの打線も厳しい。

 これはピッチャーの力ではなく、打線の援護がどれぐらいもらえるかな、という話になりそうだ。

 そして今年のレックスは、去年よりも打線の得点力は、間違いなく高くなっている。

 特に勢いが付いた時などは、大量点もある。

 それでもまだ、二桁得点で勝った試合はないのだが。


 あと少し、チームに勢いが生まれたら。

 ただ今はまだ、本当にそういう時期ではないのだ。

 新戦力に実戦を経験させ、本格的に鍛えていく。

 新チームの育成時期で、これだけ勝ってしまっている。

 あまり調子に乗りすぎなければ、それでいいと考えている直史であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る